ヒロイン不在の悪役令嬢はハッピーエンドを望んでいる〜幽霊になった天然ヒロインとシスコン兄がいるのは想定外です〜

椿谷あずる

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6.無視が有効である相手とそうでない相手

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 人様の目の前で二度も気を失うなんて。
 それが自分のライバル、フィーネの前でなら猶更だ。
 まあ、相手は死んでいるのだから、この無様な失態を公言したりはしないのだろうけど。

 でもこれ以上の失態はごめんだから私は無視を貫こう。

「あっ、お目覚めですね」
「……」

 二度目の目覚めを迎えてもなお、その悪夢は過ぎ去ってはいなかった。
 ただただ不快な出来事に口を紡ぐ私の顔を、肌の透き通った美少女は不安そうな様子で覗いた。余計なお世話だ。

「体調はいかがですか?」
「……」
「お水飲みます?」
「…………」
「何か食べます?」
「………………」

 きょろきょろと小リスのように忙しく動いていた少女は、やがてとある男の前で動きを止めた。

「お兄様どうしましょう。エレナさんやっぱり体調が優れないみたいです。お医者様を呼んだ方が……」
「いや」

 お兄様ことルドルフ。彼は彼女の不安を和らげるように微笑みかけると、優しい声で答えた。

「恐らく大丈夫だよフィーネ」
「え?」
「彼女はね、君の前で無様な姿を晒したことが悔しかっただけだから」
「無様……ですか?」
「そうさ。何せ、目の前の現実が信用出来なくて、二度も気を失ったんだからね」

 この男、口を縫い付けてドブにでも放り込んでやろうか。

「えっそんな」

 それを聞いたフィーネは目を丸くし首を振って言葉を返した。

「私、エレナさんのこと無様なんて思ってないです」
「当然よ!」

 私は強く声をあげた。

「エレナさん! よかった、やっとお話してくれました」

 心底安心したように笑顔を見せるフィーネ。
 どうしてそんなにも無垢でいられるのだろう。その表情に、私はたまらなく複雑な気持ちになった。

「……っ別に会話をしようとしまいと私の勝手でしょ」

 心のモヤモヤを打ち消すように冷たく答えた。

「そもそも、この私を無様に思う権利なんて貴女に無いの。分かる? 何をしたって、私は私。たとえ気を失った姿を晒しても、貴女の下にはならないわ」
「や、そんなことない。可愛さでいったらフィーネの方が確実に上だし、性格だって……」
「ルドルフは黙りなさい」

 この馬鹿兄。

「はいはい」
「ついでに言うと、貴方が座っているその椅子は私のものよ。勝手に座らないで」
「分かったよ」

 ルドルフは両手を挙げると、渋々といった感じで椅子から立ちあがった。

「……」
「……」

 フィーネとルドルフ、二人のそっくりな兄妹が一緒に並んで私を見下ろす。

「……」

 このままじゃ一生居座りそうだ。

「……で、要求は何?」
「え?」

 驚いたフィーネは私の顔をじっと見つめた。

「何かあるんでしょ? 呪い殺したいとか、失脚させたいとか、改心して欲しいとか」

 何も無いなんて言っていたけど、絶対本当は何かある。
 じゃないと私にここまでこだわる理由が無い。

「でも一応最初に言っておくわね。何を要求されても私は断固拒否する。呪い殺されるのも、失脚するのも、改心するのも。そもそも私に改心する部分なんて無いけどね」
「じゃあどうして改心なんて言葉が出たのかな」
「ルドルフ」
「はいはい、黙ってる」

 ルドルフはそう言ってくるりと背を向けた。

「あの、私はっ……」

 フィーネは俯いてもじもじと言葉を濁す。

 ほらやっぱり。
 外見は綺麗なお姫様だって、心の中には思うことは沢山ある。さあ、言えばいい。私に対する罵詈雑言、これまで受けた恨みつらみ、なんでも全部。汚いところを曝け出せ。

「なあに?」
「友達になりたいの!」

「……は?」

 今なんて言った? 友達に、なり……たい?

「友達になって下さい!」
「とも、だち?」

 多分鏡があったなら、そこには相当無様な放心顔の女がいることだろう。

「友達って、あの友達?」
「ええ!」

 僅かな曇りもなく、少女は目も眩むような眩い笑顔で答えた。

「エレナさんのこと、学園にいる時からずっと気になっていたんです。でもなかなか近付けなくて。少しでも仲良くなろうと、お勉強も習い事も一生懸命頑張ったのだけど」
「…………」

 参った。あまりにも予想の斜め上の要望すぎて、語彙が行方不明になってる。

「どう思う? 趣味悪いだろ」

 とりあえず、ルドルフ。お前は黙って欲しい。
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