王子様を放送します

竹 美津

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本編

クピド、暴走

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時間は少し戻って。
歌の競演会が、賑々しく開催され、出場者達が一心に競っている頃。

放送に携わる者たちが駆けずり回るのに合わせ、テレビ、ラジオの採用2次試験ことプロのお仕事見学会は、順調に色々な場所で行われていた。

班分けされて、順繰りに。
ある者達は、まずラジオと共同の、歌の競演会を放送するテレビ映像の音だけだと分からない様子の解説をする、チャーリアナウンサーの放送ブースにお邪魔して。
真剣にお仕事の様子を、見学する。
防音で片側通行に守られてはいるが、緊張して咳一つさせないように気にし、耳を澄ませて。
チャーリアナウンサーの的確な説明は、沢山の事前資料に書き込みありき。けれど、それを準備しておいて目の前にあるけれど、本放送時には頭に入っていて見ない。プロの準備。突発的な事への落ち着いた対応。

ある班は、歌の競演会会場の全体を、まず巡って。
カメラワークを、関係者席から見て。場所を移動しながら、音声さん、衣装さん、出場者を滑らかにステージに誘う仕事、ステージ大道具の突然の不備に備えるスタッフさん、王族の賞のブローチを管理し準備、ステージへ運ぶ、出張お助け侍女さん、ステージ全体を俯瞰する、何かあればすぐ指示出し対応するディレクター。ディレクターが演出を滞りなくできるように、何でもするアシスタントディレクター。
呆れるほど、放送を滞りなく動かすのに人手が要り、それがぶつかり合わずスムーズに動くよう、どれほど各々気を配っているか。驚愕しつつ、少しの不安と、大きな期待とに、胸をドキドキさせて。

ある者達は、映像音声編集・管理・送出室へ。
テレビ局に流れてきた歌の競演会の映像、複数のカメラ、複数の視点のそれを、即座に切り替えて一本に纏めるスイッチャーを経由して。最も見応え説得力ある映像へと変え、カメラマンとヘッドマイクでやり取りしつつ、緊迫感ある一時も複数のモニターから目が離せない様子に、息を飲んで。
間に挟まる収録した映像やニュースの準備も。

そう、ニュース。

歌の競演会が終わった夜や、昼間の休憩時間に流れるニュースには、感謝祭の街を行く人への街頭インタビューが流れる。
ある者達は、その、街頭インタビューや、祭の街の様子映像を撮る、諸々の目的があるロケが行われていて。それに付いていき、見学をしている者達もいたのである。


(竜樹様は、ああ仰ったけど、やっぱり私がインタビューできるように、外への班分けにしてくれたのだわ!)

クピド・ライサンダー伯爵令嬢。
悪戯っぽい笑顔で、るんるふと、見学の腕章を着けて。ロケのカメラ映像に見切れて入る位に班の先頭、スタッフにくっ付いて足取りも軽い。

下がって、下がって!と小声で手振り、合図されて、あらァと呑気に1歩下がる。
カメラは、ニュース隊の街頭インタビューを撮影しているのである。
リポーターの、マイクを持った大道芸人出身女子のスーリールは、全く遠慮をしないクピド様が邪魔で、ちょっとやりにくそう。
ニュース隊トリオの1人で、先程クピド様を下がらせたAD、クーリールも困っているし。カメラマンのプリュネルも、口では黙っているが、これ以上撮影を邪魔したら、見学引率のお助け侍従達に、一言、物申そうと思っている。

テレビ、ラジオの世界では、身分の上下と職種の上下が一致しない事もあるので、常識的な範囲で配慮をしつつも、貴族の職員に、仕事で遠慮をしなくて良い、という事には、一応竜樹がした。風通しの良い職場にしようよ、と。
だが、それは何か失敗が起こって責任問題になった時に、平等に考えてもらえる、という布石ではあるものの。平民の立場から、先ず大きな顔をしたりは、慣れていないし、し辛い。
侍従出身で、貴族に慣れているカメラマンのプリュネルは文句言う気満々だが。
竜樹様に迷惑をかけないかな•••と、リポーター女子スーリールは、大道芸人から抜擢してもらい、寮という住処を貰った恩を感じている為、大柄大らかな背中をピンと伸ばすも、たらりと冷や汗なのであった。

クピドはご機嫌で、スーリールのやり方を見ている。
そして、覚えて、機会を得たらやろう、と思っている。
(だって、よく見ろと竜樹様は言ったもの。見て分かったら、やっても良いですわよね。)

ちょっと、もやもやとした、気持ちがあるけれど。そう、竜樹が言った言葉が、クピドを少し、重い気分でどこか地上に縫い止めて、引っ張っている。
ふるるるる!と顔を振る。それで都合の悪い情報を振り払うかのように。

竜樹は言った。


『クピド様。この収穫祭を、皆が楽しもうと、それをお伝えして、助けようと、今テレビやラジオの会社で働いている者達は、責任ある仕事を、既にそれぞれ任されているんです。手が足りない。クピド様は、良い案があるとはいえ、まだ初心者ですよね。皆に補助してもらわないと、何も分からない。ですよね?』

(ううん。良く見たら分かるわよ。初心者だって、私なら出来るわ!)

『今日から3日間、どうか、先輩達の仕事ぶりを、よく、よ~く見て、新たな仕事を発生させるのは、ちょっと我慢して、勉強してみてくれませんか?何故なら、貴方は、まだテレビラジオ局の社員じゃありません。全てのことに、責任を持って、ウチの社員です!って、出来ないでしょ?まだまだこちらも貴方も、見定め中、じゃないですか?』

責任、という言葉には、クピドは何だか、ただただ重い石を載せられるように、嫌な気持ちにさせられる。
そんな細かい事は、どうでも良い。
いつだって、自由に、やりたいように飛んでいたい。後の事は、なるようになる。私がやるなら、上手くいくに決まってる。
それに。

(見学を許可したのは、竜樹様なのだから、責任を取るなら、竜樹様だわ。)

クピドは優れている。
それを生かさないなんて。
他の人達だって、クピドが素敵なインタビューをしたら、その手伝いをするのは、光栄なはずだ。

犠牲なんかじゃ。

チクン、と胸が少しだけ痛むのは、余分な事を考えさせた、竜樹が悪いのだ、と彼女は流す。
クピド以外の他の皆も、それぞれ思っている事があって、やりたい事も事情もあって、クピドの良いようにばかり考えてなどいなくて、皆、みんながそれぞれに同じ重さで考えて人生を生きていて。
そんなややこしい中で、相手を気遣って遠慮して生きていく、なんて、真っ平ではないか。
より良い方法を、クピドが示せば、そのようになる、それがシンプルで、素敵だ。

ぶるるるる。

不都合な気持ちは顔を振って、見ない事にして。クピドは行動を開始した。

「私、やっぱりお手伝いしますわ!インタビューすればよろしいのでしょ!」

スーリールが街頭インタビューをして、正に出店で順番待ちの人に話を聞いている最中、撮影中だというのに大声を出して意思表示。

•••え!?
と皆、固まってクピド嬢を見るが。

「•••あ!あの方が良いわよ、話を聞くからカメラさん付いていらしてね!ニュース隊も良いけど、私の方がもっと上手に出来ますわ!お休みになっていて、スーリールさん!」

「え、え•••!?」

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