5 / 65
第5話
しおりを挟む
盤上の駒は全て配置され、各々が動き出した。
配置した駒の数は七十。 ゲームの舞台は彼が用意した巨大構造体。
迷路のような複雑怪奇な構造は大迷宮と呼べるだろう。
彼の居る場所は広い空間に中央に簡素な机と揺り椅子。
キイキイと椅子を揺らしながら視線を斜め上の中空に向ける。
本来なら何もないはずだがそこには図面のようなものが浮かんでおり、全体に散らばるように光点が瞬き、動いていた。
光点は青と赤の二種類。 青はプレイヤー、赤はエネミーとして配置したクリーチャーだ。
このゲームには彼が定めた明確なルールが存在し、それに則って進行される。
クリーチャーはプレイヤーを襲うようにできており、一定時間置きに追加が出現する仕組みとなっていた。
その為、減らさなければ増えていくのでプレイヤーは否が応でも戦わざるを得ない。
付け加えるなら最初に提示した通り、最後の一人になるか何らかの形で決着が着くまで出られないのでクリーチャーを仕留めたとしても他のプレイヤーが残っている限り永遠に彷徨う羽目になる。
つまり盤面のプレイヤー達はクリーチャーを排除しつつ、他のプレイヤーを殺害して魔導書を奪う必要があるのだ。 そしてこのゲームを勝ち残るにはもう一つ必要な事があるそれは――
「始まったか」
彼は膝に乗せている魔導書の表紙を撫でながらある一点に視線を向けた。
そこでは青い点が二つ、接触しようとしている。
「やれ、ぶっ殺せ!」
「返り討ちにしろ!」
主成 塞と林下 陽斗は吼えるように叫んで自らが召喚した悪魔を互いに嗾ける。
主成は大学生で、フードコートで食事をしていたらこの一件に巻き込まれた。
今回の一件に巻き込まれて不安だったが、唐突に与えられた魔導書という人知を超えた力に酔いしれていた。 悪魔を召喚し、使役する。
試しに使った時の興奮は記憶に新しい。 代償に魂の一部を消費すると聞いていたが、よく分からなかったので精神力的なものだと勝手に解釈した。
要は疲労するので疲れたら引っ込めればいいと考えているのだ。 そんな彼は道中に出くわした巨大な犬のような怪物を返り討ちにし、しばらく歩くと広い空間に出た。
そこには先客がいたが、怪物を容易く屠れた事に気を良くした彼は魔導書を寄越せば手下にしてやると上から目線でそう告げたのだ。 その後の展開は早く、少々の言い合いの後に戦闘に突入した。
対する林下はフリーターでバイトに行く前に食事を済ませようとフードコートで持ち帰りのハンバーガーを購入したところで巻き込まれた。
血の気が多い方ではなかったが、いきなり横柄な態度を取る主成の態度が腹に据えかねたのか戦う事を選んだ。 それぞれが魔導書を翳し、悪魔を呼び出す。
――<第二小鍵 24/72>
――<第二小鍵 25/72>
主成が呼び出したのは『24/72』と呼ばれる悪魔で三つの種類の違った頭を持った犬で背にはカラスのような黒い羽が生えている。
林下が呼び出した『25/72』は犬に猛禽のような羽が生えていた。
奇しくも両者とも体長数メートルの犬に似た悪魔だったが、主成は勝ちを確信していた。
同じ犬なら頭が三つもある自分の悪魔の方が強いと。
二体の悪魔はもつれあうように互いに噛みつき、爪を立てる。 『24/72』は多頭を利用して複数個所に噛みついていたが、『25/72』の持つ猛禽のような爪は頭数の不利を容易く捻じ伏せた。
ゾブリと首元から入った爪が胴体を斜めに引き裂いて『24/72』に深い傷を刻む。
「おい! ふざけんな! それだけ頭があるのに負けてんじゃねーぞ!」
さっさと反撃しろと叫ぶが、戦う力が残されていないのか『24/72』はもうフラフラだった。
『25/72』はとどめとばかりに爪で頭の一つを斬り飛ばし、もう一つの頭を噛み下き、最後の一つを踏み潰した。
「あ、あぁ……」
「は、さっきまでの威勢はどうしたよ? どうせお前みたいなのはしつこく粘着してきそうだしここで死んどけよ」
林下は『25/72』にそいつを仕留めろと指示を出す。
悪魔は主の命令を受けて主成へ向けて飛びかかる。
「クソが! こうなったら<第五小――」
「最初から使っとけよ間抜けが!」
グシャリ。 主成は魔導書の能力を再使用する間もなく『25/72』に踏み潰された。
