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第260話
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ヨシナリの存在だ。 彼女は狙撃手としてその立ち回りに自信を持っていた。
自分の土俵であるならまず負ける事はない。
――その筈だったのだ。
今でも思い出す。 狙いに行って逆に狙い撃ちされた前回のユニオン対抗戦を。
リプレイ映像を見て間抜けにも後ろから撃たれて即死する自分の姿を見せられ本当に意味で死にたくなったのは初めてかもしれない。 屈辱だった。
負けた事もそうだったが、自身が格下と思っていた相手に瞬殺された事が思った以上に彼女の精神を苛んでいたのだ。 借りを返す。 今回の戦いでヨシナリを仕留めてあの屈辱的な敗北を払拭するのだ。
その為に彼女は腕を磨き、ヨシナリを研究した。 キマイラに乗り換えているのは予想外だが戦い方は以前の延長線のはずだ。 仮に違ったとしても腕を磨いたセンドウに負けはない。
今回は一切の油断はしないのだから。 本来ならツガルに任せずに自分が真っ先に仕掛けたかったのだが、空中の相手ならツガルの方が適任という事でこの配置となった。
だったらマルメルを早々に仕留めてヨシナリを落とす。 彼女はそんな考えでいたのだが、想定外の邪魔が入った事で予定が大きく狂う。 正体不明の狙撃手。
非常に面倒な相手だった。 とにかく捕捉ができない。
この環境下で高いレベルのステルス機を捉えるのが難しい事は経験上、よく分かってはいる。
一番いいのは時間をかける事だ。 互いに隙を窺い先に相手を見つけた方が攻撃する権利を得る。
それは彼女の土俵でもあるので勝てる自信はあった。
こういった我慢比べができないと狙撃手は務まらないからだ。
だが、今回に限っては事情が異なる。 ツガルがやられ、つい今しがたフカヤとイワモトの信号がロストした。 他の味方機も脱落。
信じられない事に残っているのは自分とカナタだけなのだ。
たったの四機で格上、十機を相手に圧倒する。 慢心はしていない。
恐らくは相手の方が自分達をしっかりと研究していたのだろう。 だからと言って負けを受け入れるつもりは欠片もないが。
――急がないと……。
本来なら時間をかけるべきだが、状況がそれを許さない。
あのヨシナリがカナタと無策で戦う訳がない。 彼女が負けるとは思っていないが、勝負に絶対はない。 『栄光』が格下に負ける事などあってはならないのだ。
センドウは今、非常に焦っていた。
いつの間にかヨシナリへの執着よりも負ける事への忌避間で焦りが生まれている。
自覚はあるがどうにかこの感情を乗りこなさなければならない。 勝負をかける。
仕掛けるのは次に敵が仕掛けてきたタイミング。
相手の得物は小口径の狙撃銃。 見つからない事に比重を置くタイプなのは見ればわかる。
そんな相手は直接対決に弱い。 無理やり安全な穴倉から引き摺り出してやればペースは乱れる。
――そこを仕留める。
さぁ、撃って来いとセンドウは機体を変形させる。
彼女の機体はキマイラパンテラフレーム。 変形するとネコ科の動物を思わせる形態へと変わる。
この形態での走破性は人型の時の比ではない。 木々もある状態では簡単に捉えられないはずだ。
正確な位置は不明だが、飛んできた方角は分かる。
なら迷いなく突っ込む事で相手を揺さぶるのだ。 そうする事で居場所を看破されたと勘違いした敵は焦って――木々の奥から微かな銃声。 焦っているのか三連射。 センドウは四つ足特有の軽快なステップで躱す。 戦場に響き渡る様々な音で判別は難しいが、これだけ派手に撃ったのだ。
彼女のセンサーシステムはその僅かな痕跡から相手の位置を特定する。
極端に自身の姿を晒さない奴は程度の差こそあるが、本質的に臆病だとセンドウは思っている。
接近されれば必ず動揺する。 急いでいるんだ。 さっさと片を付ける。
変形した機体はその走破性を以って敵機へと肉薄。 距離はもう五百もない。
行ける。 センサー系の感度は可能な限り上げている。 逃げている様子もない。
こんな事もあろうかと接近戦の特訓はしてきた。
機体に内蔵されている牙で噛み砕いてやる。 まるで獣のような獰猛さでセンドウは敵との距離をゼロにし――
「いない?」
そこにあったのは狙撃銃だけで肝心のトルーパーがいなかった。
武器を捨てて逃げた? いや、小口径の狙撃銃の利点の一つは持ち運びが楽な点。
