31 / 65
第31話
しおりを挟む
ターゲットとの距離は約五十メートル。
絶対に当てられる。 苅谷は弓を全力で引き、放つ。
腐食毒を内包した矢は真っ直ぐに目標へと向かって飛ぶ。 完全に捉えた。 外す訳がない。
矢はターゲットの頭部に吸い込まれるように――空を切った。
――!?
苅谷は馬鹿なと目を見開く。 外したのではなく、首を傾けて躱したのだ。
はっきりと見えている訳ではないが、明らかに背を向けた状態だった。
後ろに目が――いや、この視界が悪い中で付いていても無理だ。
だったら何故躱せる? あれは偶然ではなく、反応して躱したとしか思えない挙動だった。
動揺は大きかったが、やる事には変わりはない。
一矢で決まらなかったのなら二の矢を放つだけだ。 苅谷は再度矢をつがえて構えるより早く、周囲の異変に気が付いた。
いつの間にか苅谷を囲むように何かが現れる。 人間ではなく、異形の怪物だが、この迷宮を徘徊している個体群ではなく召喚された悪魔だ。 これは感覚的なものではっきりとした根拠はないが、これまでに遭遇した怪物達は単独で群れを作るような行動は一切取らなかった。
だが、苅谷を取り囲む異形達は明らかに一つの意思を持って彼を包囲している。
それは共通の目的があるか何者かに使役されているかのどちらかである可能性が高い。
前者は群れない事から考え難く、消去法で自然と後者になる。 つまり彼を取り囲んでいるのは悪魔で標的にしていた男が使役している可能性が高い。
接近に気が付かなかったのは壁に張り付いていたからだ。
恐らく、尾行中に何度か魔導書を使っている素振を見せていたのでその時に呼び出して伏せていたのだ。 狩るつもりが罠にかかって狩られる側に回った。
苅谷は生粋の狩人という訳ではないが、自分がやろうとした事を逆にやられてた事に対しての動揺は大きい。 それにより、思考が一瞬ではあるが空白になる。
「正直、お前みたいな奴は大歓迎だ。 何せ、見極める必要がないからな」
不意に闇の向こうから声が聞こえる。 そして魔導書を使用したのか全身に炎を纏った男が闇を払うように近づいて来た。 それにより男を中心に周囲が明るくなる。
苅谷は内心で詰んだとほぼ確信していた。 何故なら、彼の周囲を取り囲む悪魔は四体。
そして男は魔導書の第三位階を用いて悪魔との融合を果たしているのだ。
つまり目の前の男は最低でも五冊の魔導書を保有している。
炎を纏った男は人間にはとても見えず、魔人と形容するに相応しい姿だった。
苅谷は勝ち筋、少なくとも逃げる算段を整えるまでの時間を稼ぐ意味でもカラカラに渇いた口内に僅かに残った唾を呑み込み、必死に突破口を探る。
「ひ、一つ聞きたい。 何故、俺の存在に気が付いた?」
考えろ、喋りながら考えるんだ。 正面に男、周囲は四体の悪魔。
撃破を狙うなら男の殺害を狙うべきだが、苅谷は自身の悪魔の性能をしっかりと把握していた。
『14/72』の本領は毒矢による奇襲だ。 つまり狩人であって戦士ではない。
そして目の前の男が纏う炎の悪魔は明らかに戦士。 直接戦闘に特化しているのは想像に難くない。
この距離で殴り合えば間違いなく数秒で殺される。
だからこそ質問で意識を逸らしつつ突破口を探る事にしたのだ。
――頼む。 乗れ、乗って来い。
嬲るタイプには見えなかったが、こそこそと隠れていた相手を引き摺り出したのだ。
多少は得意になって余裕を見せる。 いや、見せてくれと祈るような気持ちで疑問を投げかけた。
彼の祈りが通じたのか、男は僅かに目を細める。
――確かに彼は苅谷の思惑通りに会話には乗ってくれた。
だが、その口から放たれた言葉は彼の想像の斜め上だった。
「お前、さっき一人殺しただろ? リーマン風の男だ」
「……は?」
てっきり彼の奇襲を見破った仕掛けを得意げに語ると思っていたのでこの返しは想定していなかった。
それ以前に何故、彼が一人仕留めた事を知っているのか?
魔導書のページ数で判断したのだろうと思うが、殺した相手の特徴まで言い当てたのはどういう事だ?
男の意図が分からず、苅谷は突破口を探るという目的も忘れて相手の思考を読み取る事に意識を裂いてしまった。 男は淡々と続ける。
「俺は常々思っていた。 自らの都合、欲望を満たす為に非がない人間を一方的に攻撃できる奴は何なんだろうなって」
男は視線を僅かに上げる。 その視線は苅谷ではなく、どこか遠くを見ているようだった。
普段の苅谷ならその出来た隙に喰らいつくはずだったが、男の言っている意味が理解できずに硬直してしまう。
「答えはちょっと考えれば分かる事だ。 そう、屑だ。 高度な意思疎通と言う人間に備わっている最大の能力を放棄し、飢えた獣のように弱者から奪おうとする。 あぁ、生きる為ですらなく、自らの愉悦の為だから獣以下の畜生だな。 そんな連中に生きている資格は――まぁ、なくはない。 ただ、人間として生きる価値はないと俺は思っている。 分かるだろう?」
男はさも当然の事実、まるで常識を語るように同意を求めるが、苅谷にはさっぱり理解できなかった。
質問に対する答えになっていない。 男の言葉をそのまま借りるならお前こそ意思疎通のできない畜生なのではないかといった考えがふっと浮かぶが口に出す度胸はなかった。
「で、お前は何の罪もない、他者に害を与えたかも定かではない男を一方的に嬲り殺しにした。 そしてそれだけでは飽き足らず、俺も殺そうとした。 ――後者に関しては割とどうでもいい。 ただし、前者に関しては――あぁ、そういえば質問に答えていなかったな。 所詮は会話もできない屑畜生と思って言いたい事だけ言ってしまった。 俺も反省しないとな」
ヤバい。 目の前の男を一言で形容するとこうだ。
冗談抜きで精神異常者だと苅谷は確信した。 逃げないと殺される。
だが逃げ場は何処だ? いや、そんな事を言っている場合ではない。
取り囲んでいる悪魔をどうにか突破しないと数秒先の未来すら保証されないのだ。
次に考えるのは何処を突破するかだった。 下手に視線を逸らすと殺されそうなので眼球の動きだけで周囲を観察する。 背後の悪魔が姿が分からないが左右のどちらかを一射で仕留める。
後は全力で走って逃げるのだ。 動悸が酷い。
ドロドロとかきたくもない汗が全身から滲み出る。
右か左か? 右は壁に近い、壁から遠い左に決めた。 後は行くだけだ。
頭部を狙って――
「見せてやるよ。 お前が理不尽に奪った命の末路を」
絶対に当てられる。 苅谷は弓を全力で引き、放つ。
腐食毒を内包した矢は真っ直ぐに目標へと向かって飛ぶ。 完全に捉えた。 外す訳がない。
矢はターゲットの頭部に吸い込まれるように――空を切った。
――!?
苅谷は馬鹿なと目を見開く。 外したのではなく、首を傾けて躱したのだ。
はっきりと見えている訳ではないが、明らかに背を向けた状態だった。
後ろに目が――いや、この視界が悪い中で付いていても無理だ。
だったら何故躱せる? あれは偶然ではなく、反応して躱したとしか思えない挙動だった。
動揺は大きかったが、やる事には変わりはない。
一矢で決まらなかったのなら二の矢を放つだけだ。 苅谷は再度矢をつがえて構えるより早く、周囲の異変に気が付いた。
いつの間にか苅谷を囲むように何かが現れる。 人間ではなく、異形の怪物だが、この迷宮を徘徊している個体群ではなく召喚された悪魔だ。 これは感覚的なものではっきりとした根拠はないが、これまでに遭遇した怪物達は単独で群れを作るような行動は一切取らなかった。
だが、苅谷を取り囲む異形達は明らかに一つの意思を持って彼を包囲している。
それは共通の目的があるか何者かに使役されているかのどちらかである可能性が高い。
前者は群れない事から考え難く、消去法で自然と後者になる。 つまり彼を取り囲んでいるのは悪魔で標的にしていた男が使役している可能性が高い。
接近に気が付かなかったのは壁に張り付いていたからだ。
恐らく、尾行中に何度か魔導書を使っている素振を見せていたのでその時に呼び出して伏せていたのだ。 狩るつもりが罠にかかって狩られる側に回った。
苅谷は生粋の狩人という訳ではないが、自分がやろうとした事を逆にやられてた事に対しての動揺は大きい。 それにより、思考が一瞬ではあるが空白になる。
「正直、お前みたいな奴は大歓迎だ。 何せ、見極める必要がないからな」
不意に闇の向こうから声が聞こえる。 そして魔導書を使用したのか全身に炎を纏った男が闇を払うように近づいて来た。 それにより男を中心に周囲が明るくなる。
