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第279話

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 最初に指示を受けた時、マルメルは凄まじく困った様子だったが、頼み込んで了解を取った。
 明らかに自信がなさそうだった事もあって少し申し訳ないと思っていたが、勝つ為にはどうしても必要だったのだ。 合計で十の狙撃銃をそれぞれ番号を振って持ち込み、全てに遠隔操作の仕掛けを施した上で各所――湖の西側を囲むように配置。 発射の管制をマルメルに委任し、ヨシナリは番号を伝え、マルメルはその番号通りの銃を発射する。 出番がないときは残弾が心許ない銃の給弾作業を行う。

 湖から少し離れているのでシックスセンスでも見つけるのが難しい位置を狙って陣取らせたのもヨシナリの指示だ。 本来であるなら彼の本領は中距離戦なので前に出したかったのだが、このフィールドの環境が彼の力を発揮する事を大きく阻害する。 ヨシナリとセンサーシステムのリンクを行えば視野に関しては大きく改善されるが、地面が雪の所為で機動性が大きく落ちる環境下では的になるのが目に見ているのでどちらにせよまともに戦えない。 

 ――悔しいが今の俺じゃ厳しいって事だろ? ま、今は裏方で我慢しといてやるよ。 だけど、次はこうは行かないからな!

 ヨシナリはマルメルにそう言わせた事が申し訳なかったが、彼の気持ちに応える為にもこの戦いには絶対に勝つ。 
 
 「――ふぅ」

 深呼吸。 意識をフォーカスする。
 これまでは全体を広く見て敵の動きの流れを読むイメージで戦っていたのだが、それを切り替える。
 余計な情報を意識から締め出し、見るべき物だけを可能な限り深く見る意識に。

 集中、集中。 これまでの戦いでこの三人の動きは散々見てきた。
 挙動の癖は完全とは言えないが掴んだ。 ポンポンが居る以上、奇襲は一回限りしか通用しない。
 彼女達の最大の強みは役割を綺麗に分ける事にある。 可能な限り、担うポジションに徹するようにすれば連携の齟齬も生まれ辛い。 近接のニャーコ、中衛のおたま、そして指揮のポンポン。

 星座盤も連携面では形になってきているが、完成度では彼女達の方が遥かに上だった。
   
 ――それ故に付け入る隙はある。

 ポンポンのエネルギー弾を躱し、追撃が来ないようにアノマリーで撃ち返す。
 その隙を突く形でおたまが突撃銃を連射。 ヨシナリは戦闘機形態に変形し、加速して弾幕を振り払う。
 先回りする形でニャーコが現れ、エネルギーブレードを展開。

 ――ここだ。

 ヨシナリは即座にホロスコープを人型に変形させて二挺拳銃を抜く。
 ふわわと戦った時を思いだせ。 彼女の動きに比べればニャーコの動きは単調だ。
 掻い潜るぐらいは訳はない。 必要なのは高精度の見切りだ。

 一閃。 普段なら後退して回避だが、今回は前に出た。 

 「にゃ!?」

 ニャーコの驚いた声が聞こえたが、構わずに刃をギリギリまで引き付けて回避。
 斬撃を掻い潜り股下を抜け、すれ違い際に左右で二連射。 正確にエネルギーウイングだけを撃ち抜く。
 コックピット部分を狙わなかったのはこの後の動きに繋げる必要があったからだ。

 小さな爆発が起こり、ニャーコの機体が墜落。 一つ。
 ヨシナリが距離を取ると予想してポジショニングしようとしているおたまが動揺に僅かに固まった。 

 「バカ! 足を止めるナ!」

 ポンポンの警告が飛ぶが遅い。 持ち替えている余裕はないのでそのまま連射。 
 おたまは連射をまともに喰らい、胴体部分が穴だらけになって爆散。 二つ。
 残り一つ。 ポンポンの一挙手一投足を見逃すな。
 
 装備はエネルギーライフルと腰にエネルギー式の短機関銃。
 構成から援護に徹するつもりだったのは見ればわかる。
 つまり彼女本来のパフォーマンスを完全に出せない装備構成だ。 二連射を左右に振って回避しながら機体側からの遠隔操作で空になったマガジンを排除し、腰に入っている予備を射出。

 レーザー誘導により、吸い込まれるように予備のマガジンは銃内部に収まる。
 
 「こいつ動きが――」

 ポンポンは僅かに焦ったような声を漏らして急降下。 
 明らかに接近される事を嫌がって逃げを打った。 行ける。
 中距離では連射の利かない武装は発射の間隔が長いので余り有効ではない。 相手が拳銃なら猶更だ。 急加速で振り払われるかもしれないと思ったが、シックスセンスでのセンサーリンクの関係でポンポンはこの場所から離脱できないのだ。 やってしまうと味方の視界がいきなり制限されてしまう。
 
 そうなればチーム全体が危険に晒される。 その為、彼女は急加速で振り切る事が出来ない。
 ヨシナリも全く同じ条件なのでそれをよく理解していた。 完全に噴かせないエネルギーウイングであるなら追いつく事は充分に可能。 後、三手――いや、二手で仕留める。

 「ヨシナリ。 ほんとお前って大した奴だナ」

 ポンポンは穏やかな口調でそんな事を言う。 彼女の機体は凍り付いた湖面スレスレを飛ぶ。
 追いながらヨシナリは銃撃。 軽口に付き合う余裕もないので撃破に全てを傾け――

 「本音を言うならあたしが仕留めたかったんだが、今回はおねーたまも居るチーム戦なんだ。 だから、悪いナ」

 その言葉に警戒心が持ち上がる。 なんだ? 俺は何かを見落とし――

 「躱せ! 誘い込まれているぞ!」

 ベリアルの鋭い警告が飛んでようやく気が付いた。 自分が今、どこに居るのかを。
 斬。 ホロスコープの腰から胸にかけてがコックピット部分ごと両断。 
 最後に見たのはツェツィーリエの真っ赤な機体だった。


 ヨシナリのホロスコープが撃破された事により星座盤はこの吹雪を見通す目を失った。
 無念の中、大破した機体の残骸を見てベリアルは悼むように小さく目を閉じる。

 「魔弾の射手よ。 見事な戦いだった。 貴様の戦いはここでは終わらせん。 だから、見ているがいい。 この闇を王の戦いをな!」
 
 センサーシステムの同期が途切れた事で大きく視界が制限されたが、ヨシナリを責める気持ちは一切なかった。 格上の機体を三機相手にして二機を撃破したのだ。
 充分な戦果と言える。 彼は死力を尽くした以上、ベリアルもそれに応えるべきだと判断した。

 彼の胸に勝利への執念が燃える。 
 
 「へぇ、随分とあの子の事を買っているのね? あんたがそこまで言うなんて珍しい」
 「当然だ。 魔弾の射手は我が召喚者にして轡を並べ、戦場を駆けた戦友とも。 奴は勝利を願い、死力を尽くした以上、俺はその意思を全力で尊重する」

 ツェツィーリエはちらりと残骸に成り果てたホロスコープを見る。
 実際、大したものだった。 Bランク三人相手にこれほどの戦果を挙げてあの言動の痛々しさと気難しい事で有名なベリアルまで手懐けているのだから。 
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