逢魔の霧

kawa.kei

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5周目

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  「――はっ!?」

 気が付いた私は咄嗟に自分の首に触れた。 ある、ちゃんと繋がっている。
 それにほっと安堵の息を吐き、少し遅れてさっきの記憶が蘇って全身に鳥肌が立ち嫌な汗が流れた。
 息が乱れるけど必死に整える。 落ち着け、落ち着いてこの先の事を考えるんだ。
 
 トンネルを抜け、霧に包まれた街が視界に入り、周りが僅かにざわめく。
 そして相変わらず廊下を挟んで向かいの席に座っている座間は外を撮影していた。
 ふとその姿を見て前回見かけた事を思い出す。 あいつなんで早々にホテルから出て行ったんだろう。

 タイミング的にも部屋に戻ってそのまま出て来たとしか思えない。
 鞄が萎んでいた事から荷物を置いて来たのは分かるけど……。
 バスがガタリと揺れた事ではっと思考を元に戻す。 今は自分が助かる事を考えるところで、どうでもいい事に思考を割く余裕はない。

 まずは前回の反省会だ。 ハイキングコースから抜ける手は使えそうにない。
 無意識に首を撫でながら考える。 数が少ないならもう一度挑戦してもいいけどあれは無理だ。
 暗くてよく見えなかったけど、小動物ぐらいのサイズと見た目だったと思う。 

 ……首を刎ねに来る小動物なんて嫌すぎる。

 抵抗も出来ずに一撃だった事を考えると群れで狩りをする習性でもあるのだろうか? 
 一匹であれなのに群れで襲って来るなんて冗談じゃない。 問題はアレが南にしか生息していないのかだ。
 他にも出るならハイキングコースは使えない。 線路を辿るべきかとも思うけど、遠い事とトンネルに対する不安があって選び辛かった。 なら、南側以外のハイキングコースを試してみるべきだ。

 南はだめなら西、北、東側となるのだけれど、西はバスが横転するトンネルの近くなのでまた潰される危険があり、北は街の反対側なので遠い。 

 ――そうなると消去法で東になる。

 何だか選ばされている感じがするけど選択の余地はない。 
 余計な考えを首を振って追い出した。 とにかく試してみるしかない。
 今度こそこの地獄のような街から逃げ出してやるんだ。


 スマホの時刻表示は18:05を示している。
 私は小走りに霧の街を走っていた。 ホテルに到着後、邪魔な荷物を文江に押し付けて早々に「外の空気を吸ってくる」と言って外へ出たのだ。 今は商店街らしき所を進んでいるけど、こうして見れば見る程に異様な光景だった。 とにかく人の気配がない。

 電気は来ているのか自販機などは動いている。 試しに持っていた硬貨を投入して水を購入してみたが普通に出て来た。 恐る恐る飲んでみたけど感じからして普通の水でおかしな点はない。
 店舗も覗いてみたけど人の気配はなかった。 まるで街から生き物だけが消え失せたかのようで、この状況の不気味さに拍車をかける。 本当に訳が分からない。

 どうして私だけが死んだのに記憶を残したまま時間を遡っているのだろうか?
 明らかに他の皆は記憶を保持していない。 覚えているのは私だけなのだ。
 今まで深くは考えなかったけど、他と私の違いは何だ? 何で文江達は何も覚えていない?

 他がやらなかった事を私は何かしたのだろうか? 分からない事だらけだ。 
 死んでやり直しなんて、いつから私はホラーゲームの世界に迷い込んだのだろうか。
 考えても仕方がないとは思うけど、これは止められそうになかった。


 どれだけ走っただろうか。 
 いつの間にか辺りは暗く、耳が拾うのは私自身の足音だけだ。
 静かな移動だったのだが、商店街を抜けて少しした辺りで違和感が現れた。
 
 音が聞こえたのだ。 それも普通ではない音が。
 足音? 違う。 タイヤがアスファルトを擦る音? それでもない。
 ガラガラと固い何かが地面を転がっているような異音。 私の語彙力ではそれを正しく形容する単語が見当たらない。 強いてあげるなら木材の類? 正体は不明だけど、碌なものじゃないのは考えるまでもない。

 私は走る足を早めた。 理由は音が私を追いかけてきているからだ。
 明らかに私を狙っている。 そして捕まったらどうなるのかなんてわかり切っている以上、必死に逃げる以外の選択肢はない。 ガラガラという音はどんどん近づいている。
 
 小さく振り返ると霧の奥にぽつぽつと奇妙な光が灯っていた。
 人造の灯りとは違う、炎のような揺らめきは不吉なものとして私の目に映る。
 あぁ、ヤバい。 もう疲れすぎてそんな頭の悪い感想しか出てこない。

 さっきから全力疾走をしているのでいい加減に体力も限界だ。 それでも必死に足を動かしたけどペースは徐々に落ちていく。 来るな来ないでといった私の願いも虚しく音は徐々に近づき――
 
 ――振り返った時にはもう取り返しがつかない距離まで接近されていた。
 
 私が最後に見たのは視界を埋め尽くす木でできているであろう何かで――次の瞬間、全身に衝撃を受けて私の意識は砕け散って消えた。
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