ヘヴン・グローリー

kawa.kei

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第9話 「葛藤」

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 「へっ、魔族ってのはそこまで大したものじゃねぇな!」
 「そうですね。 こっちにも来なかったですし、この程度なら楽勝ですね」

 津軽と深谷は得意げに言いながら出された食事を食べていた。
 時間は夜。 あの後、奏多達の活躍で魔族が撤退したのだ。
 無理に追撃は掛けずに立て直しを行う為、やる事がなくなった奏多達は後方の駐屯地で休む事となった。

 奏多、津軽、巌本は魔物の返り血で全身を染め、緊張が解けた後に襲われた疲労感でしばらくの仮眠を取った後、空腹で目が覚めて今に至る。
 津軽は起きてからも非常にテンション高く、貪るように料理を食べていた。

 食べながら千堂や奏多にどんな魔族をどんな風に殺したと事細かに語っている。
 その心にあるのは高揚感だけだった。 勇者に与えられた高性能なスキル、圧倒的なステータスは魔族を危なげなく殺し、戦いの中でそのレベルを上げて更に強くなっていく。

 特に前線で戦っていた三人はそれが顕著で気が付けばもうレベルは百を超えていた。
 動かしてみると体が異様に軽く、ステータスを確認すると大きな伸びを見せている。
 津軽は今の自分はどんな奴にも負けないといった万能感に包まれていた。

 巌本は逆にどんどん人間の範疇から逸脱し始めている自分に恐怖を感じており、帰った後に自分は今のままでいる事ができるのだろうか? 
 そんな恐ろしさに襲われていた。 自己を高める事に人間は快楽を感じる事はできるが、ここまで一足飛びな成長は巌本に快楽ではなく恐怖を齎したのだ。 これが日々積み重ねた結果、得た力であるなら恐怖を抱く事はなかっただろう。

 しかし、戦場に行って帰ってきただけのたった半日足らずでこれだ。
 いかにレベルアップというこの世界のシステムが異常なのかを肌で感じていた。
 後衛を担った深谷は遠くにいた的を魔法で撃ち落としただけなので、前衛と違って殺した感触は薄かった。 特に彼等は魔族の言葉を理解できないので深谷からすれば魔族はキイキイと耳障りなノイズを垂れ流す不快な害獣でしかなかったからだ。

 それは千堂も同様で、殺した感触よりも当てたという実感しか抱けず、これなら次も問題なくやれるだろうと小さく手を開閉させた。
 古藤は魔法を用いた偵察と指揮を執っている騎士に戦場の情報を提供しただけなので実感は薄いが、周りの反応で戦場がどれだけ厳しいものかを感じ取るだけで済んだ。 

 それでもその表情は明るくなく、先々に不安しか覚えていない。
 最後に奏多だが、ただひたすらに不快だった。 さっきは精神的な疲労もあってそのまま眠れはしたが、次からはぐっすりと眠れるだろうかと古藤と同様に不安を抱いている。
 
 特に殺した感触と自分が生産した死体が目を閉じれば脳裏に浮かび上がるのだ。
 恨めしそうな眼差しで時間を止めたガラス玉のような眼差し。
 実際は何も映していないだけだったが、彼女の罪悪感が斬った相手はきっと自分を恨んでいるといった思いによって眼差しを無から憎悪へと塗り替える。

 ――そしてそんな有様にもかかわらず食事が喉を通っている自分にも愕然とした。

 気分は悪かったが、食事はしっかりと摂れたのだ。
 この葛藤は最初に罪人を殺した時に感じた物に似ており、恐らくこのまま殺し続ければレベリングの時と同様に慣れて魔族を作業のように殺せるようになってしまうのだろうか?

 自分がどんどん悍ましい何かに変えられているかのような錯覚に襲われて震える。
 こんな時、幼馴染が、優矢がいてくれればと強く願う。
 彼がいれば話も聞いてくれるし、慰めてくれるだろう。 そして自分を人間として繋ぎ止めてくれる。

 そんな確信を根拠なく抱いていた。
 彼女は気付いていないが、これこそが神野 奏多という人間が持った歪みそのものだ。
 人生の最も多くを占める少年――霜原 優矢。 彼は自分がいなければダメな人間、要は自分に依存している存在と認識し、彼を自分と共に行動させて守る事に非常に強い充足感を抱いていた。

 だが、その思考には優矢という少年の想いがすっぽりと抜け落ちている。
 奏多はそれに気付けない。 何故なら彼女の中で優矢は自身に依存する存在という認識で固定されているからだ。 友人は自分というフィルターを通した相手以外排除し、行動も全て把握し、予定の大半を掌握する。 それは傍から見れば幼馴染の少年を支配していると言っていい程の異常なものだった。
 
 俯瞰して見れば優矢が奏多に依存しているのではなく、奏多が優矢に依存しているように見えるだろう。 だが、彼女の人間性――人当たりの良さがそれを巧妙に隠した。
 意識しての者ではなく無意識に行っていたそれは両親ですら完全に欺き、精々「仲の良い幼馴染」といった認識しか抱かせない。 その結果、彼女と彼女を取り巻く環境は何の問題もなく回っていた。

 ――ただ一つ。 幼馴染の少年の気持ちを除いては。

 
 食事も済み、日も落ちたので各々就寝となった。
 そんな中、奏多は眠れずに空を見上げていた。 
 
 「眠れないのかな?」
 
 振り返ると巌本が苦笑しながら近寄って来ていた。

 「えぇ、まぁ、昼間に眠ってしまったせいかもしれません」
 「私も似たような物だな。 ……いよいよ始まってしまったな」
 「はい」
 「生き物を殺すといった感触は思った以上に手に残るものだね。 私は盾を使った防御がメインだったから君や津軽君程ではないが、あまりいい気持ちはしないものだね」
 
 沈黙。 巌本は奏多が悩んでいる事を何となく察していたのでどうにかガス抜きが出来ればと声をかけたのだが、結局当り障りのない事しか言えそうになかった。
 年長者としてなにかしてやれればと思っていたが、自分も昼間の戦場での経験を消化し切れておらずあまり気の利いた事は言えそうもないと少しだけ落ち込んだ。

 奏多も巌本と同様に戦場での経験を引きずっており、内心ではこの気持ちを吐き出したいとは思っているが素直に吐き出せる優矢はこの世界に存在しておらず黙り込む事しかできなかった。
 
 「はは、何か気の利いた事でも言えればと思ったが、我ながら情けない話だ。 神野君、気にするなとは言えない。 そして気にしろとも言えない。 ただ、今はその気持ちに蓋をしよう。 この戦いが終われば我々は帰れる。 それまでの辛抱だと思う事にしようじゃないか」
 「……そう、ですね」

 気持ちに余裕もなく、巌本の言葉は正論だと思ったので素直に頷く事しかできなかった。
 優矢にまた会う為に今は生き残る事だけを考えるべきなのだ。
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