苅谷は内心で詰んだとほぼ確信していた。 何故なら、彼の周囲を取り囲む悪魔は四体。
そして男は魔導書の第三位階を用いて悪魔との融合を果たしているのだ。
つまり目の前の男は最低でも五冊の魔導書を保有している。
炎を纏った男は人間にはとても見えず、魔人と形容するに相応しい姿だった。
苅谷は勝ち筋、少なくとも逃げる算段を整えるまでの時間を稼ぐ意味でもカラカラに渇いた口内に僅かに残った唾を呑み込み、必死に突破口を探る。
「ひ、一つ聞きたい。 何故、俺の存在に気が付いた?」
考えろ、喋りながら考えるんだ。 正面に男、周囲は四体の悪魔。
撃破を狙うなら男の殺害を狙うべきだが、苅谷は自身の悪魔の性能をしっかりと把握していた。
『14/72』の本領は毒矢による奇襲だ。 つまり狩人であって戦士ではない。
そして目の前の男が纏う炎の悪魔は明らかに戦士。 直接戦闘に特化しているのは想像に難くない。
この距離で殴り合えば間違いなく数秒で殺される。
だからこそ質問で意識を逸らしつつ突破口を探る事にしたのだ。
――頼む。 乗れ、乗って来い。
嬲るタイプには見えなかったが、こそこそと隠れていた相手を引き摺り出したのだ。
多少は得意になって余裕を見せる。 いや、見せてくれと祈るような気持ちで疑問を投げかけた。
彼の祈りが通じたのか、男は僅かに目を細める。
――確かに彼は苅谷の思惑通りに会話には乗ってくれた。
だが、その口から放たれた言葉は彼の想像の斜め上だった。
「お前、さっき一人殺しただろ? リーマン風の男だ」
「……は?」
てっきり彼の奇襲を見破った仕掛けを得意げに語ると思っていたのでこの返しは想定していなかった。
それ以前に何故、彼が一人仕留めた事を知っているのか?
魔導書のページ数で判断したのだろうと思うが、殺した相手の特徴まで言い当てたのはどういう事だ?
男の意図が分からず、苅谷は突破口を探るという目的も忘れて相手の思考を読み取る事に意識を裂いてしまった。 男は淡々と続ける。
「俺は常々思っていた。 自らの都合、欲望を満たす為に非がない人間を一方的に攻撃できる奴は何なんだろうなって」
男は視線を僅かに上げる。 その視線は苅谷ではなく、どこか遠くを見ているようだった。
普段の苅谷ならその出来た隙に喰らいつくはずだったが、男の言っている意味が理解できずに硬直してしまう。
「答えはちょっと考えれば分かる事だ。 そう、屑だ。 高度な意思疎通と言う人間に備わっている最大の能力を放棄し、飢えた獣のように弱者から奪おうとする。 あぁ、生きる為ですらなく、自らの愉悦の為だから獣以下の畜生だな。 そんな連中に生きている資格は――まぁ、なくはない。 ただ、人間として生きる価値はないと俺は思っている。 分かるだろう?」
男はさも当然の事実、まるで常識を語るように同意を求めるが、苅谷にはさっぱり理解できなかった。
質問に対する答えになっていない。 男の言葉をそのまま借りるならお前こそ意思疎通のできない畜生なのではないかといった考えがふっと浮かぶが口に出す度胸はなかった。
「で、お前は何の罪もない、他者に害を与えたかも定かではない男を一方的に嬲り殺しにした。 そしてそれだけでは飽き足らず、俺も殺そうとした。 ――後者に関しては割とどうでもいい。 ただし、前者に関しては――あぁ、そういえば質問に答えていなかったな。 所詮は会話もできない屑畜生と思って言いたい事だけ言ってしまった。 俺も反省しないとな」
ヤバい。 目の前の男を一言で形容するとこうだ。
冗談抜きで精神異常者だと苅谷は確信した。 逃げないと殺される。
だが逃げ場は何処だ? いや、そんな事を言っている場合ではない。
取り囲んでいる悪魔をどうにか突破しないと数秒先の未来すら保証されないのだ。
次に考えるのは何処を突破するかだった。 下手に視線を逸らすと殺されそうなので眼球の動きだけで周囲を観察する。 背後の悪魔が姿が分からないが左右のどちらかを一射で仕留める。
後は全力で走って逃げるのだ。 動悸が酷い。
ドロドロとかきたくもない汗が全身から滲み出る。
右か左か? 右は壁に近い、壁から遠い左に決めた。 後は行くだけだ。
頭部を狙って――
「見せてやるよ。 お前が理不尽に奪った命の末路を」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる