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第12話 「優矢」
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巌本に特徴を聞くとどう考えても本人だ。
優矢がこの世界にいる。 再会できると考えた奏多の胸に一瞬だけ歓喜が広がったが、同時にその命が危険に晒されている事を悟って駆け出す。
後ろから呼び止める巌本の声が聞こえたが無視した。
「――攻撃を止めて」
指揮官のいる場所に向かった奏多は挨拶もそこそこに早々にそう言い放った。
指揮を取っている騎士はいきなり止めろと言われても素直に従えるわけがない。
「勇者様? それは何故ですか? 事情をお聞かせ願いたい」
「あそこに私の知り合いがいるから攻撃を止めて」
それを聞いて騎士の脳裏に理解が広がる。 恐らく敵の勇者が知り合いなのだろう。
同時に面倒なといった思いが湧き上がった。
彼等は異世界人に対しては魔族を殲滅してくれる兵器ぐらいの認識で、適当にご機嫌をとって死ぬまで戦わせる。 その為、表面上は丁寧な態度を取るが大半の騎士が内心で見下していた。
だからこそ津軽や深谷がどれだけ横柄に振舞おうとも笑って流し、内心で見下しているのでどんな行動をしても気にもしない。 彼等は奏多達の事を戦力としてしか見做していないので、それ以外――人間性や個人には一切興味がないのだ。
だが、作戦行動にまで口を出されるのは許容できない。
騎士は内心の侮蔑を隠し、残念そうな表情を作る。
「申し訳ありませんが、敵の勇者は危険すぎます。 知人である事はお察しいたしますが、攻撃を止める事はできま――」
騎士は途中で言葉を呑み込む。 何故なら剣の切っ先が向けられたからだ。
「止めて。 でないとここで本気で暴れる」
「ですが私は多くの兵の命を預かる身、危険に晒すような真似はできません」
「攻撃を止めてこの場は死者ゼロで済ますか私を敵に回して多数の死者を出すかを選んで。 止めないなら最低でもあなたと深谷君には死んで貰う」
騎士は判断に迷った。 奏多の言葉がどの程度本気なのかを。
――考えるまでもなかった。
奏多の眼は異様な輝きを帯びており、表情は焦りに満ちている。
断れば即座に彼の首を刎ねてこの攻撃の要である深谷を殺しに行くだろう。
そう断言できる程に鬼気迫る物だった。 かと言って時間を稼ぐような真似をしても勝手に断ったと見なされ、やはり彼を殺して暴れるだろう。
ちらりと街を見る。
攻撃が始まってそれなりの時間が経過しているので今、止めさせたとしても死んでいる可能性が高い。
それ以前に断れば間違いなく殺されるので選択肢はあってないような物だった。
「わ、分かりました。 ですが、何かあった時の責任は取って頂きます」
騎士はそう言って部下に指示を出すと攻撃を止めさせる。
空に広がる魔法陣が消滅し、街に雨のように降り注ぐ攻撃も止まった。
用が済んだ奏多は踵を返して走り出す。 あの先に優矢がいる。
何故この世界に居るのかは分からない。 可能性としては魔族側に召喚された事だろうが、奏多にとってはもうどうでもよかった。
優矢、優矢と会える。 その事実が彼女の背を押し、前へと進ませた。
あの攻撃で死んでいる可能性も充分にあったが、奏多の中では優矢はずっと自分と居るべきだと思っているので死んでいるとは思えなかったのだ。
そう思わないのではなく思えない。
奏多は自覚していなかったが、明らかに彼女は幼馴染の少年を自身の付属品とでも思っている節があった。 本体がいる限り付属品は死なない。
その思考こそが神野 奏多という少女の歪みと執着を明確に表していると言っていい。
自覚なき狂気に突き動かされ、奏多は街へと走る。
走りながら彼女は脳裏で優矢に何を伝えよう、何を言うべきだろうかと考え、今までの過ごして来た思い出を振り返って行く。
離れてみて感じるのは優矢という存在がどれだけ彼女の日常を占めていたのかだ。
今回のような事故さえなければ一緒に過ごせたであろう時間が惜しい。
だから今度は離れないようにしなければならない。 その為にはどうすればいいのだろうか?
不測の事態にも対処できるようにもっと注意をする?
