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第20話
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怖い。 浅水 亜遊花は怯えていた。
気が付けば訳の分からない状況に流され、奇妙な本を与えられて今に至る。
この状況を打開するなんて考えは浮かばずただただ、恐怖に震える事しかできない彼女が縋れるのは与えられた魔導書だけだった。
『27/72』。 それが彼女の魔導書に宿った悪魔の名だ。
能力は他者から友情を得られるというもの。 高い位階で使用すれば洗脳に近い効果を得られるが、魔導書への警戒心が強い彼女は低位階での使用に留めていた。 それにより敵意を和らげる程度の効果しかない。
――だが、彼女にとって幸運な事があった。
彼女の傍らに寄り添う存在――黒い巨大な狼だ。
悪魔ではなくこの迷宮を徘徊している怪物の一体で、懐柔する事に成功した個体だった。
彼女はその狼に「クロ」と名付け、その背に乗ってこの先の見えない闇を進む。
クロは彼女の何が気に入ったのか、まるで騎士のように寄り添っていた。
そして他の個体に比べ戦闘能力が高かった事も亜遊花にとっての幸運と言える。
実際、他の怪物はクロが全て撃破して見せたからだ。
引き当てた魔導書とその運用、クロと名付けた怪物の使役。
運もあったが参加者の中で彼女は比較的、上手く立ち回れていると言える。
だが、幸運というあやふやものの上に成り立つ現状は同様の不運によって脆くも崩れる事となるだろう。
彼女は間違いなく幸運だった。 だが、その幸運を正しく理解する事ができなかったのだ。
それが彼女の未来を決定づけた。
クロが不穏な気配を感じたのか足を止めて正面の闇へ威嚇するように唸りを上げる。
「クロ? どうしたの?」
亜遊花の質問に答える余裕がないのかクロは応えない。
そしてややあって闇の向こうからコツコツと妙に響く足音が近づいて来る。
明らかに怪物ではなく人間のそれだ。 亜遊花は人と会える事に安心したかったが、クロの様子を見ると手放しに歓迎していい相手ではなさそうだと警戒を強めた。
「――ふっ、俺に気付くとはなかなかやるな」
現れたのはこの辺りでは見ない制服を見に纏った少年で、顔を手で覆うようにしている。
クロは今にも飛びかかろうとしていた。 少年はクロの様子に何の警戒も抱かずに亜遊花へ指の隙間から視線を向けた。
「そいつは悪魔ではないな。 お前の放つ光に引き寄せられた獣って所か。 だが、気を付けるんだな。 光が引き寄せるのは友だけでなく俺のような漆黒の闇も同様。 それは光と闇が表裏一体だからだ」
亜遊花は何も言えなかった。 抱くべき感情の前に少年が何を言っているか理解できなかったからだ。
「人は必ず輝く光を放つ。 俺はその光を消し去る為に選ばれし器。 そして全ての魔導書を束ねる未来の魔術王。 そして偽りから神に至る存在――疑神プセウドテイ」
「あ、あの……、ごめんなさい。 何を言っているか分からないです」
現在中学三年生の亜遊花で、国語の成績もそこそこ良かったのだが目の前の少年の言っている事が欠片も理解できない。 これが平時であるなら目の前の少年に白け切った視線を向けて「うわ」と呻いて内心で鼻をつまむかもしれないが、今はその普通が通用しない異常な状態だ。
その為、どの程度真に受ければいいのかの判断が付かなかった。
少年は特に気にした様子もなく、顔を手で覆ったまま小さく鼻を鳴らす。
まるで亜遊花を憐れんでいるかのようだった。
「神の前には生と死は等価値。 お前の生も同価値の死へと置き換わる。 俺は未だ神への階段を駆け上がっている最中ではあるが、お前の取っての死神だ。 さぁ、魔導書を構えろ。 俺か、お前か、どちらかが神へと至る器かを計ろうじゃないか!」
少年はやたらと芝居がかった動作で魔導書を構える。
ここにきてようやく目の前の少年が敵で亜遊花を殺そうとしている事を理解した。
「出でよ! 疑神プセウドテイの同胞にして眷属よ! 不正の器ウァサ・イニクィタティス! この俺に力を!」
――<第三小鍵 68/72>
少年の姿が影のようなものに呑み込まれ、輪郭があやふやになる。
