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第21話
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前線は開戦当初と比べると完全に別物の地獄と化していた。
空間を埋め尽くすさんと言わんばかりの弾幕にそれを掻い潜るプレイヤー達。
次々と空中で爆散するトルーパーとエネミー。 当然ながらエネミーの方が撃破される数は多い。
しかし、無尽蔵に出現するエネミーの物量を前にプレイヤー達はじりじりと押し込まれつつあった。
「ったく、押し返したと思ったらこれだぜ。 やってられねーぞ!」
「前よりは戦えているんだがなぁ……」
会話しながらも意識は敵の攻撃をどう掻い潜るかに大半を割いており、言葉に余裕はあまりない。
「あーあ、『ターク』と『ザ・マン』もやられたか」
視界の端で名前を挙げたプレイヤー達の機体が爆散していた。
「全方位からの突進攻撃とか機動力に差がないからそうそう躱せねーよ。 囲まれたら詰みだな」
「そっちは立ち回り次第で躱せるからいいとして、怖いのは流れ弾だって。 こんだけ派手に飛び交ってるんだぜ? 一発でもいい所に貰ったらそのままおしまいだ」
「俺も小型のシールド発生装置買っとけばよかったかねぇ」
「キマイラタイプに積める奴って結構いい値段したよなぁ。 つーか使いたかったら武器と併用する為のジェネレーターとコンデンサーが要るぞ」
「いや、ジェネレーターは変えたんだよ。 ほらこの戦いって持久力要るだろ?」
「コンデンサーは? あれないと派手に動いたら息切れ起こすぞ」
「そうなんだけどさー、詰んでる機銃を変えたんだよねぇ……」
「へぇ、何て奴?」
「『リパルサーⅢ型』連射速度もあるし、燃費も良いからジェネレーターの負担が少ないんだよ。 ただ、冷却装置変えてないからオーバーヒートが早いんだよなぁ……」
「駄目じゃん」
「うぅ、もっとP欲しいよぉ……」
「だったらここで頑張らないと――あ」
「――あ」
不意に会話が止まる。 その理由は片方のウイングに流れ弾が当たったからだ。
ふらふらと機体がバランスを崩し、どうにか立て直しを図ろうとしたが敵の攻撃は弱った獲物に容赦なく牙をむく。 次々と被弾していく状況にそのプレイヤーはうんと大きく頷いた。
「うん、無理。 せめてカタツムリが来るまで粘りたかったなぁ。 じゃ、お疲れ! 応援してるぜ!」
「おう、お疲れ! 今回は残念だったけど良かったらまた戦おうぜ!」
「こちらこそー。 折角だし適当な奴を道連れにするか」
そう言って火を噴き始めた機体は近くに居た輸送機に突撃して道連れにした。
――イベントの開始からそろそろ五時間三十分が経過しようとしていた。
低ランクプレイヤーは軒並み全滅し、中堅クラスも徐々に数を減らし始める。
このゲームはランクの高さとプレイヤーの強さが直結しているので、後から来る者は自然と実力の高い者だ。 その為、上位のランカーが参戦すると戦況の巻き返しが可能となっている。
だが、それに合わせる形で敵も新たなバリエーションの機体を投入して押し込む。
このイベントはその繰り返しだ。 フィールドに立っているプレイヤー達に求められる事は上位のプレイヤーが来るまで独力で耐える事。 そして新たに参戦したプレイヤー達はその戦況の打開、次いで他と同様に上位のプレイヤーを待つ事にある。
後から来るプレイヤーが強いのは確かだ。 しかし、大きく無視できない問題がある。
それはランクという制度は自然とピラミッドを描く事だ。 つまり、上に行けば行く程に人数が少なくなる。 最低のIランクであるなら一機撃破された所で戦局に影響は及ばない。
だが、現在参戦している最高ランクであるCランカーの価値はどうか?
Cランクプレイヤーの総数はIランクプレイヤーの一割以下だ。
つまり彼等が一機でも落とされる事の損失は非常に大きいと言える。
対する敵の増加スピードはほぼ変わらない。
それが意味する事は押し込まれる間隔が短くなる事を示していた。
貴重なキマイラタイプが一機、また一機と数を減らす度に前線の負担が増し、基地への負担が重くなる。
このゲームをデザインした者は徹底してプレイヤーに絶望を与えるように戦力を配置していた。
大抵の者は『勝ち目がない』、『もう無理だ』、『やってられない』。
この三つの過程を経てモチベーションを喪失する。 だが、モチベーションの喪失は絶望を意味しない。
諦観を得ると言う結果自体は変わらないが、早々に投げ出しては絶望はしないのだ。
なら絶望を与える為には何をすれば良いのか? そこまで難しい話ではない。
――希望をチラつかせるのだ。
減って行くタイマーの数字を見れば折れかけた気持ちと心が持ち直す。
何故なら高ランクのプレイヤーが助けに来てくれるからだ。
それまで頑張ればきっと楽になる。 救われる。 そんな気持ちでプレイヤー達は戦う。
そんな中、敵の猛攻の前に斃れる。 特にタイマーのカウントがゼロに近ければ近い程にそれは深くなるだろう。 後少しだったのに、ほんのちょっとだったのに。
もう数分、数秒、粘れれば高ランクのプレイヤーの援護で自分はもっと戦えたのに。
そんなたらればと見せつけられる自分の居ない戦場とそれを遠くから俯瞰する事しかできない自分。
敗北したプレイヤー達はその結果をどのように受け入れるのか?
所詮はゲームと割り切る? 大多数と言っていい程の者達はそうだろう。
負けてしまったが、次があるのだ。 稼げなかったのは残念だが、いくらでも巻き返しはできる。
切り替えて対策を練ろう。 気楽、気軽に行くべきだ。
それは悪ではない。 寧ろゲームを楽しむには健全な考え方と言える。
大抵のゲームのプレイヤーはこれぐらいの寛容さがあればほどほどに楽しめるのだ。
ストレスも溜まらず、気持ちよくゲームの世界に浸れるのだから。
だが、この『ICpw』ではそうはいかない。 このゲームがプレイヤーに求めるのは死力を尽くす事だ。
世界観を脳に叩きつけ、自身をこの世界の住人と錯覚させる。
その域に至ったプレイヤー――もはや頭がおかしいと言えるほどにのめり込んだ者だけが、この世界を真髄に触れ、本当の意味でのプレイヤーとなるのだ。
敗北を屈辱と受け止め、飲み下し、しかし消化せずに臓腑に溜めこみ。
怒りと憎悪に変換し、モチベーションに昇華する。
そこまで入れ込んだ狂った者達は自然と上へと登って行き、こう呼ばれる。
――ハイランカーと。
そしてカウントがゼロになった。
空間を埋め尽くすさんと言わんばかりの弾幕にそれを掻い潜るプレイヤー達。
次々と空中で爆散するトルーパーとエネミー。 当然ながらエネミーの方が撃破される数は多い。
しかし、無尽蔵に出現するエネミーの物量を前にプレイヤー達はじりじりと押し込まれつつあった。
「ったく、押し返したと思ったらこれだぜ。 やってられねーぞ!」
「前よりは戦えているんだがなぁ……」
会話しながらも意識は敵の攻撃をどう掻い潜るかに大半を割いており、言葉に余裕はあまりない。
「あーあ、『ターク』と『ザ・マン』もやられたか」
視界の端で名前を挙げたプレイヤー達の機体が爆散していた。
「全方位からの突進攻撃とか機動力に差がないからそうそう躱せねーよ。 囲まれたら詰みだな」
「そっちは立ち回り次第で躱せるからいいとして、怖いのは流れ弾だって。 こんだけ派手に飛び交ってるんだぜ? 一発でもいい所に貰ったらそのままおしまいだ」
「俺も小型のシールド発生装置買っとけばよかったかねぇ」
「キマイラタイプに積める奴って結構いい値段したよなぁ。 つーか使いたかったら武器と併用する為のジェネレーターとコンデンサーが要るぞ」
「いや、ジェネレーターは変えたんだよ。 ほらこの戦いって持久力要るだろ?」
「コンデンサーは? あれないと派手に動いたら息切れ起こすぞ」
「そうなんだけどさー、詰んでる機銃を変えたんだよねぇ……」
「へぇ、何て奴?」
「『リパルサーⅢ型』連射速度もあるし、燃費も良いからジェネレーターの負担が少ないんだよ。 ただ、冷却装置変えてないからオーバーヒートが早いんだよなぁ……」
「駄目じゃん」
「うぅ、もっとP欲しいよぉ……」
「だったらここで頑張らないと――あ」
「――あ」
不意に会話が止まる。 その理由は片方のウイングに流れ弾が当たったからだ。
