逢魔の霧

kawa.kei

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13周目

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 ……西は完全にダメか。

 あんな化け物がいる以上、突破は無理だ。 
 巨大な骸骨。 掌で道を塞がれて追突し、吹き飛ばされた後、座間、私の順番で叩き潰されたのだ。
 道が制限されているのであれだけの巨体を躱すのは難しい。

 その為、西からの脱出は完全に諦めた方がいい。 せめてバスが横転しておらず、トンネルが空いているのなら無理をしても突破を狙ってもいいけどこれはどうにもならない。
 残りは南側と北側、後は駅か。 アラーム音で火車は誘導できる事を知れたという収穫があるので前回は無駄じゃなかったと信じたい。 脅威を完全に排除できるかは怪しいけど、街中である程度は動けるようになった。

 移動できる範囲が広がったので情報不足の北側を調べる事も出来そうだ。
 行動としては座間を引き入れるのは決定として、その後の行動はどうするか?
 座間の意見を聞いてみたいとは思っているけど、任せきりにするのは危険なので簡単な方針だけは決めておきたい。 候補としては南を試すか北へ突っ切るか駅を目指すかのどれかだ。

 前情報がある南を試すのも手だけど、東、西と前情報があるにもかかわらず立て続けに失敗している以上は南も望みが薄い。 ここは何もいない可能性に賭けて北を目指すのは悪い判断じゃないと思う。
 それも込みで相談するべきかと考えて私はホテルへの到着を待った。


 「――で、お前は周回して次の勝ち筋を探りたいと?」
 「えぇ、そんな訳で協力してくれない」

 場所は変わってコンビニの中。 
 前回と同じ流れでコンビニへと向かい、事情を聞いた座間の反応だった。
 私は鞄に物を放り込みながらかいつまんでの説明となったけど上手く伝えられたと思う。

 「できれば信じたくない話ではあるが、俺の事情に随分と詳しい所を見るとマジっぽいな」
 「取りあえずバイクを取りに行くから付いて来て」
 「了解だ。 まったく、自覚がない間に何回も死んでいるとかぞっとしない話だな」
 
 道中に座間の質問に答えつつ火車の話をして大声を出させないように釘を刺す。
 話はそのまま前回にシフトして私が見た巨大な骸骨の話になる。
 
 「あぁ、それは餓者髑髏がしゃどくろだな。 野垂れ死んだ連中の怨念の集合体とか何とか言われているな。 ――聞いた限りでは一体だけみたいだが、そこまで殺意が高いなら正面からは無理だな」
 「正直、あれで私は西側の突破を諦めたわ」
 「……だろうな。 で、東は鎌鼬、南は詳細不明の何か。 街の中央から北は何が出るか分からんと」

 座間はどうしたものかと首を捻る。

 「結構な無理ゲーだな。 何でお前だけが記憶を持ち越しているのは気になるが、考えても仕方がないので置いておくとして突破はあんまり現実的じゃないな。 行った事のない北側を試したいみたいだが、他の三か所で襲われている以上は絶対に何か居るだろうし、そうなると残りは駅か。 ――なぁ、朝までやり過ごすのは駄目なのか?」

 話している内にマンションに到着し、前回と同じ部屋へ入って腰を落ち着ける。

 「さっきも話したでしょ? 深夜になると烏天狗や以津真天とかいうのが出てくるのよ」
 「つってもそれはお前が見つかったからだろ? どっちも屋外だったっていう共通点がある。 だったらここでもいいしどっか安全そうな場所に隠れる方向でいいんじゃないか?」
 「――でも……」
 「不安は分からんでもない。 地下室に隠れても探し当てて来るような連中が相手なんだろ? でもそいつらってホテルに出ただけで後はそのまま追いかけて来るってのが行動パターンだ。 コンビニもそのパターンで襲われて、離れたハイキングコースを目指していた時は出くわしていない。 これまでの話からホテルを襲う連中は距離を離せばある程度はどうにでもなる。 違うか?」
 
