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73.手のひらを返すどころの話ではない
しおりを挟む「だって私はこの国を追放されなきゃいけませんから」
「そういえばそんな話あったねぇ」
「あったでしょう」
特段気まずい空気になったわけでも無い。
ベルさんはしみじみと私の言葉を吟味するように間を置いた。
「追放って事はやっぱりアイツか」
ベルさんの視線が隣に向けられる。
レイズ様とマリアさんはちょうど隣で踊っていた。
「それが目的ですから」
レイズ様と国外追放。それが与えられた任務である。
「レイズはいいなー」
よくないだろ。追放だぞ、追放。有給休暇を与えられたのとは訳が違うのに。
「そうでもないでしょう」
「そうでもあるよ」
軽い口調。本心は分からない。
彼は薄ら笑みを浮かべて手慣れたように私のダンスのサポートを続けた。
「俺はさ、本当に嫉妬してー……」
「ベルさん?」
「……」
どうしたんだろう、急に言葉が止まった。
合わせるように、流れるようにサポートしていたはずの手もゆっくりと動きが鈍くなる。そして。
「あっ、ちょっと、どうし、えっ」
なんかこっちに倒れこんできてるんですけど!?
ベルさんの細身の体は支えを失ったかのようにぐらりと私の方に傾いていた。
このままでは押しつぶされる!
出来る限りの力で押し戻す。
今ここで崩れてみろ。緩いダンス審査とはいえ失格まっしぐらだ。
「いや、でももう無理っ~~」
自分の力が尽き諦めようとしたその時、なんとも絶妙なタイミングでダンスの曲が終わりをむかえた。
何故かそれに合わせるように、カクンとベルさんの力も緩まる。
「た、助かった」
多少うつむいてはいるものの、さっきのような倒れ込む姿勢ではなく、自分の力で体を支えている事が分かる。
「ぐ、具合が悪いなら休憩しましょう!」
一度休憩した方がいい。
ベルさんの手を引いて隅の方へと誘導しようとした。
その時だった。
「待って」
「え?」
膝を曲げ、明らかにうつむいた様子だったベルさんが、急に体を起こしたのだ。
意識が戻った?
「大丈夫なんですか」
「うん、ごめんもう大じょ……っ」
「ベルさん?」
いや、どう見ても駄目だろう。
酷く苦しそうに頭を抱えている。
「やっぱり休憩しましょう。って、あれちょっとどこ行くんですか!」
おぼつかない足取り。
ふらっとした動きのまま向かう先は。
「お嬢さん、よかったら次は俺と踊りませんか?」
「な、え」
はあああああっ?
全く見知らぬ女性の前だった。
全く見知らぬ女性を前に、ベルさんはダンスのお誘いを始めたのだ。
どうしてこうなった。
「ベル……さん?」
いやいやいや、ちょっと待った。少し前まで具合が悪そうにしていた彼が、どうして別の女性をダンスに誘っている?
それで私は? 私というパートナーはどうなっちゃうの??
最初に言ってたよね。このダンス審査では、なるべくベルさんの元を離れない方がいいって。え、何、ドッキリかしらこれ。
「待っ、ベルさん何をやっ、うぎゃっ」
「ああ、ごめんよ」
体の大きな紳士にぶつかった。カバみたいな体格の男は、私の体をピンボールみたいに弾く。
「痛てて」
おかげで不格好にも私は前のめりに倒れ込んでしまった。
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