ヒロイン不在の悪役令嬢はハッピーエンドを望んでいる〜幽霊になった天然ヒロインとシスコン兄がいるのは想定外です〜

椿谷あずる

文字の大きさ
上 下
18 / 29

18.どっちの双子もたぶん変

しおりを挟む
 
 授業開始のチャイムが鳴る。
 軽く睡眠を取ったおかげで体調も良くなってきた私は、次の授業から復帰することに決めた。
 次の授業は魔法薬学の調合実習。
 とはいっても中身は簡単な傷薬など些細なもので、蘇生薬のような禁忌に触れる薬について学ぶことはない……はずなのだけれど。

「これをああしてこうすれば、フィーネを蘇生させるための薬が……出来るか? いや、どうかな」

 その禁忌を気軽に乗り越えようとする者がここに一人。

「ねえルドルフ」
「何だい?」
「貴方……」

 私は彼の様子をまじまじと見つめた。
 悪いことなんてしていない、それがさも当たり前であるかのように、彼の机の上には実習とは関係ない怪しい素材がごろごろと並べられている。

「いつか捕まるわよ?」 
「別にいいよ」

 彼はあっさりと答えた。

「フィーネが無事に生き返るなら、僕は捕まってもいい」
「冗談に聞こえないわよ」
「本気だからね」

 まるでそれが世界の常識であるかのような言葉。
 いや、きっとこの男の中ではそれが常識なのだ。
 彼の思考に不気味さ危うさを感じたのに、どこか理解しまいそうだった私は、咄嗟に頭を振って現実に目を向けた。

「あのね、そうなった場合、フィーネには犯罪者の兄がいることになるのよ? そんなのあの子が可哀想でしょ」

 それはきっとハッピーエンドとは言えないだろう。

「ああ、それは駄目だね」

 どうやら納得したらしく、彼は手を軽くポンと叩いた。

「じゃあ別の手を考えるよ」
「そうしてちょうだい」

 私が呆れて言うと、彼は楽しそうに机の上を片付け始めた。
 随分と時間を取られてしまった。
 自分の細かく刻んだ『麻痺の蔦花』を見て、私はため息をついた。

「大体、今は実習の時間なんだから、そっちを先に終わらせるのが筋ってものでしょうに……」

 彼の実習の評価など知ったこっちゃ無いが、こんなことで時間を無駄に過ごすなら、もっとやるべきことがあったはずだ。
 そう思っていると彼の口から思わぬ一言が返ってきた。

「終わってるよ」
「は?」
「もう、終わってる」
「終わってる?」

 彼の机を見ると、そこにはいつの間にか今日の課題である麻痺の回復薬が置かれていた。あんなに遊んでいたのに。

「……どうして」

 震える声で訊ねると、彼は悪びれもせず淡々と答えた。

「才能かな?」

 ああ、この双子はこれだから。
 凡人の域を軽々と超えていく。

「それより君の方こそ」
「?」
「君は『麻痺の蔦花』を何回刻んだか数えてた?」
「それは……」

 答えられない。
 ついうっかり会話に夢中で、途中から数え忘れていたのだ。

「麻痺の回復薬はその刻んだ回数で効果が変わるだろ? やり過ぎると調合した時に爆発するよ」
「えっと、そうね確か」

 嫌な汗が流れた。
 正直に忘れてたと言ってしまうべきだろうか。いや、さっきの会話の手前、恥ずかしいな。

「42回です」
「え?」
「42回」

 それはフィーネの言葉だった。
 フィーネは揺るぎない表情で謎の回数を口にしていた。

「それって」
「エレナさんが『麻痺の蔦花』刻んだ回数です」
「……数えてたの?」
「もちろん」

 自信に満ちた表情で彼女は胸をトンと叩いた。
 今まで静かだったのは、もしかしてこの為?

「あ……」

 この場合、どんな反応をするのが正しいのだろうか。
 数えていた事に感謝する?
 それとも、その行動はおかしいと批判する?

「…………ありがとう?」
「どういたしまして!」

 結局、6:4の判定で私は彼女に感謝を告げた。
 うん、でもやっぱりおかしくないか?

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

皇太子殿下の御心のままに~悪役は誰なのか~

桜木弥生
恋愛
「この場にいる皆に証人となって欲しい。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタは、レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティに婚約者の座を降りて貰おうと思う」 ウルグスタ皇国の立太子式典の最中、皇太子になったアーサーは婚約者のロベリアへの急な婚約破棄宣言? ◆本編◆ 婚約破棄を回避しようとしたけれど物語の強制力に巻き込まれた公爵令嬢ロベリア。 物語の通りに進めようとして画策したヒロインエリー。 そして攻略者達の後日談の三部作です。 ◆番外編◆ 番外編を随時更新しています。 全てタイトルの人物が主役となっています。 ありがちな設定なので、もしかしたら同じようなお話があるかもしれません。もし似たような作品があったら大変申し訳ありません。 なろう様にも掲載中です。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

処理中です...