王子様を放送します

竹 美津

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本編

深く厳しい母の愛

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ポン、ポンポン!

早朝。
魔法の破裂花火が、色は無く薄煙、音響かせて王都の空に散って、王都っ子達に知らしめた。花火は今年からの試み、誰もが音を聞けば、それだけで分かる。

今日は、収穫祭1日目。
歌の競演会、本番だよ、お天気も良くて予定通り開催されるよ!って。お楽しみ、お祭りの合図である。
朝の早い者達は、その合図を、それきた!と起き出して、準備、嬉しさ、忙しさ。

そんな浮きたった1日の始まり、なのに。
タイラスの婚約者の座を、ポムドゥテール嬢と競ったジャスミンは、昨日までピッタリとくっ付いていたタイラス一家から離れて、1人。

彼女は、禁じ手ともいえるやり方、想い人のタイラスを呪って眠らせ、せっせとお世話をわざと見せて優位に立っていた。姑のミモザ夫人からも覚え良く、あと少しで計画は成功だったのに。
バレたのだ。

今朝はポツンと。
ミモザ夫人も、タイラスの父親ヘリオトロープも、今まで実の娘のように温かく接してくれていたのに、ピシャリと拒絶の手。跳ね返されて、竜樹がタイラス一家をご招待した新聞寮から、はみ出して王宮の素っ気ない一室にいる。
パシフィストにおいて、おまじない程度ならいざ知らず、ちゃんと効果が出た重篤な呪いは犯罪でもあるし。勿論、竜樹が、ジャスミンと子供達を一緒にしておく事に、教育上のよろしくなさを感じた為である。

最悪な朝だ。

ベッドは簡素。閉じ込められ、窓ははめ殺し、非力なジャスミンが、たとえ割ることが出来たとしても、唐草の格子あり。抜け出せない。
不寝番の女性騎士に、すぐ側で椅子に腰掛けられてギチギチに睨まれ監視されながらの就寝は、悔しくて悔しくて歯がギリギリいった。
未だに、自分よりポムドゥテールのどこがかわいげがあるのか、タイラスに相応しいのか、全く分からない。

私、ちょっと失敗しちゃっただけ。
やり方自体は間違ってなかった。
だって、結果を出せば良いのでしょ。ちょっと眠ってもらっただけなのに。最後には、あの女(ポムドゥテール)が呪ったんだ、って事に偽装、呪い返しを身代わりさせてタイラスは目覚めさせ、邪魔な女は貶めて、幸せな私達はめでたし、めでたし。
だったはずなのに。

反省は一欠片もしていない。

促されて朝の支度を、監視の中。
質素なワンピースに着替え位で、顔も洗わせてもらえなかった。
縺れた髪、顔にかかる。可愛らしい顔立ちの顔が、恨みに引き連れて、ちょっと引く醜さだ。
両手首を後ろに回し、金属の輪で拘束されて、細いが剛い鎖が女性騎士に伸びる。先はやはり金属の輪になっていて、女性騎士の片手首に嵌り、何があっても逃れられない。輪っかが3つの手錠である。
言葉少なく引き連れられて。

王宮の監視目的の部屋から、歩くたびに段々と廊下の装飾が増してきて、そこそこ飾った雰囲気のエリアに辿り着けば。あるドアの前で、ピタリ、と女性騎士は止まって。
トントン、とノック。

どうぞ、と竜樹の声がして。
ジャスミンは、素っ気なく部屋の中へ入れられた。

ハッ、と息止まる。

「•••お母様•••お父様!」

そりゃあジャスミンにだって、父も母もいる。ジャスミンと似ていない、スラリと背の高い母は微笑んで。母よりも背の低い、狸顔が娘と共通の父は、口をムグッと不機嫌そうだった。
その脇に竜樹とお付きの何人か。
全員、椅子もテーブルもあるのに、立っている。

朝一番で来てくれたのだな、とジャスミンはホッとする。
でも、何で昨夜のうちに来てくれなかったのだろう?そのせいで、屈辱的な1夜を過ごす事になってしまった。

「お父様お母様•••!何とか勘違いしているマーブル伯爵家の皆様に、言ってやって下さい!私が!私こそ!貴族としてタイラス様と婚姻するに相応しいって!まだ間に合うって!」
カシャリ。ジャスミンが勢いよく身振りと共に主張をしたので、手錠がカシャカシャと擦れた。

「その事だけど、ジャスミンちゃん。」
微笑んだままの母、クローザは、顔を崩さず、手を前に組んで。
ふう、と息一つ。

「私も貴方の策略は、貴族として悪すぎるって程ではなかったと思うけれど。でも、純真、優しさ、甲斐甲斐しさをウリにしていたのなら、それが受け入れられていた分だけ、黒い裏がバレたらおしまい、ダメなのよ。」
手を頬に当てて、眉だけ下がる。口角は上がっているのに。

ジャスミンの口は。ワナナ、と震えて期待が引くと同時に、ギリギリ噛み締められる。

「ジャスミンちゃんの下手を打った顛末を、詳しくご使者の方に聞いてから、一晩、あれこれ考えたわ。一応、真っ当な手段で出来るだけの事は、したのよ?マーブル伯爵家のヘリオトロープご当主様や、ミモザ夫人に、心から謝罪もしたし。神様から呪い返しを受けるだろう不良債権なウチのジャスミンちゃんを息子さんに娶ってくれれば、前々から言ってる条件に加えて、これだけの利点がありますよ、と昨夜考え抜いた案を。情にも訴えたわ。この事、テレビでもニュースで流れましたから、ジャスミンちゃんは、なかなか他所にもお嫁さんにいけないでしょう。ポムドゥテール嬢は、他に幾らもお相手が出来ましょうから、ご慈悲がいただけないか、って。今朝、お時間頂いて、我が家からの条件としては、出来るだけの申し出をしてみたんですけれどもねぇ。」

あ、貴族ってやっぱ、ちょっとこえーな。でも、やっぱり親なのかな。と相反する事を竜樹が思ったのは置いといて、淡々とクローザは、事実を述べる。

「あちらは一旦、怒りを止めて聞いて下さったんだけど。それでも、利をちゃんと考慮したとしても、信用が無さすぎるんですって。あなた。」

しんようが、なさすぎる•••?

信用ってなんだっけ、とでも言いたげなジャスミンは。

「信用なんてバカな事で判断したら、貴族なんてやっていけませんでしょ。結果を出した者が勝つ、それだけですわ!私は何があってもどんな手段をとっても結果を出します!甘くない、それが分かった、それだけの事でしょう?」
クローザに、でしょう?でしょう?と正解だと言ってくれと。

そんな訳があるか、と竜樹は聞いていて思った。結果さえ良ければ過程は何でも良い、になる危うさ。そしてその良い結果は、一体誰にとっての良い結果か?自分都合が過ぎるではないか。

母クローザは、うんうん、と頷いたが、その後、うううん、と顔を振った。サラリと娘の必死を躱して。

「信用は大事よ。策略があったとしても、この人はこういう利があるのだから、ここまではやるだろうな、その先はやらないな、とか、塩梅が分かっている。ジャスミンちゃんにとっての良い結果だけじゃなくて、関係する誰もに利があるように。それも相手に対する信用でしょう?貴族って、簡単に喧嘩できないのよ?やる時は本気で潰し合いになってしまうから。•••あのね、マーブル伯爵家では、何するか分からない不気味なお嫁さんは、要らないって。結婚してから、何か上手くいかなかった時に、敵味方関係なく、自分の利の為に周りの誰かを害してゆきそうに思えるのだって。そう説明済です、って仰っていたし、私も•••我が娘ながら。ジャスミンちゃんは、そうだろうなあ、と思えますわねぇ。」

そして、それがバレそうよね。
おバカさんねぇ。

と頬に人差し指を、とんとん、した。
憤怒のジャスミンを前に、飄々とした母。誰にもこの母の真意は、まだ、掴めない。

「何を差し出し何を得るか。策を練り、その中に、芯に幾許かの信用ありて相手に力を認めてもらう。策略とは、ただ騙す事とは少し違うのよ。やられたな!それじゃあ仕方ない。って、バレたとしても相手が納得するようでなきゃ、本物じゃないわ。あちらのご家族に、嫌悪感を催させた所で、ジャスミンちゃんの負けです。」

なんで•••!!!

この母は、貴族の世界で、ありとあらゆる策を練ってきた。この母ありて、ジャスミンという娘であると、褒められるとばかりに思って、ジャスミンは色々やってきた。
母クローザは、それに、いちいち良いも悪いも言わなかったが、いつも黙って微笑んでいた。
だから、これで良いのだ、と思っていたのに。

「失敗できて良かったこと。早く大々的に失敗しないかな、と思っていたのよ。お兄ちゃんもショーも、ジャスミンに甘いから。」
愕然とする。
竜樹達も、驚きで。

そこで、父親のショーが、フニャんと情けない顔をして。
「だからパパは言ったんだよ!本気で愛する娘がいる、こっちを愛してくれない男を横から掻っ攫おうとするなんて、やめとけ!って!ジャスミンは私に似てるだろ!中身も!小さい器も!嘘が下手な所も、はかりごとが結局バレちゃう所も、私似なんだよ!クローザにも、言ってやれ、ジャスミンの小さい頃からの企みは、大体において下手だって、いつも最後にはバレてるって言ってやれ!って何度も何度も!!」

え。

「ジャスミンちゃん。私がショーと結婚したのは、何故か。教えてあげましょうね。彼はね、バレる、って、どう足掻いても策を練っても、私の腕の中の範疇だって、私に最初から白旗をあげているのよ。私を認めて、好きにさせてくれるの。彼も好きにしてるけど、いつだって考えの範疇にいるし、それを彼も分かっているわ。最終的には私の力を信用して、委ねてくれるのよ。とても安心出来るし、可愛いの。つまり、夫婦として、私達は信用し合っているし、愛し合っているの。」

おおう。色々な愛の形。

「それがないタイラス様との結婚は、無理筋だったわねえ。大体、タイラス様が眠っていても聞こえ、感触が分かるなら、貴方の嘘も知っているでしょう。起きたら、破局に決まっていたわよ。いつも、家の中でも、ショーも私も、お兄ちゃんも、ジャスミンちゃんの小さくて悪いはかりごとを、あぁ~またかぁ、って思って知らないフリしていたのよ。」

「な、なんで。」
愕然とする。

おしえて、くれないの。

この母、クローザ。

「ジャスミンちゃん。手痛い目に遭わない限り、策が下手なのに上手いと勘違いして、思い込み独りよがりが激しい人間は、身の程を弁える、ってしないものなのよ。」

もしかしたら、段々と成長して、下手が芯と信用をもった策になってゆくとも限らなかったし。

見守ってきた。
そして好きにやらせてきた。

甘やかしのようにも見えるけれど、クローザはクローザなりに、ちゃんと言葉にして。
そのやり方は良くない。
と娘に言ってきたつもりである。
それがクローザの上手い迂遠な策で言葉で、ジャスミンに伝わらなかったのは、故意かどうか。

「大失敗を、望んでいたわ。母様は。一度味わえば、身の程が分かるでしょう。神様にお沙汰を頂けるなら、ありがたい事。小さな頃から貴方を見てきて、必要なのは挫折であると。失敗しても這い上がれるように、この母が本気の策と信用の構築方法をもって、ジャスミンちゃんに学びの後押しを致しましょう。これで、本当に本当の人となれる。そういう、貴重な経験よ。これは。」

これで貴方も、本気で人の言う事を聞く気になったわよね?

ニッコリ。
母の愛は、深く厳しい。
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