捨てる意味がない。 見た所、固定もされておらず、遠隔操作されている様子もない。
光学迷彩であるならセンドウが気付かない訳が――不意に衝撃。
唐突に起こったそれに対応できずにセンドウの機体は吹き飛ぶ。
空中でどうにか体勢を整えて着地。 何があったと視線を地面に向けると銃口が地面から生えていた。 それを見てセンドウは全てを悟る。
こいつは最初の一射でセンドウの注意を引きつつ頭を抑え、その間に穴を掘っていたのだ。
充分に身を隠せる深さの穴を掘った所で、気付かせる為に三連射。
接近に合わせて穴に隠れ、近寄ってきてタイミングで一撃。 だが、センドウの機体は健在。
今ので仕留められなかったのは致命的だ。 センドウへ変形して人型に戻ろうとしたが、無数のエラーメッセージがポップアップ。 何だと見たら機体内部に重大な損傷とあった。
どういう事だと視線を落とすと銃弾を喰らった場所を中心に機体が溶けていたのだ。
腐食弾。 その正体に気が付きはしたが、同時に胴体に貰った以上はどうにもならないと悟ってしまった。 手足であったなら腐食部分をパージすれば助かりはするが重要なパーツが揃った胴体は腐食液による浸潤に耐えられない。 瞬く間に画面はエラーメッセージで埋め尽くされる。
「――クソ」
センドウには悪態を吐くだけで精一杯だった。 機体の重要部分が溶け落ち、機能が停止。
そのまま脱落となった。
「……ふぅ、あー怖かった」
グロウモスは小声でそう言って地面に偽装した蓋を外して穴から這い出す。
彼女の行動は概ねセンドウの予想通りだった。 元々、敵に狙撃手がいた場合は抑えるのはグロウモスの役目だったのだ。 そして今回は手の内を知っている『栄光』相手だったのでヨシナリは具体的な指示を出せたという訳だ。 ツガルからセンドウがムキになっているという話を聞いていたヨシナリは普段よりも忍耐力が低下していると判断し、彼女に対センドウの策を授けた。
内容としては非常にシンプルで誘い込んで地中から一撃入れろというものだ。
塹壕に関してはふわわからグルーキャノンのマテリアル――要は接着剤の入ったカプセルを借りて掘った穴を固め、掘った際にできた残土を同様に固めて即席のマンホールのような物を造り蓋をして完成だ。
後は来るのを待って頃合いを見て塹壕に入り、近くに来たところで蓋に開けておいた穴から一撃。
それで完了だった。
自分の土俵であるならまず負ける事はない。
――その筈だったのだ。
今でも思い出す。 狙いに行って逆に狙い撃ちされた前回のユニオン対抗戦を。
リプレイ映像を見て間抜けにも後ろから撃たれて即死する自分の姿を見せられ本当に意味で死にたくなったのは初めてかもしれない。 屈辱だった。
負けた事もそうだったが、自身が格下と思っていた相手に瞬殺された事が思った以上に彼女の精神を苛んでいたのだ。 借りを返す。 今回の戦いでヨシナリを仕留めてあの屈辱的な敗北を払拭するのだ。
その為に彼女は腕を磨き、ヨシナリを研究した。 キマイラに乗り換えているのは予想外だが戦い方は以前の延長線のはずだ。 仮に違ったとしても腕を磨いたセンドウに負けはない。
今回は一切の油断はしないのだから。 本来ならツガルに任せずに自分が真っ先に仕掛けたかったのだが、空中の相手ならツガルの方が適任という事でこの配置となった。
だったらマルメルを早々に仕留めてヨシナリを落とす。 彼女はそんな考えでいたのだが、想定外の邪魔が入った事で予定が大きく狂う。 正体不明の狙撃手。
非常に面倒な相手だった。 とにかく捕捉ができない。
この環境下で高いレベルのステルス機を捉えるのが難しい事は経験上、よく分かってはいる。
一番いいのは時間をかける事だ。 互いに隙を窺い先に相手を見つけた方が攻撃する権利を得る。
それは彼女の土俵でもあるので勝てる自信はあった。
こういった我慢比べができないと狙撃手は務まらないからだ。
だが、今回に限っては事情が異なる。 ツガルがやられ、つい今しがたフカヤとイワモトの信号がロストした。 他の味方機も脱落。
信じられない事に残っているのは自分とカナタだけなのだ。
たったの四機で格上、十機を相手に圧倒する。 慢心はしていない。
恐らくは相手の方が自分達をしっかりと研究していたのだろう。 だからと言って負けを受け入れるつもりは欠片もないが。
――急がないと……。
本来なら時間をかけるべきだが、状況がそれを許さない。
あのヨシナリがカナタと無策で戦う訳がない。 彼女が負けるとは思っていないが、勝負に絶対はない。 『栄光』が格下に負ける事などあってはならないのだ。
