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104.『面白れー女』とかいう謎フレーズについて延々と説明を受ける人間の気持ちも知って欲しい
しおりを挟む相手の弱い所に少しずつ侵蝕していく。
優しく優しく微笑みながら甘い誘惑を口にして。
「あなたは見てるだけでいいの。そうすれば、彼女は戻ってくる」
――彼の『ルセリナに対する好意』を増幅させてしまえばこちらのもの。
これがマリアの常套手段だった。
今までもこうして沢山の人間の感情を掌握していた。
それはこの男、レイズであっても同じこと。
「俺は」
「手放したくないでしょう?」
「それは」
レイズが言いよどむ。
恐らく心が揺れている。
そう感じたマリアは妖艶な笑みをにじませながら彼に言葉を投げかけた。
「そうね、どうせなら私が魔法で彼女をあなたの望む通りにしてあげてもいいわ」
「……」
遂に男の会話が止まった。
――落ちた。
マリアはゆっくりと顔を上げた。
所詮はこんなものだ。希望を少しでも口にすれば感情が揺さぶられずにはいられない。
哀れにも言葉の魔力に飲まれた男の顔を見てやろうと、その目をはっきりと見開いた。
これでもう、私を邪魔する人間はいない。
彼女の思惑は見事に的中するはずだった、のだけれど。
「必要ないな」
伸ばしたその手がいつの間にか抑えられていた。
甘い誘惑に誘われるはずだった男の姿がどこにも見当たらない。
男の声も行動も嘘みたいにしっかりとしている。
おかしい。
まるで自分の方が夢を見ていたかのように、目の前の現実は彼女の思い描いていたものとかけ離れていた。
「あいつがいなくなったところで別のメイドを探せばいいだけの話だ」
「どうして」
どうして魔法が通じない? 間違いなくこの男は私の言葉に耳を傾けていたはずなのに。
「お前の口先だけの話術に俺がひっかかるわけないだろ」
「そんな」
「生憎、口先だけで生きているようなヤツが身近に一人いるんでね」
皮肉を込めたように男は笑った。
「そんなはずないわ」
対するマリアも負けじと言葉を返す。
「あなたは彼女に結婚して欲しくない、それが本心のはず」
「なんでそうなるかな」
「だって好きでしょう?」
「ないない」
「嘘だわ」
「嘘じゃない」
「見てれば分かるもの。あなたは彼女が好き。だからあなたは私の魔法を解けないわ」
「解けるね、賭けてもいい」
果たして本当の愚者はどちらなのか。
硬直する二人。
ふとレイズは舞台中央へと視線を向けた。目下ルセリナが奮闘中の様子。
一瞬だけ彼女と目が合った。
今にも泣きそうな表情なのに、まだ何か不満がありそうで一生懸命踏みとどまっている。
「ははっ」
レイズは声を出して笑った。
どうしてそこまで面白かったのか、自分にもよく分からない。
この間、馬車で移動する合間の雑談にルセリナが『面白れー女』と称される人物について語っていた。
あの時は言ってることが意味不明で、こいつ本当に使えない奴だなと思っていたけれど、今なら分かる。たぶんこれがそうなのだろう。
今まではの自分は、自分にとって都合のいいような相手としか関わろうとしなかった。
だから自分の思い通りにいかない相手には腹が立ったし、従わせようとしてきた。
でも、これからは多分違う。
「そもそも」
自然と口元が緩む。
言うべき事は決まっていた。
「あいつが誰と結婚しようが俺には関係ない話だろ」
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