ふらふらと機体がバランスを崩し、どうにか立て直しを図ろうとしたが敵の攻撃は弱った獲物に容赦なく牙をむく。 次々と被弾していく状況にそのプレイヤーはうんと大きく頷いた。
「うん、無理。 せめてカタツムリが来るまで粘りたかったなぁ。 じゃ、お疲れ! 応援してるぜ!」
「おう、お疲れ! 今回は残念だったけど良かったらまた戦おうぜ!」
「こちらこそー。 折角だし適当な奴を道連れにするか」
そう言って火を噴き始めた機体は近くに居た輸送機に突撃して道連れにした。
――イベントの開始からそろそろ五時間三十分が経過しようとしていた。
低ランクプレイヤーは軒並み全滅し、中堅クラスも徐々に数を減らし始める。
このゲームはランクの高さとプレイヤーの強さが直結しているので、後から来る者は自然と実力の高い者だ。 その為、上位のランカーが参戦すると戦況の巻き返しが可能となっている。
だが、それに合わせる形で敵も新たなバリエーションの機体を投入して押し込む。
このイベントはその繰り返しだ。 フィールドに立っているプレイヤー達に求められる事は上位のプレイヤーが来るまで独力で耐える事。 そして新たに参戦したプレイヤー達はその戦況の打開、次いで他と同様に上位のプレイヤーを待つ事にある。
後から来るプレイヤーが強いのは確かだ。 しかし、大きく無視できない問題がある。
それはランクという制度は自然とピラミッドを描く事だ。 つまり、上に行けば行く程に人数が少なくなる。 最低のIランクであるなら一機撃破された所で戦局に影響は及ばない。
だが、現在参戦している最高ランクであるCランカーの価値はどうか?
Cランクプレイヤーの総数はIランクプレイヤーの一割以下だ。
つまり彼等が一機でも落とされる事の損失は非常に大きいと言える。
対する敵の増加スピードはほぼ変わらない。
それが意味する事は押し込まれる間隔が短くなる事を示していた。
貴重なキマイラタイプが一機、また一機と数を減らす度に前線の負担が増し、基地への負担が重くなる。
このゲームをデザインした者は徹底してプレイヤーに絶望を与えるように戦力を配置していた。
大抵の者は『勝ち目がない』、『もう無理だ』、『やってられない』。
この三つの過程を経てモチベーションを喪失する。 だが、モチベーションの喪失は絶望を意味しない。
諦観を得ると言う結果自体は変わらないが、早々に投げ出しては絶望はしないのだ。
なら絶望を与える為には何をすれば良いのか? そこまで難しい話ではない。
――希望をチラつかせるのだ。
減って行くタイマーの数字を見れば折れかけた気持ちと心が持ち直す。
何故なら高ランクのプレイヤーが助けに来てくれるからだ。
それまで頑張ればきっと楽になる。 救われる。 そんな気持ちでプレイヤー達は戦う。
そんな中、敵の猛攻の前に斃れる。 特にタイマーのカウントがゼロに近ければ近い程にそれは深くなるだろう。 後少しだったのに、ほんのちょっとだったのに。
もう数分、数秒、粘れれば高ランクのプレイヤーの援護で自分はもっと戦えたのに。
そんなたらればと見せつけられる自分の居ない戦場とそれを遠くから俯瞰する事しかできない自分。
敗北したプレイヤー達はその結果をどのように受け入れるのか?
所詮はゲームと割り切る? 大多数と言っていい程の者達はそうだろう。
負けてしまったが、次があるのだ。 稼げなかったのは残念だが、いくらでも巻き返しはできる。
切り替えて対策を練ろう。 気楽、気軽に行くべきだ。
それは悪ではない。 寧ろゲームを楽しむには健全な考え方と言える。
大抵のゲームのプレイヤーはこれぐらいの寛容さがあればほどほどに楽しめるのだ。
ストレスも溜まらず、気持ちよくゲームの世界に浸れるのだから。
だが、この『ICpw』ではそうはいかない。 このゲームがプレイヤーに求めるのは死力を尽くす事だ。
世界観を脳に叩きつけ、自身をこの世界の住人と錯覚させる。
その域に至ったプレイヤー――もはや頭がおかしいと言えるほどにのめり込んだ者だけが、この世界を真髄に触れ、本当の意味でのプレイヤーとなるのだ。
敗北を屈辱と受け止め、飲み下し、しかし消化せずに臓腑に溜めこみ。
怒りと憎悪に変換し、モチベーションに昇華する。
そこまで入れ込んだ狂った者達は自然と上へと登って行き、こう呼ばれる。
――ハイランカーと。
そしてカウントがゼロになった。
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