 少なくとも私の経験で判断するなら違わない。 事実、ホテルとコンビニ以外では遭遇していない。
 
 「烏天狗ははっきりしている部分でいうなら棒状の物の投擲。 要は投げつけて来るんだろ? だったらここに居れば窓からしか飛んでこない。 ヤバそうな時間になったら窓際から離れるのも手だ」

 座間はそれが天井をぶち抜いて来るなら話は別だがなと付け加えるけど、それはないと思っていた。
 記憶にある限り、突き刺さりはしたけど貫通していなかったからだ。
 トイレや風呂場などに隠れるのはありかもしれない。 

 「問題は以津真天だな。 聞いた限りではひたすら喚いて来るんだろ? 音は防ぎようがないからヤバそうになったら耳栓でもしておくか?」
 「それで防げると思う?」
 「そりゃ分からねぇよ。 俺もお前の話以上の情報がないから、あくまで意見でしかない。 お前が無理だって思うんならそうかもなとしか言えねぇぞ?」
 
 座間の話はもっともだ。 私の話を信じた上で真面目に考えてくれた。
 私はその提案を有効かそうでないかを見極めて実行できるかの判断をしなければならない。
 
 「判断するなら早めに頼む。 北側を試すなら街を縦断する必要があるからそこそこ時間がかかる。 行くって言うならそろそろ動いた方がいい」

 悩む。 実際、やり過ごすのは私としても魅力的な案だ。
 何故なら危険な事をせずにその場で蹲って時間を潰すだけでいいからだ。 嵐が過ぎ去るのを待って安全になってから悠々と街の外へと出る。 座間にバイクを運転させれば山を下りる労力も最小で済む。

 私は少しの間考え――結論を出した。

 「――座間の案を採用する。 ここで隠れていよう」
 「分かった。 幸いにも風呂とトイレは洗面所を挟んで隣同士だ。 いくらでも隠れていられる。 適当に飯を食ったら交代で寝てもいい。 一晩、ここでゆっくりするとしようか」


 簡単に食事を済ませ、話す事もなかったのでしばらくの間はお互い無言だった。
 スマホの時刻表示はそろそろ二十一時半を越える。 タイミング的にはもう少ししたら烏天狗に襲われた時刻になる。 座間も時間を意識しているのかしきりにスマホを確認していた。

 「そろそろか?」
 
 私が小さく頷いて見せると座間は荷物を纏めて洗面所の方へ向かう。
 本音を言えば窓際に張り付いて外の様子を見ておきたいといった気持ちもあるけど、それで気付かれでもしたら目も当てられない。 

 外から完全に見えない位置に陣取ってその場で動かずに小さくなる。
 スマホの時刻表示は22:00。 座間も緊張しているのか表情が硬い。 目を閉じて耳を澄ますと――遠くから微かにだけどカラスの鳴き声のようなものが聞こえた。 思わず私は身を震わせる。

 「あれがそうか?」 
 「……多分」

 座間の小声に私も声を落として返す。 距離があるにもかかわらずカアカアと耳障りな鳴き声はそれだとはっきりと認識できるレベルで聞き取れる。 

 「あぁ、マジかよ。 ここで聞こえるって相当だぞ」
 「いいから黙って」

 座間が沈黙し、私もじっと息を潜める。
 その間も外ではカアカアと恐ろしくも不快な鳴き声が延々と響き渡り――やがて静かになった。
 私はスマホの時刻表示を確認。 23:55そろそろ日付が変わる頃だ。
 
 「烏天狗は引き上げたのか? ――で? 次は以津真天か?」
 「多分だけど、三十分もしない内に出てくると思う」
 「マジかぁ……。 どうなってるんだよこの街は。 畜生、割に合わないにも程があるぞ。 生きて帰ったら絶対にバイト代をふんだくってやる」

 仮に本当に烏天狗が引き上げたなら活動時間は二十二時から二十四時の二時間だけとなる。
 これは情報としては大きい。 少なくともそれより前の時間には現れないからだ。
 問題はこの後に控えている以津真天だ。 あいつ等に絡まれると確実に死ぬ。 特にあの頭に響く声は可能であるなら二度と聞きたくない。 

 正直、未だに何をされたのかはっきりしていない事もあって一番恐ろしいと思っている。
 来るなと思いつつもさっさとおり過ぎて欲しいといった複雑な思いを抱きながら祈るような気持ちで刻一刻と過ぎていく時間を過ごす。

 そして――時刻表示が00:30を示した。
 事前に話をしているので座間も身構える。 耳を澄ませるけど――何も聞こえない。
 もしかして見つからないと聞こえないのだろうか? それとも私が耳を塞いでるから?

