9 / 25
9.本物、偽物、その心はどっち?
しおりを挟む「こういうのはね、お嬢様自身の目利きに委ねればいいのです。さて、次に紹介するのは――……」
「その前に、ちょっといいかしら?」
「はい? どうしました?」
「さっきから少しあそこの美術品が気になって」
私は部屋に飾られていたひときわ目立つ大きな絵画を指さした。
「おお、それはなんともお目が高い!」
フロア一帯に響く声。
彼は手を叩いて溢れんばかりの笑顔で立ち上がった。
「これはですね、世界的に有名な巨匠ガルーレ・ガルーラが描いた幻の作品の一つでして、価格にして数億の……」
「偽物」
「えっ?」
「偽物でしょ? その名画そっくりの」
「???」
男は鳩のように目を丸くして固まった。
隣に座っているジェントルも、同じように目を丸くしている。
「いっ……いやいや、何を仰いますか。これは正真正銘のガルーレ・ガルーラの作品ですよ」
一瞬フリーズしたものの、我に返ったザミールはもっともらしく話を続けた。
「いくらなんでも偽物なんて」
「でも」
「ははあ、さてはお嬢さん、あまりこういうのにお詳しくないのでしょう」
私の言葉を遮るように、ザミールは意地になって身を乗り出した。肉厚な体がずいっと私の目の前に迫る。
「よろしければ私がレクチャーをいたしましょうか」
それはなんと見るに耐えない姿だろうか。
「……いいえ、結構よ」
その姿から視線をそらし、私は軽く俯いた。
「ですが」
それでもまだ会話を続けようとするザミール。
さすがの私も限界だった。
「いい?」
「あっ、おい」
立ち上がった私をトリュスが止めようと手を伸ばす。その手を横に追いやって、私はザミールを見下ろした。
丸い彼の瞳が私をぽかんと見上げる。
「それが本物なら、左隅にあるサインは光に照らすと、特殊なインクが反射して七色に輝くはずよ。これが本物かどうかの見分け方」
「ん? んんん??」
ザミールが首を捻る。
「まあ、勿論ご存じだとは思うけど」
「……まあ」
曖昧な返事。
そんな風に言われてしまっては、さすがに容易に反論しにくかったのだろう。
悩んだように席を立つと、早歩きで絵画に詰め寄った。顔を斜めに傾けながら、サインの光沢を確認する。
「これは」
結果は聞かずとも分かる。
「どうかしら、黒く鈍いだけでしょ? だから偽物」
「なん……っ、いえでもそんなはずは。大体そんな情報、聞いたことがなく」
ようやく彼のボロが出た。
何の真偽も分からないまま、狼狽する彼の声がフロアに微かに響いた。
「ザミール様!」
「ど、どうした」
加えてタイミングよくジェントルが奥の部屋から現れる。この騒ぎの合間に、何かを探しに行っていたようで手に本のような物を持っている。
「ほ、本当のようです!」
彼はそれをザミールに向けた。
彼が手にしていたのは超美術大辞典。
そのとあるページの片隅には、ハッキリとガルーレ・ガルーラ作品に隠された本物と偽物を見分けるサインの秘密が書かれていた。
「どうかしら?」
「そんなバカな……」
「私これでも少しだけ美術品に詳しいの。ついでに言っておくと、あそこの壺もあっちの絵画も全て偽物ね」
「やめろ、やめてくれ」
「だから私思ったの。これだけ贋作が揃っているなんて、なんて珍しい場所なんだろうって」
「あ、あああ……」
悲痛な叫び。
ザミールは顔面蒼白になったかと思うと、ゆっくりと膝から崩れ落ちていった。
「エイミーお前」
「何?」
「やり過ぎだろ、鬼かよ」
「だってなんだか腹が立っちゃって。自分は何でも分かってる口ぶりで、あなたのこと庶民なんて言っちゃって」
だから別に後悔はしていない。
それがたとえ鬼だと言われても、そんな鬼なら一向に構わない。
「変な奴。いいのかよ、粘ればいい用心棒紹介されたかもしれないだろ」
「全然いいわ。だって案内してくれるんでしょ、次のお店」
「ん。そりゃお前、するけど……」
「あら? どうかしたの」
トリュスがふと足を止めた。
「そういえばアレ」
「アレ?」
「アレだけ本物だよなって」
「えっ、あら本当」
彼が見つめる先。光も当たらない階段下。そこには小さな絵画が埃まみれになりながらひっそりと飾られていた。
パッと見、見栄えは良くない色使いの風景画。
でも、確かにあれは名の知れた画家の作品だ。
「よく分かったわね」
「ん、ああ……少しだけ、本物に触れる機会があったから」
「へえ、意外」
私が偽物を見極められたのは、普段から実家で本物に触れる機会があったから。これでも一応、公爵家の娘だ。
じゃあ、彼の場合は一体何なんだろう。
「本当はお金持ちだったり?」
「……えっ何、俺が?」
くるりと彼に向けて体をひねると、戯けるように彼は笑った。
「お前も見ただろ。花屋だよ」
「それは、そうだけど」
彼の言う通り、彼は紛れもなくあのフラワーショップの人間だ。
でも何か引っかかる。
「あーもう! いいからほら、三軒目。用心棒を見つけるんだろ?」
「ええ、そう……そうよね!」
難しく考えるべきことではない。
彼が言うならそうなのだ。
私は気を取り直して、次の目的地へと出発した。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
浮気を繰り返す彼氏とそれに疲れた私
柊 うたさ
恋愛
付き合って8年、繰り返される浮気と枯れ果てた気持ち。浮気を許すその先に幸せってあるのだろうか。
*ある意味ハッピーエンド…?
*小説家になろうの方でも掲載しています
【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~
北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!**
「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」
侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。
「あなたの侍女になります」
「本気か?」
匿ってもらうだけの女になりたくない。
レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。
一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。
レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。
※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません)
※設定はゆるふわ。
※3万文字で終わります
※全話投稿済です
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜
ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。
護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。
がんばれ。
…テンプレ聖女モノです。
断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!
ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。
気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる