愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜

榊どら

文字の大きさ
52 / 123

SIDE2-3 二人のため

しおりを挟む
 アデレードをもっと大切にするように、としばしば母親のポーラに嗜められるようになったのはいつからか。よく思い出せない。
 
 アデレードに関して、レイモンドの一番古い記憶は、庭先で遊んでいる場面だ。


「アディ、そんなに走ったら危ないよ!」


「平気だよ! 早く行こう!」


 そう言って駆けていくアデレードを追いかけるのがレイモンドの日常だった。

 キョロキョロしながら走るから、蹴躓いてびぇびぇ泣くのを慰めるまでがセットだ。

 出来の悪い子ほど可愛いというのか、レイモンドはアデレードの世話を焼くのが好きだった。

 アデレードは自分のものだから、ちゃんと面倒をみてやらなくてはならないという使命感があった。

 それが独占欲だとは知らなかった。

 だから、成長して二人だけの閉じた世界ではなくなって、自分達以外の人間が周囲に溢れてくるとレイモンドは落ち着かなくなった。

 よくわからない感覚。心配なのでアデレードにはじっとしておいて欲しい。誰も何もこっちに構わないでくれ。

 でも、そんなことは口に出して言えなかった。

 アデレードは外で遊ぶのが好きだし、閉じ込めておくわけにはいかない。

 我慢させるのは可哀想だから、とレイモンドはジリジリした思いを抱きながらも黙ってアデレードの後を追いかけた。

 しかし、その意識は、学園に入学して父親の仕事に従事するようになって変化した。

 毎朝登校の一時間前に起床して授業の復習をし、夕方は学校からそのまま仕事場へ向かい、週末も机に齧り付いて勉強漬け。

 卒業してアデレードを貰い受けるために、心血を注ぐ日々。

 今は兎に角、学業で結果を出して、仕事を覚えなければならない。

 だから、アデレードも、下衆な令息達に騙されないよう、目立たず騒がず大人しくしているべき。ちゃんと自衛して、こっちの手を煩わさせないでくれ、と思考が流れた。

 同時に、レイモンドは、アデレードが呑気に遊びに誘ってくることにもイライラするようになった。


「新しいカフェができたんだって! 今週末に行かない?」


「……勉強があるから」


「この間試験が終わったばかりなのに? ずっと勉強ばっかりしてない?」


 レイモンドは、聡明な少年だったけれど天才ではなかった。

 人の半分の努力でたいていのことはこなせたが、それでも、トップの成績を持続させるには並々ならぬ努力が必要で、弱音を吐いたり愚痴を言えば、父から仕事を外される。その為に、仕方なく楽しそうなふりをして見せているだけ。

 それなのに「勉強ばっかりして」とはなんだ。心底腹が立った。

 精神的にも肉体的にも疲弊していく中で、レイモンドは知らず知らずに攻撃的な性格へ転化していった。

 そして、その怒りの感情は全てアデレードに向けられた。


「そんなの当たり前だろ。アディこそ、遊んでばかりいないでマナーの勉強でもしろよ。人前で馬鹿にみたいに笑うのをみっともないと思わないのか? 他の令嬢はそんなことしていない。ちゃんとしろよ」


 乱暴なことを言った、と一瞬ハッとしたけれど、


「ごめんなさい」

 アデレードがすぐに謝ってきたので、レイモンドは黙った。

 そうだ。自分の主張は正しい。いつまでも子供みたいな振る舞いをしていてよいはずはない。

 アデレードがもっと毅然と振る舞っていたら「こいつは騙しやすそう」と打算的に寄ってくる男もいなくなる。

 自分が今は傍で守ってやれない分、アデレードが出歩かなければいい。

 別に自分と同じように朝から晩まで勉強を強いているわけじゃない。ただ大人しくしていてくれればいいだけ。それくらいできるだろう。

 父に認められて、独り立ちして、高位貴族からの圧力にも屈しない基盤ができるまでの我慢。二人の為なのだから当然のことだ。

 神経質で完璧主義者のレイモンドは「卒業するまでに全部整える。そうしたら全て上手くいく」と妄信して、先のことばかり見つめるようになった。

 アデレードの表情を見ることも、母親の忠告を聞く余裕も全くなかった。
しおりを挟む
感想 421

あなたにおすすめの小説

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...