悪魔の頁

kawa.kei

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第61話

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 「……取りあえず笑実の使っていた魔導書をどうするかですね」

 落ち着いた祐平は最初に片付けるべき問題を口にする。
 彼女の持っていた魔導書は四十四冊分。 全体の半分以上だ。
 手に入れれば戦力面ではかなり充実する事になるだろう。

 ただ、持った者は戦闘では真っ先に矢面に立たされることになる。
 それを察している櫻居と卯敷は黙り、手を上げかけた伊奈波は卯敷に止めろと諭された。
 水堂は小さく溜息を吐く。

 「この流れだと俺か祐平だが――どうするよ?」
 「多分ですがもう俺達以外の参加者はほぼ残っていないはずです」

 笑実の四十四冊に櫻居の十七冊。
 祐平が四、水堂が三、卯敷、伊奈波が一。
 
 「……って事は合計で七十。 残りは二冊か」
 「はい、恐らくですが足りない二冊の能力を考えると例の黒幕が持っている可能性が高いです」

 つまり残っているのは祐平達を除けば黒幕の男だけかもしれないのだ。
 
 「って事はこの後はあいつをぶちのめすだけだな」
 「俺としては一発喰らわせないと気が済まないので貰っても良いですか?」
 
 誰も何も言わない。 それを肯定と捉えた祐平は笑実の魔導書を拾い上げる。
 魔導書が統合されて一つになった。 祐平の手あった魔導書の重みが増す。
 それが笑実の命の重さのような気がして祐平の気持ちは少し落ち込む。
 
 「おい! どうせどっかで見てんだろうが! もう俺達に潰し合う気はねぇぞ! 進めたいってんならお前が直接出てこい!」

 水堂が挑発的な口調で叫ぶ。 櫻居と卯敷は周囲を警戒するように見回し、伊奈波は特に何も考えていないのかぼんやりとしている。

 「祐平、残りの二つは何だ?」
 「『01/72バエル』と『18/72バティン』の二つです。 前者は俺の『11/72グシオン』の上位互換みたいなもので、後者は瞬間移動です。 多分、上手く使えばここから出られる可能性があるのであいつが持っている可能性は高いと思います」
 「は、だったら尚更、ここで大人しく粘ればいい――」

 水堂は根競べになりそうだと思っていたが、相手はそうは考えていなかったようだ。
 彼等の足元に巨大な魔法陣のようなものが現れる。 魔導書を得た時に踏んだものと酷似していた事から転移の魔法陣だとその場の全員が察した。 次の瞬間に周囲の風景が切り替わる。

 そこには見覚えがあった。 最初に来た広場だ。
 違うのは一人の見覚えのない男が立っている事ぐらいだろう。
 中肉中背、顔立も平凡。 特徴と言う特徴の見当たらない男だった。

 ただ、手には魔導書を持っている事から敵だと言う事ははっきりと分かる。
 と言うよりこの状況で魔導書を持っている時点で黒幕の男だと言う事は明らかだ。
 祐平も確認の為に魔導書で調べるが、残りの二冊である事は間違いない。

 真っ先に前に出たのは水堂だ。 僅かに遅れて伊奈波も前に出る。
 卯敷は一歩下がり、櫻居は無言で魔導書を構えた。
 
 「一応、聞いておくがよ。 お前が俺達をこのクソみてぇな場所に送ってくれた張本人でいいんだよな?」
 「その通りだ」

 瞬間、水堂は魔導書を第四位階で使用し、悪魔へと変化しようとしたが――

 「まぁ、落ち着き給えよ」

 男が魔導書を軽く持ち上げると水堂の魔導書が弾け飛び、ページがバラバラと散らばる。
 発動もキャンセルされたらしく彼の体は悪魔へと変化しなかった。
 
 「おいおい、マジかよ」

 卯敷が思わず呟く。 祐平も同じ気持ちだった。
 何故なら他の全員の魔導書も弾け飛び、ページが撒き散らされる。
 散ったページは地面に落ちる前に空中で制止すると吸い込まれるように男の魔導書へと取り込まれた。

 全てページを失い、ガワだけになった魔導書が役目を終えたように消滅。
 幻覚の類かもしれないと祐平は魔導書の起動を試みたが、何の反応も帰って来なかった。
 これは取られたと判断せざるを得ない。

 「クソが! 汚ねぇぞ!」
 「ふざけんな!」

 卯敷と伊奈波が反射的に文句を口にし、櫻居は反射的に逃げ場所を探そうと視線を巡らせる。
 そして水堂は構わずに殴りかかった。 男は小さく嘆息し、パチンと指を鳴らすと不可視の衝撃のようなものが発生し、水堂の体が車か何かに撥ねられたかのように吹き飛ぶ。

 祐平は咄嗟に手を翳すと風が巻き起こり、水堂の体を受け止める。
 
 ――魔術は使える。

 これは魔導書由来の能力ではなく『11/72グシオン』から得た知識によって身に着けたものだ。
 その為、魔導書がなくても扱う事は出来る。 ただ、魔導書に比べれば破壊力は大きく劣るので、目の前の男に通用するのかは怪しかった。

 完全となった魔導書を持った男を見て祐平は怒りを抱く。
 何が最後の一人は全てを得るだろうだ。 最初からお前が総取りする事が前提のクソゲーじゃないか。
 今まで死んだ連中は何だったんだ? お前のいう訳の分からない儀式に付き合わされただけか?

 考えれば考えるほどに怒りが湧きおこるが、同時に心の冷静な部分では納得もしていた。
 そもそも理不尽に人を誘拐して殺し合わせるなんて悪趣味な催しを行う男だ。
 ルールを守る訳がない。 そう考えれば魔導書を取り上げる手段を持っていても不思議ではないだろう。

 「まずは君達に感謝を伝えなければならないな。 私の儀式に協力してくれてありがとう」
 「無理矢理連れて来ておいてよく言う」

 祐平が前に出て挑発的にそう返す。 この状況でまともに戦えるのは自分だけだ。 
 それに時間を稼げば何かしらの打開策が出るかもしれない。
 自分が思いつかなかったとしても他の誰かが、何かをしてくれるかもしれない。

 少なくともこのまま無策で突っ込めば返り討ちだ。
 相手の気が変わらない間は好きに喋らせればいい。 そんな考えもあって祐平の言葉には続きを促すようなニュアンスが含まれている。

 「気持ちは分かるよ。 私も理不尽な扱いを受けて生きていてね。 踏みつけられ、利用される者の気持ちは誰よりも理解しているつもりなんだ」
 「だったら、こんな事は最初からするべきじゃなかったんじゃないか?」
 
 男はふっと鼻を鳴らして笑う。

 「確かに君の言う事は正論だ。 だが、私はこうも思う、利用されるのは利用される側に力がなかっただけの話だとね」
 「漫画で安っぽい悪役が言いそうなセリフだな」

 何の捻りもなく弱肉強食を肯定するその姿勢には怒りを通り越して呆れすら感じる。
 
 「その安っぽさこそが真理なのだよ。 君達は物事を小難しく考えて賢くなった気でいるようだが、世界は単純化すれば弱肉強食に行きつくとは思わないかね?」
 「――やったもん勝ちってか?」

 そういったのは全身の痛みに顔を顰めつつ立ち上がった水堂だ。
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