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第8話 女神の話になると早口になる男

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 「……その通りです。 表向きはこの世界の理を築いた五大神と謳われてはいますが、実際は自身が信仰している神以外の信奉者は潜在的な脅威でしかありません」
 「あのー、何故脅威になるのでしょうか? 互いに不干渉ではだめなんですか?」

 朱里の質問にミュリエルは力なく首を振る。

 「駄目ではありませんが、加護の効果はその神の強さに比例します。 つまりは他の神が弱体化すれば自らの信仰する神の力は強くなり、加護もまた強力になります」

 つまりは他の神の勢力を削ぎ落せば加護の効果――ステータス補正が上昇する事となるようだ。
 上昇量は50で固定なのかとも思っていたが、どうやら個々人でバラつきがある上、レベルの上昇に伴って補正値も上がるとの事。
 実際、転移者の補正値は50だが、ミュリエル達のような王族は500から1000で、国王ともなると更に高い。

 それ故に彼女達は王族としてこの力神信仰の国のトップに立つ事が出来ていたのだが――
 
 「今の私にはもはや加護がありません。 その為、もうあの国に居場所はないのです」

 そう言って目を伏せる。 これはこの世界では常識レベルの話のようで、加護の強さ――補正の上昇量でこの国での地位が決まのだ。 つまり王族は全ての国民より強い加護を受けなければならず、平民は王族以上の加護を受けてはならない。 これが何を意味するのかというと、平民より低い王族は王族にあらず、そして王族より高い加護を得た平民は平民ではないのだ。

 「つ、つまり、加護が高いならどんな身分の者でも王座を簒奪できると?」
 「はい」
 「……狂ってる」

 思わず朱里はそう漏らした。 資質を度外視して加護の優劣のみで地位が決定する世界。
 ステータス至上主義と言えばそれまでだが、加護はレベルの上昇と共に強化される以上、王族も常にレベル上げを行わなければならない。 とんでもない競争社会だ。

 平民は下剋上の為に必死にレベルを上げ、王族は地位を守る為にレベルを上げる。
 そうしなければ今の地位を維持できないからだ。 王族の地位は伝統ではなく、最もステータスが高い者が手に入れるトロフィーのようなもの。 朱里の常識からは考えもつかない社会構造だ。

 「……話は分かりました。 一先ず、質問は打ち切ってこれからの事を話し合いましょう。 まず、ミュリエルさん。 あなたはこれからどうされるおつもりですか?」
 「私から全てを奪っておいてそれを聞くのですか?」
 「呼び出した相手が悪かったですね。 自業自得かと」
 「……まずはこの王都を離れます。 何度も言うようですがこの世界はステータスと加護が力を持ちます。 その為、加護のない私にこの国での居場所はありません。 身分を隠す事も考えましたが『鑑定』されてしまえばすぐに元王族と知られてしまうので……」
 「行先の当ては? 話を聞く限り、他の国もここと似たり寄ったりなのでは?」
 「いえ、私のように何らかの事情で加護を失った人間や、生まれながら加護を授からなかった者が流れ着く場所があるのでそこへ向かおうと考えています」
 「場所は?」
 「ここから南東。 大陸の外れにある山脈です。 そこは神に見捨てられた地、邪神の領域と呼ばれています」


 行き先が決まったので荒癇はミュリエルを荷物のように脇に抱え、朱里をしっかりと腕に抱くと移動を開始した。 一度の跳躍で数十メートルの高さに達し、空中を蹴って加速。
 漫画のような移動方法だ。 最初は風が凄まじかったが、何らかの障壁を展開しているのか途中から風を感じなくなった。

 「あの荒癇君?」
 「応供とお呼びください。 朱里さん」
 「どうして私を連れて行こうと思ったの?」
 「お困りだったようですので。 ご迷惑でしたか?」
 「いや、そうじゃないんだけど、何で私だったのかなって思って……。 ほら、女神の匂いがどうのってのもちゃんと聞いていなかったし」
 「……あなたは星と運命の女神ズヴィオーズ様の加護を得ていますが、その時の記憶を失っているのでしょう」
 「どういう事?」

 荒癇は小さく頷くとズヴィオーズという神について話し始めた。
 星と運命の女神ズヴィオーズ。 この世界の神格ではなく、元の世界に居る神のようだ。
 特定の人物の夢に現れ、対価を支払う代わりに力を与えてくれる存在で最初の一つに限っては女神と会った記憶を代償に無料で付与してくれるらしい。

 「――つまり私はその女神様から力を貰ったと?」 
 「はい、覚えていないのは記憶を支払ったからでしょう」

 ――なるほど。

 そう考えるならスキル数が他よりも多かった事にも納得がいく。
 
 「なら応供君もその女神様に?」
 「えぇ、俺はあの方と出会う事で人生を変える事が出来ました。 だから、俺の人生の全てはあの方の為に使おうと決めているんです」
 「お、おぅ、そうなんだ。 具体的にはどんな事をしているの?」
 「知りたいですか?」

 応供は目を輝かせて朱里に視線を向ける。 キラキラした目は歳相応だったが、瞳孔が開きっぱなしなのでかなり怖かった。 そして一秒後に質問した事を後悔する事となった。

 「あの方に受けた御恩を返す為に何をするべきか? これは簡単なようで難しい難題でした。 感謝するだけでも問題はないのかもしれませんが、それでは俺の気が収まらない。 この溢れんばかりの感謝の気持ちを形にする為に当時小学生だった俺は滝に打たれて考え続けたのです。 半月ほどだったかなぁ……。 滝に打たれ女神さまの事だけを考えると自然と結論に辿りつきました。 恐らくは女神さまが俺を導いてくれた結果だろうと思っています。 あの方は美しいだけでなく、存在するだけで俺の心を満たしてくれる。 滝に打たれていても何をしていても目を閉じるとあのお方の姿が目に浮かび、行くべき道を指示してくれるのです。 こんな素晴らしい体験を自分一人で独占するのは良くない。 そう考えた俺は同志を募る事にしました。 俺の伝え方が悪く、最初は誰も見向きもせず、世間の連中の馬鹿さ加減に絶望しましたが、目を閉じると女神さまに教えられました。 彼女の存在は完璧である以上、俺の伝え方が悪かったのだと。 ズヴィオーズ様の魅力と素晴らしさを最大限に広められる最適解を探さなければなりませんでした。 俺のような愚鈍な凡人にはあの方の素晴らしさを正確に伝える語彙力も表現力もない。 ならば授かった力を振るう事で視覚的に理解させるべきだと判断しました。 流石は女神様、俺のような救いようのない馬鹿にも道を示してくれるなんて……。 ありがとうございます! ありがとうございます! あの方から授かった力を振るうと次々と人は集まりました。 一人、また一人とズヴィオーズ様の素晴らしさを理解してくれる同胞が現れ、我々は一つの集団を形成するに至ったのです!」

 朱里は遮る事も出来ず、黙って聞く事しかできなかった。 
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