王子様を放送します

竹 美津

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ルゥちゃんと会える特別な日

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マールとヴィーフは、寝過ごした。
昨夜、奇跡の出産の夜、ワインを味わってのんびりして、寝るのがもったいないようだったから。
2人は酒に強い血筋なので、2日酔いなどではなかったし、量もそんなには飲まなかったーー2人にしてはーーので、良い天気、お昼近い日差しに、風に揺れるカーテン、優しい、少し涼しくなってきたけれどまだまだ爽やかな秋、やっぱり夢のような起床で。
侍女が窓を開けている。

「おはようございます。昨夜は、ヴィーフ様と、ギフトの竜樹様の所へ伺うと仰っていましたので、お起こししました。お支度されますか?」
「うん•••支度しよう。」

マールはポワポワぁと起きて、湯浴みし、パリッと服を着て、遅い朝食。
ヴィーフとも食卓で会う。
「父上、竜樹様には、昨夜話したように、寄付で良いですね。」
「ああ。下心あって、何かさせてくれなど言えば、かの方は眉を顰めるに違いないし、確実に赤ちゃん達に利があるようにしたいからな。それで行こう。」

執事によって、昨夜の内に王宮へと繋ぎを取ってもらっていて、寄付をしたいから担当の方とお話したい、今日行くと。そう、何も、本当に多忙で子供達の為に奔走するのが本筋の、ギフトの竜樹様に会えるとも思っていなかったし、もちろん出産したばかりで癒えていないコクリコに会えるなどとは、つゆほども思っていない。
ただ、感動を形にしたいのだ。

王宮へと行けば、するりするりと通されて、ある部屋の前に促された。

「ブルーヴェール侯爵家ヴィーフ様と、マール様のお越しです。」
些か微笑気味の、愛想の良い、腰に小さなバッグをつけた侍従が、部屋の扉をノックして、ギイと開け放たれ。入れば。

丸いテーブルいっぱいにお菓子。
それも、子供が食べるような、カラフルなものが、山積みで。

「ようこそ!ヴィーフ様!マール様!私はギフトの竜樹です!意見交換会で、挨拶だけはさせていただきましたでしょうか。お久しぶりですね。」
「!ギフトの竜樹様!覚えていて下さいましたか、ブルーヴェール侯爵家ヴィーフ、まかり越しました。お会いできて嬉しく思います。」
「ヴィーフの息子、マールも参りました。ご機嫌麗しゅう。」

にこにことした竜樹は、丸いテーブル、椅子から立つと、さっさっとヴィーフの方へ歩いてきて、握手を求めてきた。とっても友好的な感じである。
テーブルには、マルサ王弟殿下と、あと一人、見た事のある、あれは何と言ったっけ、そう、何でも実現バーニー君だ。有名で優秀な、魔法院の働き手だ。そして鳥。なぜかコケコッコのめんどりが一羽、ふくっとテーブルに、蹲っている。

若干狼狽えながらも挨拶をして、握手を交わすと、椅子を勧められる。
「ヴィーフ様、マール様、どうぞ座られて。マルサ王弟殿下に、こちらはバーニー君です。あと、神鳥オーブもいます。今日は、ご寄付をとお話いただいた事ですよね。こちらの人員で、承りますから、詳しくお話を、伺わせて下さい。」
「は、はあ、はい。ええと。」

ふふふ、とマルサが笑う。
「ブルーヴェール侯爵家のヴィーフ、マール、この状況、なんか変だよな。菓子は、赤ちゃんが産まれたお祝いに、って市井の店の奴らや、商人達が届けてくれたんだよ。きっと寄付や何かに来る人がいるから、もちろんお疲れ様のコクリコ嬢や、寮の子供達と食べたり、お客様と食べながらお話してください、ってな。何か良いだろ、赤ちゃん産まれた!って感じするよな。」
ああ!それでなのか。
山積みの菓子に、ヴィーフもマールもほっこりする。番組を観て、何かしたいと思ったのは、2人だけじゃなかったのだ。

街では、テレビのある飲食店などで、しん と静寂の後、うおおおおおぉ!!と雄叫び、子供が産まれたのにかこつけて飲んだり飲んだり食べたり、吟遊詩人が子産み歌を作ってバンバン歌ったり、盛り上がった。のは、後で新聞に載ってるのを読んで知る皆である。

「俺は相変わらず竜樹の護衛と、あとは寄付の話も一緒に聞くが、このバーニーも有用な話が出来ると思うから、同席させてやってな。それと、神鳥オーブは気にすんな。」

うん。分からないが、にこにこの王弟マルサに、突っ込むのはやめておこう。
神鳥オーブは、コケコッコ!と鳴いて挨拶?をした。バーニー君も、立ち上がりお辞儀をして。
「本日は竜樹様の助手を務めさせていただきます、バーニーです。よろしくお願いします。」
「マルサ王弟殿下、ご機嫌麗しゅう。バーニー君、よろしく頼むね。」
「王弟殿下、お目にかかれて光栄です。バーニー君、よろしく。」

席に着くと、竜樹がショボショボ目をピカリん、とさせて、お菓子を勧めてきた。山積みのお菓子は、子供なら夢にみるだろうか。何となく和やかに、甘いものを普段、それほど食べないヴィーフとマールだったが、好きなものをどうぞ、選んで選んで、と言われて、山の中から紙包みのキャラメルと、箱詰めで葉っぱの仕切りに美しく並んだ、絞り出しのクッキーを一つ手元の皿に。
タカラと呼ばれた侍従が、さっと人数分、お茶を淹れて控える。

ふふふ!と竜樹も、ヴィーフもマールも笑う。何となく、くすぐったい、お祝いの雰囲気なのだ。キャラメル甘い。
「神鳥オーブもいて、びっくりしたでしょう。今日はね、ブルーヴェール侯爵家のお2人が来るまでに、そりゃあ沢山の人がいらしたんです。番組を観て、ご自分やご家族もお産で辛い思いをされた方、あらまほしい妊婦さんと赤ちゃんの未来を見出して下さった方が、ご寄付や何か出来ないかと、とるものもとりあえず、訪問して下さってね。コクリコさんの番組、大変な反響だったんです。」
嬉しそうな竜樹に、ヴィーフがニコッと。
「そうでしたか!いや、出遅れましたかな!•••私も、妻をお産で亡くしておりまして、番組には深い、深い感銘を受けました!赤ちゃんが産まれて、あんまりにも嬉しくって。昨夜は祝杯をあげてしまったんですよ。それで今日はこの時間になりました次第で•••。」
「ええ、ええ。感動に、居ても立っても居られなくなって、父上のとっておきのワインを開けてね。」
ウンウン、と頷きあう面々。
す、とお茶を飲んでキャラメルの甘さを流して。

「私の妻、キャローレンは、早産で、赤ちゃんも助からなくて。当時亡くなる時に痙攣して逝った、妊婦さんにはままある、とだけ説明を受けましてですね。何で?と、突然の事に、呆然として、納得はできずに今まで過ごして参りました。ですが•••妊婦さんの高血圧だったのかな、と番組を観て思ったのです。ああ、あの時知っていれば、と、やっぱり思いましたけど、詮無いこと、それは分かっております。•••分かって、おり、ます。」

ぽろ、とヴィーフの眦から、一筋の涙。
ハンカチを胸元から出して、拭いて、ズッと鼻を啜り。
「•••これからの、妊婦さんと赤ちゃんに、私も何かしてあげたいんです。キャローレンのようには、決してしてはならない。差し出口のようなものは言いますまいが、お金は、何につけ、必要でしょう?新しいお産の仕方を広めるにも、妊婦さんに良い道具の事業をするにも。」

ありがとうございます、と丁寧に言って、ふ、と竜樹はお茶を啜った。

「ヴィーフ様とマール様のように、お心の芯から何かしたいといらっしゃる方も大勢いるんですけど。あの、女性の秘するべき場所まで晒した女の顔を見てやりたい、っなーんていう、いやらしい野次馬根性まんまんの輩や、けしからん!とお叱りの方、気分が悪くなったし女性にこれからどう接して良いか、悪夢見そうだーなんて、苦情を仰られにいらした方もいましてですね。」
タハ、と困り眉。
ああ、ああ、そうだろうよなあ。

「それだけ、先鋭的な事だった訳ですよね。コクリコさんのなさった事は。でも、心に強く、お産がどんなもので、サポートが必要で、ってはっきり思われた女性、男性、子供達も、沢山いらしたでしょう。それだけの価値ある番組でした。」
ヴィーフが言えば、マールも。

「私も、最初、コクリコさんが可哀想だと思ったのです。女性として、大事にしておきたい場所まで晒して、番組スタッフは何の暴挙を!って。•••けれど、お産を、この目で見て。何て尊いのだろう、って。鮮やかで、血にまみれた力強い生命感に、打たれたのも確かでした。私もああやって、産まれた。みんな、特別な事だった、と思います。」
胸に手を当てて、感じ入るマールに、うんうんと竜樹もマルサも、バーニー君もタカラも、そして神鳥オーブも頷く。

「そう言っていただけて、コクリコさんも番組に出たかいがあると思いますよ。まあ、そんな訳で、お叱りや興味本位な方の、いや、興味は良いんだけど下衆な気持ちのある方なんかは、お話がしつこい時、この神鳥オーブが、チョチョイっと、コケコッコーって鳴いてくれましてですね。そうすると、何となく満足して帰ってくれるんですよね。」
流石に篩い落としまでオーブに頼っては、様々な人のいる中で成立していく関係の、健やかな育みが出来ないだろうと、悪質でしつこかった時だけお願いしている。

「それでですね。ヴィーフ様、マール様。バーニー君、ブルーヴェール侯爵家にお手伝い頂けそうな事は何ですって?」
バーニー君がすかさず、はいっと資料を捲る。
「ご領地の気候風土が、低反発のクッションの樹液を採る木の栽培に、適している予想です。お隣のヴァレイ領にもお話してるので、共同事業でなんて、いかがです?あと、装身具の金属の細かい魔法細工で有名でらっしゃるから、痛くない、すごく細い注射や点滴の針が作れるかも。」
え、え?と驚く2人に、竜樹は。

「と、いう事ですのでね、ヴィーフ様、マール様。ご寄付も嬉しいんですけれど、継続して私どもを、お互い利のある形でご支援いただく、なんて提案、どうでしょうか?」
ニコニコりん、のショボショボ目。
目を白黒させていたヴィーフだが。

「•••そんな事が、出来ましょうか?確かに出来る、とは、やってみなければ分かりますまいね。ヴァレイ領のオレット伯爵とも話して、お試しをまず、と承りましょうか。うまくいけば、お力になれるやも。できれば、できれば、そんな事が出来たら、私もマールも、嬉しゅうございます!」
「はい!努めてみせましょう!」
ワッ、と嬉しい希望に沸く2人。

それから、具体的なお試しの話と、少しの計画の叩き台をほんのり決めて、お菓子をばりばり食べながら頭を使って、集まった大人達はひとしきりすべき事をし終えた。

「いいお話ができました。」
ヴィーフが嬉しそうにお茶を飲む。
竜樹は、肘をテーブルにつけてお茶を飲みながら、パチンとまた、瞬くと。

「ヴィーフ様。マール様。お2人は、コクリコさんの出産に、感動されていらした。ですよね。それでね、他にもいらっしゃった方々が、父親のあてのない赤ちゃんを、本当に、いじらしくお思いになりましてですねぇ。下は12歳から、上は72歳まで、紳士の方々が、お父さん代わりともなって保護したいと口々におっしゃって、パパズクラブ、って組織を立ち上げたんですよね。」

赤ちゃんはいとけなく。
そして、コクリコはいかにも出産のやつれに、これまたいじらしく。
女性のあらぬ所を、心ならずもぼかしだけど見た純情の男性達が、老いも若いも、コクリコの覚悟に奮い立って。番組を観て騎士道精神とも言える、男性の本能、守りたい、護りたいと込み上げる気持ちが爆発して。何というか、コクリコ今、大人気なのだ。
この女性を守らねば!なのだ。
決していやらしい気持ちでは、ない!ないのだ!
マルサの側から見た気持ちとしては、男のアホな所のような気もちょっとだけするが、ちょっとアホでも漢気がある方が何かと世の中上手くいくので、うんうん、と見守っている。

マールもそれを聞いて、我も!と浮き足立つ。
「入ります、入会します!何か特別な審査とかありますか!?」
あは、と笑顔のまんまの竜樹は、でしょうねでしょうね、と。
「コクリコさんの赤ちゃんに限らずだけど、きっかけになったから、コクリコさん達親子とも一緒に。赤ちゃん、子供達、お母さん達のより良い未来を守る活動を、派閥などに関係なく、していこう!って組織にしてはどうか?ってね。資格などはいらなくて、名簿作りの為の事務費用や、会合などを開く時に参加されれば実費くらいで、入会金とりあえず銀貨5枚で、って話が出てます。」
12歳の男の子など、お父様が亡くなった子で、身につまされたのだろう。自分ができる事を、と、お小遣い握りしめて、あげる、赤ちゃんに全部あげる、って力説しにやってきた。

「因みに、ママズクラブもあります。淑女の方が、やはり老いも若きも、大勢名乗りをあげてくれて、クラブ員になりましたよ。」
おおおおぅ。男女派閥関係なし!なんて、なかなかの展望が見込めそうなクラブではないか。皆、切なる気持ちで参加なのだ。

「私たち、入会致します。」
「パパズクラブに入ります。」
「ありがとうございます。では後ほど、ご案内をご自宅まで届けますね。」
バーニー君がテキパキとメモ。
後にこれが、国を動かすほどの非営利社会貢献団体となるのだし。クラブに入った者達が、派閥を超えて胸襟を開き、助け合い親しみ合う、王族貴族平民分け隔てなく良い人間関係影響力のある団体になるのだが、それもまた時を必要とする。

「良いお話が沢山できましたねぇ。良かった良かった。それで、コクリコさんが、もし今授乳だったり、お昼寝だったりしていなければ、5分ほどですけれど、お会いしたいです、って言うんですよね。彼女は産後なので、お部屋で寛いでいるし、公式なアレじゃないのですけど。赤ちゃんにも、念入りに浄化をしてもらって、抱き上げたりせず、寝てる所をちょっと見るだけであれば、会員の方に会って頂きたいって。」

え。
ええ!?

「コクリコさん、お疲れなのでは?お邪魔じゃないです?」
「産後は大分やつれますでしょう。女性のそのような姿を、無理にお会いして見るのは、憚られて•••。」
赤ちゃんだって、大勢にさらすには、まだ早いはずだ。

「だよね。」
うんうん、とマルサも深く頷く。
「だけど、コクリコ嬢は大した女性で、お父さんとお母さんになる方達だから、本当に少しずつなら、お顔を見て話したい、って言うんだよ。赤ちゃんも、少しだけ見せてあげたいんだって。その代わり、マジで非公式、まだるっこしい正式の挨拶なんか抜きで、休んでる場にちょっとお邪魔するだけだぜ。」

「勿論です。配慮致します。」
「お邪魔ながら、では、本当に少しだけ。」

会えるんだ。
彼女に会える。

マールの胸は、ドキン!と大きく鼓動を打った。
邪魔しないように。疲れさせないように、ダメなら会えなくてもすぐ帰る位の気持ちで、だけど。
期待、している。

「では、ご案内しましょうね。」
竜樹自ら先に立ち、廊下を進み、庭に出て、新聞寮へと進む。高い空が気持ちよくて、頬が風、新たに。

寮の入り口では、靴を脱いで、そっと入る。もう午後になっていたから、子供達は思い思いに遊んでいて、あーお客さんだぁ、なんて、ボールを胸に抱えて竜樹にぶつかってきたり。
「はーい竜樹とーさ、お仕事中だよ。また後で遊ぼうね。お客さんに、こんにちは~は?」
「「「こんにちは~!!!」」」

交流室の前では、3王子とファング、アルディ王子が、竜樹達を待ち構えていた。
「ブルーヴェール侯爵家のヴィーフ、マール、良くきたな!ここからは、私たち王子が誘導するからね!」
オランネージュが、そっと言う。
「コクリコお母さん、今お部屋で赤ちゃんといるからね。」
ネクターが状況を説明し。
「あかちゃん、おっきしてるよ!らっきーだね!」
ニリヤが、にんにんと笑顔だ。
「私たちも、ご案内なのだ!」
ファング王太子は、お産の番組も撮影できたし、そろそろ帰国の予定なのだが、ぐずぐず言ってまだいるのだった。
「さっき、お乳飲んでたよ!」
アルディ王子が、ポポッとしながら、嬉しそう。

ヴィーフとマールは、王子達に挨拶をする。こっちこっち、と呼ばれて、寮のお産部屋を寛げるよう整えた、個室へ王子達は誘った。タカラにより、浄化を念入りにされる。マールは自分でも浄化が出来るので、これでもか!としつこく浄化した。

「コクリコおかあさん、はいっていーい?」
「お客さん連れてきたよ。」
ニリヤとオランネージュの問いかけに。

「はーい。どうぞ。」

高すぎない、テレビでだけしか聞いた事のない、声が、コクリコの声が、開いたドアの隙間から。

ズキン!マールの胸は痛んで。

「•••こんにちは。こんな格好で、お許しください。コクリコと申します。」
緩いワンピース姿で、すた、と椅子から立ち上がって、こちらへ!来る、だと!?

コクリコは、お産からまだ回復中なのか、スカートに隠れてはいたけれど、何だかガニ股で。あ、身体の一部が壊れたのだ。壊れた所から、産んで、そしてまだ壊れが治らないのだ。と確かに分かる様子だった。
マールは、ダッ!と思わず駆け寄り、そっと手を取って、補助をした。
「ご無理をなさらないで!お身体大事にされてください。座られますか?」
泣きそう。あの番組に出ていたコクリコ本人は、息をして、こんなにも、こんなにも、小さくて、破れていて、吐息が浅くて、生きていて、温かくて。

「はい、ありがとうございます。私、コクリコと申します。こちらにいらっしゃるって事は、パパズクラブに入られた方ですよね。失礼ながら、寡聞にして、お名前存じ上げませんの。すみません。」
「こちらは、ブルーヴェール侯爵家のお客様でいらっしゃるよ、コクリコ。私、コクリコの父の、ヴィオロ子爵ブレと申します。非公式という事で、ご挨拶を先んじてさせていただく失礼を、お許しください。」
ブレが、世慣れないコクリコを助けているのだろう。マールからコクリコを受け取って、手を添えて。
だが、それだけでもない。密やかに優しく語りかけるその口調は、赤ちゃんのいる部屋、穏やかに、嬉しそうに。

「良い、良いよ、ブレ殿。さあ、コクリコ嬢、座って休んでおくれね。ブルーヴェール侯爵家ヴィーフです。私は、妻と子を、お産で亡くしまして、番組に感動して、理念にも賛同して、パパズクラブに入会した次第ですよ。」

椅子に座ったコクリコに近寄り、温かな眼差しで、手を優しく、ぽん、ぽん、と叩いたヴィーフは、さっさと自分も円卓の端の椅子に座った。
マールも。
「息子のマールです。大仕事のお産直後ですのに、お会い下さり、嬉しく思います。」
面倒がないように、コクリコの隣に、さっと座った。
5分という事なので、お茶も出ない。
「ヴィーフ様とマール様は、低反発枕の樹や、注射器、点滴の針をお試しに作って下さる事になったよ。コクリコさん。赤ちゃんの事を真摯に思われて、行動したくて来て下さった、力強いお仲間、クラブ員だよ。」
竜樹の補足に、コクリコは気怠げながら、すふー、と嬉しそうに息を吸って。
「頼もしいですわ!ヴィーフ様、マール様、来てくださり、お助け下さって、ありがとうございます。私も、まだ大人になりかけ、お母さんにも、なりたてですが、できる事を、一緒にやらせて下さいましね。」
すーふ、すー。
まだまだ身体の調子が整わない様子なのに、朗らかに、とても嬉しそうに。

少し汗に張り付いた黒髪が、愛おしい。マールはキュンキュンして。そのキラキラした碧い瞳を見つめながら、つ、とテーブルの上のコクリコの手を、つい。つい、取った。
コクリコは、ん?ポポッ、とまごまごしたが、ハッとしたマールが、それでも指先を未練がましく、コクリコの手にかけたままだったので。
コクリコの父、ブレが、う、うん!と咳払いをしたが、マールは夢中で。
ヴィーフが、思わず、くすす!と笑う。

「長居もよしましょうよね。一緒に、頑張りましょう!ブレ殿、コクリコ嬢、ご挨拶できて、嬉しかったです。」
ヴィーフが締めようと。
「あ、カンパニュールゥに会ってやって下さいな!」
すぐ側にあるベッドに、歩き寄ろうと立ち上がるコクリコに、マールが急いで、がたたん!と椅子を鳴らして立って添った。ブレが何となく唖然としている。

「ご親切に、ありがとう存じます。ほら、娘のカンパニュールゥですわ。ちょうど起きているの。ルゥちゃん、良い子ねぇ、お客様ですよぅ。」
ベッドに寝ていた赤ちゃん、カンパニュールゥをおとと、と抱き上げ、マールとヴィーフの前に運び、ゆらゆら、と揺らす。
ヴィーフも、歩くのを手助けしたマールも、目尻がタレタレに下がってルゥちゃんを覗き込んだ。
あく、うく、ほわぁう、とお口にお手て。

ああ、壊れそうに、柔らかそう!
ぐにゃぐにゃして、ほんのりミルクの匂い!

「こんにちは、ルゥ嬢。ご機嫌いかがかな?」
「可愛いお顔だね、ルゥちゃん。会えて嬉しいよ。」

お手てを握って、ふりり、とさせたお母さんのコクリコが、うふっ!と嬉しそうに笑い。
「少しだけですけど、お会いできて嬉しいです!ルゥ共々、よろしくお願いします!」
「こちらこそ。」
「こちらこそです!」

では、ではね、と立って、そそくさと、でも、後ろ髪引かれながら帰る。
竜樹とマルサ王弟とバーニー君も、ではではね、とまた握手を深くして、王宮の出口まで送ってくれると言う。

「ぱぱずくらぶの、おとうさんなった?」
お部屋を出たら、ニリヤ殿下が、ヒョコッと。
王子達は、不埒な事がないか、ドアの所で見張りをしていたらしく。
「なりましたよ、ニリヤ殿下。」
「私もです、殿下。」

オランネージュが、ニヤリと笑って。
「騎士もパパも、沢山いるけど、争わないで、コクリコを支えてね!」
「コクリコ嬢、みりょくてきだけど、お母さんだから、無理強いはダメ!だからね!」
「ぼくたちが、めをひからせているから!どうしても、コクリコおかあさんと、とくべつになかよくするなら、おれのしかばねを、こえてこい!」
フンム!
ファング王太子とアルディ王子は、ドアに手を掛けたまま、心配そうに尻尾ブン!している。

誰に教わったんだ、ニリヤ殿下。
ブフ、と噴いたヴィーフは、アッハッハ!なんて笑いながら。
「分かりました、殿下方!お互い、紳士でいきましょうよね。よろしくお願いしますね。」
「よ、よろしくお願いします。」

マールの気持ちは、アッハッハ、なんかじゃない。ドギマギ、どうしよう、ニリヤ殿下のしかばねを越えるのか?と何だか混乱。
帰りながら、バンバン!とヴィーフに背中を叩かれて、また笑われて、情けなくも、でも嬉しい。今日も、そんな特別の日だったのだ。
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