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第2話 女の子になりました。
しおりを挟む目が覚めたらそこが異世界だなんて誰が思う? 少なくとも僕は思わない。
「……」
ズキズキと後頭部が痛む。当たり前だ。あれだけ盛大に打ち付けたんだから。恥ずかしいなんて言っている場合じゃなかった。あれは命の危険だった。
でもこうして思考出来ているってことは生きているってことなんだろう。それだけは本当によかった。
「……」
――どこだ、ここ。
目を開けると、そこに広がるのは冬の曇り空ではなく、雲一つ無い綺麗な青空だった。空気は相変わらず冷たいけれど、まるで違う世界にいるみたいに思えた。
――『まるで』じゃないな。完全に違う世界だ、これ。
周りに連なる建物はレンガ造りで高くそびえ立ち僕を見下ろしていた。見慣れない風車小屋がキイキイと音を立てて回っている。周囲は金や赤、青といった奇抜な髪色と見慣れない目の色や服装の人々が行き交っていた。
現実的に考えてそんなことはあり得ない、とすれば。
①これは夢である
②僕自身の頭がおかしくなった
この二択のうちどちらかだろう。出来れば後者は避けたいところだ。とにかく今はこの状況を把握し……
「大丈夫ですか、お嬢様」
背後から声がした。
――オジョウサマ?
振り向くと、そこにはスーツ姿の青年が立っていた。何故か僕を前に立ちどまっている。
――通行の邪魔だったのかな
「失礼」
僕は右に避け、通り過ぎるであろう青年を見上げた。黒髪でとても清潔、真面目そうな男だ。「お嬢様」と言っていたから、執事なのかもしれない。ついでだからそのお嬢様を拝んでおこうと、彼の様子を見ていたのだが、その目論見は大きく外れた。
――ん? 通り過ぎない?
彼は歩き出さなかった。
目的地はここですと言わんばかりに足を止め、じっとしていた。そして僕を見ながら一言。
「お嬢様?」
お嬢様。
彼は僕を見てそう言っただろうか。
もちろんそれは大外れである。
「違いますけど」
男は不審そうに眉をひそめた。
ここまで露骨な人違いは久々だ。
確かに僕はどこにでもいそうな平凡な容姿、平凡な性格、平凡な名前を持つごくごく普通の男子高校生で間違いない。おかげで「あ、ごめんなさい。人違いでしたー」なんて謝られることもよくある。
だからって言っちゃなんだが、大抵の間違いなら受け流せる自信があった。
しかし、どうやらこの場合は流せないようだ。何故かって?
「お嬢……」
「待って」
右手を軽く上げ言葉を制止させた。
ご存じだと思うが僕はれっきとした男として生まれている。実は僕っ子の女の子だとかいうミスリードは当本編には一切含まれていない。
「しかしお体が」
再び目が合う。
分かった、心配してくれているのはよく分かった。けれどそれは君、僕の外傷的な意味での心配なんだろう? いや確かに頭は痛かった。そりゃあんなに地面に強打すればね。今でも結構ズキズキしているし。普通だったらその心遣いに感謝するところなんだけどね。
でもね今、一番心配すべきなのは僕の内面なんだよ。よければ教えてくれないか。
――僕はいつお嬢様と呼ばれる存在になった?
「……」
ちなみにさっき、もう一つ頭痛の種が増えた。
声が女の子になっていた。
「…………」
訂正しよう。一つどころではない。
服装。薄々感じていたけれど、これはどう見てもドレスである。淡い水色のひらひらした布が手の周りに張り付いていたり、足元がフワフワでスースーしていたり、まあどう見ても一般男子高校生が似合っていいものではない。
手足。いつから僕はこんな華奢な作りになったのだろう。がっちりした体ではないという自覚はあったが、さすがにここまで細く小柄でも無かったはずだ。
――僕は一体誰なんだ?
混乱が混乱を極める中で、自分を理解する手がかりを探すべく、早くなる鼓動に鞭を打ち視線を泳がせた。
知らない、知らない、知らない、知らない人や建物だらけ。
見知ったご近所のおばさんや小学生のちびっ子達、そんな姿を誰一人として見つけることが出来ず更に不安が増していく。
およそ現代とは思えない状況に囲まれながら、僕は必死に助けを求めた。
「あ」
その中にたった一人、見知った顔が飛び込んだ。
「由宇さん」
今朝の段階では声をかけることもしなかった幼馴染――佐々木 由宇の名前を呼んだ。
「由宇さんですよね」
見慣れきったヘラヘラとした笑顔の少女に向けて、すがる様に声を張り上げた。
「僕です! 隣の家の」
「山田君?」
「森田です!」
「ああ~」
分かって貰えたのかどうなのかそのやる気のない返事に不安は覚えたが、一応反応してくれるらしい。
彼女はゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「あ、あの実は」
「ふむふむ」
既に納得がいっているのか、驚きもせず上から下まで観察するようにまじまじと僕の姿を眺めた。
そして、いつもと違う少し真剣みのある表情を浮かべ言った。
「女の子、だよね」
「そう見えますか」
やっぱりか。
知り合いからの裏表のない言葉に、僕は一瞬気が遠のいた。
「何がなんだか分からない……」
ちょっとそこまでコンビニに行こうとしていただけなのに。朝ご飯は何がいいかななんて手持ちと相談しながら、けれど冬の雪道を慎重に歩いて、ちゃんとしていたはずなのに。割とどうでもいい発言にほんのわずか気を取られただけで。まさか氷に足を滑らせてうっかり転倒するなんて。それで――
「転生したんじゃないかね?」
「は?」
突然の素っ頓狂な発言が彼女の口から飛び出した。何を言っているんだ、急に。
「よくあるじゃないですか。死後、転生して異世界に行く話」
「いや、無いと思いますけど」
僕の困惑など軽く吹き飛ばすように、彼女の答えはぶっ飛んでいた。
なぜ死んで異世界に行く? 確かに死後なんて、実際自分がどうなるかは知らないよ。でも異世界に行くって話は流石に無いだろう。
「死んで、転生して、第二の人生を異世界でエンジョイってね! あるある」
無いよ。無い無い。
てか、なんかこの人、妙にイキイキしはじめてないか?
「最初はどうしたもんかと思ったんだけどねぇ。ほら見てこれ。この我々の頭上」
「頭上?」
彼女の両手の人差し指がピッと上を示した。つられて僕も確認する。
何やら四角い半透明の板のような物が浮かんでいた。
【佐々木 由宇・ジョブ:主人公の友達・HP50 MP20 etc】
まるでゲームに出てくるステータスだ。よく見るとそれは、彼女に限らずこの場にいる一人一人の頭上に浮かんでいた。
「これはズバリ、ゲーム的な世界に転生したとみたね」
そう言ってへラッとした怪しげな笑みを浮かべる。
そんな風に満足気に言われても、残念ながら僕にはなんの感動もない。
「ちなみに森田さんは、なななんと今流行りの悪役令嬢ポジションです!」
「そうですか」
ポジションを言われたところで僕の感情は水平線のように微動だにしなかった。
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