王子様を放送します

竹 美津

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本編

家族でうたお

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「私も、歌わせて下さい!」

え?と皆が振り返る。
関係者席に近づいて、護衛の騎士さん達に止められている、優しげな丸い眉の、けれど決然と立つ夫人•••の後ろに、夫だろうか、慌てて追いかけてきた、その顔は、少し老けているけれど。

「ドゥアーさん、そくりね。」
うん、ニリヤ、その通りだね。

「お母様、お父様•••!な、なぜ、ここに!?」

吟遊詩人ドゥアーが、その職業らしからぬ上品な呼び方で両親を。
竜樹は、護衛さん達に、警戒しなくて良いよーと言ったが、彼らは見知らぬ人を簡単には通せない。それが幾ら貴族で、ドゥアーの身内だったとしても。

コホン、と夫人は咳払いをして。
「不躾に突然、申し訳ありません。私、エール子爵家夫人のイーグレットと申します。ドゥアーの母です。」
ニコリ、とするが、ムッとした息子と似た黒髪の父親、エール子爵は、目をチラリと走らせて、ムグムグと何をか言おうとして黙った。
イーグレット夫人、肘をガツンと夫の脇に入れ。
「名乗りぐらいはなさいませ、貴方。思う所があるのは分かっていますけれど、ギフトの御方様や皆様方に、失礼でしょう。」

うっ、と突かれて、ふー、と息吐き、気を取り直したといった風に丁寧に、胸に手を当て、エール子爵は礼をする。本当に、歳をとったかとらないかだけで、双子のごとく身長身体つきまでそっくりな父息子だ。

「失礼を致しました。妻の突撃に、驚いてしまい•••きちんとご挨拶させて下さい。私、エール子爵当主ブリックと申します。」

「ええ、ええ。意見交換会でお会いしましたね。その時はドゥアーさんはいなかったんでした。吟遊詩人で、もう旅してたんですね。」
「•••一度お会いしただけで、覚えていて下さるか。•••はい、その、確かに息子がいた事もございました。」

確認できたよ、と頷き、護衛さんの人的柵を解除してもらって、2人は、すす、と一歩進む。
そして。

「ドゥアーとやら。私には、息子はいない訳だ。」
「は、はい。申し訳ございません。」

アーティスト風になったドゥアーが、肩をびくびくさせて。

「貴方。貴方には息子はいないかもしれませんが、私は20年ほど前に、本当に難産で息子を産んだ記憶がございます。あの時の痛みと、そして喜びは、忘れようとして忘れられるものではありませんわ!ドゥアー。」

「は、はい!」

ムス、とした夫、エール子爵ブリックはほっといて、イーグレット夫人は、感動し上気した顔で、息子に向き直った。
「久しぶりね、私のドゥアー。何だか痩せた?でも、すっかり青年らしくなったわね。家を出た時は、まだほっぺたが、少年らしく、ふっくらしていたものなのに。あぁ、ちゃんと食べたり、ベッドで寝られたり、しているの?」
すすす、と母は2年の時などなんのその、息子に近づいてその頬に手を当て、少し目線見上げて愛しんだ。
ドゥアーも、外に出て生活して、母に守られたその時間を、有り難く思える経験も沢山あったのだろう、優しげな視線で目と目を合わせ、細い二の腕に手を掛け、2人は感じ入ってハグをした。

3王子やチームワイルドウルフ達が、ニコニコする。
かあさまとギュよ。

固い確かめ合うハグを他所に、ムギュ!と、色々思いあり、目を顰める父である。

イーグレット夫人は、息子の髪を撫でて。
「珍しい髪型と、サングラス?ですけど、音楽をやっている!って格好らしくて、なかなか魅力があるかもしれないわ。」
「情けない!伸ばしていた髪をこんな風に大勢の前で切って、その髪型もだらしない!見せ物じゃないか!」

「あなたが倒れた時は、私達も悲鳴をあげたわよ。怪我がなくて良かったわ。緊張したのね。こんな大舞台ですもの、仕方ないわ。」
「情けない!たかが演奏のステージで、プロなんだろう、音楽の!皆に気を遣わせて•••まだまだ自立にはほど遠い!」

「そちらの、ミモザ様とラシーヌ様の申し出を大画面で見ていて、お母様も、歌いたい、って思ったの。あなたの見ている世界を、知りたいわ。お話を伺っていれば、他の吟遊詩人の方々は、晴れがましい気持ち、嬉しい気持ちをもって挑んでいるのよね。音楽が好きで好きで、家を飛び出した位のドゥアーだもの、その芯の、一番良い所の気持ちで歌えるように、お母様も。」
「情けない!素人母親連中に、一段下から持ち上げてもらうような舞台を作ってもらって、それでもプロか!お前は聞かせる方だろう、ぐうの音も言わさない位の歌を聞かせてみろ!」

チロリ、とイーグレット夫人は夫を見る。

「あなたなら、できる。信じているの。お母様にも、手助けさせて欲しいの。人に助けてもらうのは、何も悪いことではないわ。誰も1人では生きられないもの。」
「情けない!男として「うるさい!!!ちょっと黙って!!!」」

声を張り上げて夫を叱ったイーグレット夫人に、ムギュムギュり、夫で父のブリックは、ぐう、と黙った。
お母様、内気なんじゃなかったっけ、とドゥアーは、目を見開く。

うく、くくくく。
竜樹が、我慢できずに笑った。夫婦漫才かよ。結局どちらも、ドゥアーさんに、ちゃんと歌って欲しいんだね。
「ブリック様。貴族家のお父様として、息子が吟遊詩人になるというのは、そりゃあ思う所もあるんでしょうね。でも、一人前になって欲しいって気持ちは、お有りだ。」

うにゅ~、と渋い顔をして、ブリックは。
「ドゥアーは、子爵家の一人息子だった男は、周り中から、期待されていたんです。貴族をする、って事は、領地の民の働いた金で生きてきたという事。それは、後々、彼らの役に立って生きると思えばこそ、期待もし、肉が狩れれば一番良い所を食べて欲しいと持ってきてくれるし、衣食住、世話にならない所など、どこにもない!そんな男が、音楽が好きだから吟遊詩人に、などと勝手な!」

「ふざけた事を言うのだから?優勝くらい、しろと?」
ニコリ、ショボショボ、と穏やかに受けられて、ブリックは。
「貴族の義務を放棄したのです!奴は!家は、養子でも、もらえば何とかなりますよ。ですが、信義にもとるでしょう!だから、だから!」

「ブリック様が、簡単に許す訳にはいかないんですよね。うんうん。」

父親は、母親の、何からも憚る事なき愛情とはまた別の、厳しさをもって彼を育てねばならないのである。今、この時にあっても。
もしブリックが、母と同じに、全部オッケーで甘々と受け入れたとしたら、領地の民に。民に歌う吟遊詩人なのに、ドゥアーは、受け入れられる、のか?

ドゥアーは、しゅんとしている。
父親の言う事も、充分、分かってきている。彼は市井を2年暮らした。民の生活を知った。自分が、誰のお陰で、恵まれて育ったかという事も。
期待に応えたい、という気持ちもある。
それでも、歌を、という、どうしようもない欲する気持ちも、ある。
ぐちゃぐちゃになって、それでも歌を選んだ。
それを、後悔のない選択肢、とは言えないのだ。

「ブリック様。俺ねえ。」
竜樹は思い出す。

「家の仕事を手伝う、親に付いてその仕事を継ぐ、その良さを、見た事があるから、知っています。そうすると決めた人は、他の人よりスタートが早くて、迷いがない。仕事の技術も、親の元で学べて若い頃から蓄えられて、生活も、受ける愛情も、豊かで、余裕があるかもしれない。その分誰かに与えられる。知り合いのご婦人は、家の建築の仕事を、夫から息子に継がせて言いました。職業の選択肢は自由にさせてやれ、って言うけれど、親は、何でも自由にさせるじゃなくて、子供が食べていけるように、ある程度の道をつけてあげる、そういう愛情もある。って。」

