逢魔の霧

kawa.kei

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17周目②

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 「――なぁ、他の方法はないのか? 俺としてもお前の様子を見れば嘘じゃないってのは分かる。 それでもクラスの連中を犠牲にするやり方はヤバい」
 「ない。 少なくとも今の私には思いつかない」

 そう言い切り、だったら代案を出せと付け加えると座間は黙り込んだ。
 こうしている間にも時間は過ぎる。 今回は死ぬ事を前提としているけど、無駄な時間を過ごして棒に振りたくもない。 座間は表情を歪め、バリバリと頭を掻く。
 
 「クソッ、分かったよ。 お前の案で行く。 念の為、保険を掛けとくが何かしらの形でバレた場合、俺に罪を擦り付けるんじゃねーぞ」
 「共犯でいいよね?」
 「あぁ、畜生、こんな所に来なければよかった」
 「とりあえずだけど同室の皆を連れて南の鎌鼬の突破を狙う。 いい?」
 「いや、良くない。 もう毒を食らわば皿までの精神でいくが、鎌鼬ってのは群れで襲って来るんだろ? 二、三人増えたって一匹いりゃ俺達の首を落とせるんだったらクラスの半分ぐらいを巻き込まないと厳しいぞ」
 「突破には頭数が足りないって事?」
 「あぁ、お前の話を鵜呑みにした上での判断だ。 最低でも十から二十は欲しい」
 
 座間の言う事は正しい。 群れで襲って来る上、一匹でも充分に私を殺せる。
 突破したいなら頭数をとにかく増やして捕捉させないようにしないと生きて越える事は難しい。
 
 「でもどうやってそれだけの人数を連れて行くの? 事情を説明しても素直に着いて来るとは思えない」
 「だろうな。 素直に聞かないならそうなるように仕向けるのが定石だが、どうしたものかね」
 「……放送か何かで南のハイキングコースへ行くように誘導するとか?」
 「廊下にスピーカーっぽいのを見かけたから館内に放送設備があるはずだ。 弄れば行けるんじゃないか? 問題はどういった名目で動かすのかと俺らが喋っても『何言ってんだこいつ』って思われるだけってことだな」
 「その設備ってどこにあると思う?」
 「あー、俺も詳しくは知らねぇけどなんか災害用の避難誘導に使う奴があるはずだ。 どっかで見なかったか? ハンドマイクがあってボタンやらがずらずら並んだ奴だ」
 
 思い返すとフロントの奥でそれっぽいのを見かけたような気がする。
 
 「まぁ、あるとしたらフロント周りだろうな。 一応、確認するか」

 座間の言葉に頷いてホテルの中へ。 フロントの奥へ入ると探すまでもなく見つかった。
 
 「……これならたぶん行けるな。 この災害時に使う赤いボタンを押してマイクをオンにすれば行けるはずだ」
 
 壁に埋め込まれている装置――非常放送設備と呼ばれるそれを使えばこのホテル内にいる人間すべてに声を聞かせる事はできそうだ。

 「問題は俺達が喋っても効果がないって事だな。 どうするよ?」
 
 座間の言う通り、誘導するにしても私達が放送で呼びかけてもいたずら扱いされるのがオチだ。
 何をやっているんだとここに人を集める程度の事は出来るかもしれないけど、それ以上は難しい。
 信じさせるなら大人――ホテル内にいる人間で該当するなら永遠に帰って来ないバスを待っているバスガイドぐらいだ。

 「ま、バスガイドにやらせるしかないな。 どうする? 事情を話して仲間に引き込むか? 信じて貰えるかは知らんが、約束通り協力はするけど正直、望み薄だと思うがな」

 座間も同じ結論に至ったのか私が言う前に口に出す。 

 「……どうすれば協力してくれると思う?」
 「まぁ、ここが襲われた後なら信じざるを得ないだろうが、今は難しいんじゃないか?」
 
 こうしている間にも時間は経過し、選択肢が減って行く。
 悩む。 どうすればいいのかを。 放送を利用して皆を誘導するには彼女の協力が必要だ。
 だが、話を信じて貰えるとは思えない。 時間がない以上、協力を求めるのではなく協力させる方向で考えるべきか。

 「刃物を持って脅そう」

 考えた結果、脅して協力させるのがもっとも確実で手っ取り早い手段といった結論が出た。
 座間が表情を引きつらせる。

 「マジかよ。 お前、それ実行したら仮に助かってもお先真っ暗だぞ」  
 「ここで死ぬのとどっちがいい?」
 「……まさかとは思うけどどうせ死ぬし何やっても問題ねぇとか思ってないよな?」
 「それは私が? それとも他が?」

 座間は恐怖のような表情を一瞬浮かべると大きく溜息を吐く。
  
 「妖怪より、お前の方がヤバく見えて来た」
 「実際に見たら感想も変わると思う。 で? 協力してくれるの? それとも代案がある?」
 「……あぁ、畜生。 これで今までの話が嘘だったら全部お前の所為にしてやるからな」
 「好きにしたらいい」


 座間の説得に手間取った事もあって残り時間はそう多くない。
 厨房から大きな包丁を持ち出して私と座間はバスガイドのいる部屋へと向かう。
 彼女のいる部屋は私達とも男子達とも違う三階だ。 場所は聞いているので扉をノック。

 「はーい」

 バスガイドさんはノックを受けて部屋の扉を開けて顔を出す。
 私の姿を認めると「どうかした?」と尋ねる。 私はちょっとトラブルがと言い淀む。 
 それを聞いてバスガイドさんの表情が一瞬、嫌そうに歪むがこれも仕事と割り切ったのか詳しく聞こうと部屋から出た瞬間、扉の裏に隠れていた座間が後ろからしがみ付き、その首筋に包丁を当てる。

 「悪いんですけどちょっと俺達の指示に従って貰えませんかね」

 座間がそう言うとバスガイドさんは反射的に悲鳴を上げようと――する前にその口を塞ぐ。
 私は指を一本立てて静かにするように促す。
 
 「言う事を聞いてくれれば危害は加えません。 こっちも余裕がないんで手間をかけさせるなら――」

 そういって首筋の包丁を僅かに動かす。 刃が僅かに皮膚に触れた事でバスガイドさんの表情が恐怖に引き攣る。 私は状況を呑み込むまでじっと待つ。
 ややあってバスガイドさんはカクカクと頷くのを見てそっと手を離した。

 「な、何を、どうして……」
 「詳しい話は下でするので付いて来て下さい」
 
 強い困惑を浮かべる彼女に取り合わずに座間に頷いて見せ、歩くように促す。
 バスガイドさんは逆らえないと思ったのか素直に従って歩き出す。
 私は彼女に喋らせる内容を考えながらフロントへ向かうべく階段へと足を向けた。
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