「クロ!」
亜遊花は鋭くそう叫び、自身の魔導書を起動。
――<第二小鍵 27/72>
彼女の召喚に応じ、人型の悪魔が現れた。 悪魔は手に持った先端が大きく膨らんだ杖のようなものを持っており、それを振りかぶって少年へと殴りかかる。
同時にクロが咆哮を上げて上から前足を振り上げて爪を振るう。
影絵のような姿になった少年に爪がかかる瞬間、闇が膨れ上がり弾ける。
「闇と同化し、漆黒に染まった俺にはありとあらゆる攻撃は無意味。 そして「死」を体現した俺が操るのは全てを「無価値」にする最強の悪魔。 俺はお前にとっての死だ」
相変わらず少年は亜遊花には全く理解できない日本語を垂れ流すが、齎した結果は凄まじかった。
クロが無数の何かに貫かれ即死。 召喚した悪魔も同様に闇に呑まれて消える。
「選択を誤ったな。 お前は俺という「死」から逃げなければならなかった。 その致命的な誤りがお前の命運を分けた! だが、案ずることはない。 生と死は等価値、他もお前の後を追うだろう。 何故なら俺と言う「死」がここにいる以上、他の者達の未来もまた漆黒に染まるからだ」
闇が膨れ上がる。 亜遊花は何が起こったのかさっぱり理解できなかったが、クロと召喚した悪魔がやられた事だけは分かった。 だが、少年の理解不能な言葉によって理解が致命的に遅れる。
いや、遅れてしまった事もまた幸運なのかもしれない。 感情が振れる前に彼女は――
「さらばだ。 闇に呑まれよ!」
――言葉通り闇に呑み込まれ消えて行った。
残されたのは彼女の持っていた魔導書だけ。
少年は持ち主の居なくなった魔導書を拾い上げると、小さく息を吐く。
「ふっ、もう少し楽しめると思ったがこの程度か。 ――違うな、俺と言う「死」に立ち向かった勇気を褒め称えるべきなのかもしれん」
少年は物憂げな表情を浮かべ、自らの犯した罪に瞑目する。
傍から見ればくねくねと気持ちの悪い動きをしているようにしか見えなかったが、当人からすれば罪を犯したが自らの定めに従ってやるべき事をやった自分が見えているので後悔の類はない。
「――やはり後悔はない。 心まで闇と同化してしまったようだな。 いや、この姿こそが俺の真実――か」
少年は誰にともなくそう呟くと次なる敵を求めて歩き出した。
気が付けば訳の分からない状況に流され、奇妙な本を与えられて今に至る。
この状況を打開するなんて考えは浮かばずただただ、恐怖に震える事しかできない彼女が縋れるのは与えられた魔導書だけだった。
『27/72』。 それが彼女の魔導書に宿った悪魔の名だ。
能力は他者から友情を得られるというもの。 高い位階で使用すれば洗脳に近い効果を得られるが、魔導書への警戒心が強い彼女は低位階での使用に留めていた。 それにより敵意を和らげる程度の効果しかない。
――だが、彼女にとって幸運な事があった。
彼女の傍らに寄り添う存在――黒い巨大な狼だ。
悪魔ではなくこの迷宮を徘徊している怪物の一体で、懐柔する事に成功した個体だった。
彼女はその狼に「クロ」と名付け、その背に乗ってこの先の見えない闇を進む。
クロは彼女の何が気に入ったのか、まるで騎士のように寄り添っていた。
そして他の個体に比べ戦闘能力が高かった事も亜遊花にとっての幸運と言える。
実際、他の怪物はクロが全て撃破して見せたからだ。
引き当てた魔導書とその運用、クロと名付けた怪物の使役。
運もあったが参加者の中で彼女は比較的、上手く立ち回れていると言える。
だが、幸運というあやふやものの上に成り立つ現状は同様の不運によって脆くも崩れる事となるだろう。
彼女は間違いなく幸運だった。 だが、その幸運を正しく理解する事ができなかったのだ。
それが彼女の未来を決定づけた。
クロが不穏な気配を感じたのか足を止めて正面の闇へ威嚇するように唸りを上げる。
「クロ? どうしたの?」
亜遊花の質問に答える余裕がないのかクロは応えない。
そしてややあって闇の向こうからコツコツと妙に響く足音が近づいて来る。
明らかに怪物ではなく人間のそれだ。 亜遊花は人と会える事に安心したかったが、クロの様子を見ると手放しに歓迎していい相手ではなさそうだと警戒を強めた。
「――ふっ、俺に気付くとはなかなかやるな」
現れたのはこの辺りでは見ない制服を見に纏った少年で、顔を手で覆うようにしている。
