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1.地獄の底からこんにちは
しおりを挟むフィーネが死んだ。
私のライバルだったあの子が死んだ。
これでもう、私の隣に並ぶ人間は何処にもいない。
それはとある昼下がり。
今日は天気がいいからと、薔薇の見える庭園でランチ後の紅茶を楽しんでいる時にその訃報は届いた。
「お嬢様」
そう言ったのはセバスチャン。
長年この家に仕えているベテランの執事である彼は、若い従者からの耳打ちを受け、主人である私の貴重な時間に水をさすように一歩前へと踊り出ていた。
本来ならば、彼に限って決してそのような不躾な事はしない。
ともすればきっとそこには大切な何かがあるのだろう。
「何かしら」
カップをゆっくりと下に置き、年老いた執事は言葉を返した。視線を彼の方へと向ける。
「ええ、それが」
彼は何時にも無く動揺した様子で言葉を濁した。腰を屈め、私の目線より低く姿勢を取った彼は、小さく私に耳打ちをする。
「ご学友のフィーネ様が亡くなられたと、先ほどご連絡がありました」
「え?」
言葉を飲み込むのに、少しだけが掛かった。
フィーネが死んだ。
凍った氷が溶けだすように、じんわりじんわりと言葉の意味が頭に届く。
そして、ようやくそれは私の心に到着した。
「……そう」
嬉しいとか悲しいとか私の脳内を最初に埋めたのはそんな感情では無かった。
無。
何も無い黒い空間のような物がすっぽりと私を飲み込んでいた。
「……そうなの」
私は少しぬるくなった紅茶を口に含んだ。
適温では無かったからだろうか、美味しさは半減していた。
「じゃあこれで、私が学園で一番美しい存在になるのね」
「……」
「頭脳だって一番」
「……」
「学園一素敵なレオン様も、ちゃんと私を見てくれる!」
「……」
返答はない。
涼やかな風が私の髪を掠めていく。
「こうしてはいられないわ!」
私は庭園を飛び出した。
あの子がいない、ライバル視していたあの子が。
もうこれで私は誰にも比較されない。私が一番。誰よりも一番。
足取りが軽い。
すれ違うメイドや執事や庭師が不思議そうな顔で私を見ている。
でもそんな事、もうどうだっていい。
「私は今日から生まれ変わるの!」
そう声を張り上げて部屋のドアを力強く開いた。
そこにはきっと、新しい未来が待って――
「ごきげんよう」
「!?」
待っていたのは未来じゃなかった。
「ごきげんよう」
優しく明るく朗らかな声。
陽だまりのような温かい空気。
「ごきげんよう」
心に刷り込まれたように耳に馴染んでいるその声は諦めること無く挨拶を繰り返す。
なんで、なんでなんでなんで、どうして貴女がここにいるの?
「ど、ど、どど……」
「ごきげんよう、エレナさん」
声の主は顔を上げる。
透き通ったような白い肌。
いや、これは例えじゃない。現実に透き通って、向こう側の壁を映している。
「あの、私ね」
ほっそりとした小鹿のような足。
違う。そもそも、足が無い。
「死んじゃったみたいなの」
そう言って、私の生涯のライバルになるはずだった少女、フィーネ・ユクラシアはにこりと微笑んだ。
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