「この世界の未完成は」

市井安希

文字の大きさ
上 下
1 / 3

1.男に媚びて生きたくなかったのに

しおりを挟む
 夜の公園は生ぬるい風が吹いていた。
 汗でTシャツがくっついてうっとおしい。 
 俺はベンチに座って貧乏ゆすりしながらスマホをいじっていた。

 この公園は男同士のパパ活や援交の待ち合わせ場所として有名スポットだった。
 俺も出会い系の利用者の1人。隣のフェンスにもたれてあくびしてるヤツもそうだろう。

 スマホの画面に映るのは出会い系アプリでの生々しいやり取り。
 最初は男がシコってるのを見るだけだったのに……シコってるところ見せてくれたらプラス5千円とか、舐めてくれたら2万円とか、最終的にヤッたら5万くれるって。
『大人』の相場は5万らしいから……悪くない金額なんだろう。
 エロいことして金もらうんだから、最後までしてより多くの金が手に入った方がいいんじゃないか?なぁ。そうだろう?別にさ、今どきみんなやってることだしさ、需要と供給が一致しただけだし……。

 何も悪いことしてるわけじゃないのに自分に言い訳を重ねるのはあの女が頭によぎるから。

 あいつは、俺の母親は、男に媚びて生きるΩだった。
 学のないΩのシングルマザーができる仕事なんて水商売か風俗ぐらいしかないってわかってるけど、母親はあまりにも醜かった。ガキの俺を押し入れに押し込んで……芝居がかった媚びた喘ぎ声を思い出すだけで吐き気がする。
 せめて隠す努力をしてくれたら少しは受け入れることができたのに……。
 あの女は、世間が思い描く通りのΩだった。俺は絶対にあんな風にならない、俺はΩだからって自分を売らない。そう強く思っていたのに結局同じことをしようとしている……。

 時計を見るともうすぐ約束の時間だ。
 深い深いため息をついた時、突然背後から声がした。

「ひ、寿……?」

 寿(ひさし)……その偽名で俺を呼ぶ人は決まっている。
 恐る恐る振り向くと、そこに立っていたのは恋人のあづさだった。困惑した顔だが、どんよりした雰囲気が漂う公園には場違いなほどキラキラしたオーラをまとっている。

「な、なんでここに……」
「あづさこそ……どうしてこんな場所に……」
「勝哉が、あの、動画撮ろうって言って、それで……寿に似た人がいると思って……か、帰らせたよ!」
「……」
「……」

 勝哉とは俺らのグループの一員で、アングラな芸風でそこそこ有名なYouTuberだ。
 こういった場所に突撃すると言ってもおかしくはないヤツである。
 あづさのストレートな問いに長い沈黙は敗れた。

「まさか、出会い系?じゃないよね?」
「そ、れは……」
「ねぇ寿……」
「……」

 答えることができなかったけど、肯定したも同然だった。
 まずい。このままじゃいけない。必死に言い訳を考えたけど言葉が出てこない。

「……帰ろう」
「あっ、痛い!痛いって!」

 あづさは今まで見たことのない脳面のような顔をしていた。

 ものすごい力で腕を引っ張られ、偶然通りかかったタクシーに押し込まれる。 
 もちろん抵抗したけど、体格が良く小学校の時から空手をしているあづさに敵うわけがなかった。

 場所が場所だけにタクシーの運転手は慣れきった顔で「お客さん、どこまで?」と尋ね、あづさはぶっきらぼうにマンション名を告げた。いつも運転手や店員には物腰柔らかいのに……声だけで震えるほど怖くて顔を見ることができない。

 俯いた先に見えたのは笑えるくらい震えてる自分の膝。

 怖い。怖いよ。怒ってるあづさが怖いんじゃない。手に入れたものを失うのが怖いんだー……。

 視線を窓の外の景色に移し、ぼんやりと過去のことを思い出す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの運命の番になれますか?

