王子様を放送します

竹 美津

文字の大きさ
上 下
447 / 578
本編

早く産まれてこないかな

しおりを挟む
(別荘の留守番なんて、そう何日も出来るものではないな。ハリソン様の従者の腰が治ってくれて良かった)

宰相まで上り詰めたハリソンの古くからの部下であるセドリックは独り言ちた。

ハリソンに頭が上がらないのは昔からだが、ノーマンに何の罪も無いことを知っているだけにセドリックの気は滅入っていた。

休みを貰ったが、雨の日に家の中にいても暗く、余計にどんよりしてきたので、セドリックはゆるゆると当てのない散歩に出掛けた。

ふらりと入った公園は、屋根付きのベンチやパラソル付きのテーブルセットなどが所々に置いてあって、こんな雨の日でも照りつける暑い日でも過ごしやすいようになっていた。

小振りなテーブルセットに腰を下ろしたセドリックは、斜め向かいに若くて可愛らしい女の子が3人いることに気付いた。

若くして平民落ちした元子爵令息のセドリックは青春時代の全てを労働と隣国との諍いに費やしてなんとか騎士爵を掴んだが、40も半ばになろうかという今まで恋人に恵まれたことは無かった。

恋とも言えない程の慕情を感じた娘はいたが、セドリックにはどうすることも出来なかった。
後に再び彼女と出会えたが、隠居した貴族の後妻になっていた。

ジャクリーンは隣国との境近くの村の食事処の娘だった。
彼女の両親はジャクリーンを表に出したがらなかったが、長引く諍いで駐屯する兵士は増員していて、どうしても手が足りずジャクリーンも店を手伝っていた。

たちの悪い連中の話はセドリックも耳にしていた。

だが、ある夜、セドリックを見張りに立ててジャクリーンを襲ったのは上司だったハリソンだった。

何もかも終わってから全てを知って崩れ落ちるセドリックに、ハリソンは「お前も共犯だからな」と言った。
平民落ちしたセドリックを拾ってくれたハリソンには逆らえず、セドリックはそのままずっとハリソンの犬だった。

そしてその隣国との諍いで武功を上げたセドリックとハリソンは爵位を賜った。
セドリックは結局騎士爵止まりだったが、ハリソンは元の男爵から子爵になり、侯爵家に婿入りして宰相にまでなった。

その原動力が復讐であることをセドリックは知っていた。

求心力を失いつつあった前国王と、当時は王太子だったレモネルは、起死回生の手段として“辺境伯の子供たち”を使った。
横領や領地での圧政、不当な増税、密輸、それらにおもねる者、見逃す者、全てが摘発された。

セドリックの子爵家は密輸グループに追随していたことで取り潰しとなり、王都追放で一家は離散して13だったセドリックは理不尽な思いを堪えながら、住み込みで港の荷運び労働をしていた。

ハリソンの公爵家は男爵落ちで留まれていたが、ハリソン自身が学園での王太子の婚約破棄騒動に巻き込まれていた。
婚約者のオランディーヌ嬢がいるレモネル王太子との親密な関係を装って高位の令息たちを翻弄した男爵令嬢サティに、ハリソンは惹かれていた。

オランディーヌ嬢を誹り、レモネル王太子の失脚を画策したハリソンは、王都追放を命じられたのだ。
なんとしてでも返り咲くことを決意したハリソンは、同じ恨みを持つ仲間を増やしていった。

港で出会ったセドリックとハリソンは兵士に志願して武功を立て、王都に舞い戻ることを誓い合ったのだった。

(ハリソン様に恩義は感じているが、ジャクリーンのことを思うと……ん?あの子が着けているペンダントは…ジャクリーンに娘がいると聞いて居ても立ってもいられずに贈ってしまった物と似て…いや、メイベルに贈ったのと同じ物だ。あの子のブレスレットも、あの子の髪飾りも…!こんな偶然があるか?まさか…)

“辺境伯の子供たち”を撲滅したいハリソンは、マイラー・ネルソンの屋敷が“表”の施設であることを突き止めて、行商人を装ったセドリックに偵察に行かせた。
その先でセドリックは期せずしてジャクリーンと出会い、拾い聞きした会話からメイベルという娘がいることを知ったのだった。

視力がとても良いセドリックは、3人組の女の子たちが身に着けているアクセサリーに見覚えがあった。
見知らぬ娘にジャクリーンを重ねて選び抜いたのだから見違えることはなかった。

(待ち合わせか?あの男の子たちか。1人は保護者か?どういうグループなんだ?)

セドリックは6人の後を追って、馴染みの無いカフェに入った。
近付こうとしたが入り口近くの1人用の席に通されたセドリックは、よく分からないメニューを適当に選んで食べた。

6人は盛り上がっていてデザートまで頼んでいるようだったので、間が持たなくなったセドリックは店を出て6人を待って、後を尾行した。

(バラバラのペースで歩いているが、どうやら同じ所に向かっているみたいだな。え?…この先は確かドルトレッド伯爵の…もしかしてあの男の子たちのどちらかがフレッドなのか?…だとしたらあの金髪の小柄なほうだな)

ゆっくり歩いていた最後の女の子が屋敷に入るまで見送ったセドリックは、5人しか屋敷に入っていないことに気付かないまま、踵を返した。

逆に自分が尾行されていることにも気付かずに。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜

はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。 目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。 家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。 この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。 「人違いじゃないかー!」 ……奏の叫びももう神には届かない。 家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。 戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。 植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

処理中です...