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アプリで知り合ったイケおじが×××する話

36 醜い自分

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「はぁ……どうしよ……」

勃たなかったのはショックで、秋雄さんも同じだろう。どういう顔して戻ればいいんだと悩んでいたら中々シャワー室から出られない。
でもロウとゲロまみれの秋雄さんの方がシャワー浴びたいに違いない。意を決して部屋に戻ると秋雄さんはロウがついた裸のままで、プレイに使ったものを片付けていた。

「あ……片付けなんていいからシャワー浴びてきなよ」
「はい」
「これ使って。排水溝詰まらせるといけないから」
「あ……わかりました。ありがとうございます」

風呂場の排水溝に使うネットを渡す。ロウソクプレイはこういうことも気をつけなきゃいけない。労力もいるし準備もあるし危険だしあんまり楽しくないし……なんかいいことないなぁ、ロウソクプレイ。

秋雄さんは俺の言った通り素直にシャワーを浴びに行った。

お湯が出る音を聞きながら、陰鬱な気持ちでベッドに横たわる。
「もうこんなことしたくない」と正直に白状しようかと考えを巡らせる。こんなことばっかりしてたらおかしくなっちゃう。秋雄さんには悪いけどもう俺は付き合いきれない。

あの鬼気迫る乱れっぷりを思い出し、ゾワリと鳥肌が立つ。

あんなこと繰り返していいのだろうか……?

誰も傷つけたくない。俺だって傷つきたくない。

でも「今まで無理してた」と言ったら優しい秋雄さんはショックを受けるだろう。
体以上に心を傷つけてしまう……。
どうやってうち開ければいいんだろうと考えを巡らせているとシャワー室のドアが開く音がした。

しばらくすると腰にタオルを巻いた秋雄さんがやってきた。ロウは綺麗に洗い流されている。しゃべる気力もなくて、視線で隣に来いと促す。

秋雄さんがベッドに正座するなりタオルを捲ってさっき火を押しつけた場所を確認すると、少し赤くなっていた。秋雄さんの肌が黒いから少し赤くなっているようにしか見えないのだろうか。

「ここ、痛い?」
「少し痛いです」
「跡になっちゃうね」
「ふふ、そうですね……」

俺は心配してるのに秋雄さんは嬉しそうだった。

「なんだよ、なに笑ってんのさ」
「キスマークみたいでいいなって思いました」
「ふーん……」

消えないキスマークか……。ロマンチックな言葉に聞こえなくもない。
秋雄さんがそういうことで喜ぶのは意外だった。これはどっちかというと根性焼きだけど。

火傷の箇所を撫でていると、秋雄さんは小さな声で「すみませんでした」と謝った。

「気持ちよくありませんでしたか」
「……別に。いつもと変わらないよ。俺だってそういう時あるし……」

そういう時ってどういう時だ。
歯切れの悪い言葉は秋雄さんにも伝染した。

「そうですか……」
「……」
「……」

秋雄さんは思い詰めた顔で黙り込んでしまった。もう俺の心の内を見抜いているんじゃないかって思わせる沈黙だった。全てを打ち明けるなら今しかないのに、なにも言えない。……言いたくない。

勇気がなかった。

誤魔化すようにさっきまで撫でていた箇所をぎゅっとつねる。

「あっ、痛っ!」
「あはは、いい反応。セックスばっかしてなくても楽しいよ俺は?」
「いってぇ……」
「ふふ、痛いのがイイくせにさぁ」

秋雄さんの瞳には涙が滲んでいる。よっぽど痛かったのだろう。その涙を親指でぐいっとぬぐってあげると、深刻な表情がどんどん恥ずかしそうな表情に変わっていく。素直で子供みたいな顔だ。
父さんが40歳ぐらいの時を思い返し比べるが違う。父さんはフツーのおじさんって感じで可愛くも何ともない。

こうやって温かい肌に触れていると落ち着く。
慣れない行為にカリカリしていたと思い知らされる。次はもっと落ち着いて上手くやらなきゃって反省してると秋雄さんのお腹がぐーっと鳴った。


