ヒロイン不在の悪役令嬢はハッピーエンドを望んでいる〜幽霊になった天然ヒロインとシスコン兄がいるのは想定外です〜

椿谷あずる

文字の大きさ
上 下
2 / 29

2.夢の中へ

しおりを挟む

「……はっ、夢か」

 どれだけ時間が経ったのだろう。
 私はベッドの中で一人目を覚ました。
 とても嫌な夢だった。
 フィーネが死んで、幽霊になって化けて出てきて。そんな世にも奇妙な夢を見るなんて、日頃自分がいかに彼女をライバル視していたかがよく分かる。だからって夢まで見なくてもいいのに。

「んんーっ……」

 大きく伸びをして体を起こす。
 まだ外は明るいみたいだし、気分転換に庭でも散歩しようか。

「おはよう、エレナさん」
「ええ、おはようフィーネさ……っ○×ぁm△?!」

 フィーネ・ユクラシアだった。
 さらりとした金の髪をなびかせて、すらりとしたお人形のような見た目の彼女がそこに立っている。

「だ、大丈夫?」

 そう言って彼女は心配そうに私の顔を覗いた。
 大丈夫な訳がない。

「ちょ、ちょっと、あな、あなたっ……!」

 どうしてここに。
 上手く言葉が出て来ずプルプルと身を震わせている私に対し、フィーネはとても落ち着いた様子で言葉を告げた。

「落ち着いて、お水でも飲んで」
「そ…………そう……そうね」

 促されるまま、私はベッドの傍に用意されていた水差しを手に取りコップに水を注いだ。ぐいっとそれを口に含む。

「本当は私が用意してあげたかったのだけれど、こんな体になっちゃったから物が掴めなくって」

 そう言ってフィーネはとても真剣な様子でスカスカと透けた手を動かしていた。
 水差しは微動だにせず、彼女の体をすり抜けた。

「ごふっ……っ……っ!」

 私は水を噴き出した。

「大丈夫!?」

 駄目だった。
 目の前には慌てふためく幽霊少女。
 これはもう、駄目かもしれない。

「ああ、私ったら、こんな時本当に何も出来なくて」
「…………」

 彼女は泣きそうになっている。私も泣きたい。

「私、エレナさんの前なんだから、ちゃんとしっかりしないと……!」

 そうだ私もしっかりしないと。
 私は目を閉じた。よしこれで、余計な視覚情報は取り除いた。
 あとはそう、とりあえず落ち着こう。

「……」

 数秒が過ぎて、私の心の波もようやく落ち着きを取り戻す。
 これはきっと現実じゃなくて夢。今はきっとさっきの夢の続きを見ているんだ。たぶん。
 そうと決まれば。

「……私は寝ます。おやすみなさい、ごきげんよう」

 無造作に布団を掴んだ私は、乱暴にそれを頭に被せ、全てをシャットアウトする様に瞳を閉じた。

「ふふふ、エレナさんはお疲れなのね。おやすみなさい、良い夢を」

 聞こえない。私には何も聞こえない。
 寝る、私は寝る。

「……」
「………」
「……………」

「ふんふーん~♪」

 ぱたん。かさかさ。ガタガタ。ゴトゴト。どたん。

「いや、眠れるか!!!!」

 ものの数分もしない内に、私は体を折り曲げ飛び起きた。

「おはよう、具合はどう? エレナさん」
「おはよう、具合はどう? ……じゃないの!」
「?」

 フィーネはこてんと愛らしく首を傾げた。
 残念ながら、今この場に愛らしさは必要ない。

「……はぁ」

 私は溜息交じりにさっと部屋を見まわした。
 ここはやはり夢の中のお花畑では無いようで、私の瞳に映った光景は、いつもの見慣れた自分の部屋だった。

「貴女ね」

 仕方なく私は現実対応モードへ移行する。
 現実に目の前にいる半透明の少女に向けて、厳しい口調で問い詰めた。

「これは何のつもり?」

 キッと鋭く睨みつける。

「これはあれかしら。生前、私にされていた嫌がらせに対する復讐かしら? 化けて出て私を呪い殺してやろうって、そんな風に思ったわけ?」

 脅し、嘲笑、贔屓。数え切れないほどの彼女に対する厳しい仕打ち。心当たりは沢山あった。
 けれど、純粋無垢なそんな私の不安を嘲笑うかのように、その思惑を否定した。

「復讐? どうして?」
「どうしてって……」

 私の投げた言葉に、本気で思い当たらないかのような素振りを見せるフィーネ。
 この子、本当に何も考えていないのだろうか。
 疑いの目を向ける私に対し、ただ一言、彼女は返した。

「私はその、エレナさんが気持ちよく眠れるように子守唄を歌っていたけれど……あっそうか、それが邪魔をしてしまったのね」

 ハッとしたように両手で口を塞ぐ。

「うるさくしてごめんなさい」

 確かにそれは、寝ようとした私の耳元にはっきりと届いたのだが、けれど。

「……」

 ちっ。私は心の中で舌打ちをした。
 私の睡眠を妨害したその歌声。
 うるさかったのではない。歌声が、フィーネの奏でるその子守唄が天使が紡いだ歌声のように、あまりにも美しすぎて、つい寝るのも忘れて聴き入ってしまったのだ。
 私じゃ到底真似出来ない。

「い、い、え。素敵な歌声を、あ、り、が、と、う」

 私は心の中が軋む音を抑え、彼女に感謝の言葉を述べた。心なしか、彼女の顔色が明るくなったような気がした。

「ところで、それはそうと……」
「はい?」

 私は問い詰める。
 フィーネは続く私の疑問符混じりの言葉に、再び首を捻った。

「この部屋の惨状は何かしら?」

 そう言われて、ようやくフィーネは、私を真似るようにゆっくりと部屋を見まわした。

 確かにここは私の部屋。
 けれど、それはまるで野良猫が荒らしたみたいに、あちこちがぐちゃぐちゃに荒らされていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

処理中です...