 分からないけどこのまま朝まで粘れれば助かる。 僅かながらに見えた希望は――

 「何だ? 何か聞こえないか?」
 
 ――座間の言葉に打ち砕かれた。 
 単に反応が遅れただけで塞いだ耳が拾ってはいけない音を拾う。
 ――で? ――で?
 あぁ、あぁ……最悪だ。 隠れていても無駄だっていうの?

 「おいおい、これってかなりヤバいんじゃないか?」

 ――まで? ――まで?

 「もしかしなくてもヤバいわ。 どうしよう、どうしよう」

 ヤバい、思考が纏まらない。 恐怖に体が震える。
 座間も私の様子から危険を察したのかやや表情を引きつらせていた。

 「ってかこれ頭に直接響いてんのか? だったら街のどこにいても――」

 ――つまで? ――つまで?

 「遥香。 どうにか防ぐ方法を――おい、しっかりしろ」

 座間に体を揺すられて私ははっと正気を取り戻す。
 
 「落ち着け。 ビビっても状況は変わらない。 分かるな? ――よし、よく聞け。 どうやってかは知らんが、この声は頭の中に直接響いてる。 つまりは防ぐ方法はない可能性が高い。 だから、脱出を狙うべきだ。 次は駅を目指せ」

 ――いつまで? ――いつまで?
 頷きで応えると座間は少しだけ笑って見せ、そんな事を言う。
 もう彼にも分かっているのだ。 この状況はひっくり返しようがないと。
 私達はここで死ぬ。 言葉にするとこんなにも簡単で残酷な現実だった。

 いつまで? いつまで?
 徐々に響く声が大きくはっきりと聞こえて来た。 僅かだけど頭痛もする。
 それは座間も同様で痛みに顔を顰めているようだ。

 「まったく、ふざけたクソゲーだぜ。 やり過ごすっていう甘えも許してくれねーのか。 俺なりに考えたんだが、これは分かり易く言うと脱出ゲームに近い。 制限時間内に何処かにある出口を目指すって言うな。 超過するとこのザマだ。 どうやれば抜けられるのか今は分からんが、過去におかしくなりながらも抜けた奴がいる以上、絶対に出る手段はある。 だから、諦めんな」

 いつまで? いつまで? いつまで? いつまで?
 座間の言う通りだ。 私達はもう詰んでいる。 だけど、座間は諦めるなと私の肩を叩くと立ち上がった。 

 「――座間?」
 「ま、どうせ死ぬならやれる事をやっとこうって思ってな。 じゃあな遥香」

 座間はそう言って外に飛び出して叫ぶ。

 「こっちに獲物が居るぞ鳥ども! 俺を殺せるもんなら殺してみろ!」

 そう叫ぶと座間は走り去っていった。 囮になる気だ。
 いや、それだけじゃない。 恐らくだけど、私に少しでも情報を遺す為に――

 いつまで? いつまで? いつまで? いつまで?いつまで? いつまで? いつまで? いつまで?

 頭に響く声に変化はない。 やっぱりこれは特定の個人を認識しての声じゃなく、街中にいる人間の頭に直接響かせているのだ。 座間の言う通り、これは失敗したら命を取る本物のクソゲーだ。
  
 いつまで? いつまで? いつまで? いつまで?いつまで? いつまで? いつまで? いつまで?いつまで? いつまで? いつまで? いつまで?いつまで? いつまで? いつまで? いつまで?
 
 そろそろ耐え切れなくなりそうだ。 隠れる事は許されない。
 意地でも突破しないと必ずこの結末に辿り着くのか。 
 
 ――絶対にこのふざけた街から出て生き残ってやる。

 私はそう決意を新たにし、割れんばかりの頭痛を味わい――その意識が消えた。
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