うんうん、とブリックは頷く。
「私だって。長い事、息子に、この、エール子爵家を•••。」
ムギューッと、目を瞑って、顔を歪める。
一人息子だ。可愛くない訳もないのだろう。
普通なら、もっとずっと一緒に、領地経営の苦労はあっても、父と息子とが協力して。
残念なのは、思いがあるから。

「俺、この国に来て、ううん、それより前に、物語や人の話でこういう、継ぐか、継がないで自由に解き放つかの問題に出会うと、思っていた事があるんですよね。必ずしも、息子が継ぐのに向いてるとは限らない。でも、全く継ぐな、ってのも、変ですよね?もう少し、ゆるりと見ても良いのでは?」

「ゆるり?」
「ゆるりですか?」
父と息子、返事も似てる。

「継げそうなら継ぐ。あまり向いてないなら、他の者を立てる。それって、悪い案ではないですよ。それに、今まで注がれた色々なものに、すぐに役に立つか、立たないか。100か0か、ではなくてですね。ドゥアーさんは、吟遊詩人でも、領地や民達に、役に立つようになっていけば、良いでしょう?」

?????

やり方は色々ある。
でも。
「俺が、こうしなよ!って方法を決めてしまえば、彼を束縛してしまいます。助けて欲しいと言われれば、考えはあるんですけど、自分の中から出てきた、やらされじゃない気持ちが、ドゥアーさんには、必要でしょ?それでね。」

ニンマリ、と竜樹は笑った。

あ、ししょう、なんかいいことおもいついた、ね!
ニリヤは、気づいて、ニパッとした。エンリちゃんがその足元で、ハテナ?になっている。

「昔のテレビでは、俺のマリコ母が言うに、テレビに出てる芸能人の家族が出て、歌合戦をやった番組があったんですよね。この歌の競演会、時間的に、家族同士で歌合戦は出来ないです。皆で1曲歌うのが、せいぜいですね。吟遊詩人の家族達と、貴族出身の家族達、それからミモザ夫人やラシーヌさんも含めて、タイラスさん一家、ポムドゥテール嬢一家も。みんなで、歌う。会場の観客席のお客さんと歌を歌う、そんな合唱の番組もありましたし、バラン王兄に指揮してもらって、ステージと観客席とで、声を合わせてねえ。」

な、な。
「何の、ために?」
なんの、ために?

父と息子は、同じ疑問を。

「そりゃあ、出場者の皆さんのご家族にも、分かって欲しいからですよ。歌う、って、凄いんだ!楽しいんだ!力出るんだ!歌は全てだ!って思ってる人の事を。そして、ブリック様は、ステージで歌ってみて、息子のドゥアーさんが、吟遊詩人で領地の役に立つやり方を考える、手助けが出来るように、理解が必要なんですよ。」

甘くするんじゃない。
でも、厳しさだけじゃない愛情の、やり方もある。固くならないで、アイデアを。

そしてそれは、わがままをきく、じゃなくて、長い目でみて、息子を大きく育てるのではないかな?

一度外に出たドゥアーだから。
きっと、甘いだけではない、注がれる愛情の有り難みが、領地の民達への、期待の、思いの返し方が、分かるはず。

「何とも困ったになったら、俺も考えるのお助けしますから。家族で歌おう、やっちゃいましょ?」

「うたおー!」
「みんなで、お歌!」
「私たちも、がんばって国歌歌ったんだよ!緊張したけど、すっごく、やりきった!って感じしたんだ!」
皆が聞いてくれてねえ。
「ねー!」
「ねぇー!」

3王子が盛り上がって。

「チームワイルドウルフも、歌いたい!」

ファング王太子よ、良いね!じゃなくて、熊少年ルトランが、ええっ!?って顔をしているぞ。
弟のアルディ王子は、ウンウンニコニコしてるけど。

ーーーー

今夜、満月ですね。
晴れると良いです。
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