上半身が熟れ過ぎた果物のように爆ぜて地面に放射状のシミを作る。
「ざまあみやがれ! あぁ、クソ汚ねぇな……」
殺人を犯した忌避感を勝利の高揚で打ち消した林下は血に塗れた主成の魔導書を拾い上げる。
すると魔導書のページが勝手に外れて林下の魔導書へと移動した。
あぁ、こうなるのかとぼんやりと考え、二体分のページ数になった魔導書へと視線を落とす。
彼は進んで人を殺したいとは思っていなかった。
だからと言って黙って学のなさそうな馬鹿男に従う事も出来ず、命のやり取りになったのだ。
結果として人一人の人生を終了させた事が徐々に冷えて来た頭に沁み込んで来る。
いや、汚濁のように広がっていた。
元々、彼は一人で不安だったので仲間を見つけようと思っていたのだ。
だが、その選択肢が彼の中から消え失せようとしていた。
何故ならページの増えた魔導書を見れば誰かから奪った事は明白。
間違いなく、他の人間は自分の事を殺人者だと思うだろう。 仮に正当防衛だったと説明したとしても誰が信じるというのだろうか? 少なくとも自分は信じないと林下は断言できた。
仮に信じられたとしても疑念は確実に植え付ける事となる。
こいつは人を一人殺している。 自分も殺されるのではないのかと。
疑念は疑惑に変わり、疑惑は不安へと転じるだろう。
そして最後は林下を殺す事で不安を解消しようとするかもしれない。
これは林下の思い込みで、話せば分かってくれる者もいるかもしれない。
もしかしたら他の巻き込まれた者達と一緒に脱出を模索する未来があるかもしれない。
全てあるかもしれないだ。 問題はその可能性を林下自身が信じる事ができるかにかかっている。
――無理だ。
考えるまでもない事だった。 彼は自分基準で物事を考える傾向にあったので、自分が疑う事は他人も疑うと根拠なく信じており、それにより彼の進む道は決定する事となる。
それはつまり、他の参加者から魔導書を奪い。 このゲームに勝ち残る事だ。
こうして林下は主催者の意図した方向へと転がり落ちる事となった。
配置した駒の数は七十。 ゲームの舞台は彼が用意した巨大構造体。
迷路のような複雑怪奇な構造は大迷宮と呼べるだろう。
彼の居る場所は広い空間に中央に簡素な机と揺り椅子。
キイキイと椅子を揺らしながら視線を斜め上の中空に向ける。
本来なら何もないはずだがそこには図面のようなものが浮かんでおり、全体に散らばるように光点が瞬き、動いていた。
光点は青と赤の二種類。 青はプレイヤー、赤はエネミーとして配置したクリーチャーだ。
このゲームには彼が定めた明確なルールが存在し、それに則って進行される。
クリーチャーはプレイヤーを襲うようにできており、一定時間置きに追加が出現する仕組みとなっていた。
その為、減らさなければ増えていくのでプレイヤーは否が応でも戦わざるを得ない。
付け加えるなら最初に提示した通り、最後の一人になるか何らかの形で決着が着くまで出られないのでクリーチャーを仕留めたとしても他のプレイヤーが残っている限り永遠に彷徨う羽目になる。
つまり盤面のプレイヤー達はクリーチャーを排除しつつ、他のプレイヤーを殺害して魔導書を奪う必要があるのだ。 そしてこのゲームを勝ち残るにはもう一つ必要な事があるそれは――
「始まったか」
彼は膝に乗せている魔導書の表紙を撫でながらある一点に視線を向けた。
そこでは青い点が二つ、接触しようとしている。
「やれ、ぶっ殺せ!」
「返り討ちにしろ!」
主成 塞と林下 陽斗は吼えるように叫んで自らが召喚した悪魔を互いに嗾ける。
主成は大学生で、フードコートで食事をしていたらこの一件に巻き込まれた。
今回の一件に巻き込まれて不安だったが、唐突に与えられた魔導書という人知を超えた力に酔いしれていた。 悪魔を召喚し、使役する。
試しに使った時の興奮は記憶に新しい。 代償に魂の一部を消費すると聞いていたが、よく分からなかったので精神力的なものだと勝手に解釈した。
要は疲労するので疲れたら引っ込めればいいと考えているのだ。 そんな彼は道中に出くわした巨大な犬のような怪物を返り討ちにし、しばらく歩くと広い空間に出た。
