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8.ファンの心理とストーカー論
しおりを挟む「……」
さてなんと答えようか。
適当にあしらってもいいけれど、また変な謎解釈に巻き込まれても困る。
「フィーネさん」
「はい」
すっと心を落ち着かせて、私はじっと彼女を見つめた。フィーネも理解したのか、大人しく私の言葉をじっと待っている。
雰囲気作りは今度こそ完璧だ。
「ごめんなさい、私そういう趣味は無いの」
私は静かにそう言った。
これにて本日のやり取り終了。
いや、本日じゃなくて未来永劫やり取り終了。
「まあ当然そうなるだろうね」
話を理解したルドルフがうんうんと首を縦に振っている。
勿論フィーネも――
「ええ、それはもちろん承知しています!」
更に前のめりになっていた。
「私なんて、見守る事さえおこがましいですよね!」
いや、おこがましいとか、もはやそういう問題ですらないんだけど。
「え、ええ、そうね」
とりあえず話を合わせておいた。
これで諦めて帰ってくれるならそれでいい。
「でも嫌です!」
「!?」
「この一線は絶対に譲れません!」
力強く彼女は言った。
「本っっっ当に見守るだけなんです。匂いを嗅いだり、憑依したり、添い寝したりしないんで! どうでしょう、エレナ様」
「ど、どうと言われても」
思った以上にぐいぐい来る。
しかも、やらないって言ってる内容が絶妙に危険な香りがする。大体、所々「さん」じゃなく「様」になっているのは何なんだ。彼女にとって私は何なの。
「……っ」
「まあまあ、このくらいにしようフィーネ。さすがのエレナも引いてる」
割って入ってきたのはルドルフだった。
「あっ、ご、ごめんなさい……」
フィーネもその一言で我に返ったのか、途端にシュンといつものしおらしい少女に戻る。
助かった。これだよこれ、私が知っているのは、この控えめな美少女。さっきまでの圧の強い何かとは訳が違う。
「ようやくまともな会話が出来そうね」
「いやーごめんごめん」
一切感情のこもらない謝罪を述べてから、ルドルフはおとなしくなったフィーネを横目で追った。
「見ての通りこんな感じで、フィーネは昔から君の大ファンでね。語り出すと五時間は止まらないんだよ」
「五時間……」
学校終わって帰宅して、ほぼそれについて語ってるみたいに聞こえるけど。何かの冗談のつもりかな。そうに違いない。
「ああ、そんなこの子も可愛いから、僕は勿論全然付き合ってるよ。内容が、興味が無い君のことでもね」
興味が無いは余計だ。
「で、ここからが本題」
そう言ってルドルフは声色を変えた。
「ここまでの話を聞いて君は当然、妹の話を断るだろ?」
「そうね」
「えっ」
私は彼に同意した。
フィーネが明らかに「なんで?」という顔で動揺していたが、そこは気にしないことにした。
「でも考えてもみて欲しい。君が断ったら彼女が一体どうするか」
「……どうするの?」
やっぱり呪い殺すのだろうか。今までの恨みをたっぷり込めて。
「恐らくこっそり君の目に触れないよう、君の日常を監視するだろう」
「……それだけ?」
「そうだよ」
思いの外間抜けなその回答に私は拍子抜けした。
何を言っているんだろうこの男。
「こっそりなら別にいいんじゃない? 私の目に触れる訳でもないし」
見えないなら、いないも同じだ。
「分かってないなあ」
「何よ」
「君の目に触れないってことは、彼女が本当にやりたい放題出来るって事だよ」
「具体的には?」
「朝起きてから寝る時まで、いいや寝ている間中もずっと君を観察するだろう」
「寝ている間中も」
そんなところを見て何が面白いんだろう。
「つまりプライベートが全て丸裸って事さ」
「丸裸」
それは確かに嫌だった。
見えなければ同じとは言ったけど、それはあくまで良識の範囲内であって、丸裸までは想定外だった。
「一応聞くけど」
「なんだい?」
「どうしてそこまでするって分かるの?」
「分かるさ」
笑みを浮かべたルドルフは胸に手を当て自信満々に答えた。
「僕なら絶対そうする」
「…………」
この妹にしてこの兄あり。
妹がいるからという理由だけでこの家に侵入してきた男の言葉は、悪い意味で信用に値する言葉だった。
「君は自分のプライベートが侵されるの、何よりも嫌っているだろう?」
「そうね」
「やっぱり。フィーネが言ってたよ」
勝ち誇ったように彼は笑った。
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