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9.本物、偽物、その心はどっち?

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「こういうのはね、お嬢様自身の目利きに委ねればいいのです。さて、次に紹介するのは――……」
「その前に、ちょっといいかしら?」
「はい? どうしました?」
「さっきから少しあそこの美術品が気になって」

 私は部屋に飾られていたひときわ目立つ大きな絵画を指さした。

「おお、それはなんともお目が高い!」

 フロア一帯に響く声。
 彼は手を叩いて溢れんばかりの笑顔で立ち上がった。

「これはですね、世界的に有名な巨匠ガルーレ・ガルーラが描いた幻の作品の一つでして、価格にして数億の……」
「偽物」
「えっ?」
「偽物でしょ? その名画そっくりの」
「???」

 男は鳩のように目を丸くして固まった。
 隣に座っているジェントルも、同じように目を丸くしている。

「いっ……いやいや、何を仰いますか。これは正真正銘のガルーレ・ガルーラの作品ですよ」

 一瞬フリーズしたものの、我に返ったザミールはもっともらしく話を続けた。

「いくらなんでも偽物なんて」
「でも」
「ははあ、さてはお嬢さん、あまりこういうのにお詳しくないのでしょう」

 私の言葉を遮るように、ザミールは意地になって身を乗り出した。肉厚な体がずいっと私の目の前に迫る。

「よろしければ私がレクチャーをいたしましょうか」

 それはなんと見るに耐えない姿だろうか。

「……いいえ、結構よ」

 その姿から視線をそらし、私は軽く俯いた。

「ですが」

 それでもまだ会話を続けようとするザミール。
 さすがの私も限界だった。

「いい?」
「あっ、おい」

 立ち上がった私をトリュスが止めようと手を伸ばす。その手を横に追いやって、私はザミールを見下ろした。
 丸い彼の瞳が私をぽかんと見上げる。

「それが本物なら、左隅にあるサインは光に照らすと、特殊なインクが反射して七色に輝くはずよ。これが本物かどうかの見分け方」
「ん? んんん??」

 ザミールが首を捻る。

「まあ、勿論ご存じだとは思うけど」
「……まあ」

 曖昧な返事。
 そんな風に言われてしまっては、さすがに容易に反論しにくかったのだろう。
 悩んだように席を立つと、早歩きで絵画に詰め寄った。顔を斜めに傾けながら、サインの光沢を確認する。

「これは」

 結果は聞かずとも分かる。

「どうかしら、黒く鈍いだけでしょ? だから偽物」
「なん……っ、いえでもそんなはずは。大体そんな情報、聞いたことがなく」

 ようやく彼のボロが出た。
 何の真偽も分からないまま、狼狽する彼の声がフロアに微かに響いた。

「ザミール様!」
「ど、どうした」

 加えてタイミングよくジェントルが奥の部屋から現れる。この騒ぎの合間に、何かを探しに行っていたようで手に本のような物を持っている。

「ほ、本当のようです!」

 彼はそれをザミールに向けた。
 彼が手にしていたのは超美術大辞典。
 そのとあるページの片隅には、ハッキリとガルーレ・ガルーラ作品に隠された本物と偽物を見分けるサインの秘密が書かれていた。

「どうかしら?」
「そんなバカな……」
「私これでも少しだけ美術品に詳しいの。ついでに言っておくと、あそこの壺もあっちの絵画も全て偽物ね」
「やめろ、やめてくれ」
「だから私思ったの。これだけ贋作が揃っているなんて、なんて珍しい場所なんだろうって」
「あ、あああ……」

 悲痛な叫び。
 ザミールは顔面蒼白になったかと思うと、ゆっくりと膝から崩れ落ちていった。
 

「エイミーお前」
「何?」
「やり過ぎだろ、鬼かよ」
「だってなんだか腹が立っちゃって。自分は何でも分かってる口ぶりで、あなたのこと庶民なんて言っちゃって」

 だから別に後悔はしていない。
 それがたとえ鬼だと言われても、そんな鬼なら一向に構わない。

「変な奴。いいのかよ、粘ればいい用心棒紹介されたかもしれないだろ」
「全然いいわ。だって案内してくれるんでしょ、次のお店」
「ん。そりゃお前、するけど……」
「あら? どうかしたの」

 トリュスがふと足を止めた。

「そういえばアレ」
「アレ?」
「アレだけ本物だよなって」
「えっ、あら本当」

 彼が見つめる先。光も当たらない階段下。そこには小さな絵画が埃まみれになりながらひっそりと飾られていた。
 パッと見、見栄えは良くない色使いの風景画。
 でも、確かにあれは名の知れた画家の作品だ。

「よく分かったわね」
「ん、ああ……少しだけ、本物に触れる機会があったから」
「へえ、意外」

 私が偽物を見極められたのは、普段から実家で本物に触れる機会があったから。これでも一応、公爵家の娘だ。
 じゃあ、彼の場合は一体何なんだろう。

「本当はお金持ちだったり?」
「……えっ何、俺が?」

 くるりと彼に向けて体をひねると、戯けるように彼は笑った。

「お前も見ただろ。花屋だよ」
「それは、そうだけど」

 彼の言う通り、彼は紛れもなくあのフラワーショップの人間だ。
 でも何か引っかかる。

「あーもう! いいからほら、三軒目。用心棒を見つけるんだろ?」
「ええ、そう……そうよね!」

 難しく考えるべきことではない。
 彼が言うならそうなのだ。

 私は気を取り直して、次の目的地へと出発した。
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