悪魔の頁

kawa.kei

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第58話

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 祐平は即座に敵の戦力構成を把握。
 彼の得た知識と視界に入る悪魔の群れを照合し、水堂達にそっと伝える。
 水堂と伊奈波はちらりと祐平を振り返り、教えられた位置に火球を撃ち込んで手近な悪魔を火だるまへと変えた。

 敵は水堂達の視界の外から仕掛けるつもりだったようで、あのまま行っていたら囲まれて袋叩きにされていただろう。 そして来る事さえ分かっていればどうにか対応はできる。
 祐平は水堂達に指示を出しながら笑実を観察。 展開されている悪魔は四十二体で、中には予想通り『44/72シャックス』も含まれていた。

 マスケットは事前に聞いていた『08/72バルバトス』こちらを捉えているのは『45/72ヴィネ』だろう。 つまり笑実は見えている範囲で四十四冊の魔導書を持っている事になる。
 七十二冊中、四十四冊。 つまりは既に半数以上が脱落し、その大半を笑実が仕留めた事になる。

 潰し合った結果なので全員ではないだろうが、少なくない数の人間の手にかけた事は動かせない事実だ。
 説得すれば思いは通じる。 愛や友情的な何かに訴えれば行けるのではないか?
 そんな事を考えた事もあった。 少なくとも彼の知る漫画などのフィクションではこれで大抵は解決する。

 ただ、この現実はフィクションのように甘くはない。
 何故なら笑実は祐平を認識した上で銃撃を行ったのだ。 狙われたのが水堂で、死んだのが御簾納だっただけで、明らかに祐平を殺すつもりなのは明白だった。

 名前の通り笑顔の似合う少女だったが、感情を喪失した事によって別人のように変わり果てた彼女を見るのは辛いが祐平もまた悪魔の影響を受けていた。
 自覚はなかったが『11/72グシオン』は彼に知識を与える事により、その知識を考えの中心に置いている。 遭遇前に笑実の説得が無理だと言い切ったのはこれが理由だ。

 知識は絶対とまでは思っていないが、正しいと認識しているので笑実は元に戻らないと知らされ彼は納得してしまっていた。 だからこそ、笑実を殺そうなどと平気で言えてしまったのだ。
 現に今も殺したくない、殺さずに済ませたいと思うだけで実際はどうやれば殺せるのかを考えてしまっている。

 ――このままでは無理だ。

 卯敷は第三位階を使用してるが戦闘向きの悪魔ではないので取り巻きの牽制が限界。
 その為、実質的な戦力は水堂と伊奈波の二人だけとなる。
 能力は二人とも炎を操ると単純な火力なので応用もあまり効かない。

 勝ち筋として一番手堅いのは適度に距離を取って逃げる――要は鬼ごっこの状態に持ち込む事だ。
 そうすれば低位階とはいえこれだけの数をいつまでも維持できる訳がないので笑実はそうかからず寿命を使い果たして死ぬだろう。 問題は逃げる事が難しい事にある。

 大量の悪魔の群れだけなら突破は可能だろう。
 第二と第三とでは地力にかなりの差が出るので、無理に全員を相手にせず突破のみを念頭に置いて動けばどうにかなる。 だが、笑実自身がそれを許さない。

 彼女は無言でマスケットを構えるだけで動かない。 理由は乱戦で射線が通り難い事もあるが、水堂達が逃げるのを待っているのだ。 背を向けた瞬間に撃ち込もうと狙っている。
 祐平を狙わないのは彼に戦闘能力がない事を看破して後回しにしてもいいと判断しての事だ。

 恐らく水堂と伊奈波を仕留めたら、卯敷、祐平の順番で狙うつもりなのだろう。
 脅威度の高い順番に仕留める。 合理的だと祐平は内心で歯噛みした。
 祐平達を全滅させれば後は逃げた櫻居をゆっくりと追えばいい。 祐平が全体を見て彼等に指示を出している事は察している。 だが、配置や狙いを知った所でどうでもいいと考えているようで、祐平の事を完全に無視。

 視線は水堂と伊奈波に向かっている。 その目は狩人のように冷徹で、機械的に処理する事だけを考えているように見えた。 『22/72イポス』の未来予知は優秀だ。
 優秀であるが故に祐平は身動きが取れない。 指示を誤る、または途切れさせると水堂と伊奈波のどちらかが瞬く間に囲まれて殺される未来が見えるからだ。

 彼等を死なせない為に未来を全力で先読みし、包囲されない最適な行動を三人に取らせなければならない。 今はどうにかなっている。
 大量の悪魔に対して捜査しているのは笑実一人だからだ。 行き届かずに効率的な指揮が執れていない。
 
 それでも単純な物量は圧倒的で囲まれないように立ち回っている水堂達は徐々にだが包囲されつつあった。 もう一つ問題がある。 祐平のタイムリミットだ。
 第四位階は強力ではあるが消耗が激しく、今この瞬間にも彼の寿命は凄まじい勢いで削れている。

 ――祐平! 俺とこいつで第四位階を使って突破する。

 水堂達も手詰まりと感じているのか打開を図ろうとするが、使おうとした瞬間に確実に片方は銃弾の餌食になる。 使わせた場合、水堂と伊奈波のどちらかの頭が破裂する未来が見えた。

 ――駄目です。 使ったら頭を吹き飛ばされます。
 ――でもよ! このままやっても殺されちまうって!

 高位階になればなるほど、使用に若干ではあるがタイムラグがある。
 笑実は撃たずに構えているのはその一瞬を見逃さない為だ。 実際、祐平の目にはその隙を十全に活かして二人を仕留める彼女の姿が見えていた。 だから、迂闊に大きな力は使わせられない。
 水堂は素直に聞き入れたが、伊奈波は彼ほど聞き分けが良くないので、何度も突っ込もうとしているのを止めている状態だ。
 
 いい加減に限界が見え始めていた。 打開する為には非常に単純なものが必要だ。
 笑実の銃撃を牽制して逃げる、または第四位階を使う為の隙を作る手数――要は手が足りない。
 後、二、三人ぐらいまともに戦える人員が居れば……。
 
 ない物ねだりをしても仕方がないのは分かってはいるがこのままでは詰む事だけははっきりしていた。
 
 ――どうすればいい。

 まるで負けが分かっている勝負をさせられている気分だ。
 いや、笑実からすれば最初から勝負とすら認識していないかもしれない。
 狩りと同じで獲物を仕留める事を前提と考えて、作業として追い込んでいる。

 表情から読み取れないので内心で何を考えているかは分からないが、それぐらいの思考だろう。
 焦りが募り、どうすればと未来を広く見ようとすると――

 ――!?

 大きな変化を感じ祐平は思わず後ろを振り返った。
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