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本編
ラシーヌの目覚め
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お久しぶりです、竹美津です。
お休みいただいて、ありがとうございます。
9月1日、更新再開致します。
予定では、大きな男の子と女の子のお部屋、大人だって甘えたい!な深夜放送で賑やかに再開しようと思っていたのですが、そちらはもう少し先になります。
まずは、静かにお話は始まります。
それでは、またどうぞ、皆様よしなに。
(o^^o)
ーーーーー
ぼんやりと世界が現れる。
眠っていながらも、どこか痛みに身体を苛まれ、時折ふっと意識が浮かんでくる事があった。
ポムドゥテール。小さな、私の可愛い娘。
生真面目で、でもどこかズレてておとぼけで、何度も私達夫婦を笑わせてくれた、愛しい子。
石化の障りがある魔獣に噛まれて、家に帰って残り時間を夫、ベッシュと娘ポムドゥテールと、精一杯過ごして、そして眠りについて。急にそんな事になったのは無念だ。
喉がひりついている。意識が浅い時に分かる事がある、時々喉に管を入れられて、胃が満ちる。オムツが気持ち悪いが、どうしようもない。
起きたい、よ。
あい、たい。
「••••••••••••。」
ふいに。
意識の水面に、重く沈められていた「私」が、何故か、すっ、と軽くなった。痛みも、さぁっ、と潮が引くように遠のいていって、がちがちに重い身体はそのままだったが、ふ、と。
ぱち。
あ、また貼りものが増えたのだなあ。
天井には、ポムドゥテールの家庭教師の先生から、良くできましたの花丸の課題や、家族の似顔絵、作文にもらった、良く書けていますの評価、夫ベッシュの勤務部署変更を伴う昇進書類、凶悪魔獣と戦って勝ち、お手柄を立てた時の記念のバッジ。
ポムドゥテールの、騎士への任命書?
んん??
「ラシーヌ。ラシーヌ、起きた?分かるかい、10年ぶりだね、君のベッシュだよ、分かるかい?」
す、と覗き込まれて、んんん?と不思議に思う。10年?言われれば、時折目覚めて会っていた夫、ベッシュが。10年というにはもっと、歳をとっている。身体は職業柄、筋肉がつきガッチリとしているけれど、目尻に皺、ぽわぽわの黒土色の髪があちこちに、中には白髪が。心配そうな。
だけどどこか、上気した。
ああ、会えた。
(ベッシュ、歳をとったわねえ。)
と、いう気持ちで目を、ぱち、ぱち、する。
「私たちの合図、覚えているかい。はい、なら瞬き1回。いいえ、は2回。ではね、やってみるよ。私が分かる?君の夫、ベッシュだよ?」
ぱちん。
「喋れそう?」
あ、と出そうとして、重く塊が喉の奥。かす、かす、と空気が漏れるばかり。
ぱちん、ぱちん。
「そうか、そうだね。すぐは喋れないよね。まだ眠い?」
うん?そういえば、あの、ボーっとする霞がかった頭の中、じゃないな。
ぱちん、ぱちん。
「眠くないんだね。あのね。あの、驚かないでーーいや、驚くだろうが、聞いてね。今ね。石化の障りをね、君が眠っている間に降りられた、ギフトの御方様、竜樹様の発案で。浄化と癒し、治癒が使えるルルー治療師様、分離の魔法が使えるアトモス様、鑑定師のリール様が、協力して、今、完璧にではないけれども、原因の、《病原菌》を除いて下さったんだ。このまま、完全に原因が取り除かれるまで、癒し、浄化、治癒、分離を繰り返したら、君は普通の人のように、昼起きて、夜寝て、の生活が、送れる、うぐっ、かもと。」
送れる、かも、と。
ベッシュは涙ぐみ、ゴシゴシと、ラシーヌの知っているよりハリのなくなった、だがゴツゴツした男らしい掌で顔を擦って。
ああ!起きて、いられる?
家族と、一緒に!?
一瞬、喜んだが、顔の表情もガタピシと動かない。すとん、と気持ちが落ちる。
身体を侵食した石化は、既にかなりの割合になっている。10年前でさえ、重く動かない、棒のようだった手足は、眠ったままだった長い間で、どうなっただろう。
おしめが濡れている。
下の世話から何から、何でもやってもらわないと生きていけない人生を、これからは覚醒して味わいながら生きねばならないのか。それは、娘ポムドゥテールと、夫ベッシュにとって、今まで通りの重荷なのでは?
ああ、いけない。
けれど。
負けてたまるか!
石化の障りがある魔獣にやられても、私はここに、帰ってきたかった。だから戦った。他の者には怪我させる事なく倒して、そして、ベッシュが私を目覚めさせたという事は。
戦わねば。戦う姿を、ポムドゥテールに、見せてやらねば。
それがお前の、母なのだと。
ぱちん。
つう。
「ラシーヌ、泣かないで。」
ベッシュが、優しく目尻を拭ってくれる。
ああ、石化しても涙は出るんだ。
ラシーヌが、落ち込み、そして同時に奮起していると、す、す、と周りに、小さなポムドゥテールの面影がある、若い女性と。
目をショボショボさせた、地味顔の、一回り他の者より小さな男性。それから、治療師の服を着た男性に、あと2人。それと小さな子供達が、木琴の音板の大中小、ってな風に3名。透き通った翳りのない瞳をキラキラさせて、ベッドに乗り出している。
覗き込まれて、ラシーヌは、パチン、と目を瞬いた。
「母様。ポムドゥテールです。あなたの娘です。こんなに大きくなりました。あなたを追って、騎士をやっています。わ、分かりますか?」
パチン。
あー、大きくなったなぁ。
ぽろ、ぽろ、と涙が止まらない。息が、ひゅ、と苦しくなる。
手に、小さな感触が。
娘、ポムドゥテールの手を握った中の子が、手を引っ張っている。
視界にさわさわ、といる茶色髪の小の子が、どうやら私の手を握って、差し出させようとして。
中と小の子が、私とポムドゥテールの手を繋げようとしてくれているのだ。
石化した腕は、固くしか動かないけれど、それでも、子供に導かれてポムドゥテールと手を繋げば、ああ、少し湿って、温かい。
うぅぐふ、えふ、とポムドゥテールが嗚咽を漏らして、握った手を額に、ベッド脇でしゃがみ込んでしまった。
顔が見えなくなってしまって、寂しいな。でも、ベッシュが泣き笑いしながら、ずびずび鼻を鳴らして、ポムドゥテールの肩を叩いて、私の前髪を上げて頬を撫でてくれた。
ああ、ああ。人肌とは、何と温かいものよ。
私はこんなにも冷えていたのだ。
大中小の子供達が笑っている。その子が、ふと視線を、ショボショボ目の男ーーギフトの御方様に。
子供達と、ニコリ、と目を見合わせて笑って、そうしてラシーヌに目を向けると、ギフトの御方様は、そっと息を落とすようにしながら、話し出した。
竜樹は、ポムドゥテール嬢のお母さん、寝たきりで手足を固まらせたラシーヌに、今全てを話しても把握はできないかもしれないが、とにかく明日は娘さんの晴れ舞台なのだと、説明がしたかった。ので、ゆっくりと、話した。
ポムドゥテール嬢と、お父さんのベッシュさんは、ラシーヌさんが目覚めた事に感激して、言葉もなかなか出ないようなので。
「こんにちは、初めまして、ラシーヌさん。ギフトの畠中竜樹と申します。先程、娘さんの、ポムドゥテール嬢の婚約者さんのご一家と、お話をしてきた所なんですよ。」
婚約者、の所で、ラシーヌは目をきゅり、と大きくして。表情も少し固まっているのだが、それでも嬉しそうに、少し目端口端が、笑んだ。
「タイラスさんとおっしゃるんですが、その親御さんと弟さんも含めて、彼らは今日は遠慮して、ベッシュさんのお宅までは来なかったのです。話せば色々あるのですが、簡単に言うと、明日は娘さんの、ある意味晴れ舞台です。だから、あなたを起こしたい、見てもらいたい、とベッシュさんたっての願いで、まだお試しのお試しの、ほんの頭くらいでしかない石化の快癒のやり方を、試してみさせてもらいました。」
ぱちん、と了承の意思をもって、ラシーヌが瞬きする。
「婚約者さん、タイラスさんはですね。ポムドゥテール嬢の恋敵、ジャスミン嬢に、献身を周りに見せつけ認めさせる、という邪な思いをもって呪われて、眠っているんです。」
ラシーヌは、ぱちん、と瞬きして、驚きを眼差しに込めて、竜樹を強く見た。
「でもね、解決策は、既に道筋立っているんです。明日の歌の競演会で、ミュジーク神様に認められる歌を誰かが歌えれば、呪いを解いて下さる事になっています。既にその恋敵、ジャスミン嬢が呪いをやった事と白状されて、身は拘束しています。ですが、呪いを辿る魔道具で調べたら、普通に解呪した時、呪い返しが、身代わりにポムドゥテール嬢に返るように巧妙に企まれていてですね。呪いをただ解くだけなら、俺もできるかもなんですが、ミュジーク神様の解呪であれば、真っ直ぐに呪った者へ返るようにしてくださるそうです。ここまでは、良いですか?」
きゅむ、と目を少し長く瞑ったラシーヌは、ぱち、と開けて、またじっと竜樹を見た。
「私たちは、ミュジーク神様からの神託で呪いを知り、何とか明日、歌の競演会で、大団円!とさせたい。きっと、きっと。ーーラシーヌさんの石化の事を、ポムドゥテール嬢に聞きましてね。石化は、手の打ちようがない、とされてきましたが、まず。魔獣の口の中の病原菌が感染する事によって石化が起こると。あなたの身体の中にある、増えて蝕む病原菌を、何とか減らしてラシーヌさんを目覚めさせられないかな、って、私、竜樹や、ルルー治療師、分離のアトモス、鑑定のリールと、あとは、応援にこの国の3王子が、やって参りました。」
「ラシーヌ、第一王子、オランネージュだよ。怖い魔獣と戦ってくれて、ありがとう。助かった人が、沢山いたと思う。そして、あなたが治ったら、石化はもう、怖くない。あなたの献身に、この国を代表して、ありがとうって言います。後はあなたが元気になって、ポムドゥテール嬢や、ベッシュと、良い時を過ごせるように。国としても協力するから、何でもやってみようよね。」
オランネージュが、枕元に、ヒョイと近寄って、胸元にぽむぽむ、とその手を当てて、少しじっと温度を分け与える。
入れ替わりに、ネクター。
「第二王子、ネクターです。石化、辛かったね、痛かったね。お母様が眠ってて、ポムドゥテール嬢は、すごく寂しかったとおもう。でもこれから、起きて一緒にいられるね。竜樹が、色々考えてくれたから、ちりょうができそうだよ。」
ニコリ、と控えめに笑い、かけ布をちょいちょい、と直す。
そして、ニリヤ。
「だいさんおうじ、ニリヤです。かあさま、ねんね。おきれて、よかった!もうだいじょうぶだ!ししょうが、ついてるからね!」
ラシーヌの肩を、小さなお手てで、なでこした。
さあ、じゃあ王子達はよいこで見守っててね、と竜樹が言えば、はーい、と良いお返事で、少し下がった。タカラが、大人達の邪魔にならない所に誘導する。
「ラシーヌさんは、身体はあまり動かせないけれど、目は動くんですよね。後ほど、そういう人向けに、視線と瞬きで入力して、意思を文字で伝えられる魔道具を作ります。本当は脳波でいければいいけど、多分作るのにそっちの方が時間かかりそうだから、順繰りにね。今日は、治療をした後で、間に合わせに、文字表で少しお話しましょう。はい、いいえは、瞬き1回と2回のままでね。大丈夫ですか、疲れてないですか?」
パチン。
すふー、と息が深く吐かれる。
石化は、病原菌が長く生存していられるよう、血管や筋肉、内臓をなるべく傷つけないようにゆっくりと身体に回り、そして脳も最後の最後まで温存されるのだという。鑑定結果に、タチの悪い菌だと竜樹は思ったが、そのおかげで、ラシーヌのタイムリミットに間に合ったのだ。
尚、感染力は強くなくて、罹患している者の血や排泄物などが、傷口から体内にさえ入らなければ、感染しない。空気感染もしないし、汗や唾液も、人の肌に触れたとしても、浄化してしまえば感染しない、と鑑定に出て知られている。
「この後、先程やった、病原菌を減らす治療を、もう一度してみたいと思っています。治療する前の菌の量を100とすると、今は50くらいに減った、と鑑定されています。さっき、目が覚める時、痛かったり辛かったりしましたか?」
パチン、パチン。
「良かった、痛くなかったんですね。鑑定しながらやっていきましょう。」
パチン。
「もし、やってみて、明日の歌の競演会会場に行けそうなら、娘さんの、ポムドゥテール嬢と、旦那様のベッシュさんと、行きますか?出かけられそうなら、一旦王宮に、これからお呼びして、婚約者のタイラスさん一家とゆっくり会えますし、こんな風にお話出来ますよ。そこから、歌の競演会会場に行く形になります。行きたいですか?」
強く、パチン。
婚約者一家に会ってみたい、それは母にとっては強い思いだろう。
「では、説明しながらやっていきますね。嫌だな、やめてほしい、と思ったら、瞬き2回してください。いつでも止めます。では、本職の、ルルー治療師に引き継ぎます。私もここにいますから、ちゃんとラシーヌさんの瞬きを見ていますからね。」
パチン。
ルルー治療師が竜樹の居場所と変わって、そっと腰を屈めて話し出す。
「初めまして、ラシーヌ様。ルルーと申します。先ずは、石灰化、骨の成分と同じものですよ、それで固くなったり、塊が出来たりして、腱や関節が炎症を起こして痛くなっていましたので、《癒し》をかけて炎症を解消しますね。先程もかけたので、大分痛くなくなったようですね、鑑定に出ていますが、合っていますか?」
パチン。
「はい、では《癒し》かけます。安心して、気持ちを楽にしていて下さい。」
パチン。
ルルーが、ラシーヌの両肩に手をゆっくり乗せて。ふ、と。ふんわり、ポワポワ、と接している部分が光る。夫のベッシュと、娘のポムドゥテールは、涙を拭いて、グスグスしながらも、真剣に見守っている。
しばらくそのようにしていたが、光が弾かれたように、ふい、と幾分反してくると、す、と身体を引いて。
「はい、《癒し》終えました。もう入っていかない感じがするから、炎症は治まりましたかね。どうですか、痛い所ありますか?」
一旦目を瞑って、ちょっと考えてみてから、パチン、パチン。
「良かった。そうしたら、今度は《浄化》をします。竜樹様は《分離》で病原菌が取り出せないか、ともおっしゃったのだけど、話し合って、取り出した病原菌をどうする、って事になって。体内の、悪さをしない、時には良い事をする、他の菌、っていうのがあるのですって、それはそのままに、石化の病原菌だけを《浄化》します。私たち、そんな区別をした《浄化》が出来るだなんて思っていなかったのですが、やってみたら出来たのですよ。少し集中力が要ります。やってみて良いですか?」
オートでの浄化と、細かく指定を念頭に置いた浄化については、これからも研究が必要だろう。
やっていいよ、の、パチン。
「では、安心してくださいね、私共で実験をしてありますから、失敗したとしても、身体に損傷はない事、鑑定でも確かめ済みです。やってみます。」
ルルーの掌は、今度はラシーヌの胸の真ん中に交差して軽く置かれて。
イメージをブレさせると出来ないから、ルルーは目を瞑って、むむ!とゆっくり浄化をかけた。
浄化は特別、普段光ったりはしないけれど、ふわっと風が起きるのが特徴。ラシーヌの掛け布が、ちょっとだけハタハタしている。
ルルーが試しにタカラに浄化をかけた時、彼の中の、普段身体の免疫に負けて出てこない病原菌を、外から少しだけ浄化、とやったら、何だか身体の中が、ピチパチンと弾ける感じがしたそうである。ルルーも自分で自分にやってみたが、同じくで。
竜樹が、身体の中の、病気と戦う力が弱まったり暴走すると困るから、ほどほどでね、と言ってもいたので、実験は少しだけにして、鑑定で有効度を測った。
ラシーヌも、身体の中が弾けているだろうか。リールが打ち合わせ通り鑑定をかけて、そっと言い出す。
「浄化後残存率、40、段々減っていくよ、36、25、18、12、9、2、0!石化の病原菌だけ、無くなりました!」
ふぃん、と掛け布はためいていた微風が止んで、ルルーが目を開ける。
手を退けて。
「《浄化》が終わりました。身体に痛い所や具合が悪い所が、ありますか?」
また、目を瞑って、考えてから、パチン、パチン。
「血管の石灰化した部分は、まず《分離》しておいた方が良いのじゃないか、と竜樹様とお話し合ったんです。本来、血管が石灰化して固くなると、戻らないそうなのですけど、《分離》なら石化の部分だけ、少しだけど狙ってやって、血管の柔らかさやしなやかさ、血が滞ったり、血管が細くなったりしている部分を戻せないかな、って。少し試しに《分離》してみていいですか?生命維持に関係しない、片腕などで実験してみても?」
時を置かずに、パチン。
「良いですか?」
ルルーは、ポムドゥテール嬢とベッシュにも確認をとる。ここは家族にも聞いておかねばならないだろう。鑑定で、分離について、血管の石灰化分離をイメージしながら問いかけた。石灰化した部分を分離したら、血管がスカスカになったりしないのか、小さく縮んだり?という懸念もあった訳だが、そんな事はなく、周りの血液から栄養を取り入れて、しなやかな血管に戻る、と鑑定結果が。多分この辺りは神様案件なのだろう。血液を増やす魔法の時に、栄養が必要だったりするような。
まあ、だから、血液の栄養を使い切ってしまわないように、栄養を補給しながら段々と、分離せねばならないだろう。
もしこれが上手くいけば、動脈硬化の治療が出来るようになるな、とルルーとも話し合った。
「は、初めまして、ラシーヌ様。私は《分離》が出来るアトモスと言います。血管の石灰化を治してみますね。」
アトモスはラシーヌにぎこちなく微笑む。もう、何も出来ないと腐っていた前のアトモスなんかじゃない。《分離》で、布を再生し、乳糖不耐症の赤ちゃんを助けたのは、彼の自信となって、うつろだった身体も心も、底の穴を埋めて、ふつふつと熱く情熱で満たしている。
自分でも、必要とされ、新しい事に挑戦でき、そして出来る事があるのだ、と。
見守る家族の方を向いて。
「こちらに何か、要らない器なんかありますか。お皿とか、何でも良いんですけど。」
以前、ミルクから乳糖を分離した時のやらかしーー分離した粉を散らかしちゃうーーで学んだアトモスである。
さっ!と部屋から出て、粗末なお皿を持ってきたポムドゥテールにお礼を言って、皿を受け取る。ペコリ、と礼をして、アトモスはラシーヌに向き直り、それでは、と手を取って。
