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第6話
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八馬田 制示は小脇に抱えた魔導書を意識して、気持ちが高揚していた。
俺は万能の力を手に入れたと。 第一から第四を軽く試した彼の胸にあるのは圧倒的な万能感。
高校生になったばかりの彼は期末考査の疲れを癒す為に軽く外食でもと思ってショッピングモールへと向かいこの一件に巻き込まれた。
最初は不安で仕方がなかったが、魔導書を得てその力の全容を把握した以上、怖がる必要は全くない。
常日頃から授業中にテロリストや怪物が襲って来るところを華麗に撃退する姿を想像している彼はこの状況を容易く受け入れ、自らを伝説の勇者と信じて疑わなかった。
「さてと、次で決めるとするかな」
八馬田は気取った口調でそう呟く。
彼はこのまま他の参加者を皆殺しにして主催者へ挑むつもりでいた。
その為の方法にも見当がついている。 後は実行する為の切っ掛けを待つだけだ。
ズシンと重い足音が正面から響く。 現れたのは一つ目の巨人。
「サイクロプスって奴か。 他の参加者の方がよかったが、まぁいいだろう」
八馬田は魔導書を掲げる。 初手から最大火力だ。
彼の大好きなゲームでも速攻こそが最強。 最短、最速で相手を瞬殺する。
それこそが彼の勝利へのメソッド。 信仰に近いその考えに従って彼はトリガーを引いた。
――<第五小鍵 34/72>
次の瞬間、八馬田の姿は掻き消え、代わりに巨大な異形がそこに現れた。
鹿のような頭部に蝙蝠に似た羽。 そして炎を纏う蛇のような尾。
前足は人のような五指を備えた腕のようになっている。
これこそが魔導書使用の奥義にして最大の力。
自らの体を悪魔と化す事でその能力を最大限に引き出せる。
彼の召喚した『34/72』は雷と風を操る悪魔だ。
この状態での疾走は雷と疾風を撒き散らして全てを跡形もなく消し飛ばす。
八馬田はこのまま走り回ってクリーチャー、参加者の区別なく轢き殺すつもりだった。
殺人に対する忌避感がない訳ではないが、高速で動き回って殺した自覚がないようにすれば問題ない。
感触さえなければノーカン。 彼はそう考えて一気に終わらせる事を選択した。
悪魔と同化した事で自分の中から何かが失われる感覚。
だが、彼は自分が選ばれし者だと思っているので、問題ないと懸念や不安に蓋をする。
悪魔が地面を砕く勢いで踏みしめ、最初の一歩を踏み出した。
それによって現れた結果は凄まじく、彼の前に立ち塞がったサイクロプスは何の抵抗も出来ないまま雷に焼かれ、纏った風によって粉々になった。 八馬田はそれで満足せず、そのまま真っ直ぐに道を突き進む。 景色が高速で流れ、自分でも上手く制御できない状態でどうにかバランスを取る。
基本的にこの建造物は直線が多く、広大なので急に曲がるような事にならないので真っ直ぐに進むだけでいい。 一歩で数百メートルの距離を踏破し、二歩で同じ距離を更に進む。
途中、広い空間に出たがそのまま突っ切る。 途中、何かと接触したような気もするが、早すぎて当たったのかすらも認識できない。 だけどそれでいい。
何もわからないまま、殺した感触すらも起き去りに全ては終わるのだから。
そう、何もわからないままに全てが終わる。
八馬田 制示は全力で魔導書を使用し――その命の全てを燃やし尽くした。
彼は自分が死んだ事にすら気付かずにスピードに呑み込まれて消える。
そして主を失った魔導書が壁に当たって床に落ちた。
「……ママぁ、怖いよ……」
そう呟いたのは尼井祐ノ助。
まだ五歳の少年の彼は恐怖に震えて母親に縋りつく。 彼は現在、母親に抱きかかえられてこの暗い構造体の中を歩いていた。 母親は彼の言葉に言葉を発せずに笑みで応える。
彼は母親が席を立ったタイミングでこの一件に巻き込まれたので本来ならこの場に存在する訳がない。
仮に巻き込まれていたとしてもこの広大な建造物内で狙った相手と合流する事は至難だ。
ならば彼を抱えて歩く母親は何者なのか? 答えは彼の魔導書が示していた。
『57/72』。 それが彼が魔導書で呼び出した悪魔の名だ。
元々、豹の姿をした悪魔だったが変身能力を備えており、祐ノ助の願いを受けて母親に姿を変えていた。 『57/72』は召喚者の願いに応じ、彼を守り、母親として慰め続けている。
