この世界の未完成は【完結】

市井安希

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5.あづさの過去

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 奢ってくれるって言うし。
 上のバーに行ってみたかったし。
 コイツら隙だらけでなんか盗めそうだし。

 自分に色んな言い訳をしたけど、あづさに声をかけられた時以上の興奮に逆らえなかっただけだ。
 日陰者の俺にこんな機会もうないかもしれないしさ?

 それにあづさが驚くほど静かだったのも大きい。カツヤとケイに挟まれてただニコニコしてるだけで、以前のようにグイグイ来てたら誘いに乗らなかっただろう。

 密かに憧れていたバーのドアを潜る。そこら若者でごった返してるダンスフロアとは違った『大人な雰囲気』が流れていた。映画とかドラマの撮影しててもおかしくないくらい豪華な作りだった。当たり前だけど誰も飛んだり跳ねたり歌ったりしてない。

 俺たちはフロアの奥にあるテーブル席に案内された。俺の隣にカツヤ、正面にケイ、斜めにあづさという形で座った。てっきりあづさが隣に来ると思ったんだけど、まぁどうでもいいか。
 革張りのソファの感触に、つい背筋をピンと伸ばしてしまうが、リラックスした様子で脚を組んでいるカツヤの姿を真似る。
 ガチガチなのはダサいし、だらしないのは下品だろう。
 
「みんな何飲む?」

 あづさの質問にカツヤとケイは「俺はジントニック」「俺もー」と答えた。

「寿くんは?」
「俺も同じのでいい。てか、くんとかつけんな。なんかキモい」
「ははは、そう。じゃあ寿もジントニックね」
「……あぁ」

 ……これが今日初めての会話だった。

 あづさが手を上げてウェイターを呼び敬語で注文をする。偉そうなそぶりはない。

 すぐにジントニックが4つ運ばれてきて、小さく乾杯をするとぎこちない会話が始まる。

 カツヤは東大生、あづさとケイは早大生。当然のようにα。ピアノやら空手やら特技があって、持ってるスマホは最新のi Phone……たった数分で嫌と言うほど自分との違いを見せつけられた。
 全く嫌味じゃないのが逆に惨めさを増長させる。裕福で恵まれた環境は自慢する必要もない当たり前の事実ってこと。
 美容師になりたいなんてしょうもないウソをついた自分とは大違いだ。

 コイツらに付いてきたことに後悔し始めている時だった。

「寿は美容系の専門学校に通ってるんだって?あづさから聞いたよ」

 ケイに顔を覗きこまれる。あぁ、今度は俺が身分を明かせと?

「そうだよ。俺はただの専門学生で、ただのβ。お前らα様とはとは違うよー……」

 どうせなら大ウソをついてやろうかと思ったけど……αと名乗ることはできなかった。冷たく吐き捨てるが、心の中は悔しさでいっぱいだった。

 ただのβ?いいや、蔑まされてるΩだよ。

 俺の態度に雰囲気が悪くなると思いきや、3人は「へー」とか「そうなんだー」と頷いて気にする様子はない。逆に俺が居心地悪くなると、あづさが微笑んだ。

「別にαとかβとかΩとか気にしないよ。血液型みたいなものとしか思ってない。なぁ?」
「そうそう」
「選べるもんじゃないし、変えれるもんでもないしさー」

 これはαだから言える綺麗事だ。だけど……平気でΩをバカにして見下す連中よりは遥かにマシ。
 拍子抜けしてしてしまった。 

「トイレ行ってくる。なんか適当に頼んでおいて」
「うい」

 そう言い残してあづさが席を立った瞬間、カツヤとケイは身を前に乗り出して「アイツのことどう思う?」と尋ねた。

「どうって言われても……」
「ついてきたってことは、ちょっとはいいなって思ったってことだよな?ゲイ?それとも両方いける感じ?」
「…………まぁ」
「へぇ~なるほど」

 普通に会話するのが面倒だったし、曖昧に濁して2人の動向を探る。

「あづさってさぁ今まで誰とも付き合ったことないんだよ」
「……マジ?嘘だろ?なんで??」

 なんで急にそんな話を?ってのは置いておいて、衝撃の事実に目を見開くと、2人は渋い顔をした。

「これには深~いワケがあってさぁ……」
「そうそう。物心ついた時から男が好きか女が好きなのかわからなくて、ずっと好きな人すらいなかったって。
んで、高1で同級生の男を好きになって、やっと自分はホモだって知ったんだってさ。
そしたら向こうから告白されて付き合うことになったんだ」
「あぁ、それが罰ゲームだったとか?」

 ありきたりな話だが、高1のあづさは酷く傷ついたのだろう……そう予想したが2人は目を伏せて首を横に振る。

「んー、その程度で済んだらよかったんだけど」
「そうそう。あ、これ、あづさから口止めされてるんだけどさ……言っちゃうね。俺たちが言ったって絶対内緒、約束な?」
「お、おう」

