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第54話
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そこまで明確なビジョンを持っていた訳ではない。
だが、理性の怪物と化した今の彼女であるなら、これまでの自分の状況を正確に俯瞰し、客観的に見る事ができるのだ。 そうして得た結論は非常にシンプルで笑実が祐平に感じているものは恋愛感情。
そしてそれが成就すると本気で信じていた。
外堀は完全に埋まっており、両親も自分と祐平の仲の良さをしっかりと認識している。
仮に恋人関係に発展したと告げれば「ようやくか」と驚きもしないだろう。
それだけ祐平との将来は彼女の中では確度の高い未来だったのだ。
彼との将来を夢想したのは一度や二度ではない。 祐平を探す事への優先度が高いのは将来的に自らを養う雄の安全を確保すると言う点で見れば合理的と考えられる。
――果たして本当にそうだろうか?
恋人関係になる、家庭を築く、社会と言う巨大なコミュニティで自らの立ち位置を確保するのは生きていく上で非常に重要だ。 人は一人でも生きていく事は可能ではある。
特にこの日本と言う国では生きる為の金銭を稼ぐ仕事は選り好みさえしなければ無数に存在しており、これまでに構築した人間関係を利用すれば更に選択肢は広がるだろう。
その為、祐平に固執する必要は本来ないのだ。
ならば何故、自分は祐平という扶養者を求めるのだろうか?
これに関しては応えは容易く導き出せた。 人間は幸福を追求する生き物だからだ。
幸福とは何か? 四半世紀も生きていない彼女の語彙と経験から来る回答は「質の良い生活」だ。
全ては質。 食事、衣服、環境、そして番となる異性。
百円のジャンクフードよりも一万円の高級料理。 千数百円の安物の衣服より、数万の仕立ての良い服。
偏差値の低い学校よりも高偏差値の学校。
顔面偏差値が低く、性格の悪い上、年収の少ない男よりも、顔面偏差値が高く、性格の良い高収入な男。 常に自分にとって最高の物を追求し続けるのだ。
その方が最終的に得られる幸福値が高い。 だからこそ、人は全てにおいて質の高さを求めるのだ。
さて、その考えは彼女の中の合理性が正しいと告げている以上、祐平を探す事はその考えと矛盾するのだろうか?
――しない。
だが、祐平の代替となり、祐平以上の質を担保するものがあるのならその限りではない。
彼女は視線を魔導書に落とす。 人は生きている以上、幸福を求める。
幸福は自身とその周囲の質を高める事とイコールだ。 自身と釣り合わない、もしくは最適な物を見つけ比較して質が低くなったものはどうするべきか?
――……捨てる。
若干の間があったが、答えははっきりと出た。
そう捨てるのだ。 使い古した衣服、機種変更を行った古いスマートフォン、中身が空になったペットボトル、壊れた筆記用具。 どれも行きつく先は「廃棄」の二文字だ。
今の自分には魔導書という万能とまではいかないが、大抵の事はどうにでもなるツールが手に入った。
強大な力だ。 これを持ちかえれば凡そ想定しうるありとあらゆる問題を解決できるだろう。
上手に使えば目障りな障害は物理的、社会的にも後腐れなく排除する事が可能で、人を超えた力は自身に質の高い生活を約束するだろう。
つまり魔導書さえあれば祐平は居ても居なくても特に困らないと言える。
寧ろ、善良な性格の彼はその力を恐れるようになるかもしれない。
そうなれば彼女は選択を迫られるだろう。 魔導書の力か祐平かを。
繰り返しになるが幸福の定義は質の高さだ。
祐平という未来の扶養者と魔導書という圧倒的な力。
そのどちらかしか選べない場合、どちらを残す方が幸福度が高いのか?