足りない。 もしかしたら向こうで優矢は友人を作って自分の事を忘れるかもしれない。
あり得ないとは思うが、今回の一件はそれだけ異常なのだ。 自分がいないと何もできない優矢は他に頼る相手を探すかもしれない。 いや、もしかしたら居るかもしれない。
だからこそ再会を喜び合うだけでは不足なのだ。
もっと強固に自分と優矢を繋ぐ何かが必要と奏多は考える。
――あぁ、そうだ。 特別な関係になればいいんだ。
今の段階で充分に唯一無二の関係ではあるが、優矢自身にも奏多が絶対に必要だという事を認識させる為にも、余計な虫が付かないように外にも分かり易いように関係性にラベルを貼ればいい。
だから、優矢と再会したら真っ先にこう言おう。
――あなたが好きですと。
もはや廃墟ですらなく、瓦礫の山と形容した方が適切な有様になっている街を奏多は走る。
まるで何かに導かれているかのようにその足は迷いなく進む。
少し進むと力なく佇んでいる人影が見えた。 遠目でも分かるその姿は見間違えようもない。
霜原 優矢。 奏多が再会を誓った幼馴染の少年だ。
不安にはなったが分かっていた。 自分と彼が別れるなんて事はあり得ないと。
優矢はボロボロになった服と手には禍々しいデザインの弓をぶら下げるように持っていた。
「優矢!」
顔が見える距離に近づいた所でそう声をかけると優矢はビクリと身を震わせた。
俯いて表情は見えないがプルプルと身を震わせている事だけは分かる。
恐らく魔族に無理矢理働かされて辛い目に遭って来たのだろう。
もう大丈夫だと奏多は内心で大きく頷く。 これからは私が守ってあげる。
だから私から離れたら駄目だよ。 募る思いを胸中で渦巻かせて彼女は優矢の前に立った。
「ほ、本当に優矢だ。 もう会えないと思ってた。 あの時、事故に遭ってからこんな世界に飛ばされて会えなくなって本当に心配した!」
改めて目の前に、触れる距離まで来ると喜びで胸がいっぱいになる。
「――同じタイミングでこっちに来てたの? 大丈夫だった? 魔族に働かされてるってきいたけど何があったの?」
感情が溢れ、濁流となり口から零れ落ちる。
本当はそんな事が言いたい訳じゃない。 それでも話したい事言いたい事が沢山あるのだ。
優矢はギクシャクとした動作で顔を上げ、奏多と視線が絡み合う。
奏多は優矢に笑みを浮かべて見せ――
優矢がこの世界にいる。 再会できると考えた奏多の胸に一瞬だけ歓喜が広がったが、同時にその命が危険に晒されている事を悟って駆け出す。
後ろから呼び止める巌本の声が聞こえたが無視した。
「――攻撃を止めて」
指揮官のいる場所に向かった奏多は挨拶もそこそこに早々にそう言い放った。
指揮を取っている騎士はいきなり止めろと言われても素直に従えるわけがない。
「勇者様? それは何故ですか? 事情をお聞かせ願いたい」
「あそこに私の知り合いがいるから攻撃を止めて」
それを聞いて騎士の脳裏に理解が広がる。 恐らく敵の勇者が知り合いなのだろう。
同時に面倒なといった思いが湧き上がった。
彼等は異世界人に対しては魔族を殲滅してくれる兵器ぐらいの認識で、適当にご機嫌をとって死ぬまで戦わせる。 その為、表面上は丁寧な態度を取るが大半の騎士が内心で見下していた。
だからこそ津軽や深谷がどれだけ横柄に振舞おうとも笑って流し、内心で見下しているのでどんな行動をしても気にもしない。 彼等は奏多達の事を戦力としてしか見做していないので、それ以外――人間性や個人には一切興味がないのだ。
だが、作戦行動にまで口を出されるのは許容できない。
騎士は内心の侮蔑を隠し、残念そうな表情を作る。
「申し訳ありませんが、敵の勇者は危険すぎます。 知人である事はお察しいたしますが、攻撃を止める事はできま――」
騎士は途中で言葉を呑み込む。 何故なら剣の切っ先が向けられたからだ。
「止めて。 でないとここで本気で暴れる」
「ですが私は多くの兵の命を預かる身、危険に晒すような真似はできません」
「攻撃を止めてこの場は死者ゼロで済ますか私を敵に回して多数の死者を出すかを選んで。 止めないなら最低でもあなたと深谷君には死んで貰う」
騎士は判断に迷った。 奏多の言葉がどの程度本気なのかを。
――考えるまでもなかった。
奏多の眼は異様な輝きを帯びており、表情は焦りに満ちている。
断れば即座に彼の首を刎ねてこの攻撃の要である深谷を殺しに行くだろう。
