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SIDE2-3 二人のため
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アデレードをもっと大切にするように、としばしば母親のポーラに嗜められるようになったのはいつからか。よく思い出せない。
アデレードに関して、レイモンドの一番古い記憶は、庭先で遊んでいる場面だ。
「アディ、そんなに走ったら危ないよ!」
「平気だよ! 早く行こう!」
そう言って駆けていくアデレードを追いかけるのがレイモンドの日常だった。
キョロキョロしながら走るから、蹴躓いてびぇびぇ泣くのを慰めるまでがセットだ。
出来の悪い子ほど可愛いというのか、レイモンドはアデレードの世話を焼くのが好きだった。
アデレードは自分のものだから、ちゃんと面倒をみてやらなくてはならないという使命感があった。
それが独占欲だとは知らなかった。
だから、成長して二人だけの閉じた世界ではなくなって、自分達以外の人間が周囲に溢れてくるとレイモンドは落ち着かなくなった。
よくわからない感覚。心配なのでアデレードにはじっとしておいて欲しい。誰も何もこっちに構わないでくれ。
でも、そんなことは口に出して言えなかった。
アデレードは外で遊ぶのが好きだし、閉じ込めておくわけにはいかない。
我慢させるのは可哀想だから、とレイモンドはジリジリした思いを抱きながらも黙ってアデレードの後を追いかけた。
しかし、その意識は、学園に入学して父親の仕事に従事するようになって変化した。
毎朝登校の一時間前に起床して授業の復習をし、夕方は学校からそのまま仕事場へ向かい、週末も机に齧り付いて勉強漬け。
卒業してアデレードを貰い受けるために、心血を注ぐ日々。
今は兎に角、学業で結果を出して、仕事を覚えなければならない。
だから、アデレードも、下衆な令息達に騙されないよう、目立たず騒がず大人しくしているべき。ちゃんと自衛して、こっちの手を煩わさせないでくれ、と思考が流れた。
同時に、レイモンドは、アデレードが呑気に遊びに誘ってくることにもイライラするようになった。
「新しいカフェができたんだって! 今週末に行かない?」
「……勉強があるから」
「この間試験が終わったばかりなのに? ずっと勉強ばっかりしてない?」
レイモンドは、聡明な少年だったけれど天才ではなかった。
人の半分の努力でたいていのことはこなせたが、それでも、トップの成績を持続させるには並々ならぬ努力が必要で、弱音を吐いたり愚痴を言えば、父から仕事を外される。その為に、仕方なく楽しそうなふりをして見せているだけ。
それなのに「勉強ばっかりして」とはなんだ。心底腹が立った。
精神的にも肉体的にも疲弊していく中で、レイモンドは知らず知らずに攻撃的な性格へ転化していった。
そして、その怒りの感情は全てアデレードに向けられた。
「そんなの当たり前だろ。アディこそ、遊んでばかりいないでマナーの勉強でもしろよ。人前で馬鹿にみたいに笑うのをみっともないと思わないのか? 他の令嬢はそんなことしていない。ちゃんとしろよ」
乱暴なことを言った、と一瞬ハッとしたけれど、
「ごめんなさい」
アデレードがすぐに謝ってきたので、レイモンドは黙った。
そうだ。自分の主張は正しい。いつまでも子供みたいな振る舞いをしていてよいはずはない。
アデレードがもっと毅然と振る舞っていたら「こいつは騙しやすそう」と打算的に寄ってくる男もいなくなる。
自分が今は傍で守ってやれない分、アデレードが出歩かなければいい。
別に自分と同じように朝から晩まで勉強を強いているわけじゃない。ただ大人しくしていてくれればいいだけ。それくらいできるだろう。
父に認められて、独り立ちして、高位貴族からの圧力にも屈しない基盤ができるまでの我慢。二人の為なのだから当然のことだ。
神経質で完璧主義者のレイモンドは「卒業するまでに全部整える。そうしたら全て上手くいく」と妄信して、先のことばかり見つめるようになった。