 勝手に約束されても困るけど、ただ事ではない雰囲気に頷くことしかできなかった。

「あづさのオヤジってすっごい人なんだよ。新田不動産の社長。じーさんが会長」
「えっ、あの新田不動産!?ヤバ……!」

 俺でも知ってる超大企業の名前が出てきてつい大声を上げてしまい、ケイが慌てて「しーっ!」と人差し指を口に当てた。

「わ、悪いそれで?」
「その同級生、キスすらしてないのにあづさにレイプされたって騒ぎ始めたんだ」
「えっ……」
「やってないって証明できたからよかったものの……あの時は大変だったよな」
「うん……」

 カツヤとケイは視線を交わして深いため息をついた。

「なんでそんなことになったんだよ?」
「そいつ、プラチナ不動産の社長の息子なんだ。。
プラチナ不動産って上層部の不倫とか隠し子のスキャンダル続きで経営が急激に悪化した時期あったじゃん?」
「あぁ、そんなことあった……ような……」
「父親が息子に命令してライバル会社の事件を捏造しようとしたんだ」
「やってないって証明できたからよかったけど、同級生は……自殺……しちゃったんだよね。あづさは後悔ずっと後悔してて笑顔の裏で他人を拒絶するようになったんだ」
「……」

 あづさの重い過去に言葉を失う。
 裕福な環境ゆえに起きた悲劇……金で解決できないこともあるのか……。
 金持ちってのも大変なモンだ。

「だ・か・ら!たまーにこうして俺らが遊びに連れ出してるんだけどさ!
ずっと『クラブ?出会い?興味ないんで』って感じだったくせに急に一目惚れしたとかほざきやがってよー」
「そうそう、マジでびっくりしたよな」

 カツヤは雰囲気を変えるために大袈裟に声を張り上げ、ケイもまた大袈裟に深く頷く。

「急に声かけられて驚いたと思うけど許してやってほしい。慣れてないだけなんだ」
「んで、俺たちはまたやらかさないか見張りに来た」
「あぁ……」

 事情はわかったけど……なんで俺なんだ?という疑問が残ったまま。
 俺より2人の方があづさに相応しいように見えるけど……そんな思いをカツヤは見透かした。

「正直言うとさ……俺たちもなんで?別に普通じゃねって思った。あ、マジでごめんね?ホント悪口じゃないからな?
でもあづさは特別輝いて見えたって言ってたよ……」

『輝いて見えた』か……。臭いセリフだな、笑えるぜ。

 あづさは俺みたいな底辺の人間と関わったことがないのだろう。隠しきれない『異物感』を言い表す言葉を知らないから一目惚れだ輝きだセリフを吐けるんだ。よく言っても動物園の珍獣と変わらない。

 しかしカツヤとケイは違った。

「で、ここからが本題なんだけどさ……」
「嫌だったら全然断ってもいいからね?」
「な、なんだよ急に……」

 いかにもαですって言わんばかりの自信満々な喋り方だったのに、いきなりモゴモゴし始めるから、身を乗り出して話に聞き入ってしまう。

「ちょっとの間でいいから、あづさと付き合ってほしいんだ」
「えっ!?」

 思いがけないお願いに、また大声をあげてしまう。

「待って!?付き合うっていうのは、一緒に映画観たりカラオケ行ったり……みたいな?イヤラシイ意味じゃないよ?」
「そうそうそうそう!中学生レベルのお付き合いね?あいつ、そういうこともしたことないから……」
「あーそっかーとはならねぇよ」
「お願い!あづさがやっと一歩踏み出せるチャンスなんだ!」
「いい思い出が作れたら、アイツも変われると思うんだよ」

 踏み出せる『チャンス』に『いい思い出』が作れたら、ねぇ。俺を踏み台にして、次は相応しい恋人を作らせるってか?

「1ヶ月くらいしたらフェードアウトしちゃっていいからさ!」
「もちろんタダとは言わないぜ?」
「……なんでそんな必死なの?そこまでするならお前らが付き合ってやりゃあいいじゃん」
「えー、だってゲイじゃないし……」
「彼女いるから無理」

 付き合えない理由は即答するのに必死な理由を答えない。
 裏があるのは明白で、コイツらも利益のために同級生の父親とほぼ同じことしてるじゃねぇか。
 そりゃムカつくことはムカつくけど、理由がはっきりしてる分あづさよりマシだ。
 こんな連中も一皮剥けば俺たちと同類のクズ。いくらか貰えるようだし、観察するのも悪くないだろう……。
 口を押さえて考え込むふりをしながらニヤリと笑う。

「わかった。いいよ、付き合ってやっても……」
「マジ、よかったー!」
「ありがとー!あっ、あづさが帰ってきた。詳しくは後で」

 2人は俺の思惑を知ってか知らずか、胸を撫で下ろした。

 あづさが帰ってから他愛のない話をしてLINEを交換して解散になった。
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