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5.騙された方が悪い
しおりを挟む僕と君を除いてだけど?
「……ちょっと待って」
「ん?」
自己完結させようと思っていた矢先だった。
ふとそこにあった違和感に、私は即その会話をストップさせる。
「どうしたんだい」
ルドルフは首を傾げた。
その仕草は憎らしい程にフィーネに瓜二つだ。
「ねえ、ルドルフ。貴方今、『僕と君を除いて』って言ったわよね」
「ああ、言ったね」
再びルドルフの髪が風に揺れた。
フィーネの髪は……やはり微動だにしない。
「貴方もしかして」
頭の中で一つの答えを弾き出す。
ゆっくりじっくり相手の顔を凝視して、その仮説を確信へと変えていく。
フィーネとお揃いの黄金色の瞳が、ぼさぼさと伸びた前髪の隙間から覗いた。
「死んでないの?」
「当然」
「はぁ!?」
思わず叫んだ。
死んでいると思った。
だってフィーネが死んだっていうから。幽霊になって目の前に現れたから。だから当然、その兄であるルドルフも無意識のうちに死んでいるんだと思っていた。
「騙したわね」
「騙してないよ」
「生きてるなんて」
「生きてるよ」
「……なんてことかしら」
悪びれる様子もなくにやりと口角を上げる男を見て、私の足元はぐらりと揺らいだ。
夢ならどれだけ良かっただろう。
今までの人生じゃ到底あり得なかった出来事の連続。私の脳内は既にパンク気味だった。
「エレナさん危ない!」
フィーネの柔らかな声が慌てたような声色に変わる。伸びた白く細い腕が、私の体をするりとすり抜けた。
「おおっと」
代わりにふらりとよろめいてしまった私の体を、ギリギリのところで支えたのはルドルフだった。
生身の人間の感触は、私に彼が生者である事実をこの上なくはっきりと伝えた。
「全く、仕方ないなぁ」
彼はそう言って、面倒臭そうに手を取って私の背を起こした。
隣からひょっこりフィーネが顔を覗き込む。
「大丈夫ですか、エレナさん」
「だい、じょう、ぶ」
メンタルを除けばの話だが。
「怪我が無くてよかったです」
「そう、そうね……ありが……とう」
「ははは、フィーネに感謝するんだね」
「……」
ルドルフは私がきちんと立ったのを確認すると、さっさと私の元を離れた。
「しかしまあ、その程度の出来事で腰を抜かすとはね」
「うるさいわね。驚いたんだから仕方ないでしょう?」
驚くだろう、いきなり死者が現れたら。
死者だと思っていた者が、生者だったら。
「僕はフィーネに再会出来て喜んだけど」
「それは貴方が異常なの」
重度のシスコンと一般人を一緒にされたらたまったもんじゃない。
「ふーん、そうかい。ま、別にいいけど」
ルドルフは興味なさげに呟いた。
「でもさ、大体それなら、部屋で倒れた君をベッドに運んだのは誰だと思ったんだい?」
「部屋で倒れた?」
そういえば。
私は目覚めた時のことを思い出した。
最初にフィーネの幽霊に会ったのは部屋の入り口。目覚めたのはベッドの上。
気を失った私は誰かに運ばれている。
「そうさ、君はこの部屋で倒れた。当然幽霊になったフィーネに君を運ぶことは出来ない。つまり運ぶためには、もう一人、生身の人間が必要になる」
確かに。
「この部屋には君と僕とフィーネしかいないんだ。消去法で僕が人間であることは明白さ」
さも当然分かるだろうと言わんばかりに、ルドルフは片眉を上げ溜息をついた。
「分かったかい」
「……分かったわ」
そう言って私は、ゆっくりとベッドに腰を降ろした。
「エレナさん、まだ具合が」
「……大丈夫。大丈夫よ」
そう返しつつも、体は少しずつベッドに倒れ込む。
「大丈夫、だから」
そう言った頃には完全に私の体はベッドの上へと横たわっていた。
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