センドウは今、非常に焦っていた。
いつの間にかヨシナリへの執着よりも負ける事への忌避間で焦りが生まれている。
自覚はあるがどうにかこの感情を乗りこなさなければならない。 勝負をかける。
仕掛けるのは次に敵が仕掛けてきたタイミング。
相手の得物は小口径の狙撃銃。 見つからない事に比重を置くタイプなのは見ればわかる。
そんな相手は直接対決に弱い。 無理やり安全な穴倉から引き摺り出してやればペースは乱れる。
――そこを仕留める。
さぁ、撃って来いとセンドウは機体を変形させる。
彼女の機体はキマイラパンテラフレーム。 変形するとネコ科の動物を思わせる形態へと変わる。
この形態での走破性は人型の時の比ではない。 木々もある状態では簡単に捉えられないはずだ。
正確な位置は不明だが、飛んできた方角は分かる。
なら迷いなく突っ込む事で相手を揺さぶるのだ。 そうする事で居場所を看破されたと勘違いした敵は焦って――木々の奥から微かな銃声。 焦っているのか三連射。 センドウは四つ足特有の軽快なステップで躱す。 戦場に響き渡る様々な音で判別は難しいが、これだけ派手に撃ったのだ。
彼女のセンサーシステムはその僅かな痕跡から相手の位置を特定する。
極端に自身の姿を晒さない奴は程度の差こそあるが、本質的に臆病だとセンドウは思っている。
接近されれば必ず動揺する。 急いでいるんだ。 さっさと片を付ける。
変形した機体はその走破性を以って敵機へと肉薄。 距離はもう五百もない。
行ける。 センサー系の感度は可能な限り上げている。 逃げている様子もない。
こんな事もあろうかと接近戦の特訓はしてきた。
機体に内蔵されている牙で噛み砕いてやる。 まるで獣のような獰猛さでセンドウは敵との距離をゼロにし――
「いない?」
そこにあったのは狙撃銃だけで肝心のトルーパーがいなかった。
武器を捨てて逃げた? いや、小口径の狙撃銃の利点の一つは持ち運びが楽な点。
捨てる意味がない。 見た所、固定もされておらず、遠隔操作されている様子もない。
光学迷彩であるならセンドウが気付かない訳が――不意に衝撃。
唐突に起こったそれに対応できずにセンドウの機体は吹き飛ぶ。
空中でどうにか体勢を整えて着地。 何があったと視線を地面に向けると銃口が地面から生えていた。 それを見てセンドウは全てを悟る。
こいつは最初の一射でセンドウの注意を引きつつ頭を抑え、その間に穴を掘っていたのだ。
充分に身を隠せる深さの穴を掘った所で、気付かせる為に三連射。
接近に合わせて穴に隠れ、近寄ってきてタイミングで一撃。 だが、センドウの機体は健在。
今ので仕留められなかったのは致命的だ。 センドウへ変形して人型に戻ろうとしたが、無数のエラーメッセージがポップアップ。 何だと見たら機体内部に重大な損傷とあった。
どういう事だと視線を落とすと銃弾を喰らった場所を中心に機体が溶けていたのだ。
腐食弾。 その正体に気が付きはしたが、同時に胴体に貰った以上はどうにもならないと悟ってしまった。 手足であったなら腐食部分をパージすれば助かりはするが重要なパーツが揃った胴体は腐食液による浸潤に耐えられない。 瞬く間に画面はエラーメッセージで埋め尽くされる。
「――クソ」
センドウには悪態を吐くだけで精一杯だった。 機体の重要部分が溶け落ち、機能が停止。
そのまま脱落となった。
「……ふぅ、あー怖かった」
グロウモスは小声でそう言って地面に偽装した蓋を外して穴から這い出す。
彼女の行動は概ねセンドウの予想通りだった。 元々、敵に狙撃手がいた場合は抑えるのはグロウモスの役目だったのだ。 そして今回は手の内を知っている『栄光』相手だったのでヨシナリは具体的な指示を出せたという訳だ。 ツガルからセンドウがムキになっているという話を聞いていたヨシナリは普段よりも忍耐力が低下していると判断し、彼女に対センドウの策を授けた。
内容としては非常にシンプルで誘い込んで地中から一撃入れろというものだ。
塹壕に関してはふわわからグルーキャノンのマテリアル――要は接着剤の入ったカプセルを借りて掘った穴を固め、掘った際にできた残土を同様に固めて即席のマンホールのような物を造り蓋をして完成だ。
後は来るのを待って頃合いを見て塹壕に入り、近くに来たところで蓋に開けておいた穴から一撃。
それで完了だった。
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