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第332話

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 上がって来たのは水――のはずだが、奇妙な事に真っ赤に染まっていた。
 染料ではなく、内包されたエネルギーによって色彩が変わっているのだ。
 水と言う事は外にいるボスの一部かと思ったが、どうも雰囲気が違う。

 水の柱は敵機を飲み込んで天井に当たって停止。 ぶちまけられる様子はない。
 何らかの手段で固定されている。 シックスセンスでスキャニングを行うと下――要は反応炉から膨大なエネルギーが送られているのだ。
 同時に敵機の反応に変化が生じる。 動力と思われる反応が明滅を始めたのだ。

 ドクドクとまるで心臓の鼓動のようだった。 
 攻撃を仕掛けるべきかとも思ったが、外のボスの耐久性を見れば無意味に終わる可能性が高い。
 この消耗しきった状況で無駄撃ちは避けたかった。 結果として黙って見ている事になったのだが――

 「なぁ、なんかおかしいゾ」
 
 異変に気付いたのは同時だったが口に出したのはポンポンが先だった。
 ヨシナリは中で何が起こっているのかぼんやりとだが理解し始めており、止める方法がない事もまた同様に。 あの中で反応炉から直接注ぎ込まれたであろう膨大なエネルギーが敵機を中心に凝縮されようとしているのだ。 その結果、どうなるのかは分からないが、待っていれば明らかになるだろう。

 恐らくは反応炉へ向かう際の最大の障害。 それが現れる事となるのは間違いない。
 
 ――何が出てくる?

 水の柱が光を失い、形状を維持できなくなるとただの水へと戻った。
 轟音と共に柱が崩れ、ただの水が重力に引かれて落ちる。
 内部から現れたのは異形の機体だった。 形状は元の面影を残しているが、それ以外は全てが全く違っている。 装甲は明らかに生物のそれと思われる肉感を備え、破損した頭部は人間に近い形状になっていた。 唇だけでなく歯や舌らしきものも確認でき、何かをブツブツと呟いているのか小刻みに動いている。

 手足も装甲ではなく、筋肉を思わせる形状で、鼓動するように規則的に脈打っていた。
 
 「お、おいおい、何かホラーゲームのクリーチャーみてぇな奴が出て来たぞ」
 「うぇ、キモ。 なんかいきなり毛色を変えて来たナ」
 
 マルメルとポンポンがやや引き気味にそう呟く。
 敵機――いや、もう機体ではないので、エネミーの方が表現としては適切だ。
 動力は通常の物ではなく、生物の心臓を思わせる代物に変貌している。 
 
 だが、これはこれで分かり易い。 生物であるのなら心臓を破壊すれば殺せる。
 エネミーがゆらりと揺れるように動いたと同時にブツブツよ何かを呟いていた三つの顔が目をかっと見開くと口を大きく開く。 口の前方数メートルの地点にエネルギーの収束。

 「何か来るゾ! 躱せ!」
 「顔から何か出る! 回避!」

 ヨシナリとポンポンが警告を放つと同時に回避運動。 
 他も同様に散開。 目視できない不可視のエネルギーが拡散されて周囲に撒き散らされる。
 
 「ヨシナリ! あたしの後ろに来い!」

 咄嗟にポンポンがエネルギーシールドを展開させて前に出る。 
 ヨシナリは即座に彼女の機体の背後へと身を隠す。 着弾。
 この空間を埋め尽くすように放たれた攻撃は壁とこの場にいる機体に無数の穴を開ける。

 「ポンポンさん!」
 「大丈夫だ。 攻撃範囲は広いが威力は驚くほどじゃねーナ」
 
 彼女の言う通り、充分にトルーパーで持ち運びできる防御用の武装で防げるレベルの攻撃だが、躱すのが難しい点が厄介だ。 味方機の損害を確認。
 大半が何かしらの損傷を負っているが、脱落ゼロなのはありがたい。

 「反撃、行くゾ!」
 「了解です」 
 
 当然ながらこの場にいる面子が黙っている訳もなく即座に反撃に転じる。
 マルメルが壁を這うように配置されている通路に着地し、そこを移動しながら銃弾をばら撒く。
 センサーリンクは済ませているのでエネミーの防御フィールドが見えているグロウモスは隙を窺いながら移動。 ふわわとツェツィーリエは正面から斬りかかる。

 ユウヤは壁を蹴って一気に上昇。 恐らく直上からの強襲狙いだ。
 ヨシナリとポンポンは左右に分かれて銃撃で牽制。 防御フィールドは健在で、頭部が再生された事で防御密度は元に戻ったどころか濃い部分が広くなっているのでより広範囲の攻撃に対処できるようになっている。

 ――厄介だな。

 三つの頭は目玉を不気味にぎょろぎょろと動かし、周囲を見回している。
 エネミーはふわわの斬撃とツェツィーリエの刺突を防御フィールドで防ぎ、腕を振るう。
 武器がない以上は打撃かと思ったが、エネミーの挙動はヨシナリの予想を軽く上回る。

 腕が文字通り、鞭のように伸びてしなったのだ。
 ふわわは即座に掻い潜り、ツェツィーリエはレイピアで切り裂く。
 僅かに遅れて真上からユウヤがハンマーを叩きつけるが、フィールドに阻まれて通らない。

 「あのハンマーでも無理なのか……」
 
 ユウヤのハンマーはただの鈍器ではない。 
 エネルギー系の防御兵装を無効化する機能を備えている。 
 それが通らないという事は、分かっていたが既存の防御兵装ではない事は確定か。

 設定的には異星人の技術とかそんな感じの物なのだろう。
 エネミーがユウヤの方へ視線を向ける。 それを見てヨシナリの背筋に寒気が走る。
 何故ならユウヤを中心に空間が捻じれようとしていたからだ。

 ユウヤは小さく舌打ちして敵の防御フィールドを蹴り飛ばして離脱。
 視覚的には空間が揺らいだようにしか見えないが攻撃範囲に居た場合、機体が雑巾のように捻じれていただろう。 空間ごと捩じるのだ。 防御力は関係ない。
 
 喰らった時点で終わる。 それを見た前衛二人も咄嗟に後退。 
 それを援護するようにマルメルが弾をばら撒く。 マルメルは出し惜しみせずに弾を使っているが意識がハンドレールキャノンに行っているのが分かった。 恐らくは一発を狙っている。

 相棒の強かさに頼もしさを覚えながらヨシナリは敵の分析を継続。
 防御手段に関しては一通り見たが、攻撃手段に関してはまだ底が見えていない。
 もう少し、情報が欲しい所だが――そんな事を考えながら牽制を繰り返しているとゲートから無数のトルーパーが侵入。 どうやら他の拠点から侵入していたプレイヤー達が来たようだ。

 十数機だが、戦力的に一息付けるのはありがたい。
 一先ず、センサーのリンクを――同時に追加の侵入者の存在を感じ取ったエネミーが反応する。

 ――不味い。

 「躱せ! 早く!」

 咄嗟に声が出るが、来たばかりで状況を理解していない者達はヨシナリの言葉を汲み取れない。
 
 「あ? 何が――」

 次の瞬間、不可視の衝撃波が炸裂して範囲内の機体が全て粉々になった。
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