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13.ハンカチを引き裂く人なんて実際にはいない
しおりを挟む私の後ろを一人の少女が追いかける。
けれど廊下に影は一つ。
「待ってください。待ってくださいよぉ」
「しーつーこーいー」
幽霊になった少女ことフィーネは、放課後になっても例の件でずっと私の周りを離れることはなかった。
「もう話は終わったでしょ。私は怒らないの」
「そう言わずに、一言だけでも」
「言いません。貴女、どうしてそんなに私を怒らせたいの?」
その原動力が知りたい。
生前自分を敵視してきた人間の怒る姿なんて見たいか? 普通。
「だって美しいじゃないですか。誰にも負けたくない孤高の精神! 決して自分にも他人にも厳しい心! さあ、理解していただけたなら、今すぐハンカチを引き裂きながら怒って……」
「理解できません。却下」
「えぇー」
へたへたと力なく彼女は地面へと座った。スカートが汚れるなんて気にならない。幽霊だからこそ出来る行動。ちょっと羨ましい。
「はあ……」
私は深くため息をついた。恐らく本日十回目くらい。
「貴女ね」
私は屈んで視線を彼女に合わせた。スカートの裾が地面に付かないよう、細心の注意を払う。
「そうやって意味不明なことを言って、どうせ私を馬鹿にしてるんでしょ」
「してませんよぉ」
その言葉は誰にも証明出来ない。
「どうだか。どうせ一位の貴女には、いつも二位の私の気持ちなんて分からないわ」
そう言って立ちあがり、私は再び廊下を歩き出した。
フィーネは、もう追って来なかった。
===
「……」
私は悪くない。
だってそうじゃないか。
私はこんなにも努力しているのに、あの女はへらへらといつも笑って一位を掻っ攫っていく。
だからこれは正論を言っただけなのだ。
「おーい、エレナ君」
呼び止めたのは男性の数学教師だった。
ぽっちゃりとして熊のように大柄な髭の生えた男。彼の腕には、何か書類のようなものが抱えられていた。
「……はい、何か?」
「これなんだけど、ちょっと運ぶの手伝って貰えるかな」
「これは?」
差し出されたのは一冊のノートだった。
「フィーネ君のものなんだ」
その名前は今、禁句だ。
「生前、彼女は授業で分からないところがあるとノートに纏めていてね。余りにも出来が良かったんで、こうして俺が時々借りていたんだ。今後の授業の参考にってね。彼女はすごいよ。色々な生徒を見てきたけど、ここまで勉強に熱心な生徒はまれだ」
そんな事をしていたのか、あの女は。
「で、そのノートが三十二冊」
「三十二……」
「こっちは自主的に問題を作ってみたから、採点してくれってやつ。これが八冊。あと他にも……」
それからしばらく彼の説明は続いた。
結果として、段ボール一箱分くらいの荷物が自分に託されることになった。
「じゃあ頼んだよ。ああ、そういえば生物魔法学のホビート先生も同じような件で、手伝ってくれる生徒を探していたから行ってあげると喜ばれると思うよ」
「…………考えておきます」
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