「腹減ってんの?」
「はい。なんか急に」

おい、緊張感なさすぎだろ、と突っ込みたくなる。
さっき吐いちゃって胃の中が空になってしまったのかも。

「なんか食べて行こうよ」って言いたいけど、帰りが遅くなってしまう。
両親の顔がちらついて消えない。

「なに食べるの?」
「なんか買って帰ろうと思ってます」
「あ、じゃあさぁ、ここ行ってみない?先月オープンした店なんだけど……」
「へぇ~……」

スマホを取り出して、カフェのインスタを見せる。駅の近くにあって、オーガニックとか無添加を売りでいかにもインスタ映えを意識してるって感じだけど、意外にも男向けのガッツリメニューも用意されている。夜はバーみたいになってるらしい。
田邊が彼女と行ったとインスタに載せてて、またこういうデートっぽいところに行きたいなぁと思ったのだ。

「テイクアウトのお弁当も売ってるし、どう?」
「いいですね、行きたいです」

こういう店は興味ないかな?とちょっと不安だったけど食いついてくれた。

部屋を出る直前、秋雄さんは服用の消臭スプレーを部屋全体に吹きかけていた。

「なにしてんの?」
「臭かったらイヤだなぁって」


この気の遣い方が良くも悪くも秋雄さんらしいと思った。いや、悪いのかな。
そんなこと気にしなかったらもっと気楽なのに。最後自分にもスプレーをかけて満足して、ようやく部屋を出てホテルを後にした。

外は冷たい秋の風が吹いていて、その心地よさに目を細める。
ぐちゃぐちゃになった頭が少し落ち着く。店のライトの下、チリチリになった秋雄さんの髪がそよそよと風に靡いていて胸が痛くなる。
男の髪なんて別に……と考えを逸らすけど、やっぱり気になる。
秋雄さんの目の前に立ちはだかり、わしゃわしゃ髪をいじってみる。

「う~ん……??」
「どうしました?」
「前髪、ちょっと切ったほういいね。なんか焦げてるってわかっちゃう」
「わかりました」

一生懸命わけ目変えたり掻き上げたりしてみたけど、秋雄さんはされるがままって感じで、気にしている様子はない。
納得できない仕上がりだが諦めて、目当ての店へと足を運ぶ。

シンプルな外観の店で、店頭販売されているテイクアウトの弁当を求め数人が並んでいた。

「繁盛してますね」

秋雄さんが窓から店の中を覗く。あまり広そうな店じゃないけどほぼ満席だ。男の客はいたけど男二人組の客は見当たらなかった。

前の仕事帰りっぽい女の人は結構な時間悩んでいる。
秋雄さんはガッツリ系のチキン南蛮弁当と決めている。チキン南蛮とかぼちゃのサラダときんぴらごぼうとミニトマトと健康的なメニューでご飯は雑穀米だ。

「女って雑穀米好きだけど、男はそうでもないよね」

暇つぶしに尋ねると秋雄さんは「あー」と唸った。

「豆とか入ってるから赤飯だと思って食ったら味しなくてびっくりしたんですよね」
「赤飯って。ウケる」
「だから苦手意識があるっていうか」
「えへへ、そうなんだ」

なかなか的確な表現に吹き出す。秋雄さんは真面目な顔して言ってるから余計に面白い。
そんな会話をしていると、女の人がようやく会計を終え、メガネをかけた元気な店員さんに呼ばれる。

「次のお客様お待たせいたしましたどうぞ~」
「は~い」

上機嫌で返事をして一歩前に出ると、店員さんが目を見開いて「あれ?」という顔をした。視線は俺ではなく秋雄さんに向けられている。

「……あれ、上西さん?」
「あ、川瀬くん」

上西さん?川瀬くん??
2人は名前を呼び合いなにやら楽しげに話し出す。

「さっきから上西さんっぽい人いるな~って思ってたんすけど……なんか雰囲気変わりましたね?髪とか服とか。めっちゃかっこよくなってる。あ。前からかっこいいんですけどね!?」
「ははは、どうも」
「信じてないな~その態度」
「……まぁね。川瀬くんのバイト先ってここだったんだ。遠いなぁ」
「ちょっと遠いけど親戚経営しててシフトすっごい融通効くんすよね。だからいいかなって」
「へぇーそうなんだ」