あんにん
BL
愛されずに育ったΩの男の子が溺愛されるお話

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

ヒーローの末路

真鉄
BL
狼系獣人ヴィラン×ガチムチ系ヒーロー 正義のヒーロー・ブラックムーンは悪の組織に囚われていた。肉体を改造され、ヴィランたちの性欲処理便器として陵辱される日々――。 ヒーロー陵辱/異種姦/獣人×人間/パイズリ/潮吹き/亀頭球

僕は社長の奴隷秘書♡

ビビアン
BL
性奴隷――それは、専門の養成機関で高度な教育を受けた、政府公認のセックスワーカー。 性奴隷養成学園男子部出身の青年、浅倉涼は、とある企業の社長秘書として働いている。名目上は秘書課所属だけれど、主な仕事はもちろんセックス。ご主人様である高宮社長を始めとして、会議室で応接室で、社員や取引先に誠心誠意えっちなご奉仕活動をする。それが浅倉の存在意義だ。 これは、母校の教材用に、性奴隷浅倉涼のとある一日をあらゆる角度から撮影した貴重な映像記録である―― ※日本っぽい架空の国が舞台 ※♡喘ぎ注意 ※短編。ラストまで予約投稿済み

全ての悪評を押し付けられた僕は人が怖くなった。それなのに、僕を嫌っているはずの王子が迫ってくる。溺愛ってなんですか?! 僕には無理です!

迷路を跳ぶ狐
BL
 森の中の小さな領地の弱小貴族の僕は、領主の息子として生まれた。だけど両親は可愛い兄弟たちに夢中で、いつも邪魔者扱いされていた。  なんとか認められたくて、魔法や剣技、領地経営なんかも学んだけど、何が起これば全て僕が悪いと言われて、激しい折檻を受けた。  そんな家族は領地で好き放題に搾取して、領民を襲う魔物は放置。そんなことをしているうちに、悪事がバレそうになって、全ての悪評を僕に押し付けて逃げた。  それどころか、家族を逃す交換条件として領主の代わりになった男たちに、僕は毎日奴隷として働かされる日々……  暗い地下に閉じ込められては鞭で打たれ、拷問され、仕事を押し付けられる毎日を送っていたある日、僕の前に、竜が現れる。それはかつて僕が、悪事を働く竜と間違えて、背後から襲いかかった竜の王子だった。  あの時のことを思い出して、跪いて謝る僕の手を、王子は握って立たせる。そして、僕にずっと会いたかったと言い出した。え…………? なんで? 二話目まで胸糞注意。R18は保険です。

サファヴィア秘話 ―月下の虜囚―

文月 沙織
BL
祖国を出た軍人ダリクは、異国の地サファヴィアで娼館の用心棒として働くことになった。だが、そこにはなんとかつての上官で貴族のサイラスが囚われていた。彼とは因縁があり、ダリクが国を出る理由をつくった相手だ。 性奴隷にされることになったかつての上官が、目のまえでいたぶられる様子を、ダリクは復讐の想いをこめて見つめる。 誇りたかき軍人貴族は、異国の娼館で男娼に堕ちていくーー。 かなり過激な性描写があります。十八歳以下の方はご遠慮ください。

運命の番じゃないあなたを愛している(『仮初めの番に愛を捧ぐ』改題)

明太子
BL
王国軍近衛師団長かつΩのソニア・アンバーは運命の番である婚約者レイモンドの浮気が原因で婚約破棄&左遷の憂き目に遭う。 左遷先でソニアはαのヴォルフヒルデ・サヴィルと出会い、ひょんなことからソニアのヒートを鎮めるために体の関係を持つことになる。 『仮初めの番』として過ごす中でお互いに惹かれ合うものの、ソニアの出生の秘密やレイモンドからの復縁の申し出によって2人の仲はすれ違って…。 ※α(アルファ)は魔法が使えるということ以外は世間一般的なオメガバース設定を使用しております。 (魔法についてはそんなに出てきませんが…) ※R18的展開には*が付いています。 匂わせだと(*)です。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

処理中です...