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第167話

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 高度は取らずに、地面を這うように飛行。
 距離を稼ぎたいなら高度を取った方が良いが、この強い風では上手く進めず逆に動きが鈍ってしまう。 

 ――のだが、一機焦りのあまり高度を取った機体がいた。

 マルコヴィッチだ。 ブースターを全開に噴かして大きく飛翔している姿は非常によく目立つ。
 光源が少ないこのステージでは深夜に行う花火のように視線が吸い寄せられる。 
 そして次の瞬間、無数の光線に呑み込まれて蒸発した。 フカヤ達も既にやられているのでこれで三名が脱落だ。 

 「うおぉぉ――舐め――じゃ――ぇぇぇ」

 通信可能距離から離れていたのでぶつ切りにしか聞こえないがマメ大福が拳銃を連射しているようだ。
 諦めたのかヨシナリを逃がす為に殿を買って出たのかは不明だが、無茶な行動なのは間違いなかった。
 周囲を見回すと小さなマズルフラッシュが遠くで微かに瞬く。 居場所は分かったがそれだけだった。
 
 ヨシナリが彼の居場所を認識したと同時にマメ大福のいたであろう場所が嵐に呑み込まれたからだ。
 直後に地面が揺れ、嵐の向こうで何かが光った。 レーダー表示を確認すると自分以外の味方機の反応は消失。 つまり全員やられた事になる。
 
 ――これは不味いな。 

 まともにぶつかった場合、瞬殺される自信があった。
 姿までは見えなかったが、攻撃手段は少しだけ見えたので最低限の情報は手に入ったのだがあまり割に合ってない。 ヨシナリの見えている範囲では大暗斑の中にいる――いや、恐らくは大暗斑を発生させているボスらしきエネミーは純粋に火力で制圧するタイプだ。 変に小難しい攻撃手段を使ってこないだけまだマシかもしれないが躱せない以上、何の慰めにもならない。

 この手の火力で圧倒してくるタイプは物量で圧し潰すのが定石だ。
 つまり、単機のヨシナリではどう足掻いても勝てない。 振り返ると嵐は徐々に迫ってきている。
 明らかに捕捉されていたが、まだあきらめてはいなかった。 一応ではあるが逃げ切る為の可能性に心当たりがあったからだ。 

 ――そろそろのはずだけど……。

 マップを確認しつつ必死に目を凝らして目当てのものを探す。
 
 「あった」

 巨大な地割れ。 トルーパーが入れる大きさの物は道中で数か所しか見かけなかったが何かに使えないかと場所を覚えておいたのだが、役に立ちそうだった。
 機体を亀裂の中に潜り込ませる。 風の影響がなくなった事で加速。 

 大暗斑との距離が少しずつではあるが開いていく。
 そして距離が一定以上開いた時にそれが起こった。 大暗斑の動きが停止したのだ。
 正確には嵐自体は止んでいないが追ってこなくなった。 これは諦めたのかとヨシナリが内心で頼むから帰ってくれと祈っていると嵐は後退を開始。 元の場所へと戻っていく。

 完全に探知範囲外に消えるまでじっと息を潜めていたのだが、安全を実感した瞬間大きく息を吐いた。

 「あぁ、クソ。 滅茶苦茶怖かった」
 
 犠牲は出たが目的自体は達成した。 大暗斑は巨大なエネミーが生み出している現象だ。
 この情報は大きい。 危険な相手の位置を一方的に知る事ができるので逃げるにしても立ち向かうにしても何かと有用だ。 後はこの情報を他に伝える事。

 このステージは通信できる距離が大きく制限されているので即座にこの情報をばら撒けないのが残念だ。 慎重に亀裂から這い出したヨシナリは元来た道を戻り始める。
 今回は誰もいない一人きりだ。 耳に聞こえるのは吹き荒れる風の音。

 通信を開いてもどこにも通じず、何も聞こえてこない。
 まるで冬の山で遭難したみたいだ。 本当の遭難と違ってマップは正確に表示されているので目的地ははっきりしている点が救いか。 こんな環境を当てもなく彷徨うなんて事になったら頭がどうにかなりそうだ。

 風の音以外は全く聞こえないので自分以外のプレイヤーがどうなっているのかさっぱり分からない。
 戦闘の音すら聞こえない。 数百万のプレイヤーが同時に投入されているのにその気配が一切感じられないのはちょっとした怖さを感じる。

 黙々と進みながら考えるのはさっきのエネミーの事だ。 情報が足りないので明確な攻略法や突破の糸口なんて明確な物は出てこないが、僅かな情報を脳裏で精査し続ける。
 何故なら、それ以外にやる事がないからだ。 

 「ってかこれきついな……」
 
 思わず呟く。 一人きりの環境は他のゲームでそれなりに経験しているので、耐性はある方だと思っていたが、このゲームのリアリティがそれを許さない。 耳障りな風の音がいつまでも追いかけてくる。
 長時間こうしていたら本当に頭がおかしくなるかもしれない。 

 ――こんな調子が続くなら敵の哨戒機を見かけたら積極的に仕掛けるか?

 そんな迂闊な行動を取りたくなる程度にはヨシナリはこの状況に参っていた。
 幸か不幸か敵と遭遇せずに戻れそうだったが、途中で違和感に気が付く。
 マップを確認するとそろそろ通信が可能なエリアなのだが、味方の識別が見当たらない。
 
 嫌な予感に襲われて拠点に急ぐとそこは随分な有様だった。
 激しい戦闘の跡と無数のエネミーとトルーパーの残骸。 破壊されたシャトル。
 襲撃を受けた事は明らかだ。 ウインドウを操作してユニオンメンバーのステータスを確認するとマルメル、ふわわ共に健在だが所在は不明。 襲撃を受けて移動したようだ。

 敵の残骸を確認する。 蛇のように長い体躯の魚だ。
 頭部が中々に凶悪で頑丈そうな歯がずらりと並んでいる。
 
 「太刀魚だったか?」
 
 そんな名前の魚に似ていたが記憶にある太刀魚はこんな凶悪な形状の頭部はしていない。
 攻撃方法としては飛び掛かっての嚙みつきと巻き付いての拘束か。
 一部のトルーパーが巻き付かれた上で頭から丸かじりにされていた。

 耐弾性能も高いようであちこち穴だらけになっているがしっかりと標的に喰らいついている点からもそれは想像できる。 他には大型の個体の残骸が転がっているがこちらは地面の有様を考えると光学兵器を多用するタイプか。 頭部の一部が透明なガラスのような状態になって中身が見えている。

 こちらも結構な数の銃弾を喰らっているにもかかわらずダメージが内部まで届いていない点を見ると耐弾性能が極めて高いとみていい。
 この過酷な環境下では物理的な頑強さが求められるのかとにかく硬そうだ。

 ――フグに迂闊に仕掛けなくて良かったのかもしれないな。

 そう思いながらこれからどうしたものかとヨシナリは空を仰いだ。
 
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