6 / 29
6.無視が有効である相手とそうでない相手
しおりを挟む人様の目の前で二度も気を失うなんて。
それが自分のライバル、フィーネの前でなら猶更だ。
まあ、相手は死んでいるのだから、この無様な失態を公言したりはしないのだろうけど。
でもこれ以上の失態はごめんだから私は無視を貫こう。
「あっ、お目覚めですね」
「……」
二度目の目覚めを迎えてもなお、その悪夢は過ぎ去ってはいなかった。
ただただ不快な出来事に口を紡ぐ私の顔を、肌の透き通った美少女は不安そうな様子で覗いた。余計なお世話だ。
「体調はいかがですか?」
「……」
「お水飲みます?」
「…………」
「何か食べます?」
「………………」
きょろきょろと小リスのように忙しく動いていた少女は、やがてとある男の前で動きを止めた。
「お兄様どうしましょう。エレナさんやっぱり体調が優れないみたいです。お医者様を呼んだ方が……」
「いや」
お兄様ことルドルフ。彼は彼女の不安を和らげるように微笑みかけると、優しい声で答えた。
「恐らく大丈夫だよフィーネ」
「え?」
「彼女はね、君の前で無様な姿を晒したことが悔しかっただけだから」
「無様……ですか?」
「そうさ。何せ、目の前の現実が信用出来なくて、二度も気を失ったんだからね」
この男、口を縫い付けてドブにでも放り込んでやろうか。
「えっそんな」
それを聞いたフィーネは目を丸くし首を振って言葉を返した。
「私、エレナさんのこと無様なんて思ってないです」
「当然よ!」
私は強く声をあげた。
「エレナさん! よかった、やっとお話してくれました」
心底安心したように笑顔を見せるフィーネ。
どうしてそんなにも無垢でいられるのだろう。その表情に、私はたまらなく複雑な気持ちになった。
「……っ別に会話をしようとしまいと私の勝手でしょ」
心のモヤモヤを打ち消すように冷たく答えた。
「そもそも、この私を無様に思う権利なんて貴女に無いの。分かる? 何をしたって、私は私。たとえ気を失った姿を晒しても、貴女の下にはならないわ」
「や、そんなことない。可愛さでいったらフィーネの方が確実に上だし、性格だって……」
「ルドルフは黙りなさい」
この馬鹿兄。
「はいはい」
「ついでに言うと、貴方が座っているその椅子は私のものよ。勝手に座らないで」
「分かったよ」
ルドルフは両手を挙げると、渋々といった感じで椅子から立ちあがった。
「……」
「……」
フィーネとルドルフ、二人のそっくりな兄妹が一緒に並んで私を見下ろす。
「……」
このままじゃ一生居座りそうだ。
「……で、要求は何?」
「え?」
驚いたフィーネは私の顔をじっと見つめた。
「何かあるんでしょ? 呪い殺したいとか、失脚させたいとか、改心して欲しいとか」
何も無いなんて言っていたけど、絶対本当は何かある。
じゃないと私にここまでこだわる理由が無い。
「でも一応最初に言っておくわね。何を要求されても私は断固拒否する。呪い殺されるのも、失脚するのも、改心するのも。そもそも私に改心する部分なんて無いけどね」
「じゃあどうして改心なんて言葉が出たのかな」
「ルドルフ」
「はいはい、黙ってる」
ルドルフはそう言ってくるりと背を向けた。
「あの、私はっ……」
フィーネは俯いてもじもじと言葉を濁す。
ほらやっぱり。
外見は綺麗なお姫様だって、心の中には思うことは沢山ある。さあ、言えばいい。私に対する罵詈雑言、これまで受けた恨みつらみ、なんでも全部。汚いところを曝け出せ。
「なあに?」
「友達になりたいの!」
「……は?」
今なんて言った? 友達に、なり……たい?
「友達になって下さい!」
「とも、だち?」
多分鏡があったなら、そこには相当無様な放心顔の女がいることだろう。
「友達って、あの友達?」
「ええ!」
僅かな曇りもなく、少女は目も眩むような眩い笑顔で答えた。
「エレナさんのこと、学園にいる時からずっと気になっていたんです。でもなかなか近付けなくて。少しでも仲良くなろうと、お勉強も習い事も一生懸命頑張ったのだけど」
「…………」
参った。あまりにも予想の斜め上の要望すぎて、語彙が行方不明になってる。
「どう思う? 趣味悪いだろ」
とりあえず、ルドルフ。お前は黙って欲しい。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません
れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。
「…私、間違ってませんわね」
曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話
…だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている…
5/13
ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます
5/22
修正完了しました。明日から通常更新に戻ります
9/21
完結しました
また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います



[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新

皇太子殿下の御心のままに~悪役は誰なのか~
桜木弥生
恋愛
「この場にいる皆に証人となって欲しい。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタは、レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティに婚約者の座を降りて貰おうと思う」
ウルグスタ皇国の立太子式典の最中、皇太子になったアーサーは婚約者のロベリアへの急な婚約破棄宣言?
◆本編◆
婚約破棄を回避しようとしたけれど物語の強制力に巻き込まれた公爵令嬢ロベリア。
物語の通りに進めようとして画策したヒロインエリー。
そして攻略者達の後日談の三部作です。
◆番外編◆
番外編を随時更新しています。
全てタイトルの人物が主役となっています。
ありがちな設定なので、もしかしたら同じようなお話があるかもしれません。もし似たような作品があったら大変申し訳ありません。
なろう様にも掲載中です。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる