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21.無茶苦茶な女が無茶苦茶なことを言うので引っ叩きたい
しおりを挟むトリュスを前にして、明らかに気分が高揚しているリリィ。ここまで嬉しそうなこの子も珍しい。
「……ねえ」
「……なんだ」
「本当に何をしたの?」
ハイテンションな彼女とは対照的にローテンションでの質問を投げかける私に、同じくトリュスはローテンションで言葉を返した。
「いや、別に。ちょっと転びそうになったところを助けただけだよ」
なんだただの人助けか。
思いの外拍子抜けな答えに、私は自然と安堵の表情が浮かんだ。
「なるほど、そうだっ……」
「いいえ、『ちょっと』なんて話じゃないわ!」
このタイミングよ。
納得しようとした私と彼との間に、すかさずリリィが介入する。この会話が車道なら、交通事故を起こしているところだろう。
「彼はね、自分の着ているお洋服すら犠牲にして私を助けてくれたのよ!」
彼女はそう言って、手のひらを合わせ可愛らしく微笑んだ。なるほどつまりはそういう話か。
「トリュス、それってもしかしてイチゴの」
「そうだよ」
「やっぱり」
やっぱり今朝の洋服ベタベタ事件の話だった。
しかし、まさかそのタイミングでリリィに出会っているとは思わなかった。
私がぼんやりと悠長な事を考えているその一方で、リリィの方は僅かな会話から素早く次の会話の糸口を見つけ出していた。
「あなた、トリュスさんっていうのね」
「そうだけど」
早速名前が特定された。
「先ほどまでのお洋服はどうされました? 私で良ければ今すぐ新しいものを手配いたしますわ」
アフターサービスもばっちりだ。
「え、いや別に」
「遠慮なさらないで。丁度、新たなお金の当ても出来ましたの!」
そう言ってリリィがちらっとアレンの方を一瞥した。
これはもう、完全にアレンからお金をぶんどる気でいらっしゃる。
でもどうするんだろう。彼の財産の七割は、既に私が貰っているっていうのに。と思ったら。
「お姉様?」
「は、はい」
今度は私の名前が呼ばれた。
「今回のお姉様の婚約破棄と私の結婚、それはほぼ同時に起こったもの、ですよね?」
「そうね」
リリィと結婚したいと告げられての婚約破棄だから、まあ間違えてはいないだろう。
「だとすれば、お姉様が婚約破棄で財産の七割を貰う時、それと同時に私との偽りの結婚の罰則として、彼は私に全財産を譲与する必要性も発生するはずです」
「つまり」
そう訊ねながらもなんとなく嫌な予感はした。
それは自信満々なリリィの表情が物語っている。
「つまりお姉様、彼から譲られた財産の七割、どうぞ私にお譲りください」
「……えっ?」
一瞬思考が止まった。
けれど、ものの数秒で彼女が言わんとしている事が手に取るように分かってしまった。
「お姉様だって分かるでしょう? 婚約破棄の手切金として口約束でかわした約束と、両家で固く結ばれている誓約のどちらが大事かなんて」
「それは」
そう、考えるまでもなかった。
私一人の人生なんかより、一族の繁栄の方がいいに決まってる。
「おいよく考えろ、相手の言ってること無茶苦茶だぞ」
キリキリと服を握りしめた私に、トリュスが小声で呟いた。でも私の頭の中は。
「そう……ね。でもリリィの言う通りだわ」
「おい!」
「あはは、良かった。私も鬼ではないから、既に使ってしまった分は請求なしってことでいいわよ」
そう言ってリリィの高笑いが響いた。
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