王子様を放送します

竹 美津

文字の大きさ
上 下
449 / 569
本編

産まれた!

しおりを挟む

ふーう、ふー。
大きく息を吐き出す。
すーう。
鼻から吸って。
ひっ、ひっ、ふ~っ。

かの有名な、いきみの前の、強い陣痛の時の呼吸法である。呼吸法も、こちらの世界での、昔ながらのものから、竜樹の世界のものも、ひっひっふー、のラマーズ法だけでなく、ソフロロジーの呼吸法、というものがある。どれが良いか、無限に湧き出る選択肢を決めていくのは、この考え方が良いかな、など、コクリコも医師やお産婆さん達と、竜樹も交えて、のんびりちゃんと話し合って決めてきた。

ニリヤは、調理室の丸い木の椅子で、竜樹に抱っこされたまま、ミルクをゆっくり、ゆっくり飲んだ。飲み終わると、お口をもにゅもにゅして、少しお水を飲んだ。いつも甘いものを食べた後は、お茶などでお口を洗うように飲んでいるので、甘くないものでスッキリさせたかったらしい。

「ぼく、もどる。」
「もどる?寝る?」
ううん、と首を振る。
抱っこのまま流しでコップを洗って、食器を乾かすトレイにポコと置き。抱っこから降りると、とことこ、竜樹の手を引っ張って。
交流室に戻ると、ハンガーにかけられてカーテンレールに吊るされていた、検証中!の番組衣装ツナギに、ぴょん、ぴょこ!と飛びつき始めたので、竜樹が、着るの?と聞けば、着る!と言う。
「じゃあ、トイレ行っとこう。ツナギ着ると、おトイレ結構大変でしょ。」
「?トイレ、いくー。」

まだ朝起きる時間には早いけれど、始動のニリヤ。竜樹は思う。自分が子供だった時、起きたらまだ血が指先まで巡っていなくて、じわわ、ぼわわ、となったりもしていたっけな、と。ニリヤは大丈夫なのだろうか?
とっとこトイレに行き、タイミングではなくても小と、大も出て、顔も洗う。歯も磨いて、物音に敏感に起きてきた、側の部屋で夜番していたタカラに、浄化してもらう。

何だか気分は、パリッとしてきた。お布団に戻るとバンバン畳んで、隅っこに。パジャマをぶんぶんと脱ぎ捨てて、ツナギを取ってもらい、自分でも積極的に着せてもらう。
お胸には、コクリコに留めてもらった、どんぐりブローチ。
にぎ、にぎ、として、すー、ふー、と息をすると、キッと竜樹を見上げた。

「ししょう!コクリコおかあさん、おうえん、するっ!」
「おー。そっかそっか。モニター見る?また辛くなったら、すぐ言うんだよ?」

ウン。
コックリして、ついでに一緒に支度して着替えた竜樹の胡座に入って、ふす!と鼻息荒く。
ふぁ~ああ、とマルサが起き出した。
「ん?何だよ、竜樹もニリヤも、早いなあ。」
「今ねえ、お産がいいとこきてんのよ。」

どれ、とマルサも一緒になって、タブレットモニターを覗き込む。

ふー、ふー。
すーぅ。
ひっ、ひっ、ふうぅうう。

「破水も夜のうちにあってさ。」
「そ、そっか。う、うん。大変だ。」
未婚の王弟マルサには刺激が強い。コクリコは、あんなに可憐で、細っこくて、優しげな女性で、まだ10代後半と若いのに。
しっかりとした、生命の強さを感じさせる、ひっ、ひっ、ふーうの呼吸に、存在の確かさをありありと。
「女性って、すげえよな。」
「応援だよ、マルサ。」
「おうえん、がんばって、コクリコおかあさん!」
ぎゅむ。お胸のブローチを握る。

そのうち、段々と子供達が起きてくる。

すー。
ふー、ふううう。

すー、ひっ、ひっ、ふーうううぅ。

『コクリコ、がんばれ!』
ギュッと手を握る、コクリコのお父さんヴィオロ子爵ブレが、自分も、すーう、ふーう、と荒く息をして。
お産の様子が見やすいように、ベッドは高く、そして座って背中が預けられるように持ち上がっている。両足は開いているのだろう。コクリコの身体には、布がかけられていて、出産の邪魔にはならないが、足は隠されている。この世界で女性が、出産ドキュメンタリーとはいえ足を全て晒すのは、あまりに産中産後、コクリコが恥ずかしかろう。

パッ、と画面が切り替わる。
パージュさんが、スタジオで、マイクの前、注意喚起をする。

『皆さん、ここからは、本当に本当の出産です。血も見えますし、局部は撮影後、ぼかしますが、徐々に産まれてくる、赤ちゃんを撮影しています。人によっては、ご気分を悪くされる方も、いらっしゃるでしょう。これが、お産の一つの現実、ですが、無理に見なければいけないものでも、ありません。どうかご自分で注意なさって、見る事が無理なら、目を瞑ったり、場所を移されたりして、ご注意されて下さいね。コクリコさんには、勿論、撮影、放送の許可を得ています。知りたい方には真実を、そして誰にとっても、良かった、と言えるお産を、コクリコさんは、望んでらっしゃいます。』


「ウソだろ•••!」
マールは叫んだ。
女性が。そこまで露わにして、良いわけがない!
「番組スタッフ何やってんだ!コクリコさんが可哀想だろ!」
この怒りをどこにやればいい!そこまでして!