行動目的は安全な場所への避難だが、それが何処なのか皆目見当もつかないので当てもなく彷徨っている状態だった。
「お、魔導書持ちはっけーん」
不意に背後から声が響く。
オセが祐ノ助を抱えたまま振り返るとそこにはだらしなく着崩した制服に身を包んだ女子高生が、やや見下したような笑みを浮かべて立っていた。
「しかも子供じゃーん。 ラッキー」
椋吉 艶子。 少し離れた高校に通う学生だ。
彼女は祐ノ助と彼の持つ魔導書を見て、笑みを深くする。
――<第二小鍵 28/72>
そして何の躊躇もなく悪魔を召喚する。 現れたのは赤い馬に乗った真っ赤な騎士。
全てが赤く染め上げられており、真っ赤な長槍を向ける。
「取りあえず、魔導書を寄越すなら命は助けてあげるよ?」
「ヤダ!」
祐ノ助の反応は即座だ。
これを失うと母親から引き剥がされると理解している彼は抱きしめるように魔導書を抱え込む。
椋吉はその反応に不快気に表情を歪める。
「あ、そ、じゃあ死ねば?」
彼女の意を汲んだ『28/72』が長槍で突きを放つが、母親の擬態を一部解いた『57/72』がその槍を受け止めた。
「あぁ、親じゃなくて親に化けた悪魔だったんだ? ま、いいや、『28/72』やっちゃって」
オセは召喚者を器用に降ろして槍を殴りつける。
『28/72』は騎乗している馬を操り器用に後ろへと飛ぶ。 カリカリと馬の蹄が地面を引っかき、弓を引くように長槍を構える。 突進の構えだ。
オセはチラリと背後の召喚者を振り返り、巻き込まないように離れる。
そして半端に解除していた擬態を完全に解いて四つ足で地面を踏みしめた。
両者が僅かな時間睨み合い――地面を蹴る。 『57/72』は牙を剥いて飛びかかり、『28/72』は長槍を真っ直ぐに突き出した。
勝敗は即座だ。 『57/72』の牙は長槍の間合いを詰め切れずに胴体を貫かれて消滅。
「ママぁ! ママぁぁ!!」
母親を殺された祐ノ助が悲鳴を上げる。
「うっさ。 おめーのママはくたばったからさっさと魔導書を寄越せよ。 そしたらここで好きなだけ泣いてていいからよー」
「ヤダー! ママぁ! ママぁ!」
魔導書を取り上げようとしたが意地でも渡さないと抱えて蹲る姿に椋吉は苛立ちを浮かべる。
「あっそ、じゃあ死んどけよ。 『28/72』、やっちゃっていいよ」
召喚者の命令に従って悪魔の長槍が振り上げられ――下ろされた。
俺は万能の力を手に入れたと。 第一から第四を軽く試した彼の胸にあるのは圧倒的な万能感。
高校生になったばかりの彼は期末考査の疲れを癒す為に軽く外食でもと思ってショッピングモールへと向かいこの一件に巻き込まれた。
最初は不安で仕方がなかったが、魔導書を得てその力の全容を把握した以上、怖がる必要は全くない。
常日頃から授業中にテロリストや怪物が襲って来るところを華麗に撃退する姿を想像している彼はこの状況を容易く受け入れ、自らを伝説の勇者と信じて疑わなかった。
「さてと、次で決めるとするかな」
八馬田は気取った口調でそう呟く。
彼はこのまま他の参加者を皆殺しにして主催者へ挑むつもりでいた。
その為の方法にも見当がついている。 後は実行する為の切っ掛けを待つだけだ。
ズシンと重い足音が正面から響く。 現れたのは一つ目の巨人。
「サイクロプスって奴か。 他の参加者の方がよかったが、まぁいいだろう」
八馬田は魔導書を掲げる。 初手から最大火力だ。
彼の大好きなゲームでも速攻こそが最強。 最短、最速で相手を瞬殺する。
それこそが彼の勝利へのメソッド。 信仰に近いその考えに従って彼はトリガーを引いた。
――<第五小鍵 34/72>
次の瞬間、八馬田の姿は掻き消え、代わりに巨大な異形がそこに現れた。
鹿のような頭部に蝙蝠に似た羽。 そして炎を纏う蛇のような尾。
前足は人のような五指を備えた腕のようになっている。
これこそが魔導書使用の奥義にして最大の力。
自らの体を悪魔と化す事でその能力を最大限に引き出せる。
彼の召喚した『34/72』は雷と風を操る悪魔だ。
この状態での疾走は雷と疾風を撒き散らして全てを跡形もなく消し飛ばす。
八馬田はこのまま走り回ってクリーチャー、参加者の区別なく轢き殺すつもりだった。
殺人に対する忌避感がない訳ではないが、高速で動き回って殺した自覚がないようにすれば問題ない。
感触さえなければノーカン。 彼はそう考えて一気に終わらせる事を選択した。
悪魔と同化した事で自分の中から何かが失われる感覚。
だが、彼は自分が選ばれし者だと思っているので、問題ないと懸念や不安に蓋をする。
悪魔が地面を砕く勢いで踏みしめ、最初の一歩を踏み出した。
それによって現れた結果は凄まじく、彼の前に立ち塞がったサイクロプスは何の抵抗も出来ないまま雷に焼かれ、纏った風によって粉々になった。 八馬田はそれで満足せず、そのまま真っ直ぐに道を突き進む。 景色が高速で流れ、自分でも上手く制御できない状態でどうにかバランスを取る。
基本的にこの建造物は直線が多く、広大なので急に曲がるような事にならないので真っ直ぐに進むだけでいい。 一歩で数百メートルの距離を踏破し、二歩で同じ距離を更に進む。
途中、広い空間に出たがそのまま突っ切る。 途中、何かと接触したような気もするが、早すぎて当たったのかすらも認識できない。 だけどそれでいい。
何もわからないまま、殺した感触すらも起き去りに全ては終わるのだから。
そう、何もわからないままに全てが終わる。
八馬田 制示は全力で魔導書を使用し――その命の全てを燃やし尽くした。
彼は自分が死んだ事にすら気付かずにスピードに呑み込まれて消える。
そして主を失った魔導書が壁に当たって床に落ちた。
「……ママぁ、怖いよ……」
そう呟いたのは尼井祐ノ助。
まだ五歳の少年の彼は恐怖に震えて母親に縋りつく。 彼は現在、母親に抱きかかえられてこの暗い構造体の中を歩いていた。 母親は彼の言葉に言葉を発せずに笑みで応える。
彼は母親が席を立ったタイミングでこの一件に巻き込まれたので本来ならこの場に存在する訳がない。
仮に巻き込まれていたとしてもこの広大な建造物内で狙った相手と合流する事は至難だ。
ならば彼を抱えて歩く母親は何者なのか? 答えは彼の魔導書が示していた。
『57/72』。 それが彼が魔導書で呼び出した悪魔の名だ。
元々、豹の姿をした悪魔だったが変身能力を備えており、祐ノ助の願いを受けて母親に姿を変えていた。 『57/72』は召喚者の願いに応じ、彼を守り、母親として慰め続けている。
行動目的は安全な場所への避難だが、それが何処なのか皆目見当もつかないので当てもなく彷徨っている状態だった。
「お、魔導書持ちはっけーん」
不意に背後から声が響く。
オセが祐ノ助を抱えたまま振り返るとそこにはだらしなく着崩した制服に身を包んだ女子高生が、やや見下したような笑みを浮かべて立っていた。
「しかも子供じゃーん。 ラッキー」
椋吉 艶子。 少し離れた高校に通う学生だ。
彼女は祐ノ助と彼の持つ魔導書を見て、笑みを深くする。
――<第二小鍵 28/72>
そして何の躊躇もなく悪魔を召喚する。 現れたのは赤い馬に乗った真っ赤な騎士。
全てが赤く染め上げられており、真っ赤な長槍を向ける。
「取りあえず、魔導書を寄越すなら命は助けてあげるよ?」
「ヤダ!」
祐ノ助の反応は即座だ。
これを失うと母親から引き剥がされると理解している彼は抱きしめるように魔導書を抱え込む。
椋吉はその反応に不快気に表情を歪める。
「あ、そ、じゃあ死ねば?」
彼女の意を汲んだ『28/72』が長槍で突きを放つが、母親の擬態を一部解いた『57/72』がその槍を受け止めた。
「あぁ、親じゃなくて親に化けた悪魔だったんだ? ま、いいや、『28/72』やっちゃって」
オセは召喚者を器用に降ろして槍を殴りつける。
『28/72』は騎乗している馬を操り器用に後ろへと飛ぶ。 カリカリと馬の蹄が地面を引っかき、弓を引くように長槍を構える。 突進の構えだ。
オセはチラリと背後の召喚者を振り返り、巻き込まないように離れる。
そして半端に解除していた擬態を完全に解いて四つ足で地面を踏みしめた。
両者が僅かな時間睨み合い――地面を蹴る。 『57/72』は牙を剥いて飛びかかり、『28/72』は長槍を真っ直ぐに突き出した。
勝敗は即座だ。 『57/72』の牙は長槍の間合いを詰め切れずに胴体を貫かれて消滅。
「ママぁ! ママぁぁ!!」
母親を殺された祐ノ助が悲鳴を上げる。
「うっさ。 おめーのママはくたばったからさっさと魔導書を寄越せよ。 そしたらここで好きなだけ泣いてていいからよー」
「ヤダー! ママぁ! ママぁ!」
魔導書を取り上げようとしたが意地でも渡さないと抱えて蹲る姿に椋吉は苛立ちを浮かべる。
「あっそ、じゃあ死んどけよ。 『28/72』、やっちゃっていいよ」
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