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第25話 布教活動

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 「はひ、う、腕がもう上がらない」

 途中で数えるのを止めたが丸一日棒を振り回していた朱里には疲労困憊といった様子で帰宅した。
 隣のミュリエルも朱里ほどではないが疲労の色が濃い。
 家では応供が村人数名と食事の準備をしていた。 

 「あぁ、お帰りなさい。 食事を用意してあるので一緒に食べましょう」
 「うん。 それはありがたいんだけど、そっちの人達は?」
 「村の皆さんです。 ありがたい事に色々と手伝ってくれる事になりました」
 「あ、ありがとうございます」

 朱里とミュリエルが小さく頭を下げると村人達は笑顔でいいんですよと返した。
 やがて彼等は食事の準備を行うと「では我々はこれで」と去っていった。
 その様子に違和感を覚えつつも拾うと空腹で限界の朱里は食卓に着く。

 今回もワイバーンの素材をふんだんに使った鍋だ。 
 高レベルの魔獣の肉を食べると手に入る経験値も多いというのは本当のようで食べるだけで朱里のレベルは上がった。 

 「ところで一日目で申し訳ないんだけど、これ本当に十万回振るまで終わらないの?」
 「きっちり十万回ではありませんが、スキル取得に必要な熟練度が溜まるまで振って頂きます。 終わったら俺には分かるので条件を満たしたらお伝えしますよ」
 「……それって応供君がいいって言うまで振れって事」
 「はい」

 即答。 
 朱里はあの不毛にしか見えない素振りを毎日ひたすらに繰り返すのかと考えると一気に体が重くなる。 

 「あ、アカリさん。 私もいますから、一緒に頑張りましょう」

 ミュリエルが慰めるように朱里の背中をさする。
 何だかその優しさが心地よかった。 
 応供は仲良くなっている様で何よりですとワイバーンの肉をもぐもぐと食べつつ頷いた。

 
 それからの朱里とミュリエルの日常は素振りの日々だった。
 朝、日が昇ってすぐぐらいに起床。 ミュリエルと二人で村はずれの荒野で木の棒を振る。
 それを休憩を挟みつつ昼まで続けて昼食。 一度帰宅するのだが、そこでは村人達が用意をして待っていてくれる。 どうも応供に頼まれたとの事。 

 彼は一体、何をやっているのだろうか?といった疑問はあったので、夕食時に尋ねてみても必要な事をしていますとはぐらかされる。 どうにも秘密の多い少年だと思いつつも言われた通りに素振りを続けた。

 昼食を済ませた後もただひたすらに素振り。 
 暗くなると魔獣の接近に気付き辛くなるとの事で日が暮れかける所で終了。
 帰宅すると応供と村人が夕食を用意して待っていた。 応供はどんな魔法を使ったのか日に日に世話をしてくれる村人の数が増えており、家も徐々にだが変わっている。

 応急処置しかしていなかった壁や屋根が綺麗に作り直されていたり、いつの間にかベッドが用意されていたりと帰宅する度に何かが増えたり綺麗になっていたりしていた。
 素振り生活を始めてから半月ほど経過したある日、割と大きな変化が起こる。

 家の隣に小さな小屋が出来た。 何だろうと尋ねると村人が一家が引っ越してきたとの事。
 彼等は比較的、珍しい回復魔法の使い手らしく、疲労困憊で帰宅した朱里とミュリエルの体を魔法で癒してくれるようになった。 

 単調な毎日だと思ったが、微妙な変化と食事によって得られる経験値で上がったレベルとステータス、徐々にだが体力が付いてきた事が少しだけモチベーションアップに繋がる。
 今日も頑張るぞと少しのやりがいを感じた朱里達はその日も素振りに出かけるのであった。



 ――順調だった。

 最初に取り込んだオムという男は疑り深い――というよりは理解できないものに対しての忌避感が非常に強いが逆に一度でも警戒を解けば従順な男だった。 
 その為、女神ズヴィオーズの素晴らしい教えを理解させれば後は勝手に働いてくれる。

 だからこそ応供は彼を最初に選んだ。 加護を与え、長く溜まっていたコンプレックスを解消した。
 それにより彼は従順な信徒となり、応供の望む通りに動いてくれる。
 女神ズヴィオーズ様は素晴らしい女神様だ。 俺に加護をくれた。 

 彼は村中で自身が加護を得た事を吹聴して回ったのだ。 それこそが応供の狙いだった。
 加護を持たず、社会から弾かれた者達が集まるのがこの邪神の領域だ。 
 邪神は確かに加護をくれるのだろうが、全員にではない。 結局の所、ここですら格差は生まれるのだ。

 それを知った加護を授からなかった者達の絶望はどれほど深かっただろうか?
 彼等は常に妬んでいる。 加護を持つ者を。
 何故なら彼等は常に思っているからだ。 加護さえ授かっていれば自分達があの地位に居たのに、と。

 応供は一理あると思っていた。 
 五大神の加護を得ていい暮らしをしている者達とここで暮らしている者達。
 最大の違いは加護の有無だ。 これが能力的に劣っている等、ある程度ではあるが当人たちが納得できる正当な理由があるのならここまで拗れる事はなかったはずだった。

 ――妬みはしただろうが。

 少なくともスタート地点にすら立てずに落伍者の烙印を押されるのは納得できないだろう。
 応供はこの近隣の状況を把握して思った。 

 ――素晴らしいと。

 五大神とかいう無能な神々が怠慢を行った結果、この地には迷える子羊が大量にいる。
 人間でありながら人間扱いされず心も体も傷ついて救いを求める哀れな者達。
 そんな人々を救えるのは誰だ? 女神ズヴィオーズ様以外にあり得ない。

 女神の教えを広め、導けるのは誰だ? 俺しかいない。
 だから応供はこの邪神の領域を星運教を国教とする国に作り替えようと決意したのだ。
 少なくとも組織を作り出すノウハウはある。 同じミスはしない。

 日本に居た頃よりも上手くやって見せる。 そして女神様の素晴らしさを世界に広めるのだ。
 最初の一歩はこれ以上ないほどに成功した。 オムという男は応供の想像以上に扇動者アジテーターとして優秀で、その日の内に村人が次々と応供の下へと現れたのだ。

 俺にも、私にもご加護を、お慈悲を、救ってください。
 どうかお願いいたします。 助けて下さい。 加護のない毎日は辛いのです。
 耐えられません。 加護さえあればもっとやれるのに――

 凄まじいまでの憤怒や悲哀が濁流のように応供の下へと流れ込んで来る。
 あぁ、なんて素晴らしいのだろうか。 応供は笑顔と共に一人一人手を取って加護を与えていく。
 星運教の信徒は少しずつ、そして確実に増加していった。
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