アビス・フォール

kawa.kei

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第9話 「喪失」

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 アルフレッドを早く治療してやらないと死んでしまう。
 こいつを失う事を考えると体が震える。 ここからの脱出は後で考えればいい。
 俺は免罪武装Ⅲプルガトリオ朦朦悔悟イラを地面に突き刺して能力を全開にする。

 突き刺した部分を起点に地面に黒い影のような物が一気に広がり、同時に俺はアルフレッドを抱えて走り出す。 幸いにもレベルはそこそこ上がっているのでアルフレッドを抱えて走るぐらいはどうにでもなる。
 周囲から弓矢が飛んでくるが、地面の影を操作。 闇が立ち上がり、壁になって矢を防ぐ。
 
 追撃しようとした連中は影に絡め取られて動けなくなる。
 グラニュールですら完全に拘束できる代物だ。 こいつ等程度なら数が居ても足を止めるぐらいなら訳ない。 影を操作しつつ敵の攻撃を防ぎ、そのまま包囲を突破。
 
 このやり方なら突破も可能だろうが、追加が湧いてこられると防ぎきれない。
 とにかく大量に弓矢が飛んできており、一部が守りを突破して俺の腕を掠める。
 痛みに僅かに表情を歪めるが、構わずに走り抜けた。 地面の状態を維持すれば飛び道具をばら撒くだけで直接俺を追いかける事はできないはずだ。

 後ろか現れた連中は数が少ない。 追撃が来る可能性は低いだろう。
 少なくとも前よりはマシだ。 一旦、下に戻って態勢を立て直そう。
 まずは何とかアルフレッドを治療しないと。 そうこうしている内にアルフレッドはパラパラと破片を零している。 あぁ、あぁ、馬鹿野郎、俺なんて庇うから。

 「大丈夫だ。 絶対に治してやる。 だから頑張れ、もう少しだ」

 敵の包囲を突破はできたが、肩越しに振り返ると追って来るつもりのようだったので一定の距離に近づいて来た所で免罪武装Ⅲプルガトリオ朦朦悔悟イラを使って敵の足を止める。
 それを繰り返し、俺は休まずに足を動かし続けた。 必死過ぎて時間の感覚が掴めないが、それなりの時間走り続け、下層への坂道が見えた段階で諦めたのか追って来なくなった。

 それでも俺は油断せずに坂を転がるように駆け下りる。 坂を下り切ったところで、俺はようやく足を止める。 振り返り、周囲を確認するが何かが居る気配はない。
 
 ……よし。
 
 アルフレッドを見るともう虫の息だ。 早く、早く、どうにかしないと……。
 免罪武装は――無理だ。 自己強化、再生、後は攻撃系の能力しかない。
 この役立たずが! やたらと重い代償を取る癖に肝心な時にクソの役にも立たない武器を罵りつつも、どうすればいいのかと必死に頭を回転させる。
 
 こんな時、物語の主人公ならナイスな機転を利かせて状況を打開するのだ。
 いつもじゃなくてもいい。 異世界転生なんだろ? だったらこんな時ぐらいにご都合主義が働いてくれてもいいじゃないか!? アルフレッドは俺を安心させようとしたのか指もない丸っこい手で俺の頬にそっと触れる。 それが最期だった。

 バキリと音がしてアルフレッドが崩れて水晶の塊へと変わる。
 形状を保てずに崩れたので破片は俺の手をすり抜けるように零れ落ちた。
 
 「…………」

 俺は目の前の状況を上手く理解――いや、処理できなかった。
 真っ白になった頭でも核が残っていれば再生できるかもしれない。
 そう考えて残骸を漁るとそれらしきものがあったが、鑑定の結果は「晶骸。 核だった物」としか認識できなかった。 もう無理だという事を見せつけるかのようにその塊も砂のように崩れて消える。

 残ったのはほんの僅かな砂粒だけ。 胸に圧倒的な怒りと悲しみが湧き上がるが免罪武装が、その全てを欠片も残さずに平らげる。 そして残ったのは凄まじいまでの虚無感だけだった。
 何もする気力がわかないが、倒れ込もうとする意志さえも免罪武装が喰らいつくし、俺は前に進む事しかできなくなった。 

 「…………」

 俺は無言で手の中に残ったアルフレッドだったものを口に流し込んで呑み込む。
 
 「……短い間だったけど今までありがとう。 お前が居てくれて本当に良かった。 俺はお前に救われた」
  
 ――そして――

 「もう、お前以外の使い魔は要らない。 お前だけだ。 俺の使い魔はお前だけだ」

 欠片も悲しくなかったが、涙が頬を伝う。 それが俺が人生で最後に流した涙だった。
 

 アルフレッドを失い、代償に免罪武装は大幅に強化された。
 特に憤怒に関しては伸びが素晴らしい。 六百万を軽く超えている。
 他も二割から三割ほどの能力向上が見られた。 ただ、現状、これでは足りない。
 
 上を突破するには何か手を考える必要がある。 数を用意するか、俺自身が強くなるか。
 合理的に考えればグラニュールを殺しまくって使い魔を量産すればいい。
 弱くても数が居れば弾避けにもなるので勝率は大きく上がる。 

 ……だが、俺はもう二度と使い魔を作らないと決めたのでその案はなしだ。

 結果、俺が死ぬ事になってもそれでいいとすら思っていた。
 あんな喪失感は一度で充分だ。 だが、脳裏で冷静な部分が囁くようにクソみたいな提案をする。
 愛着のある存在をたくさん作って死なせれば免罪武装の強化ができるんじゃないかと。

 そんなクソみたいな事を思いつく自分自身に反吐が出そうだ。 上の連中はアルフレッドの仇なので可能であるなら皆殺しにしてやりたいが、それ以上に段々と考え方が変わってきた自分を殺したくて仕方がない。 そんな自虐的な考えすらも免罪武装に吸い取られて消える。

 今の俺に必要な事は強くなる事だ。 免罪武装の強化は餌がなくなれば頭打ちになる。
 ゲームみたいにレベルが上がればスキル的な物を覚えられるのかは知らんが、ここはゲーム脳に徹してレベリングを頑張るしかない。 最低限、素の身体能力で上の雑魚ぐらいは殴り殺せるぐらいにはなりたいものだ。 

 「目指せ、世界最強。 無双系主人公ってか?」

 本当にゲーム感覚でこの世界を楽しめれば良かった。 アルフレッドの喪失も駒が減った程度の認識でいられるならどれだけ幸せだっただろうか。 でも駄目だ。 僅かではあるが、共に過ごした日々が現実として俺の背に圧し掛かる。 だから、世界最強を目指すといった目標に対しても――

 ――くだらねぇ。 はははと渇いた笑いが零れ落ちる。
 自分でも驚くぐらいに渇き切った笑い声で、本当に自分の口から出たんだろうかと思ったぐらいだ。
 少し離れた場所でズンと重たい足音が響く。 どうやら俺に気が付いた何かが寄って来たようだ。

 知らない間に騒ぎ過ぎたのかもしれない。
 まぁ、いいか。 方針は決まったんだ。 やる事は一つだろう。
 俺は免罪武装Ⅲプルガトリオ朦朦悔悟イラを抜くと足音のした方向へと向けた。
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