上 下
1 / 1

その名は怪盗レインジャック

しおりを挟む

 この計画は完璧なはずだった。
 休日はほぼ計画の為に費やし、平日も仕事が終わった後は真っ直ぐ家に帰りこの計画の為に時間を使った。

「どういうことだよ。よりにもよって怪盗の証であるカードを家に忘れてくるなんて」

 致命的なミスだった。
 カードが無い。
 盗んだお宝の代わりに置くあの【お宝いただきました】的なカードが。

「いや、でもそれは中島さんが『俺に全部任せとけ』って言ってたから」
「それは作戦を遂行する上での話! 誰が何を持ってくるかはもっと事前に話し合ってただろ。つーか中島じゃなくて、俺は怪盗レインジャックだから」
「いい歳してそういう事言うのやめましょうよ。大体僕達、怪盗じゃなくて泥棒だと思うんですよ」
「馬鹿野郎、その為のカードだろ。あれがあれば泥棒だって怪盗になるんだよ」
「そういうものかなぁ」

 気の弱そうな男は小さく首を傾げた。
 時計は十時五十七分を示している。

「ああどうすんだよ、あと三分しかないぞ。あと三分したら警報装置が鳴っちまう」
「その前に立ち去ればいいじゃないですか。お宝は手に入ったし」
「だーかーらー、カードがないんだっつの」
「でも捕まっちゃいますよ?」
「泥棒になるくらいなら捕まる方がマシだ」
「中島さん……」
「怪盗レインジャック!」

 イライラと頭をかく中島の姿に男は言葉を詰まらせた。
 中島は本気だ。このまま逃げようなんて微塵も思っていない。あと三分、あと三分で彼の怪盗人生は終わってしまう。

「ふう」
 小さなため息をつき、男は顔をあげた。
 「じゃあ僕だけでも逃げますね」そう言って立ち去ってもよかった。しかし自分の失態(納得はしてないが)で中島が捕まるというのも後味の悪い話だった。

「わかりました。なんとかしましょう」

 男はぐるりと室内を見渡した。
 貴重品が飾られた博物館の一室。今回目的だったお宝以外にも色々なものが展示されている。

「カード、作りましょう。今ここで」

 男は言った。

===

「紙はどうするんだ」

 作るのはカード。その本体ともいえる媒体は必須だった。

「白い厚紙なんてどこにもないぞ」

 ここは展示室。白い厚紙など無造作に置いてあるはずもない。
 中島は小さな絵画を手に取った。

「これを切り取ってその裏に……いや、カッターが無い!」
「じゃあこっちを使いましょう」

 示されたのは展示物案内のプレートだった。名刺サイズのそれにはシンプルに展示品名が記されている。

「紙じゃなくても別にいいでしょう。四角ければ」
「た、確かにそれはそうだが、でもそんなものネジで固定されて外れない!」
「盗んだお宝のプレートを使いましょう。何もお宝が本来あった場所にカード形式で置かなくてもいいはずです。お宝の展示プレートがすり替わってカードになる。それもありです」
「それもありか」
「でも問題はこのプレートに書かれた文字をどうやって消すかです」

 【人魚の泣き音】と金色で書かれた文字はひっそりと存在感を示していた。

「絵具で塗りつぶすとか」
「ありませんよ、こんなところに絵具なんて」
「あったぞ」
「あったんですか」
「展示品だけど」

 【150年前の画材道具】。古ぼけた木の箱に入れられて筆やパレットがみっしりと並んでいた。その中には絵具のようなものも見える。

「使えるかな」
「やってみましょう」

 水が無いので薄めずそのまま使った。ネチョリとした感触は中身が劣化しているからなのか原液だからなのか分からない。絵具がカピカピになっていなかっただけマシか。

「貴重な展示品を使うなんてなんだか気が引けるな」
「怪盗名乗ってる人が何言ってるんですか今更。出来ましたよ」

 時計の針は残り一分半を切っていた。

「後は文字を書いてと」

【お宝いただきました 怪盗レインジャック】

 文字はこれまた展示品にあった年代物のペンを使った。
 黒いインクが白地ににじむ。

「もうちょっと綺麗に字を書けないか?」
「何言ってるんですか、時間がないんですよ。後はマークですね。雨粒の形を描い……」

 男がペンで怪盗レインジャックのシンボルを描き加えようとした時だった。

「待った」
「なんですか」

 中島は男の腕をがしりと掴んでいた。

「時間がないんですよ」
「分かってる。でもシンボルは、あの綺麗な流線で描かれた雨粒は、俺達の手描きでは表現出来ない」
「分からないじゃないですか」
「いや、分かる」
「面倒臭いなあ」

 あと少しだというのに。
 変なところでこだわりを見せる中島に、男は内心呆れていた。

「じゃあこれで完成って事で」
「駄目だ。それじゃ怪盗が現場に残すアレにはならない。くそっやっぱり俺達の怪盗業も今日で終わりか」

 秒針が刻々と刻んでいる。あと20秒……あと10秒……。

===

ジリリリリリリリ
ウーッウーッウーッ

 けたたましいベルとサイレンの音が鳴り響く。

「どうした!?」

 部屋に警察服をまとった者たちが次々になだれ込む。

「大変です! 室内に何者かが侵入した模様です!!」
「なんだと、展示品の方は無事か!?」
「あ、あれ……!」

【お宝いただきました 怪盗レインジャック】

「【人魚の泣き音】が盗まれただと!?」
「ええ、でも見て下さい!」

 警察官の一人が指し示す先には、怪盗レインジャックの文字。その隣には黒く染められた涙型の物体。

「これ黒くなってますが【人魚の泣き音】じゃないですか!?」
「何い?」

 男がまじまじとその物体を確認する。黒くなった涙型のそれには金色でささやかにチェーンが繋がれている。ネックレスになったそれは間違いなく時価数千億のジュエリー【人魚の泣き音】だった。

「ということはなんだ? 悪戯か? レインジャックを名乗る偽物か?」
「いえ、それは本物でしょう! その流線上の雨粒のシルエット、間違いありません!」
「……雨粒のシルエット? そんなものどこにある?」
「はい、今警部の目の前にある黒い【人魚の泣き音】こそがそれかと!」

 怪盗レインジャックの雨粒型のシンボル、それはまるで【人魚の泣き音】と同じ形をしていた。黒く染めれば間違いなくそれになる。

「なぜわざわざそんなことを???」
「奴のこだわりでしょう!」

 異様にハキハキと受け答えをする部下に警部は頭を抱えた。そしてすぐさま頭を振り声を張り上げた。

「なんかよく分からんが、まだ奴らはこの辺に潜伏しているかもしれん。中島、部下をフル動員し、今すぐ周辺をくまなく捜索しろ!」
「了解しました!」

 その声が響く中、端の方にいた一人の男はそっと手に付いた黒いインクを拭った。次はきちんと事前に持ち物確認しようと心に決めながら。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

料理男子、恋をする

遠野まさみ
キャラ文芸
料理をするがゆえに、恋人たちに疎まれてきた佳亮。 ある日、佳亮が出会ったのは、美人で男前で食に頓着しない薫子だった。 薫子は料理を通じて佳亮の大切な人になっていく・・・。 今日の晩御飯の献立に困ったらどうぞご活用ください!(笑)

護堂先生の芋掘り怪奇譚

栗槙ひので
キャラ文芸
勤務先の中学校の行事で、西園寺先生とさつまいもを掘らせてくれる畑の下見に出かけた夏也は、迷い込んだ山で思いがけないモノに遭遇する。 ※「護堂先生と神様のごはん」本編を未読でもお楽しみいただけます。 ※ほんのりホラー成分を含みますが、基本的には、本編同様ほんわかコメディ風味です。

【完結】古都奈良 妖よろず相談所

衿乃 光希
キャラ文芸
太陽のように明るい夏樹16歳。 人と距離を置く冬樺18歳。 口が悪くてケンカっ早い、でもかわいいカマイタチのカマ吉。 所長、啓一郎の指示のもと、妖の困り事を解決するため、古都奈良を駆けまわる。 X(旧Twitter)にてキャラ投票をしていました。 結果は4項目全部に票が入ったあと、夏樹とカマ吉が同列1位で終了しました。 投票してくださいました方々、ありがとうございました。

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

天満堂へようこそ 5

浅井 ことは
キャラ文芸
♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚ 寂れた商店街から発展を遂げ、今やTVでCMも流れるほどに有名になった天満堂薬店。 その薬は人間のお客様は、天満堂薬店まで。 人外の方はご予約の日に、本社横「BAR TENMAN」までお越しください。 どんなお薬でもお作りします。 ※材料高価買取 ※口外禁止 ※現金のみ取り扱い(日本円のみ可) ※その他診察も致します ♪¨̮⑅*⋆。˚✩.*・゚

ま性戦隊シマパンダー

九情承太郎
キャラ文芸
 魔性のオーパーツ「中二病プリンター」により、ノベルワナビー(小説家志望)の作品から次々に現れるアホ…個性的な敵キャラたちが、現実世界(特に関東地方)に被害を与えていた。  警察や軍隊で相手にしきれないアホ…個性的な敵キャラに対処するために、多くの民間戦隊が立ち上がった!  そんな戦隊の一つ、極秘戦隊スクリーマーズの一員ブルースクリーマー・入谷恐子は、迂闊な行動が重なり、シマパンの力で戦う戦士「シマパンダー」と勘違いされて悪目立ちしてしまう(笑)  誤解が解ける日は、果たして来るのであろうか?  たぶん、ない! ま性(まぬけな性分)の戦士シマパンダーによるスーパー戦隊コメディの決定版。笑い死にを恐れぬならば、読むがいい!! 他の小説サイトでも公開しています。 表紙は、画像生成AIで出力したイラストです。

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

処理中です...