そう断言できる程に鬼気迫る物だった。 かと言って時間を稼ぐような真似をしても勝手に断ったと見なされ、やはり彼を殺して暴れるだろう。
ちらりと街を見る。
攻撃が始まってそれなりの時間が経過しているので今、止めさせたとしても死んでいる可能性が高い。
それ以前に断れば間違いなく殺されるので選択肢はあってないような物だった。
「わ、分かりました。 ですが、何かあった時の責任は取って頂きます」
騎士はそう言って部下に指示を出すと攻撃を止めさせる。
空に広がる魔法陣が消滅し、街に雨のように降り注ぐ攻撃も止まった。
用が済んだ奏多は踵を返して走り出す。 あの先に優矢がいる。
何故この世界に居るのかは分からない。 可能性としては魔族側に召喚された事だろうが、奏多にとってはもうどうでもよかった。
優矢、優矢と会える。 その事実が彼女の背を押し、前へと進ませた。
あの攻撃で死んでいる可能性も充分にあったが、奏多の中では優矢はずっと自分と居るべきだと思っているので死んでいるとは思えなかったのだ。
そう思わないのではなく思えない。
奏多は自覚していなかったが、明らかに彼女は幼馴染の少年を自身の付属品とでも思っている節があった。 本体がいる限り付属品は死なない。
その思考こそが神野 奏多という少女の歪みと執着を明確に表していると言っていい。
自覚なき狂気に突き動かされ、奏多は街へと走る。
走りながら彼女は脳裏で優矢に何を伝えよう、何を言うべきだろうかと考え、今までの過ごして来た思い出を振り返って行く。
離れてみて感じるのは優矢という存在がどれだけ彼女の日常を占めていたのかだ。
今回のような事故さえなければ一緒に過ごせたであろう時間が惜しい。
だから今度は離れないようにしなければならない。 その為にはどうすればいいのだろうか?
不測の事態にも対処できるようにもっと注意をする?
足りない。 もしかしたら向こうで優矢は友人を作って自分の事を忘れるかもしれない。
あり得ないとは思うが、今回の一件はそれだけ異常なのだ。 自分がいないと何もできない優矢は他に頼る相手を探すかもしれない。 いや、もしかしたら居るかもしれない。
だからこそ再会を喜び合うだけでは不足なのだ。
もっと強固に自分と優矢を繋ぐ何かが必要と奏多は考える。
――あぁ、そうだ。 特別な関係になればいいんだ。
今の段階で充分に唯一無二の関係ではあるが、優矢自身にも奏多が絶対に必要だという事を認識させる為にも、余計な虫が付かないように外にも分かり易いように関係性にラベルを貼ればいい。
だから、優矢と再会したら真っ先にこう言おう。
――あなたが好きですと。
もはや廃墟ですらなく、瓦礫の山と形容した方が適切な有様になっている街を奏多は走る。
まるで何かに導かれているかのようにその足は迷いなく進む。
少し進むと力なく佇んでいる人影が見えた。 遠目でも分かるその姿は見間違えようもない。
霜原 優矢。 奏多が再会を誓った幼馴染の少年だ。
不安にはなったが分かっていた。 自分と彼が別れるなんて事はあり得ないと。
優矢はボロボロになった服と手には禍々しいデザインの弓をぶら下げるように持っていた。
「優矢!」
顔が見える距離に近づいた所でそう声をかけると優矢はビクリと身を震わせた。
俯いて表情は見えないがプルプルと身を震わせている事だけは分かる。
恐らく魔族に無理矢理働かされて辛い目に遭って来たのだろう。
もう大丈夫だと奏多は内心で大きく頷く。 これからは私が守ってあげる。
だから私から離れたら駄目だよ。 募る思いを胸中で渦巻かせて彼女は優矢の前に立った。
「ほ、本当に優矢だ。 もう会えないと思ってた。 あの時、事故に遭ってからこんな世界に飛ばされて会えなくなって本当に心配した!」
改めて目の前に、触れる距離まで来ると喜びで胸がいっぱいになる。
「――同じタイミングでこっちに来てたの? 大丈夫だった? 魔族に働かされてるってきいたけど何があったの?」
感情が溢れ、濁流となり口から零れ落ちる。
本当はそんな事が言いたい訳じゃない。 それでも話したい事言いたい事が沢山あるのだ。
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奏多は優矢に笑みを浮かべて見せ――
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