クロは今にも飛びかかろうとしていた。 少年はクロの様子に何の警戒も抱かずに亜遊花へ指の隙間から視線を向けた。
「そいつは悪魔ではないな。 お前の放つ光に引き寄せられた獣って所か。 だが、気を付けるんだな。 光が引き寄せるのは友だけでなく俺のような漆黒の闇も同様。 それは光と闇が表裏一体だからだ」
亜遊花は何も言えなかった。 抱くべき感情の前に少年が何を言っているか理解できなかったからだ。
「人は必ず輝く光を放つ。 俺はその光を消し去る為に選ばれし器。 そして全ての魔導書を束ねる未来の魔術王。 そして偽りから神に至る存在――疑神プセウドテイ」
「あ、あの……、ごめんなさい。 何を言っているか分からないです」
現在中学三年生の亜遊花で、国語の成績もそこそこ良かったのだが目の前の少年の言っている事が欠片も理解できない。 これが平時であるなら目の前の少年に白け切った視線を向けて「うわ」と呻いて内心で鼻をつまむかもしれないが、今はその普通が通用しない異常な状態だ。
その為、どの程度真に受ければいいのかの判断が付かなかった。
少年は特に気にした様子もなく、顔を手で覆ったまま小さく鼻を鳴らす。
まるで亜遊花を憐れんでいるかのようだった。
「神の前には生と死は等価値。 お前の生も同価値の死へと置き換わる。 俺は未だ神への階段を駆け上がっている最中ではあるが、お前の取っての死神だ。 さぁ、魔導書を構えろ。 俺か、お前か、どちらかが神へと至る器かを計ろうじゃないか!」
少年はやたらと芝居がかった動作で魔導書を構える。
ここにきてようやく目の前の少年が敵で亜遊花を殺そうとしている事を理解した。
「出でよ! 疑神プセウドテイの同胞にして眷属よ! 不正の器ウァサ・イニクィタティス! この俺に力を!」
――<第三小鍵 68/72>
少年の姿が影のようなものに呑み込まれ、輪郭があやふやになる。
「クロ!」
亜遊花は鋭くそう叫び、自身の魔導書を起動。
――<第二小鍵 27/72>
彼女の召喚に応じ、人型の悪魔が現れた。 悪魔は手に持った先端が大きく膨らんだ杖のようなものを持っており、それを振りかぶって少年へと殴りかかる。
同時にクロが咆哮を上げて上から前足を振り上げて爪を振るう。
影絵のような姿になった少年に爪がかかる瞬間、闇が膨れ上がり弾ける。
「闇と同化し、漆黒に染まった俺にはありとあらゆる攻撃は無意味。 そして「死」を体現した俺が操るのは全てを「無価値」にする最強の悪魔。 俺はお前にとっての死だ」
相変わらず少年は亜遊花には全く理解できない日本語を垂れ流すが、齎した結果は凄まじかった。
クロが無数の何かに貫かれ即死。 召喚した悪魔も同様に闇に呑まれて消える。
「選択を誤ったな。 お前は俺という「死」から逃げなければならなかった。 その致命的な誤りがお前の命運を分けた! だが、案ずることはない。 生と死は等価値、他もお前の後を追うだろう。 何故なら俺と言う「死」がここにいる以上、他の者達の未来もまた漆黒に染まるからだ」
闇が膨れ上がる。 亜遊花は何が起こったのかさっぱり理解できなかったが、クロと召喚した悪魔がやられた事だけは分かった。 だが、少年の理解不能な言葉によって理解が致命的に遅れる。
いや、遅れてしまった事もまた幸運なのかもしれない。 感情が振れる前に彼女は――
「さらばだ。 闇に呑まれよ!」
――言葉通り闇に呑み込まれ消えて行った。
残されたのは彼女の持っていた魔導書だけ。
少年は持ち主の居なくなった魔導書を拾い上げると、小さく息を吐く。
「ふっ、もう少し楽しめると思ったがこの程度か。 ――違うな、俺と言う「死」に立ち向かった勇気を褒め称えるべきなのかもしれん」
少年は物憂げな表情を浮かべ、自らの犯した罪に瞑目する。
傍から見ればくねくねと気持ちの悪い動きをしているようにしか見えなかったが、当人からすれば罪を犯したが自らの定めに従ってやるべき事をやった自分が見えているので後悔の類はない。
「――やはり後悔はない。 心まで闇と同化してしまったようだな。 いや、この姿こそが俺の真実――か」
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