俺たちの後ろに並んでいる人がいないから会話が弾んでいく。
細い目をもっと細くして笑う見慣れた笑顔。俺だけのものだと思っていたのに。

そんな風に笑うなんて。

あれ……なにこれ。どうなってんの?頭がぐわんぐわん鳴りだす。

「そんでなに頼みます?」
「あぁ、これひとつ」

お目当ての弁当を指差し、千円札を渡す。その一連の仕草は映画を見ているような……フィクションを見ているような気分になる。現実なの、これ。

「隣の子は?めっちゃイケメンっすね。芸能人?モデル?」

男が身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。急に距離を縮められ思わず後退り、秋雄さんの背中に隠れた。

「あぁ、この子は……ははは、内緒」
「えーっ、気になるなぁ」

秋雄さんは肩を揺らして笑った。
秋雄さんって……こんなに普通に笑えるんだ……。

過去の記憶が走馬灯のように蘇っていく。
秋雄さんは孤独で、寂しい人間で、俺しかいないから守ってあげなきゃって……思ってたのに……。
鼻の奥がツンとして切ない。秋雄さんの袖をぎゅっと握って耐えようとするが、俺がこんなんになってるのは秋雄さんのせいだって気づいてやめる。行き場を失った手が震える。
怒りでも悲しみでもなく、理不尽さに震えていた。

「今日は何時まで?」
「10時までっす」
「そっか、頑張って。行こうかゆうくん」

秋雄さんは弁当の入った袋を受け取り、俺の肩に手を置いて来た道を戻ろうと身を翻す。歩く気力を振り絞り、なんとか着いていく。
秋雄さんは俺が帰りたくないとでも思っているのか、遅い歩みに合わせて隣でノロノロと歩いている。なぜか鼻歌でも歌い出しそうなくらいニコニコしていた。

「あぁいう店絶対1人じゃ行かないですよ」
「……」
「なんか場違いだって思ったけど……」
「……」
「え、あの……」

おしゃべりしようなんて気にならない。
秋雄さんはようやく俺の様子がおかしいことに気づき、立ち止まって顔を覗き込んでくる。

「どうかしましたか?」って顔に腹が立って言葉が詰まる。

「今のだれ?」
「あぁ、隣に住んでる人です」
「名前は?」
「川瀬です」

「かわせ」か……。
厚い唇がその名前を呼んだ時、秋雄さんが、後ろに輝くオレンジ色の街灯がじんわりと滲んでぼやける。あ、今、泣きそうになってる。

「何してる人?」
「大学生で、××大に通ってて……」

××大とは秋雄さんのアパートの近くにある大学だ。
そんなことはどうでもいい。

「なんでそんなこと知ってんの」
「あの人が引っ越して来た時そう言われて……」
「ふーん」

秋雄さんの語尾が段々小さくなっていって、雑踏に紛れ消えてしまいそうになる。
ようやく俺が何に対して怒っているのかわかったようだ。

20歳くらいのいかにもヤンキーな男2人組が「邪魔くせぇな」って顔して前からやって来たが、通り過ぎざまに横目で秋雄さんの顔を盗み見した途端、何事もなかったかのように去っていった。
そりゃそうだ。わざわざ秋雄さんみたいな怖そうな人に絡むヤツはいないだろう。
俺はそんな人を困らせているのだ。

「あの人とは別に」
「別に?別にって?何もないって言うの。褒められて嬉しそうにしてたくせに」
「えっ……」
「人前で恥ずかしくねぇのかよ。あいつもどうせヤリモクでチヤホヤしてるだけなのに!」
「そんなこと……」
「そんなこと?そんなことないって?何が?説明しろよおい」
「ただのお世辞ですよ、あんなの、」
「はぁ!?なに、なんで。なんであいつを庇うの!?あ、そっか。秋雄さんの方が色目使ってんのか。アイツの気ィ引こうとして服とか髪変えてたってこと!?
 なにそれ。意味わかんない。気持ち悪い、全然似合ってないし、それに……それに……」

俺たちの周りに透明な壁があるみたいに、人が避けているのに気づく。
俺のセリフにギョッとした人、迷惑そうにする人、何事もないように素通りする人……あ、俺、街中でなに言ってんだっけ……?なんでこんなひどいこと言ってるんだろ……。

風船が萎んでいくみたいに急速に怒りが……いや、怒りとすら呼べない理性のない凶暴な感情が鎮まっていき、身体中の力が抜ける。頭がパーンと真っ白になった。
そのままへたり込むと秋雄さんが「大丈夫ですか」って駆け寄って俺に目線を合わせ背中をさすってくれる。

「やめて……やめてよ、もう……」
「すみません。本当にすみませんでした。もう誤解を招くことは絶対しません」
「なんで!?なんで、そんなこと、言うの……ううっ……」
「立てますか?」
「立てるから、もう!ほっといてよ、うう……」

俺はどうしてこんな酷いこと言ったんだろう。秋雄さんはどうしてこんな俺に優しくするんだろう。何もかも惨めで、最低で堪えていた涙が止まらない。
泣きたいのは人前で罵倒された秋雄さんだ。それとも呆れちゃって涙も出ないかな。

俺たちもう、終わりだろうな。

悲しくて苦しくて、全てを拒絶するよう顔を覆ってワンワン泣く。その間も秋雄さんはずっと俺の背中をさすり続けていた。

「さぁ、帰りましょう。1人で帰れますか?送って行きますよ」
「……いい」

これ以上秋雄さんに迷惑かけたくなくて、ようやく顔を上げ、なんとか立ち上がる。
恐る恐る秋雄さんの表情を窺うと、またへたり込んでしまいそうなくらい「いつもの顔」だった。怒りもしない、悲しみもしない、穏やかな大人の表情。見慣れたいつもの秋雄さんだ。

「俺のこと、嫌いになった?」
「なるわけないですよ。ゆうくんは俺のこと、嫌いになりましたか」
「なんないよ……っ!」
「良かったです」

良いわけがない。「ごめんなさい」と謝るも大声で怒鳴り散らしたせいで呟くような小さい声しか出なかった。秋雄さんはもうなにも言わず、俺の手を握って歩き出し、駅で別れた。

夜風に当たって泣き腫らした瞼はマシになったが、頭はぐちゃぐちゃのままだった。

それでもなんとか家に帰ることができた。少しでも気を抜くと大声で泣いてしまいそうだった。
玄関のドアを開けると母さんが廊下を掃除している。

「おかえりゆうちゃん、遅かったけどどこに遊びに行ってたの?ご飯はー……」
「ごめん、いらない」
「今日はゆうちゃん好きなものばっかりで」
「食欲ないし、体調悪いから寝る」

掃除は普段父さんにさせてるくせに、玄関の前で俺を待ち構えてるのがバレバレだ。……話しかけてほしくない。
ことを大きくしないよう、母さんの脇をすり抜け、自分の部屋に行こうとするとこの会話を聞いた父さんが神妙な顔して出してきた。

「裕治、体調が悪いなら病院に……」
「寝れば治るから!もう寝かせてよ。疲れてるんだ」
「裕治……」

一呼吸置いて、なるべく静かな口調を意識する。何か言いたげな父さんを制して、母さんが「おやすみなさい」と言った。

おやすみと返したかどうかもわからないような状態で自分の部屋に行く。

吸い寄せられたようにベッドに倒れ込むと堪えていた涙が溢れてきた。

「どうしてあんなこと言っちゃったんだろう……最低……」

枕に顔を埋め、嗚咽する。
2人の会話は日常会話って感じだし、どう見たって特別な関係ではない。わかってる、わかってるけど……。

あの川瀬って人、見た目はオタクっぽいけどハキハキしてて優しそうで、きっと良い人だと思う。外見は釣り合わないけど、秋雄さんをいじめないで大切にしてあげそうな気がする。

……俺だってそんな風に思われたいし、そうなりたい。

でもなれない。嫌われたくないからクヨクヨしながら偽りの自分を演じて、追い込んで……。

初めはこんなんじゃなかったのに。

秋雄さんに好きな人が出来たら応援するし、男らしくかっこよく身を引くつもりだった。

でも俺は本当の秋雄さんを知らなかった。

孤独な秋雄さんの破滅願望に漬け込んでくるヤツらから守るために「あんなこと」をしているだけだ。

……なのにどうして「俺が思うほど寂しい人じゃなかったんだ」「良かった」って安心できなかったんだろう?


嫉妬とショックで頭が真っ白になって理性をなくし、思ってもないことを叫んで当たり散らした。
秋雄さんを守りたいのに、助けたいのに。

好きで……愛してるのに……。

愛してるのに、どうして?

最低、最悪、もう死んじゃいたい。いなくなって、何もかもなかったことにしたい。

そんな言葉が頭の中をグルグル回って自己嫌悪で押し潰されそうになる。 
また涙が流れたけど泣きたいのは秋雄さんの方だ。謝らなきゃ、とスマホを手に取る。
また最低、最悪と頭の中で繰り返し、なんとか「ごめんなさい」と短いメッセージを送る。

これが限界でドッと嫌な汗が出る。
数分既読がついたり返信が来ないか待ってみたけど、ブロックされてたらメッセージなんて見ない。

もう俺と秋雄さんも終わりなのかな。
エッチするために会ったんだもん、そんなもんだよねって気づいたのと同時に意識を手放すよう眠りについた。

目を開けると見慣れた天井が視界に飛び込んでくる。
俺の部屋の天井じゃなくて、トモナガさんの家の寝室の天井だ。すっごいキラキラした電気がついてる。眩しくて目を細めてると隣に人の気配を感じた。

「どうした?裕治?」
「あっ、ううん。なんでもない」
「そうか」

やっぱり隣にいるのはトモナガさんで、俺たちは裸でホテルみたいなベッドに横たわっている。
ここまでくると夢だってわかる。嫌なことがありすぎてトモナガさんに会いたくなったんだ。

痩せた白い体に抱きつくと、ちゃんと抱きしめ返してくれる。夢なのにあたたかくて、やわらかくて、いい匂いがした。

「なんだ、甘えん坊だなぁ。しばらく会わないうちに赤ちゃんになっちゃったのか?」
「うん……赤ちゃんでいいもん。別に。好き、好き、大好き。トモナガさん。どうして俺を置いていったの?俺のこと、好きじゃないの?」
「好きだよ。かわいいなぁゆうは」

クスクス笑い、指先で体をつつかれる。本気で聞いてないなって思った途端、俺はむくりと起き上がってトモナガさんの頬を叩いた。

バチンッと乾いた音が響く。

あれ、なにしてんだろ、俺?なんでトモナガさんを叩いてんの?

俺は今、信じられないって顔してるだろうけど、当然トモナガさんも目を見開き、頬を抑えて口を半開きにしていた。

夢なのに、夢でも、トモナガさんを叩くなんてありえない。呆然とするトモナガさんに「ごめんね」「ごめんなさい」って謝りながらまた手を挙げる。

……黙っちゃったのはきっと俺がビビって加減したからガッカリしちゃったんだ。

次はちゃんと満足させてあげなきゃって気持ちを込めて拳を握り、顔の真ん中を、鼻を狙う。メキッとモロに入った感触がして、絶頂に似た達成感が腹の底から湧き上がる。
顔を抑え背を丸めて疼くまるトモナガさんは祭壇でに神に祈る敬虔な信者に見えた。こんなに綺麗な人はいない。
贅肉のない背中に浮き出る骨の1つ1つにうっとりして、髪を掴み顔を叩いた。

喧嘩慣れしてない俺がマウントポジションを取って人を殴り続けるのは結構大変で、トモナガさんがすこーっすこーっという聞いたことない呼吸をするようになった頃、俺も肩で息をしていた。

疲れたって額の汗を拭うと、視界がグラっと歪む。
トモナガさんがいたはずなのに秋雄さんがいた。
顔がボコボコでも茶髪の髪とムチムチした体でわかる。

トモナガさんが羨ましくなって出てきちゃったのかな。……かわいい。

いつの間にか体はホッチキスだらけだった。あ、AVで見たことある。汚れた長いディルドが転がっていて、秋雄さんのお尻にもぶっ太いディルドが突き刺さっている。転がってる方が口に使ったんだろうなって思いつつ、刺さってるディルドをピストンしてみる。

ミチッ、ミチチッ……。

「もうこれ以上入んない?んなわけないよね?」
「ふぐッ、うぐぐっ、いぃいい゛ぅっ」
「裂けちゃうなー、これ」
「ひっ、ひぃ、はぁ……」

キツくて全然動かない。穴のふちがパンパンに充血してもうちょっとで切れてしまいそうだ。ローションを使った形跡もないし、無理矢理突っ込んだっぽい。秋雄さんは痛みでワナワナと震えている。
知らないうちにこんなことしてたなんて、俺ってやっぱサービス精神あるよね。

唇から流れる血を指ですくって塗り広げ、口紅のようにして遊ぶ。厚い唇がテラテラと艶っぽく光り、たまらなくなってキスしようと顔を近づけると秋雄さんが何かを言った。

「……して」
「え?なに?」
「て、……て」
「聞こえないって!」

唇を動かし呼吸していると言った感じで全く聞き取れなくて、口元に耳を当てる。

「こ、ろ、し、て」

フガフガとか弱い呼吸音とともに聞こえてきたその言葉。

秋雄さんの口からはっきりと聞くのは初めてだったけど……やっぱそうだよなぁ。

ものすごく腑に落ちたというか、ストンと胸に収まる。最後の一仕事と言わんばかりに意気込んで秋雄さんの太い首に手をかけた……。


そしてまた見慣れた天井が見える。
ぼやぼやした視界と意識がはっきりして、現実の世界にいると理解したのと同時に、ゾワゾワと鳥肌が立った。

「なにあれ……」

俺がトモナガさんを殴って、いつの間にか秋雄さんになって……殺してって言われたから殺す。夢特有の脈絡のない荒唐無稽な話だけど、今の俺には「変な夢だな」って流す余裕はない。

俺が自ら人を殴ったりするわけない。絶対に。だってビビりだし、喧嘩とかしたことないし、そんな酷いことできない。
そして秋雄さんが「殺して」と言う言葉……。

思い出して身震いする。

夢とは言えトモナガさんの「殺して」と秋雄さんの「殺して」は重みが違う。秋雄さんのは現実と夢の境目がないくらい重く苦しい。秋雄さんが夢を通して言えないお願いをしに来てるんじゃないかって思うくらい……。

秋雄さんみたいにかっこよくて優しくていい人が酷い目に遭ったり、「殺して」と願う世界が憎たらしくて、シーツをぎりりと掴む。

……正夢になったらどうしよう。

秋雄さんにそんなお願いをされたら……その時俺は……いや、縁起でもないこと考えるのはやめよう。
でも……。

答えの出ない問いに頭を掻きむしるとスマホのアラームが鳴って、いつもの起床時間を知らせる。

「あぁ、もう。うっせーな」

ゲンナリしてアラームを止め、身支度をするためベッドからなんとか立ち上がる。

昨日と同じように、気を抜くと両親に当たり散らしそうになるから逃げるように家を出た。
父さんと母さんはまた何か言いたげな顔をしているが、なにも言ってこない。
家は帰る場所なのに逃げたいなんておかしい。

いつもより早い時間の電車で、トモナガさんと秋雄さんのことを交互に考える。
何度もラインを確認するが秋雄さんからはメッセージもなく既読すらついてなかった。
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