アデレードの表情を見ることも、母親の忠告を聞く余裕も全くなかった。
アデレードに関して、レイモンドの一番古い記憶は、庭先で遊んでいる場面だ。
「アディ、そんなに走ったら危ないよ!」
「平気だよ! 早く行こう!」
そう言って駆けていくアデレードを追いかけるのがレイモンドの日常だった。
キョロキョロしながら走るから、蹴躓いてびぇびぇ泣くのを慰めるまでがセットだ。
出来の悪い子ほど可愛いというのか、レイモンドはアデレードの世話を焼くのが好きだった。
アデレードは自分のものだから、ちゃんと面倒をみてやらなくてはならないという使命感があった。
それが独占欲だとは知らなかった。
だから、成長して二人だけの閉じた世界ではなくなって、自分達以外の人間が周囲に溢れてくるとレイモンドは落ち着かなくなった。
よくわからない感覚。心配なのでアデレードにはじっとしておいて欲しい。誰も何もこっちに構わないでくれ。
でも、そんなことは口に出して言えなかった。
アデレードは外で遊ぶのが好きだし、閉じ込めておくわけにはいかない。
我慢させるのは可哀想だから、とレイモンドはジリジリした思いを抱きながらも黙ってアデレードの後を追いかけた。
しかし、その意識は、学園に入学して父親の仕事に従事するようになって変化した。
毎朝登校の一時間前に起床して授業の復習をし、夕方は学校からそのまま仕事場へ向かい、週末も机に齧り付いて勉強漬け。
卒業してアデレードを貰い受けるために、心血を注ぐ日々。
今は兎に角、学業で結果を出して、仕事を覚えなければならない。
だから、アデレードも、下衆な令息達に騙されないよう、目立たず騒がず大人しくしているべき。ちゃんと自衛して、こっちの手を煩わさせないでくれ、と思考が流れた。
同時に、レイモンドは、アデレードが呑気に遊びに誘ってくることにもイライラするようになった。
「新しいカフェができたんだって! 今週末に行かない?」
「……勉強があるから」
「この間試験が終わったばかりなのに? ずっと勉強ばっかりしてない?」
レイモンドは、聡明な少年だったけれど天才ではなかった。
人の半分の努力でたいていのことはこなせたが、それでも、トップの成績を持続させるには並々ならぬ努力が必要で、弱音を吐いたり愚痴を言えば、父から仕事を外される。その為に、仕方なく楽しそうなふりをして見せているだけ。
それなのに「勉強ばっかりして」とはなんだ。心底腹が立った。
精神的にも肉体的にも疲弊していく中で、レイモンドは知らず知らずに攻撃的な性格へ転化していった。
そして、その怒りの感情は全てアデレードに向けられた。
「そんなの当たり前だろ。アディこそ、遊んでばかりいないでマナーの勉強でもしろよ。人前で馬鹿にみたいに笑うのをみっともないと思わないのか? 他の令嬢はそんなことしていない。ちゃんとしろよ」
乱暴なことを言った、と一瞬ハッとしたけれど、
「ごめんなさい」
アデレードがすぐに謝ってきたので、レイモンドは黙った。
そうだ。自分の主張は正しい。いつまでも子供みたいな振る舞いをしていてよいはずはない。
アデレードがもっと毅然と振る舞っていたら「こいつは騙しやすそう」と打算的に寄ってくる男もいなくなる。
自分が今は傍で守ってやれない分、アデレードが出歩かなければいい。
別に自分と同じように朝から晩まで勉強を強いているわけじゃない。ただ大人しくしていてくれればいいだけ。それくらいできるだろう。
父に認められて、独り立ちして、高位貴族からの圧力にも屈しない基盤ができるまでの我慢。二人の為なのだから当然のことだ。
神経質で完璧主義者のレイモンドは「卒業するまでに全部整える。そうしたら全て上手くいく」と妄信して、先のことばかり見つめるようになった。
アデレードの表情を見ることも、母親の忠告を聞く余裕も全くなかった。
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