うちの悪役令息が追放されたので、今日から共闘して一発逆転狙うことにしました

椿谷あずる

文字の大きさ
上 下
90 / 154

90.本日のうたた寝~隣に黒幕を添えて~

しおりを挟む
 裏の井戸へとかめを手にやって来て、ぐるるる……と弱り気味に喉を鳴らし、耳を寝かせた挙げ句に溜息を吐いた。背を丸め冷たい水を汲み取り、柄杓で一杯飲み干す。

「冷えてきたな」

 肌に感じる温度や空気の乾き、森に生きる生き物の鳴き声からして、もうすっかり夜であると知った。瓶を水で満たし庵へと戻ると、篤実は十兵衛の姿を認めて彼を呼んだ。

「十兵衛」
「飯は、口に合いましたか、若君」
「ちと、塩が強かった」
「この辺の味噌は、都に比べるとそうかもしれねえ。次は薄く……」
「いや、そんなことはしなくてよい、十兵衛」

 篤実は碗を手に立ち上がった。つられて十兵衛が顔を上げると微かに笑むような吐息が聞こえた。

「これが其方の味なのだな。此の儘で良い。して……何処に下げれば良い」
「いや、若! 儂が片付けます、どうかごゆるりと」

 十兵衛は水瓶を足元に置き、篤実の気配のする方へ手探りで進む。その手を篤実が取り、空になった碗を握らせた。

「では、余は先に休む。十兵衛、寒いのは余は好まぬ故」
「はい、湯湯婆ゆたんぽを……」
「いや」

 するり……と十兵衛の着物の上から、冷えた薄い掌が撫でた。そうして、肘の辺りが摘ままれる。

「余に添い寝せよ、十兵衛。その方が良い」

 篤実の言葉に十兵衛は無い目を瞠った。

「…じゃが、若君、儂は…」
「余の命が聞けぬか?」

 十兵衛の脳裏には、五年前に見た若者が首を傾げながら自分を睨め付ける様がありありと再生できた。息を詰め、眉間に皺を寄せた後渋々頷く。

「――御意、若君」

 篤実の手が十兵衛の着物の袖を再びキュッと握った後、手の甲を名残惜しげに撫でて離れていく。

 とさりと横に鳴る音を聞いて、十兵衛は掻き込むように夕餉を済ませた。
 湯を沸かし、熱い茶を飲んだ後に布団に近付くと、篤実は大人しくしていたがその僅かな気配の違いから狸寝入りをしているのがばればれであった。なにせ十兵衛は盲になった分気配に敏いのだ。

「……失礼します」

 布団をめくり、潜る。五年振りにして、初めてしとねを共にする若君の背は、こうして並ぶと以前よりも伸びている。それでも頭が十兵衛の胸元に収まり、つま先はすねの辺りまでしかない。

「十兵衛」
「はい」

 囁く声に十兵衛は擽ったさをおぼえて、狼の立ち耳をぴるるるっと震わせる。

「余を抱きしめよ」

 ぶわぁっと毛皮が逆立った。

「さ…すがに、そんな無礼はできねぇ、若君」
「……よい。余とそなたしかおらぬ」

 布団の中で十兵衛よりも細い身体が擦り寄せられる。己と違い毛皮の無いつるりとした肌。濃縮されたひとのにおい。

 あの戦場で庇い、抱き締めた若君のにおい。ずっと嗅いでいたい、生き物の本能に絡み付くにおいがする。

「余は――におう、か? 十兵衛」

 その台詞に、この人は己の心を見抜く目を持っているのだと、十兵衛はかえって恥ずかしくなった。

「あ、明日、湯を沸かしましょう。それか風呂を借りに」
「……そうか」

 獣の匂いをまとわりつかせた若君が腕の中に身を落ち着けて、十兵衛は尚のこと眉間の皺を深くした。あまりにもその匂いが濃くて、近い。横を向いた十兵衛は後ろ向きであるらしい若君の身体に腕を回し、意識を静かに眠らせていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

婚約者の番

毛蟹葵葉
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

処理中です...