「彼女が望んだのだろう?きっと、これからお産をする、女性達や、それを支える男性達のために、子供達の為に。そして、きっと、自分の為にも。」
ヴィーフが、す、こくり。とお茶を飲んだ。
「私達に出来る事は、彼女の覚悟を見届ける事だよ、マール。そりゃあ恥ずかしかろうよ。痛くて、辛くて、他人には決して見せないような所を、私達は、暴いてるんだよ。•••何のために?それを忘れちゃいけないよ。きっと、面白おかしく笑う人もいる。でも、そいつらは分かっちゃいない。彼女の願いを。本当に恥ずかしいのは、本当に本当は、一体、誰なんだって、私は思う。」
黙って見てなさい。
或いは。
「彼女が恥ずかしいだろうと思うなら、目を背けてどこかでやり過ごしなさい。」

ピシリと言う。

マールの方が、ヴィーフより柔らかい。良くも悪くも、若く、やわいのだ。
そうだ。こんな時。
かっちりと真意を汲み取って、真摯に折り目ただして落ち着いていられるのは。硬派に見える、やっぱり、マールの親をこれまでやってきた経験のある、ヴィーフなのだった。

むぐぐ、と黙ったマールは、結局、目を逸らす事なく。ぐぐ、と拳を握って、番組の続きを。



『ウン、子宮口全開です!いきんで良いわよ!ふー、吐いて、で、ウン!よ!目は閉じないのよ!』

ぅふーううぅう、うーん!
んふううぅーう、うーん!

子供達は。手に汗握って、パジャマのまま、または支度をしてツナギを着て、竜樹の側に集まって。
朝の支度、ご飯の準備、エルフのお世話人、マレお姉さん、ベルジュお兄さんが、そわそわと覗き込んだり支度をどうしようか迷ったり。

竜樹がもう一つ、タブレットモニターを開く。身体スキャナが、コクリコの身体の中を映している。テレビ番組では、右上に小窓、ワイプで身体スキャナの映像。

じわじわ、じり、くり、と回りながら、赤ちゃんが産道を通って。

ふーううぅうう、ううん!

『赤ちゃん頭出てきたよぉ!いきまないで、赤ちゃん締めつけないようにー、息逃すよー。ふー、ふー、だよー!』

ふーうぅう
ふーうぅ

「あ、あかちゃん、でてきた•••!」
「頭が出てきたねえ!!」

濡れた黒い、小さな頭が、血の赤をちょっとだけつけて、ずぬ、ぐにゃ、と皮膚柔らかく、ぼかされた局部から出てくる。
ぐ、く、と赤ちゃんの頭を強くなく、手を念入りに浄化した、お産婆さんが触り、少しだけ誘導する。

ひうぅうふううぅ
ふわうううわうぅーっ

最高潮の腹にひびく荒い呼吸、叫び、マールは見ちゃいられない!と思った。口の中が乾く。ひやひやする。
なのに目が離せなかった。
ドキドキする。
赤ちゃんが。今、赤ちゃんが。
あ、あ、あ。 あ!

「あかちゃん、うま、うまれ•••!」
「ニリヤ、しぃ!見てて!」

ずる、りん と。

『産まれたよ•••!』

ふぅううう
ふうううーぅ

赤ちゃんの声が聞こえない。
コクリコの上下する、布がかかったお腹。
ジュルル、と何かを吸引する音がして。

『•••ぅほわあ、ほわあぁ!』

「「「うまれたぁぁあ!!」」」

フム!と鼻息荒いニリヤである。
オランネージュもネクターも、ファング王太子もアルディも。
チームジェムも、チームエルフも、チーム女子も、チーム荒野も。
小ちゃい子組もマレお姉さんもベルジュお兄さんも、後から入った子組も、眷属エタニテ母ちゃんレザン父ちゃんも、そして竜樹も。

「やった•••!」
「やったあ」「うまれた!」「泣いてる!」「ぶるぶるってしてる!」「ぬれてるぅ!」「クリームついてる!」「ちっちゃい」「うぉおおお」

子供達みんな、きゃあ!わちゃちゃ!とパジャマもツナギも喜び勇んで。

ほにゃあ!ほにゃああ!

水っぽい泣き声が、ひびく。ひびく。
『はーいよく泣けていいねぇ、臍の緒を切りますよー。』

ふー、ふー、と息のなかなか収まらないコクリコ。

コクリコの胸の上、肌を触れ合わせて、拭かれた赤ちゃんが乗せられる。ふわふわの毛布に包まれて。
コクリコは笑っている。
はあはあしてるけど、笑っている。
父のヴィオロ子爵ブレが、ふわぁうわあうあ、とベッドに寄り添って泣いている。ラフィネは良い笑顔で、赤ちゃんを見て、コクリコを摩る。


マールとヴィーフは、やったぁあ!と手を打ち合わせて、飛び上がって。
「ワインだ!とっておきのだ!グレインの赤だ!」
グレインの赤。ヴィーフが、妻キャローレンと結婚した頃、奮発して買ったワインだ。
「祝杯ですね!父上!•••ぐすっ、うまれ、本当に産まれた•••!」
2人とも、号泣である。侍女もワインの準備をしつつ、涙を拭っている。
「うぅ、あ、明日、竜樹様の所に伺わなければ!」
「え、ええ、父上、行きましょう、父上!!」
ヴィーフも、マールも、何もせずにはいられないのだ。

テレビでは、後産があり、初乳をあげ、画面が切り替わり。きれいにされた黒髪、碧い目の、ピンクのベビーウェア、女の子の赤ちゃんが。
はく、はぷ、とお口を開けたり、お目々をぱちん、ぱちん。抱っこして差し出したコクリコの人差し指を、小ちゃな、お手てで握って。コクリコの父ブレ、細目の兄プルミエール、兄嫁のソヴェが集まって皆、何とも言えないほわほわした喜びの雰囲気で。

ビタミンKってのを赤ちゃんにあげると、産まれた後の出血が抑えられます、新生児の死亡の原因が減ります。
竜樹が言って、食品から分離してー、と説明し出して、ほうほう、とワインを味わいながら、しみじみ。

すっかりコクリコと赤ちゃんが休んだ後に、検証中!の子供達と、赤ちゃんとの対面も映って。
浄化してから赤ちゃんを抱っこしてね、とそーっと。
竜樹に補助、手を添えられて、小ちゃな小ちゃな赤ちゃんを抱っこした、満面笑顔のニリヤは。興奮してほっぺが真っ赤で、ふく!として。

『コクリコさんの赤ちゃんは、女の子。元気な小さな希望です。これから彼女は、どんな世界を味わうのでしょうか?願わくば、生きる冒険を、りんりんと勇気を持って、切り拓いて生きていけますように。』

ピン ポロリン コロリン♪

オルゴールが鳴り出した。
スタッフロールである。
妊娠中のコクリコと子供達。
最初の笑顔のインタビュー。

そして最後は、ベビードレスを着た赤ちゃんを抱いた、真っ直ぐカメラを、微笑みで見つめるコクリコ。

ポロ ピロリン♪

マールとヴィーフは、2人、番組が終わってブラックアウトしてからも。随分長く、のんびりと祝杯をあげていた。
自分達も、まるで生まれ変わったかのような心地、夢心地で。
ふわふわと。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

異世界召喚?やっと社畜から抜け出せる!

アルテミス
ファンタジー
第13回ファンタジー大賞に応募しました。応援してもらえると嬉しいです。 ->最終選考まで残ったようですが、奨励賞止まりだったようです。応援ありがとうございました! ーーーー ヤンキーが勇者として召喚された。 社畜歴十五年のベテラン社畜の俺は、世界に巻き込まれてしまう。 巻き込まれたので女神様の加護はないし、チートもらった訳でもない。幸い召喚の担当をした公爵様が俺の生活の面倒を見てくれるらしいけどね。 そんな俺が異世界で女神様と崇められている”下級神”より上位の"創造神"から加護を与えられる話。 ほのぼのライフを目指してます。 設定も決めずに書き始めたのでブレブレです。気楽〜に読んでください。 6/20-22HOT1位、ファンタジー1位頂きました。有難うございます。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

私、平凡ですので……。~求婚してきた将軍さまは、バツ3のイケメンでした~

玉響なつめ
ファンタジー
転生したけど、平凡なセリナ。 平凡に生まれて平凡に生きて、このまま平凡にいくんだろうと思ったある日唐突に求婚された。 それが噂のバツ3将軍。 しかも前の奥さんたちは行方不明ときたもんだ。 求婚されたセリナの困惑とは裏腹に、トントン拍子に話は進む。 果たして彼女は幸せな結婚生活を送れるのか? ※小説家になろう。でも公開しています

処理中です...