ヒロイン不在の悪役令嬢はハッピーエンドを望んでいる〜幽霊になった天然ヒロインとシスコン兄がいるのは想定外です〜

椿谷あずる

文字の大きさ
上 下
13 / 29

13.ハンカチを引き裂く人なんて実際にはいない

しおりを挟む
 
 私の後ろを一人の少女が追いかける。
 けれど廊下に影は一つ。

「待ってください。待ってくださいよぉ」
「しーつーこーいー」

 幽霊になった少女ことフィーネは、放課後になっても例の件でずっと私の周りを離れることはなかった。

「もう話は終わったでしょ。私は怒らないの」
「そう言わずに、一言だけでも」
「言いません。貴女、どうしてそんなに私を怒らせたいの?」

 その原動力が知りたい。
 生前自分を敵視してきた人間の怒る姿なんて見たいか? 普通。

「だって美しいじゃないですか。誰にも負けたくない孤高の精神! 決して自分にも他人にも厳しい心! さあ、理解していただけたなら、今すぐハンカチを引き裂きながら怒って……」
「理解できません。却下」
「えぇー」

 へたへたと力なく彼女は地面へと座った。スカートが汚れるなんて気にならない。幽霊だからこそ出来る行動。ちょっと羨ましい。

「はあ……」

 私は深くため息をついた。恐らく本日十回目くらい。

「貴女ね」

 私は屈んで視線を彼女に合わせた。スカートの裾が地面に付かないよう、細心の注意を払う。

「そうやって意味不明なことを言って、どうせ私を馬鹿にしてるんでしょ」
「してませんよぉ」

 その言葉は誰にも証明出来ない。

「どうだか。どうせ一位の貴女には、いつも二位の私の気持ちなんて分からないわ」

 そう言って立ちあがり、私は再び廊下を歩き出した。

 フィーネは、もう追って来なかった。

===

「……」

 私は悪くない。

 だってそうじゃないか。
 私はこんなにも努力しているのに、あの女はへらへらといつも笑って一位を掻っ攫っていく。

 だからこれは正論を言っただけなのだ。

「おーい、エレナ君」

 呼び止めたのは男性の数学教師だった。
 ぽっちゃりとして熊のように大柄な髭の生えた男。彼の腕には、何か書類のようなものが抱えられていた。

「……はい、何か?」
「これなんだけど、ちょっと運ぶの手伝って貰えるかな」
「これは?」
 
 差し出されたのは一冊のノートだった。

「フィーネ君のものなんだ」

 その名前は今、禁句だ。

「生前、彼女は授業で分からないところがあるとノートに纏めていてね。余りにも出来が良かったんで、こうして俺が時々借りていたんだ。今後の授業の参考にってね。彼女はすごいよ。色々な生徒を見てきたけど、ここまで勉強に熱心な生徒はまれだ」

 そんな事をしていたのか、あの女は。

「で、そのノートが三十二冊」
「三十二……」
「こっちは自主的に問題を作ってみたから、採点してくれってやつ。これが八冊。あと他にも……」

 それからしばらく彼の説明は続いた。
 結果として、段ボール一箱分くらいの荷物が自分に託されることになった。

「じゃあ頼んだよ。ああ、そういえば生物魔法学のホビート先生も同じような件で、手伝ってくれる生徒を探していたから行ってあげると喜ばれると思うよ」
「…………考えておきます」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

処理中です...