そこには先客がいたが、怪物を容易く屠れた事に気を良くした彼は魔導書を寄越せば手下にしてやると上から目線でそう告げたのだ。 その後の展開は早く、少々の言い合いの後に戦闘に突入した。
対する林下はフリーターでバイトに行く前に食事を済ませようとフードコートで持ち帰りのハンバーガーを購入したところで巻き込まれた。
血の気が多い方ではなかったが、いきなり横柄な態度を取る主成の態度が腹に据えかねたのか戦う事を選んだ。 それぞれが魔導書を翳し、悪魔を呼び出す。
――<第二小鍵 24/72>
――<第二小鍵 25/72>
主成が呼び出したのは『24/72』と呼ばれる悪魔で三つの種類の違った頭を持った犬で背にはカラスのような黒い羽が生えている。
林下が呼び出した『25/72』は犬に猛禽のような羽が生えていた。
奇しくも両者とも体長数メートルの犬に似た悪魔だったが、主成は勝ちを確信していた。
同じ犬なら頭が三つもある自分の悪魔の方が強いと。
二体の悪魔はもつれあうように互いに噛みつき、爪を立てる。 『24/72』は多頭を利用して複数個所に噛みついていたが、『25/72』の持つ猛禽のような爪は頭数の不利を容易く捻じ伏せた。
ゾブリと首元から入った爪が胴体を斜めに引き裂いて『24/72』に深い傷を刻む。
「おい! ふざけんな! それだけ頭があるのに負けてんじゃねーぞ!」
さっさと反撃しろと叫ぶが、戦う力が残されていないのか『24/72』はもうフラフラだった。
『25/72』はとどめとばかりに爪で頭の一つを斬り飛ばし、もう一つの頭を噛み下き、最後の一つを踏み潰した。
「あ、あぁ……」
「は、さっきまでの威勢はどうしたよ? どうせお前みたいなのはしつこく粘着してきそうだしここで死んどけよ」
林下は『25/72』にそいつを仕留めろと指示を出す。
悪魔は主の命令を受けて主成へ向けて飛びかかる。
「クソが! こうなったら<第五小――」
「最初から使っとけよ間抜けが!」
グシャリ。 主成は魔導書の能力を再使用する間もなく『25/72』に踏み潰された。
上半身が熟れ過ぎた果物のように爆ぜて地面に放射状のシミを作る。
「ざまあみやがれ! あぁ、クソ汚ねぇな……」
殺人を犯した忌避感を勝利の高揚で打ち消した林下は血に塗れた主成の魔導書を拾い上げる。
すると魔導書のページが勝手に外れて林下の魔導書へと移動した。
あぁ、こうなるのかとぼんやりと考え、二体分のページ数になった魔導書へと視線を落とす。
彼は進んで人を殺したいとは思っていなかった。
だからと言って黙って学のなさそうな馬鹿男に従う事も出来ず、命のやり取りになったのだ。
結果として人一人の人生を終了させた事が徐々に冷えて来た頭に沁み込んで来る。
いや、汚濁のように広がっていた。
元々、彼は一人で不安だったので仲間を見つけようと思っていたのだ。
だが、その選択肢が彼の中から消え失せようとしていた。
何故ならページの増えた魔導書を見れば誰かから奪った事は明白。
間違いなく、他の人間は自分の事を殺人者だと思うだろう。 仮に正当防衛だったと説明したとしても誰が信じるというのだろうか? 少なくとも自分は信じないと林下は断言できた。
仮に信じられたとしても疑念は確実に植え付ける事となる。
こいつは人を一人殺している。 自分も殺されるのではないのかと。
疑念は疑惑に変わり、疑惑は不安へと転じるだろう。
そして最後は林下を殺す事で不安を解消しようとするかもしれない。
これは林下の思い込みで、話せば分かってくれる者もいるかもしれない。
もしかしたら他の巻き込まれた者達と一緒に脱出を模索する未来があるかもしれない。
全てあるかもしれないだ。 問題はその可能性を林下自身が信じる事ができるかにかかっている。
――無理だ。
考えるまでもない事だった。 彼は自分基準で物事を考える傾向にあったので、自分が疑う事は他人も疑うと根拠なく信じており、それにより彼の進む道は決定する事となる。
それはつまり、他の参加者から魔導書を奪い。 このゲームに勝ち残る事だ。
こうして林下は主催者の意図した方向へと転がり落ちる事となった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる