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3-1 契約一日目

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 ペイトンは十八で学園を卒業後、家督を継ぐ勉強を始めた。

 最初の二年は、フォアード侯爵の元で直接ノウハウを学んでいたが、三年目に主要な事業を引き継ぎ独り立ちした。

 そのタイミングでフォアード侯爵は王都に新たなタウンハウスを購入し「独立祝いだ」とペイトンへ贈った。

 本音を言えば、フォアード侯爵自身が、住み慣れた屋敷から離れたくなかった気持ちもあった。

 通常、嫡男に家督を譲った貴族は領地でのんびり余生を送る。

 しかし、妻に裏切られて以降、仕事に生き甲斐を見出してきたフォアード侯爵は生涯現役を通すと宣言しており、領地に引っ込む気がなかった。

 さりとて、息子が嫁を迎えた時、自分がいては夫婦生活の妨げになると考えた末、王都にもう一つタウンハウスを購入し、ペイトンを住まわせることにしたのだ。

 特に何の拘りもないペイトンが逆らうわけもなく、筆頭執事としてジェームスを連れて引っ越した。

 なので現在ペイトンが暮らすこの屋敷には、夫婦の部屋がちゃんと設えられてある。だが、待望の花嫁が嫁いできてもその部屋が使用されることはなかった。


 最南に位置する日当たりの良い部屋でアデレードは一人で眠り心地よく目覚めた。

 白い結婚である為、初夜などないし、アデレードの部屋とペイトンの自室は階も違えば場所も真逆の位置にある。

 家庭教師の女に寝込みを襲われたトラウマから物理的な距離を取っていることは暗に理解できたし、それを知ってもアデレードは不快にならなかった。

 ペイトンに同情したのではなく、例え花嫁が自分でなくとも同じことをしただろうから。


「アデレード様、お目覚めですか?」


 ノックと共にバーサが入室してきた。

 時刻は八時。いつもなら学校へ登校するため起床する時間だ。

 アデレードは、実まだ卒業していない。必要な単位は既に習得済みであるため、休学しても問題ないので嫁いできた。

 来春の卒業式には一時帰国して出席するよう両親には言われている。

 しかし、アデレード自身は帰る気はない。レイモンドに会いたくない。

 その為に隣国へ嫁いできたと言っても過言ではない。

 ずっとレイモンドにエスコートされて卒業パーティーに出席するのが夢だったが、レイモンドはきっとメイジーを連れて参加するだろう。

 あのままいたら惨めに二人の後ろをついて歩くことになった。

 「卒業さえすれば結婚してもらえる。そしたら幸せになれる」と妄信してどんなに蔑ろにされても我慢してきたが、結婚前からあんな扱いなのに、結婚後に良くなることなどありえるのか。

 頭に花が咲き乱れていた頃は誰にどう苦言を呈されても信じなかった。


「おはよう」

「おはようございます。ご気分は如何ですか? 長旅でしたからお疲れでしょう?」


 八時に起床すると伝えたのはアデレードだ。

 ペイトンが大体いつも九時に出勤すると聞いたので、一応見送りくらいした方がよいかと思った。

 寝起き姿を晒すわけにもいかないので、余裕を持って身支度できる時間に、と考えて、いつも起きる時間と同じでよいかという結論にいたった。


「そうでもないわ。バーサこそどうなの? 侍女部屋はどんな感じ?」

「はい。この屋敷には通いの従業員が多いようで一部屋頂けましたので快適でした」

「そう。良かったわ」


 望まれない花嫁なのに好待遇。 

 フォアード侯爵に訓告されているからか、筆頭執事のジェームスが常識人であるからか。

 それでもこの屋敷の主人はペイトンなのだから、あの男が厳命すれば屋敷内のことに関して誰も逆らえないはずだ。 
 
 然るに、元から物理的な冷遇をする気はなかったことになる。

 「君を愛することはない」の宣言が強烈でカチンときたものの、その後に無礼な態度は取られなかった。

 夕飯にこちらが遅れて行っても文句をつけなかった。

 変な人だな、と思う。


「朝食は如何されます? 準備はできていますよ」

「旦那様は?」

「もう出勤されたそうです」

「え? 九時に屋敷を出るのじゃなかった?」

「いつもはそうらしいのですが、今日は急ぎの仕事があるとかで……」


 是が非でも見送りしたかったわけではないが、出端を挫かれてしまった感はある。

 といってもどうにもならないので、


「そう。じゃあ、着替えたら朝食を頂くわ」


 とだけ返事をした。
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