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7.自分の像が建ってるとこなんて、趣味が悪いって相場は決まってる

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「というわけで、二件目はここ」
「一件目と随分雰囲気が違うのね」

 見上げると、それはレンガ造りの大きなお屋敷だった。
 庭にはちょっとこじゃれた噴水、店の入り口にはピカピカに磨かれた男性の像が建っている。ここオーナーだろうか。

「さっきはそんなにお金を持ってると思わなかったからな。今度は所持金も把握出来たし、それに見合ったところをチョイスしてみた」
「なるほどね」

 彼なりに一応考えてくれたようだ。

「……ま、俺はあんまりここ好きじゃないけど」

 そう言って、微妙な表情で像を見つめる。
 それにつられて、私もその男性の像を一緒に見上げた。
 にこやかな笑顔を貼り付けたその像が、今にも語り出しそうに手を大きく広げている。

「だって自分の像を建てるなんて、ろくな趣味じゃないだろ」

 こつんと指先で小突くその姿に、私は少し笑ってしまった。

「確かに」
「でも外見に金をかけてる分、店の質もいいはずだ」
「ええ、きっとそうね」

 私達の意見が一致したところで、トリュスは店の扉を開けた。

「いらっしゃいませ」

 引き締まった男性の声。
 その姿を私はトリュスの後ろから覗いた。

「本日はどのようなご用件で?」

 声を掛けて来たのは、身なりの整った紳士風の男だった。
 最初の店とは違い、やはり人の質もしっかりしていそうだ。

「用心棒を探しているの」

 私はトリュスから一歩前に出て、彼に答えた。

「用心棒ですね。失礼ですが、ご予算はおいくらで?」
「予算……」
「あ、おい」

 トリュスが慌てて呼び止める。

 分かってる。実物は出すなってことよね。

 私は彼に目配せをして、理解していることを伝えた。彼は黙って頷いた。

「上限はないわ。とりあえず良い方を紹介してください」
「……畏まりました。では、ただいまリストアップいたします。こちらにかけてお待ちください」
「分かりました」

 少し奥の小さなスペースを案内された私達は促されるまま、ソファーに腰を下ろした。
 金ピカに染色された、個人的にはあまり座りたくないソファー。しかし、やはりお金はかけてあるのか、ふかふかとしたそれは、見た目通り座りは心地抜群だった。

「ほんと凄い場所……」

 見渡すと、部屋の周りにはこれ見よがしに、厳重にケースに覆われた絵画や壺や彫刻が並んでいた。
 このソファーもさることながら、この店一帯が、ありとあらゆる高額そうな物で埋め尽くされている。
 
「珍しいか?」
「ええ、とても」

 実家でも、素晴らしい美術品に触れる機会は多々あった。
 けれどこの屋敷にあるものは、どれを見ても全て初見のものなのだ。世界の広さを痛感させられる。

「気になってソワソワするわね」
「あー……こういう場所が好みじゃなきゃ、別の店に変えるけど? もっと普通の店にさ」

 そう言っている彼こそが、恐らく好みじゃないのだろう。
 どことなく表情から嫌悪の感情が読み取れる。

「いいえ、それは大丈夫」
「無理するなよ」
「ええ」

 私が彼に頷くと、ちょうどそのタイミングで先ほどの紳士風の男がこちらの方へと戻ってきた。

「お待たせいたしました」

 ジェントルマンが深く頭を下げる。

「もう一人、同席してもよろしいでしょうか?」
「もう一人?」

 彼の隣を見ると、そこには上質な上着を身にまとった恰幅の良い男性が立っていた。
 あれ、確かこの人、さっき入り口で見たような。

「ええ、どうぞ」
「やーやーすみませんねぇ」

 私が断りを出すのとほぼ同時くらいに、男はドカッと腰を下ろした。

「ご挨拶が遅れました。私、この店のオーナーをしております、ザミールと申します。隣のは、私の部下のジェントル」
「よ、宜しくお願いします」

 そうか、彼は銅像の男。
 言われてみれば、その体形も、笑顔もあの像のまんまである。

「早速ですがお嬢さん、本日は用心棒をお探しとのことで」

 両手を前で組んで、オーナーは早速本題へと入った。
 どうやら、ありがたいことに彼が直々に紹介してくれるらしい。

「ええ、そうです」
「金額については不問ということでしたが、よろしいですかな?」
「そうですね」
「そうですか、そうですか……」

 ジェントル氏に伝えたことを再確認するように、彼はうんうんと頷いた。

「それで」

 オーナーの動きがピタリと止まる。
 視線はトリュスに向けられていた。

「隣の彼……トリュス殿は確か花屋のところの方、でしたよね?」
「ええ、まあ」
「失礼ですが、ご契約されるのはお嬢さんお一人でいらっしゃる?」

 何故わざわざそんな質問をする必要が。

 理由も分かっていないまま、私はとりあえず首を縦に振った。

「そうなります」
「ああよかった!」
「よかった?」
「ああ、いえ、契約者がどのような方になるかでご紹介出来る相性もあるかと思いまして」
「はあ」

 そういうものなのだろうか。

「ええっと、はい、ではお嬢さんのような女性にぴったりの方ですと……」

 無理やり話を切りあげるように彼はパンと手を叩く。

「ううーむ」

 それから顎に手を当てて、悩んだような仕草を見せた。
 そしてジェントルに話しかけ、冊子を一冊手に取った。

「この方などいかがでしょう?」

 ぱらぱらと音を立て、真新しい一ページが私達の眼前に開かれた。

「……」
「……」

 そこには露骨にムキムキの男性が描かれていた。
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