考えるまでもなく魔導書だ。 何らかの手段で操る事も視野に入るが、わざわざそこまでして祐平を手元に置く必要はあるのだろうか? 同じ操るのならもっと質の良い男にすればいい。
考えれば考えるほどに祐平にこだわる必要性が存在しないと感じる。
「――っ」
思考に走るノイズのようなものが存在しないはずの頭痛を発生させる。
自分が祐平にこだわる理由を探す度にこうだ。 いい加減に結論を出さないのは合理的じゃない。
それでも彼女の中に在る残滓が、後ろ髪を引っ張るのだ。 その選択は本当に正しいのかと。
――正しい、正しい、私は正しい。
この思考の何処に間違いがある? 人間である以上、幸福を追求するのは当然だ。
ゲームでハイスコアを狙う事と何が違う? 祐平よりも優れた男は探せばいくらでもいる。
祐平の存在はもはや足枷にしかならない。 ならば探し出して殺し――
――それは意識しての行動ではなかった。
笑実は空いた手で自分の顔面を掴み、魔導書を起動。
使用する悪魔は『72/72』。 能力は盗まれた物を取り返し、盗人を懲罰する。
具体的には何か奪われた場合、それを取り返し、奪った相手は『72/72』の使役者が生きている限り同じ物を盗む、または奪う事ができなくなる。 つまり奪い返し、それを二度と奪わせない能力だ。
それ故に用途は限られる扱い辛い悪魔ではあるが、『44/72』にとっては天敵とも言える能力だ。 この能力を使われるとまったく手も足も出なくなる。
問題は『44/72』以外の魔導書を相手が持っていればそちらを使えばいいだけの話だからだ。
笑実は第三位階を用いて自らにかけた『44/72』の能力を解除しようと試みる。
――が、それは叶わない。
祐平が解除の方法がないと言い切った理由もここにある。
『44/72』はものを盗み、『72/72』は盗まれたものを取り戻す。 一見すると相克とも取れる能力だが、使い方によっては相乗効果を生む事ができる――と思われるが、そこには落とし穴が一つ存在する。
笑実は自らの意志で感情を捨て去ったのだ。
こうなるとは想像していなかったが、経緯はどうあれ自ら魔導書を使用し、悪魔に自らの感情を、倫理を盗ませた。 つまり彼女は盗まれたのではなく、盗んだ側――盗人なのだ。
盗人は盗んだのであって盗まれたのではない。
だから『72/72』は彼女の願いを叶える事はできなかった。
――祐平は必要か不要か?
もはや彼女の思考はその質問に抵抗する事はできなかった。
不要。 その二文字は彼女の脳裏に深々と刻みつけられる。
その頬から一滴、何かが流れたが笑実はそれを不思議そうに首を傾げて拭う。
生きてはいないと思うけど、もう要らないから見かけたら殺そう。
はっきりとそう定めた彼女は迷いのない足取りで先へと進んでいった。
だが、理性の怪物と化した今の彼女であるなら、これまでの自分の状況を正確に俯瞰し、客観的に見る事ができるのだ。 そうして得た結論は非常にシンプルで笑実が祐平に感じているものは恋愛感情。
そしてそれが成就すると本気で信じていた。
外堀は完全に埋まっており、両親も自分と祐平の仲の良さをしっかりと認識している。
仮に恋人関係に発展したと告げれば「ようやくか」と驚きもしないだろう。
それだけ祐平との将来は彼女の中では確度の高い未来だったのだ。
彼との将来を夢想したのは一度や二度ではない。 祐平を探す事への優先度が高いのは将来的に自らを養う雄の安全を確保すると言う点で見れば合理的と考えられる。
――果たして本当にそうだろうか?
恋人関係になる、家庭を築く、社会と言う巨大なコミュニティで自らの立ち位置を確保するのは生きていく上で非常に重要だ。 人は一人でも生きていく事は可能ではある。
特にこの日本と言う国では生きる為の金銭を稼ぐ仕事は選り好みさえしなければ無数に存在しており、これまでに構築した人間関係を利用すれば更に選択肢は広がるだろう。
その為、祐平に固執する必要は本来ないのだ。
ならば何故、自分は祐平という扶養者を求めるのだろうか?
これに関しては応えは容易く導き出せた。 人間は幸福を追求する生き物だからだ。
幸福とは何か? 四半世紀も生きていない彼女の語彙と経験から来る回答は「質の良い生活」だ。
全ては質。 食事、衣服、環境、そして番となる異性。
百円のジャンクフードよりも一万円の高級料理。 千数百円の安物の衣服より、数万の仕立ての良い服。
偏差値の低い学校よりも高偏差値の学校。
顔面偏差値が低く、性格の悪い上、年収の少ない男よりも、顔面偏差値が高く、性格の良い高収入な男。 常に自分にとって最高の物を追求し続けるのだ。
その方が最終的に得られる幸福値が高い。 だからこそ、人は全てにおいて質の高さを求めるのだ。
さて、その考えは彼女の中の合理性が正しいと告げている以上、祐平を探す事はその考えと矛盾するのだろうか?
――しない。
だが、祐平の代替となり、祐平以上の質を担保するものがあるのならその限りではない。
彼女は視線を魔導書に落とす。 人は生きている以上、幸福を求める。
幸福は自身とその周囲の質を高める事とイコールだ。 自身と釣り合わない、もしくは最適な物を見つけ比較して質が低くなったものはどうするべきか?
――……捨てる。
若干の間があったが、答えははっきりと出た。
そう捨てるのだ。 使い古した衣服、機種変更を行った古いスマートフォン、中身が空になったペットボトル、壊れた筆記用具。 どれも行きつく先は「廃棄」の二文字だ。
今の自分には魔導書という万能とまではいかないが、大抵の事はどうにでもなるツールが手に入った。
強大な力だ。 これを持ちかえれば凡そ想定しうるありとあらゆる問題を解決できるだろう。
上手に使えば目障りな障害は物理的、社会的にも後腐れなく排除する事が可能で、人を超えた力は自身に質の高い生活を約束するだろう。
つまり魔導書さえあれば祐平は居ても居なくても特に困らないと言える。
寧ろ、善良な性格の彼はその力を恐れるようになるかもしれない。
そうなれば彼女は選択を迫られるだろう。 魔導書の力か祐平かを。
繰り返しになるが幸福の定義は質の高さだ。
祐平という未来の扶養者と魔導書という圧倒的な力。
そのどちらかしか選べない場合、どちらを残す方が幸福度が高いのか?
考えるまでもなく魔導書だ。 何らかの手段で操る事も視野に入るが、わざわざそこまでして祐平を手元に置く必要はあるのだろうか? 同じ操るのならもっと質の良い男にすればいい。
考えれば考えるほどに祐平にこだわる必要性が存在しないと感じる。
「――っ」
思考に走るノイズのようなものが存在しないはずの頭痛を発生させる。
自分が祐平にこだわる理由を探す度にこうだ。 いい加減に結論を出さないのは合理的じゃない。
それでも彼女の中に在る残滓が、後ろ髪を引っ張るのだ。 その選択は本当に正しいのかと。
――正しい、正しい、私は正しい。
この思考の何処に間違いがある? 人間である以上、幸福を追求するのは当然だ。
ゲームでハイスコアを狙う事と何が違う? 祐平よりも優れた男は探せばいくらでもいる。
祐平の存在はもはや足枷にしかならない。 ならば探し出して殺し――
――それは意識しての行動ではなかった。
笑実は空いた手で自分の顔面を掴み、魔導書を起動。
使用する悪魔は『72/72』。 能力は盗まれた物を取り返し、盗人を懲罰する。
具体的には何か奪われた場合、それを取り返し、奪った相手は『72/72』の使役者が生きている限り同じ物を盗む、または奪う事ができなくなる。 つまり奪い返し、それを二度と奪わせない能力だ。
それ故に用途は限られる扱い辛い悪魔ではあるが、『44/72』にとっては天敵とも言える能力だ。 この能力を使われるとまったく手も足も出なくなる。
問題は『44/72』以外の魔導書を相手が持っていればそちらを使えばいいだけの話だからだ。
笑実は第三位階を用いて自らにかけた『44/72』の能力を解除しようと試みる。
――が、それは叶わない。
祐平が解除の方法がないと言い切った理由もここにある。
『44/72』はものを盗み、『72/72』は盗まれたものを取り戻す。 一見すると相克とも取れる能力だが、使い方によっては相乗効果を生む事ができる――と思われるが、そこには落とし穴が一つ存在する。
笑実は自らの意志で感情を捨て去ったのだ。
こうなるとは想像していなかったが、経緯はどうあれ自ら魔導書を使用し、悪魔に自らの感情を、倫理を盗ませた。 つまり彼女は盗まれたのではなく、盗んだ側――盗人なのだ。
盗人は盗んだのであって盗まれたのではない。
だから『72/72』は彼女の願いを叶える事はできなかった。
――祐平は必要か不要か?
もはや彼女の思考はその質問に抵抗する事はできなかった。
不要。 その二文字は彼女の脳裏に深々と刻みつけられる。
その頬から一滴、何かが流れたが笑実はそれを不思議そうに首を傾げて拭う。
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