「《分離》はじめます。まずは、この右手だけ、しますね。痛くないはずですけど、嫌な感じがしたら、目をぱちぱちして、教えて下さいね。後で、痛いの止めたりするお薬を飲んでから、やったりも出来ますからね。」
パチン。
「それでは。」
きゅ、と両手で、細いラシーヌの手指を握り込んで、アトモスは、く、と力を込めた。
さら、さらさらさら。
白い粉が、ラシーヌの腕から、サーっと分離されて、ベッドの上、腕の側のお皿に。パラパラと踊り弾かれ、薄く敷かれる。
ラシーヌの腕からは、血管に沿って、何だか、ぐんっと何かが出ていく感じがして、そこを温かい何かが埋めてくる。ああ、再生。
ふう~、と気持ちよさそうな顔をしたラシーヌに、アトモスも、家族のベッシュも、ポムドゥテールも、竜樹も3王子も、ニコリ!とした。
ニコニコしながら、竜樹が。
「石灰化した筋肉の部分も、栄養取りながら、分離できたりするんかしら。俺の世界での、部分的な石灰化は、砕いたりしとけば、自然に吸収されちゃうみたいなんだけど、それだと遅いじゃん?もし分離できたら、身体の石灰化が、早く戻らないかな。寝たきりだった身体を、徐々に戻していくリハビリは、勿論時間をかけてやっていかなければだけれどさ。」
あ、石灰化が分離できるんなら、悪性腫瘍も分離出来るかもね。癒しと合わせて治したら、きっと速く、力を最小限で治らない?
外科手術の概念を持っている竜樹だからこそ、思いつくその分離の使い道に、ルルーは瞳をキラキラさせ、アトモスは、ラシーヌの顔を再び見て、へへっ、と笑った。
ラシーヌの目尻からは、また一粒、涙が。
「母は、元の身体に戻ると思いますか?」
ポムドゥテール嬢が、縋る目で竜樹に聞く。
ルルー治療師、医療従事者でなく、竜樹に聞くのは、この治療のアイデアが、竜樹発だからだろう。
「俺は、医療に詳しい訳じゃないから、断言はできない。けれども。見て知っているからさ。エフォール君ーー生まれてすぐに神経を怪我して、下半身麻痺で育った彼が、神経再生してリハビリで、今、歩行車があれば歩けるほどになっているのだもの。相応の時間と、試行錯誤は、覚悟だけど、可能性は、あるんじゃないかな。固まった関節をほぐして再生する、破壊と再生の治療なんかもやってみれたんだし、徐々に、徐々にね。」
すー、ふー。
ラシーヌが。深く息を吸って、吐いた。
彼女は闘うだろう。
涙が滔々と流れる。ぐっ、と瞑って、細かく震える瞼を、すう、と開いて、強い瞳で、今、ここにいる人々を、夫ベッシュを、娘ポムドゥテールを、ジッと見た。
竜樹が、粗く、画板に挟まれた紙を指し示して。
「ベッシュさん、ポムドゥテール嬢。ラシーヌさんと、文字板でお話してみましょう。ラシーヌさん、何か、言いたい事があったら、言ってみて下さい。文字が11列に、数字をふって並んでいるから、言いたい文字を、まず何番目の列、てぱちぱちしてもらって、列の何番目の文字、ってぱちぱちしてもらって。時間はかかるけど、疲れてなければ、少しやってみませんか?やりますか、休みますか。やるなら、一回。休むなら、2回パチンとして下さい。」
パチン。
ラシーヌの口端は、笑んでいる。
時間はかかったけれど、ラシーヌは。
あ り が と う
こ ん や く
お め で と う
「いや、あの、まだタイラスは眠っているけれども、その、お義母様のミモザ夫人も優しくて。お義父様のヘリオトロープ様も穏やかでお話を聞いてくださる方だし、義弟のコリブリ君も、素直で可愛い子なのだよ、お母様。私には荷が重いと思っていたのに、皆様優しくして下さっているのです。」
ポムドゥテール嬢が、もじもじ報告する。ラシーヌは、目をゆっくり、パチン、パチン、としながら、微笑み聞いていた。
れ ぞ ん
「レゾン?」
ニコニコしながら、10年ぶりの会話を見守っていた3王子も竜樹達も、その固有名詞?に、はてな?となった。
ベッシュが、ハッとして。
「レゾン君に、連絡を取りたいんだね。会いたい?君に希望が出来た事を、伝えたい?」
パチン。
「では早速、教会に連絡をとらなければね!」
ベッシュが、うんうん、と頷いて言う。ポムドゥテール嬢が、はてなの顔をして。
「レゾン様とは、どのような関係のお方で?」
「お前も、1度か2度、お会いした事があったのだよ、ポムドゥテール。彼は今、修道士となって、地方で祈りと清貧の生活を送っている。関係はーーあー、ラシーヌの騎士時代の、可愛がっていた弟分の同僚だったのだが、その、だな。彼は、ラシーヌの為に。」
ベッシュは、ふにゅ、と口を何ともなへの字に曲げると。
「自爆したんだ。」
「「「自爆ぅ??」」」
周りの皆が、はてなになる。
ラシーヌは、笑んでいる。
大団円。
ギフトの竜樹様が言った。
やってやろうじゃないか。今なら出来る。まるっと大きく、昔の傷まで広げて、円を描いて。
ーーーー
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
これからも週休2日から3日を目安に、無理なく楽しく、読んで下さる皆様と更新お付き合いできれば、と思います。
おやすみ日には活動報告でお知らせしていたのですが、今後は、お知らせせずおやすみしますね。ゆるりと、ぜひに。
(╹◡╹)
お休みいただいて、ありがとうございます。
9月1日、更新再開致します。
予定では、大きな男の子と女の子のお部屋、大人だって甘えたい!な深夜放送で賑やかに再開しようと思っていたのですが、そちらはもう少し先になります。
まずは、静かにお話は始まります。
それでは、またどうぞ、皆様よしなに。
(o^^o)
ーーーーー
ぼんやりと世界が現れる。
眠っていながらも、どこか痛みに身体を苛まれ、時折ふっと意識が浮かんでくる事があった。
ポムドゥテール。小さな、私の可愛い娘。
生真面目で、でもどこかズレてておとぼけで、何度も私達夫婦を笑わせてくれた、愛しい子。
石化の障りがある魔獣に噛まれて、家に帰って残り時間を夫、ベッシュと娘ポムドゥテールと、精一杯過ごして、そして眠りについて。急にそんな事になったのは無念だ。
喉がひりついている。意識が浅い時に分かる事がある、時々喉に管を入れられて、胃が満ちる。オムツが気持ち悪いが、どうしようもない。
起きたい、よ。
あい、たい。
「••••••••••••。」
ふいに。
意識の水面に、重く沈められていた「私」が、何故か、すっ、と軽くなった。痛みも、さぁっ、と潮が引くように遠のいていって、がちがちに重い身体はそのままだったが、ふ、と。
ぱち。
あ、また貼りものが増えたのだなあ。
天井には、ポムドゥテールの家庭教師の先生から、良くできましたの花丸の課題や、家族の似顔絵、作文にもらった、良く書けていますの評価、夫ベッシュの勤務部署変更を伴う昇進書類、凶悪魔獣と戦って勝ち、お手柄を立てた時の記念のバッジ。
ポムドゥテールの、騎士への任命書?
んん??
「ラシーヌ。ラシーヌ、起きた?分かるかい、10年ぶりだね、君のベッシュだよ、分かるかい?」
す、と覗き込まれて、んんん?と不思議に思う。10年?言われれば、時折目覚めて会っていた夫、ベッシュが。10年というにはもっと、歳をとっている。身体は職業柄、筋肉がつきガッチリとしているけれど、目尻に皺、ぽわぽわの黒土色の髪があちこちに、中には白髪が。心配そうな。
だけどどこか、上気した。
ああ、会えた。
(ベッシュ、歳をとったわねえ。)
と、いう気持ちで目を、ぱち、ぱち、する。
「私たちの合図、覚えているかい。はい、なら瞬き1回。いいえ、は2回。ではね、やってみるよ。私が分かる?君の夫、ベッシュだよ?」
ぱちん。
「喋れそう?」
あ、と出そうとして、重く塊が喉の奥。かす、かす、と空気が漏れるばかり。
ぱちん、ぱちん。
「そうか、そうだね。すぐは喋れないよね。まだ眠い?」
うん?そういえば、あの、ボーっとする霞がかった頭の中、じゃないな。
ぱちん、ぱちん。
「眠くないんだね。あのね。あの、驚かないでーーいや、驚くだろうが、聞いてね。今ね。石化の障りをね、君が眠っている間に降りられた、ギフトの御方様、竜樹様の発案で。浄化と癒し、治癒が使えるルルー治療師様、分離の魔法が使えるアトモス様、鑑定師のリール様が、協力して、今、完璧にではないけれども、原因の、《病原菌》を除いて下さったんだ。このまま、完全に原因が取り除かれるまで、癒し、浄化、治癒、分離を繰り返したら、君は普通の人のように、昼起きて、夜寝て、の生活が、送れる、うぐっ、かもと。」
送れる、かも、と。
ベッシュは涙ぐみ、ゴシゴシと、ラシーヌの知っているよりハリのなくなった、だがゴツゴツした男らしい掌で顔を擦って。
ああ!起きて、いられる?
家族と、一緒に!?
一瞬、喜んだが、顔の表情もガタピシと動かない。すとん、と気持ちが落ちる。
身体を侵食した石化は、既にかなりの割合になっている。10年前でさえ、重く動かない、棒のようだった手足は、眠ったままだった長い間で、どうなっただろう。
おしめが濡れている。
下の世話から何から、何でもやってもらわないと生きていけない人生を、これからは覚醒して味わいながら生きねばならないのか。それは、娘ポムドゥテールと、夫ベッシュにとって、今まで通りの重荷なのでは?
ああ、いけない。
けれど。
負けてたまるか!
石化の障りがある魔獣にやられても、私はここに、帰ってきたかった。だから戦った。他の者には怪我させる事なく倒して、そして、ベッシュが私を目覚めさせたという事は。
戦わねば。戦う姿を、ポムドゥテールに、見せてやらねば。
それがお前の、母なのだと。
ぱちん。
つう。
「ラシーヌ、泣かないで。」
ベッシュが、優しく目尻を拭ってくれる。
ああ、石化しても涙は出るんだ。
ラシーヌが、落ち込み、そして同時に奮起していると、す、す、と周りに、小さなポムドゥテールの面影がある、若い女性と。
目をショボショボさせた、地味顔の、一回り他の者より小さな男性。それから、治療師の服を着た男性に、あと2人。それと小さな子供達が、木琴の音板の大中小、ってな風に3名。透き通った翳りのない瞳をキラキラさせて、ベッドに乗り出している。
覗き込まれて、ラシーヌは、パチン、と目を瞬いた。
「母様。ポムドゥテールです。あなたの娘です。こんなに大きくなりました。あなたを追って、騎士をやっています。わ、分かりますか?」
パチン。
あー、大きくなったなぁ。
ぽろ、ぽろ、と涙が止まらない。息が、ひゅ、と苦しくなる。
手に、小さな感触が。
娘、ポムドゥテールの手を握った中の子が、手を引っ張っている。
視界にさわさわ、といる茶色髪の小の子が、どうやら私の手を握って、差し出させようとして。
中と小の子が、私とポムドゥテールの手を繋げようとしてくれているのだ。
石化した腕は、固くしか動かないけれど、それでも、子供に導かれてポムドゥテールと手を繋げば、ああ、少し湿って、温かい。
うぅぐふ、えふ、とポムドゥテールが嗚咽を漏らして、握った手を額に、ベッド脇でしゃがみ込んでしまった。
顔が見えなくなってしまって、寂しいな。でも、ベッシュが泣き笑いしながら、ずびずび鼻を鳴らして、ポムドゥテールの肩を叩いて、私の前髪を上げて頬を撫でてくれた。
ああ、ああ。人肌とは、何と温かいものよ。
私はこんなにも冷えていたのだ。
大中小の子供達が笑っている。その子が、ふと視線を、ショボショボ目の男ーーギフトの御方様に。
子供達と、ニコリ、と目を見合わせて笑って、そうしてラシーヌに目を向けると、ギフトの御方様は、そっと息を落とすようにしながら、話し出した。
竜樹は、ポムドゥテール嬢のお母さん、寝たきりで手足を固まらせたラシーヌに、今全てを話しても把握はできないかもしれないが、とにかく明日は娘さんの晴れ舞台なのだと、説明がしたかった。ので、ゆっくりと、話した。
ポムドゥテール嬢と、お父さんのベッシュさんは、ラシーヌさんが目覚めた事に感激して、言葉もなかなか出ないようなので。
「こんにちは、初めまして、ラシーヌさん。ギフトの畠中竜樹と申します。先程、娘さんの、ポムドゥテール嬢の婚約者さんのご一家と、お話をしてきた所なんですよ。」
婚約者、の所で、ラシーヌは目をきゅり、と大きくして。表情も少し固まっているのだが、それでも嬉しそうに、少し目端口端が、笑んだ。
「タイラスさんとおっしゃるんですが、その親御さんと弟さんも含めて、彼らは今日は遠慮して、ベッシュさんのお宅までは来なかったのです。話せば色々あるのですが、簡単に言うと、明日は娘さんの、ある意味晴れ舞台です。だから、あなたを起こしたい、見てもらいたい、とベッシュさんたっての願いで、まだお試しのお試しの、ほんの頭くらいでしかない石化の快癒のやり方を、試してみさせてもらいました。」
ぱちん、と了承の意思をもって、ラシーヌが瞬きする。
「婚約者さん、タイラスさんはですね。ポムドゥテール嬢の恋敵、ジャスミン嬢に、献身を周りに見せつけ認めさせる、という邪な思いをもって呪われて、眠っているんです。」
ラシーヌは、ぱちん、と瞬きして、驚きを眼差しに込めて、竜樹を強く見た。
「でもね、解決策は、既に道筋立っているんです。明日の歌の競演会で、ミュジーク神様に認められる歌を誰かが歌えれば、呪いを解いて下さる事になっています。既にその恋敵、ジャスミン嬢が呪いをやった事と白状されて、身は拘束しています。ですが、呪いを辿る魔道具で調べたら、普通に解呪した時、呪い返しが、身代わりにポムドゥテール嬢に返るように巧妙に企まれていてですね。呪いをただ解くだけなら、俺もできるかもなんですが、ミュジーク神様の解呪であれば、真っ直ぐに呪った者へ返るようにしてくださるそうです。ここまでは、良いですか?」
きゅむ、と目を少し長く瞑ったラシーヌは、ぱち、と開けて、またじっと竜樹を見た。
「私たちは、ミュジーク神様からの神託で呪いを知り、何とか明日、歌の競演会で、大団円!とさせたい。きっと、きっと。ーーラシーヌさんの石化の事を、ポムドゥテール嬢に聞きましてね。石化は、手の打ちようがない、とされてきましたが、まず。魔獣の口の中の病原菌が感染する事によって石化が起こると。あなたの身体の中にある、増えて蝕む病原菌を、何とか減らしてラシーヌさんを目覚めさせられないかな、って、私、竜樹や、ルルー治療師、分離のアトモス、鑑定のリールと、あとは、応援にこの国の3王子が、やって参りました。」
「ラシーヌ、第一王子、オランネージュだよ。怖い魔獣と戦ってくれて、ありがとう。助かった人が、沢山いたと思う。そして、あなたが治ったら、石化はもう、怖くない。あなたの献身に、この国を代表して、ありがとうって言います。後はあなたが元気になって、ポムドゥテール嬢や、ベッシュと、良い時を過ごせるように。国としても協力するから、何でもやってみようよね。」
オランネージュが、枕元に、ヒョイと近寄って、胸元にぽむぽむ、とその手を当てて、少しじっと温度を分け与える。
入れ替わりに、ネクター。
「第二王子、ネクターです。石化、辛かったね、痛かったね。お母様が眠ってて、ポムドゥテール嬢は、すごく寂しかったとおもう。でもこれから、起きて一緒にいられるね。竜樹が、色々考えてくれたから、ちりょうができそうだよ。」
ニコリ、と控えめに笑い、かけ布をちょいちょい、と直す。
そして、ニリヤ。
「だいさんおうじ、ニリヤです。かあさま、ねんね。おきれて、よかった!もうだいじょうぶだ!ししょうが、ついてるからね!」
ラシーヌの肩を、小さなお手てで、なでこした。
さあ、じゃあ王子達はよいこで見守っててね、と竜樹が言えば、はーい、と良いお返事で、少し下がった。タカラが、大人達の邪魔にならない所に誘導する。
「ラシーヌさんは、身体はあまり動かせないけれど、目は動くんですよね。後ほど、そういう人向けに、視線と瞬きで入力して、意思を文字で伝えられる魔道具を作ります。本当は脳波でいければいいけど、多分作るのにそっちの方が時間かかりそうだから、順繰りにね。今日は、治療をした後で、間に合わせに、文字表で少しお話しましょう。はい、いいえは、瞬き1回と2回のままでね。大丈夫ですか、疲れてないですか?」
パチン。
すふー、と息が深く吐かれる。
石化は、病原菌が長く生存していられるよう、血管や筋肉、内臓をなるべく傷つけないようにゆっくりと身体に回り、そして脳も最後の最後まで温存されるのだという。鑑定結果に、タチの悪い菌だと竜樹は思ったが、そのおかげで、ラシーヌのタイムリミットに間に合ったのだ。
尚、感染力は強くなくて、罹患している者の血や排泄物などが、傷口から体内にさえ入らなければ、感染しない。空気感染もしないし、汗や唾液も、人の肌に触れたとしても、浄化してしまえば感染しない、と鑑定に出て知られている。
「この後、先程やった、病原菌を減らす治療を、もう一度してみたいと思っています。治療する前の菌の量を100とすると、今は50くらいに減った、と鑑定されています。さっき、目が覚める時、痛かったり辛かったりしましたか?」
パチン、パチン。
「良かった、痛くなかったんですね。鑑定しながらやっていきましょう。」
パチン。
「もし、やってみて、明日の歌の競演会会場に行けそうなら、娘さんの、ポムドゥテール嬢と、旦那様のベッシュさんと、行きますか?出かけられそうなら、一旦王宮に、これからお呼びして、婚約者のタイラスさん一家とゆっくり会えますし、こんな風にお話出来ますよ。そこから、歌の競演会会場に行く形になります。行きたいですか?」
強く、パチン。
婚約者一家に会ってみたい、それは母にとっては強い思いだろう。
「では、説明しながらやっていきますね。嫌だな、やめてほしい、と思ったら、瞬き2回してください。いつでも止めます。では、本職の、ルルー治療師に引き継ぎます。私もここにいますから、ちゃんとラシーヌさんの瞬きを見ていますからね。」
パチン。
ルルー治療師が竜樹の居場所と変わって、そっと腰を屈めて話し出す。
「初めまして、ラシーヌ様。ルルーと申します。先ずは、石灰化、骨の成分と同じものですよ、それで固くなったり、塊が出来たりして、腱や関節が炎症を起こして痛くなっていましたので、《癒し》をかけて炎症を解消しますね。先程もかけたので、大分痛くなくなったようですね、鑑定に出ていますが、合っていますか?」
パチン。
「はい、では《癒し》かけます。安心して、気持ちを楽にしていて下さい。」
パチン。
ルルーが、ラシーヌの両肩に手をゆっくり乗せて。ふ、と。ふんわり、ポワポワ、と接している部分が光る。夫のベッシュと、娘のポムドゥテールは、涙を拭いて、グスグスしながらも、真剣に見守っている。
しばらくそのようにしていたが、光が弾かれたように、ふい、と幾分反してくると、す、と身体を引いて。
「はい、《癒し》終えました。もう入っていかない感じがするから、炎症は治まりましたかね。どうですか、痛い所ありますか?」
一旦目を瞑って、ちょっと考えてみてから、パチン、パチン。
「良かった。そうしたら、今度は《浄化》をします。竜樹様は《分離》で病原菌が取り出せないか、ともおっしゃったのだけど、話し合って、取り出した病原菌をどうする、って事になって。体内の、悪さをしない、時には良い事をする、他の菌、っていうのがあるのですって、それはそのままに、石化の病原菌だけを《浄化》します。私たち、そんな区別をした《浄化》が出来るだなんて思っていなかったのですが、やってみたら出来たのですよ。少し集中力が要ります。やってみて良いですか?」
オートでの浄化と、細かく指定を念頭に置いた浄化については、これからも研究が必要だろう。
やっていいよ、の、パチン。
「では、安心してくださいね、私共で実験をしてありますから、失敗したとしても、身体に損傷はない事、鑑定でも確かめ済みです。やってみます。」
ルルーの掌は、今度はラシーヌの胸の真ん中に交差して軽く置かれて。
イメージをブレさせると出来ないから、ルルーは目を瞑って、むむ!とゆっくり浄化をかけた。
浄化は特別、普段光ったりはしないけれど、ふわっと風が起きるのが特徴。ラシーヌの掛け布が、ちょっとだけハタハタしている。
ルルーが試しにタカラに浄化をかけた時、彼の中の、普段身体の免疫に負けて出てこない病原菌を、外から少しだけ浄化、とやったら、何だか身体の中が、ピチパチンと弾ける感じがしたそうである。ルルーも自分で自分にやってみたが、同じくで。
竜樹が、身体の中の、病気と戦う力が弱まったり暴走すると困るから、ほどほどでね、と言ってもいたので、実験は少しだけにして、鑑定で有効度を測った。
ラシーヌも、身体の中が弾けているだろうか。リールが打ち合わせ通り鑑定をかけて、そっと言い出す。
「浄化後残存率、40、段々減っていくよ、36、25、18、12、9、2、0!石化の病原菌だけ、無くなりました!」
ふぃん、と掛け布はためいていた微風が止んで、ルルーが目を開ける。
手を退けて。
「《浄化》が終わりました。身体に痛い所や具合が悪い所が、ありますか?」
また、目を瞑って、考えてから、パチン、パチン。
「血管の石灰化した部分は、まず《分離》しておいた方が良いのじゃないか、と竜樹様とお話し合ったんです。本来、血管が石灰化して固くなると、戻らないそうなのですけど、《分離》なら石化の部分だけ、少しだけど狙ってやって、血管の柔らかさやしなやかさ、血が滞ったり、血管が細くなったりしている部分を戻せないかな、って。少し試しに《分離》してみていいですか?生命維持に関係しない、片腕などで実験してみても?」
時を置かずに、パチン。
「良いですか?」
ルルーは、ポムドゥテール嬢とベッシュにも確認をとる。ここは家族にも聞いておかねばならないだろう。鑑定で、分離について、血管の石灰化分離をイメージしながら問いかけた。石灰化した部分を分離したら、血管がスカスカになったりしないのか、小さく縮んだり?という懸念もあった訳だが、そんな事はなく、周りの血液から栄養を取り入れて、しなやかな血管に戻る、と鑑定結果が。多分この辺りは神様案件なのだろう。血液を増やす魔法の時に、栄養が必要だったりするような。
まあ、だから、血液の栄養を使い切ってしまわないように、栄養を補給しながら段々と、分離せねばならないだろう。
もしこれが上手くいけば、動脈硬化の治療が出来るようになるな、とルルーとも話し合った。
「は、初めまして、ラシーヌ様。私は《分離》が出来るアトモスと言います。血管の石灰化を治してみますね。」
アトモスはラシーヌにぎこちなく微笑む。もう、何も出来ないと腐っていた前のアトモスなんかじゃない。《分離》で、布を再生し、乳糖不耐症の赤ちゃんを助けたのは、彼の自信となって、うつろだった身体も心も、底の穴を埋めて、ふつふつと熱く情熱で満たしている。
自分でも、必要とされ、新しい事に挑戦でき、そして出来る事があるのだ、と。
見守る家族の方を向いて。
「こちらに何か、要らない器なんかありますか。お皿とか、何でも良いんですけど。」
以前、ミルクから乳糖を分離した時のやらかしーー分離した粉を散らかしちゃうーーで学んだアトモスである。
さっ!と部屋から出て、粗末なお皿を持ってきたポムドゥテールにお礼を言って、皿を受け取る。ペコリ、と礼をして、アトモスはラシーヌに向き直り、それでは、と手を取って。
「《分離》はじめます。まずは、この右手だけ、しますね。痛くないはずですけど、嫌な感じがしたら、目をぱちぱちして、教えて下さいね。後で、痛いの止めたりするお薬を飲んでから、やったりも出来ますからね。」
パチン。
「それでは。」
きゅ、と両手で、細いラシーヌの手指を握り込んで、アトモスは、く、と力を込めた。
さら、さらさらさら。
白い粉が、ラシーヌの腕から、サーっと分離されて、ベッドの上、腕の側のお皿に。パラパラと踊り弾かれ、薄く敷かれる。
ラシーヌの腕からは、血管に沿って、何だか、ぐんっと何かが出ていく感じがして、そこを温かい何かが埋めてくる。ああ、再生。
ふう~、と気持ちよさそうな顔をしたラシーヌに、アトモスも、家族のベッシュも、ポムドゥテールも、竜樹も3王子も、ニコリ!とした。
ニコニコしながら、竜樹が。
「石灰化した筋肉の部分も、栄養取りながら、分離できたりするんかしら。俺の世界での、部分的な石灰化は、砕いたりしとけば、自然に吸収されちゃうみたいなんだけど、それだと遅いじゃん?もし分離できたら、身体の石灰化が、早く戻らないかな。寝たきりだった身体を、徐々に戻していくリハビリは、勿論時間をかけてやっていかなければだけれどさ。」
あ、石灰化が分離できるんなら、悪性腫瘍も分離出来るかもね。癒しと合わせて治したら、きっと速く、力を最小限で治らない?
外科手術の概念を持っている竜樹だからこそ、思いつくその分離の使い道に、ルルーは瞳をキラキラさせ、アトモスは、ラシーヌの顔を再び見て、へへっ、と笑った。
ラシーヌの目尻からは、また一粒、涙が。
「母は、元の身体に戻ると思いますか?」
ポムドゥテール嬢が、縋る目で竜樹に聞く。
ルルー治療師、医療従事者でなく、竜樹に聞くのは、この治療のアイデアが、竜樹発だからだろう。
「俺は、医療に詳しい訳じゃないから、断言はできない。けれども。見て知っているからさ。エフォール君ーー生まれてすぐに神経を怪我して、下半身麻痺で育った彼が、神経再生してリハビリで、今、歩行車があれば歩けるほどになっているのだもの。相応の時間と、試行錯誤は、覚悟だけど、可能性は、あるんじゃないかな。固まった関節をほぐして再生する、破壊と再生の治療なんかもやってみれたんだし、徐々に、徐々にね。」
すー、ふー。
ラシーヌが。深く息を吸って、吐いた。
彼女は闘うだろう。
涙が滔々と流れる。ぐっ、と瞑って、細かく震える瞼を、すう、と開いて、強い瞳で、今、ここにいる人々を、夫ベッシュを、娘ポムドゥテールを、ジッと見た。
竜樹が、粗く、画板に挟まれた紙を指し示して。
「ベッシュさん、ポムドゥテール嬢。ラシーヌさんと、文字板でお話してみましょう。ラシーヌさん、何か、言いたい事があったら、言ってみて下さい。文字が11列に、数字をふって並んでいるから、言いたい文字を、まず何番目の列、てぱちぱちしてもらって、列の何番目の文字、ってぱちぱちしてもらって。時間はかかるけど、疲れてなければ、少しやってみませんか?やりますか、休みますか。やるなら、一回。休むなら、2回パチンとして下さい。」
パチン。
ラシーヌの口端は、笑んでいる。
時間はかかったけれど、ラシーヌは。
あ り が と う
こ ん や く
お め で と う
「いや、あの、まだタイラスは眠っているけれども、その、お義母様のミモザ夫人も優しくて。お義父様のヘリオトロープ様も穏やかでお話を聞いてくださる方だし、義弟のコリブリ君も、素直で可愛い子なのだよ、お母様。私には荷が重いと思っていたのに、皆様優しくして下さっているのです。」
ポムドゥテール嬢が、もじもじ報告する。ラシーヌは、目をゆっくり、パチン、パチン、としながら、微笑み聞いていた。
れ ぞ ん
「レゾン?」
ニコニコしながら、10年ぶりの会話を見守っていた3王子も竜樹達も、その固有名詞?に、はてな?となった。
ベッシュが、ハッとして。
「レゾン君に、連絡を取りたいんだね。会いたい?君に希望が出来た事を、伝えたい?」
パチン。
「では早速、教会に連絡をとらなければね!」
ベッシュが、うんうん、と頷いて言う。ポムドゥテール嬢が、はてなの顔をして。
「レゾン様とは、どのような関係のお方で?」
「お前も、1度か2度、お会いした事があったのだよ、ポムドゥテール。彼は今、修道士となって、地方で祈りと清貧の生活を送っている。関係はーーあー、ラシーヌの騎士時代の、可愛がっていた弟分の同僚だったのだが、その、だな。彼は、ラシーヌの為に。」
ベッシュは、ふにゅ、と口を何ともなへの字に曲げると。
「自爆したんだ。」
「「「自爆ぅ??」」」
周りの皆が、はてなになる。
ラシーヌは、笑んでいる。
大団円。
ギフトの竜樹様が言った。
やってやろうじゃないか。今なら出来る。まるっと大きく、昔の傷まで広げて、円を描いて。
ーーーー
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
これからも週休2日から3日を目安に、無理なく楽しく、読んで下さる皆様と更新お付き合いできれば、と思います。
おやすみ日には活動報告でお知らせしていたのですが、今後は、お知らせせずおやすみしますね。ゆるりと、ぜひに。
(╹◡╹)
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