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2.夢の中へ
しおりを挟む「……はっ、夢か」
どれだけ時間が経ったのだろう。
私はベッドの中で一人目を覚ました。
とても嫌な夢だった。
フィーネが死んで、幽霊になって化けて出てきて。そんな世にも奇妙な夢を見るなんて、日頃自分がいかに彼女をライバル視していたかがよく分かる。だからって夢まで見なくてもいいのに。
「んんーっ……」
大きく伸びをして体を起こす。
まだ外は明るいみたいだし、気分転換に庭でも散歩しようか。
「おはよう、エレナさん」
「ええ、おはようフィーネさ……っ○×ぁm△?!」
フィーネ・ユクラシアだった。
さらりとした金の髪をなびかせて、すらりとしたお人形のような見た目の彼女がそこに立っている。
「だ、大丈夫?」
そう言って彼女は心配そうに私の顔を覗いた。
大丈夫な訳がない。
「ちょ、ちょっと、あな、あなたっ……!」
どうしてここに。
上手く言葉が出て来ずプルプルと身を震わせている私に対し、フィーネはとても落ち着いた様子で言葉を告げた。
「落ち着いて、お水でも飲んで」
「そ…………そう……そうね」
促されるまま、私はベッドの傍に用意されていた水差しを手に取りコップに水を注いだ。ぐいっとそれを口に含む。
「本当は私が用意してあげたかったのだけれど、こんな体になっちゃったから物が掴めなくって」
そう言ってフィーネはとても真剣な様子でスカスカと透けた手を動かしていた。
水差しは微動だにせず、彼女の体をすり抜けた。
「ごふっ……っ……っ!」
私は水を噴き出した。
「大丈夫!?」
駄目だった。
目の前には慌てふためく幽霊少女。
これはもう、駄目かもしれない。
「ああ、私ったら、こんな時本当に何も出来なくて」
「…………」
彼女は泣きそうになっている。私も泣きたい。
「私、エレナさんの前なんだから、ちゃんとしっかりしないと……!」
そうだ私もしっかりしないと。
私は目を閉じた。よしこれで、余計な視覚情報は取り除いた。
あとはそう、とりあえず落ち着こう。
「……」
数秒が過ぎて、私の心の波もようやく落ち着きを取り戻す。
これはきっと現実じゃなくて夢。今はきっとさっきの夢の続きを見ているんだ。たぶん。
そうと決まれば。
「……私は寝ます。おやすみなさい、ごきげんよう」
無造作に布団を掴んだ私は、乱暴にそれを頭に被せ、全てをシャットアウトする様に瞳を閉じた。
「ふふふ、エレナさんはお疲れなのね。おやすみなさい、良い夢を」
聞こえない。私には何も聞こえない。
寝る、私は寝る。
「……」
「………」
「……………」
「ふんふーん~♪」
ぱたん。かさかさ。ガタガタ。ゴトゴト。どたん。
「いや、眠れるか!!!!」
ものの数分もしない内に、私は体を折り曲げ飛び起きた。
「おはよう、具合はどう? エレナさん」
「おはよう、具合はどう? ……じゃないの!」
「?」
フィーネはこてんと愛らしく首を傾げた。
残念ながら、今この場に愛らしさは必要ない。
「……はぁ」
私は溜息交じりにさっと部屋を見まわした。
ここはやはり夢の中のお花畑では無いようで、私の瞳に映った光景は、いつもの見慣れた自分の部屋だった。
「貴女ね」
仕方なく私は現実対応モードへ移行する。
現実に目の前にいる半透明の少女に向けて、厳しい口調で問い詰めた。
「これは何のつもり?」
キッと鋭く睨みつける。
「これはあれかしら。生前、私にされていた嫌がらせに対する復讐かしら? 化けて出て私を呪い殺してやろうって、そんな風に思ったわけ?」
脅し、嘲笑、贔屓。数え切れないほどの彼女に対する厳しい仕打ち。心当たりは沢山あった。
けれど、純粋無垢なそんな私の不安を嘲笑うかのように、その思惑を否定した。
「復讐? どうして?」
「どうしてって……」
私の投げた言葉に、本気で思い当たらないかのような素振りを見せるフィーネ。
この子、本当に何も考えていないのだろうか。
疑いの目を向ける私に対し、ただ一言、彼女は返した。
「私はその、エレナさんが気持ちよく眠れるように子守唄を歌っていたけれど……あっそうか、それが邪魔をしてしまったのね」
ハッとしたように両手で口を塞ぐ。
「うるさくしてごめんなさい」
確かにそれは、寝ようとした私の耳元にはっきりと届いたのだが、けれど。
「……」
ちっ。私は心の中で舌打ちをした。
私の睡眠を妨害したその歌声。
うるさかったのではない。歌声が、フィーネの奏でるその子守唄が天使が紡いだ歌声のように、あまりにも美しすぎて、つい寝るのも忘れて聴き入ってしまったのだ。
私じゃ到底真似出来ない。
「い、い、え。素敵な歌声を、あ、り、が、と、う」
私は心の中が軋む音を抑え、彼女に感謝の言葉を述べた。心なしか、彼女の顔色が明るくなったような気がした。
「ところで、それはそうと……」
「はい?」
私は問い詰める。
フィーネは続く私の疑問符混じりの言葉に、再び首を捻った。
「この部屋の惨状は何かしら?」
そう言われて、ようやくフィーネは、私を真似るようにゆっくりと部屋を見まわした。
確かにここは私の部屋。
けれど、それはまるで野良猫が荒らしたみたいに、あちこちがぐちゃぐちゃに荒らされていた。
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