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12.狂気の鬼復讐編
しおりを挟む「は? 私が二位」
次の日。
いつも通り登校し、この日の結果を当然のように待ち望んでいた私の前に公表されたのは見るも無残な文字だった。
【二位 エレナ・ノアール】
廊下の壁に貼り出されたテストの結果。
心を持たない無機質な文字は、ただ淡々とその事実を私につきつけた。
「……嘘でしょ」
愕然とするのはこの事だ。
想定してなかった文字の羅列に呼吸も脈も速くなっていくのが分かった。
「エーレーナーさん」
そんな私の気持ちとは裏腹に、背後から聞こえてくるのは弾むような少女の声だった。
「おはようございます」
空を舞う羽根のように、軽い足取りで姿を現したのはもちろんフィーネだった。
「どうしたんですか、そんなに怖い顔して」
何も知らない無垢な天使が顔を覗き込む。
確認しなければならないだろう、彼女に真実を。
「ねえ、フィーネさん」
「はい?」
「私達、いつも一位と二位を争う間柄だったわよね?」
その記憶が自分の幻想でないことを願って投げかける。
「え?」
まるで天使のようなその少女は、目を丸くして首を傾げた。
そんな可愛い顔でとぼけられても、こっちは事情が事情なのだ。意地でも確認させてもらう。だってそれが私の思い違いだと分かった日には、恥ずかしさのあまり自主的な学園追放も止む負えないのだから。
「一位と二位だったわよね?」
「そ、そうですよ」
よかった、勘違いじゃなかった。
私がほっと一息をつくと、隣ではフィーネがテストの順位表を見上げていた。
「ああ、やっと分かりました。こういう事だったんですね」
「……そうよ」
私は渋々肯定した。
「ご不満……ですよね」
「当ったり前じゃない」
この順位で満足する人間がいるのだろうか。
私は何度見ても結果は変わることのない順位表を睨み付けた。
「やっと一位になれると思ったのに」
結果はこの有様だ。
二位って。これじゃフィーネがいる時と何も変わらない。
「本当、腹が立つわ!」
「分かります!」
「許せない!」
「ごもっともです!」
「一位は私のものよ!」
「そうですよ! 憎いですよね!」
「ええ、もちろん!」
「絶対勝ちたい?」
「当然よ!」
「ぼこぼこのベキベキに!」
「してやるわ!」
「たとえ、どんな汚い手を使ってを使っても!」
「ええ、やってや…………」
私は振り上げかけていた拳をそっと耳の位置で止めた。
「あれ。エレナさん、どうしたんですか?」
「フィーネ」
少女が不思議そうに覗き込む。
拳はビシッと綺麗に振り上げられていた。
「はい?」
「止めなさいよ」
フィーネは意味が分からないと言いたげに、首を傾げた。
「止めなさい。おかしいでしょ、大体なんで貴女の方が率先して会話を進めてるのよ」
「だってエレナさんならきっとそう考えるかなって思って」
「さすがにそんな事するはず無いじゃない」
「ええっ!?」
ええっではない。
負けたからといって、何故私の手を汚さなければならないのか。そんなの、正々堂々と打ち負かせばいいだけなのに。
「ここからエレナさんの狂気の鬼復讐編が始まるんじゃないんですか」
「何それ」
「靴に画びょうを入れたり、相手の悪評を流したり、テストに細工したりするあれですよ」
「しない。なんて事を考えるの、貴女」
見かけによらず過激なことを言う子だ。
そんな事したら、相手が可哀想だろうに。画びょうとか、考えただけでもゾッとする。
「ええっ!? そんなの解釈違いですよぉ」
「解釈違いってね……」
なんだか無駄に疲れてきた。
解釈ってなんだ。私は歴史の教科書か何かなのだろうか。
「もういいわ。黙る」
「えっ! エレナさんのお怒りは?」
「失せた。どこかの誰かさんのせいで」
「そ、そんな。エレナさんの本気の怒りはこれからじゃないですか」
「知らない」
「そんなー」
フィーネとの会話で、さっきまであった悔しさとか、怒りとか、燻っていた汚いものは、いつの間にかびっくりするほど綺麗に消失してしまった。
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