王子様を放送します

竹 美津

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本編

早く産まれてこないかな

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【番組放送時】

「何だか、妊娠中って、とってもゆったりしているんだねえ。」

テレビを見ながら、ブルーヴェール侯爵家のマールは、重いお腹に吐息ふうふうして生きている画面の中のコクリコを、いじらしく思う。
守ってあげたい、と自然に思えるのは、男の本能だろうか。泣きたくなるような生命への感動の後、切なくなるような存在の尊さを感じる。
あんな存在が、側にいてくれたら、どんなにか力が沸いて、毎日が楽しいと思えるだろうか。

完全に没入して見ていた父、ヴィーフは、温かい眼差しでテーブルに頬杖ついて、微笑んで画面を見ながら。
「マールのお産の時は、キャローレンもこんな風に毎日を過ごしていたっけな。お腹の大きな奥さんが、側にいてくれるって、何とも言えないくすぐったい特別な事で、涙が出るほど嬉しかった。竜樹様が教えてくれたような、抱き枕や、特別なミルク、座り方寝方の事なんて知らなかったから、知ってたらもっと良くしてやれたのになぁ。」

そうして、キャローレンのマールの次の子のお産は、早産であった。原因は分からない。
早く産まれそう、となって、自宅で寝て安静に過ごして。今見たコクリコの、少し不自由だけど、ゆったり穏やかな妊婦生活、なんかとは違って、毎日が針も落とせぬような、緊迫した雰囲気で。
早く産まれてしまった、早逝した赤ちゃんだけでなく、キャローレンの生命まで失われたのは、出血と。
何がなんだか分からない内に、痙攣して亡くなってしまったのだと。妊婦さんにはたまにあるのだと。
産み部屋の外で待たされていたヴィーフに、固い目をした医師から告げられたその言葉、納得なんか到底いかなかったけれど。

「竜樹様にもっと、詳しく妊婦さんについて、教えてもらえてたら•••もっと。」
もっと、もっと。知りたい。
あの時どうして、キャローレンが死ななければならなかったのか。
これからの妊婦さんが、どうやったら、もっと安全に出産できるのか。

「ああ、知りたいな。」

知りたい。
コクリコのお産を見ていたい。
息子マールも、ヴィーフとは違う気持ちで、だけど大切に思う気持ちは同じで、2人並んでテレビを観ている。
もうワインは飲まなくて、侍女がお茶を淹れてくれて。それを無意識に飲んでは喉を湿らせているけれど、侍女も腹が立つなどということは勿論なく、何なら立って控えていながら、静かに微笑して、画面に釘付けであった。

「あの妊婦さん体験エプロン、してみたいな。」
ヴィーフも味わいたい。
どんな重さか。
あの時のキャローレンの気持ちを、味わいたい。

番組は進んでいき、毎日をコクリコおかあさんと過ごして妊婦を知っていく検証中の隊員達だったけれども。ワイルドウルフに竜樹様と眷属様親子、そしてチーム王子が出張して、その間もお散歩やぬいぐるみ作りや、何やかやとしていると、出張組が帰ってきて。

『ぼくたち、おとまりして、さっきまでブローチつくってたの。これ、ぼくがつくったんだよ!』
『まぁ!殿下が?素敵ですわね。これ、私に下さるの?』

妊婦さんの印の、どんぐりブローチを胸にして。

『コクリコさんも、まだ何とか出産していなかったね。間に合ってよかっ•••。』
竜樹がホッとして喋る途中で、ん?とコクリコがお腹に手を当てて。

ちくん。

『あ、あれ?』

『ん?』
はた、と焦った顔のコクリコに、皆の視線が集まる。

『何かお腹、いたいかも?』
ちく、ぎゅう。



「ああ•••!お産が始まるね•••!」
いよいよ!
ヴィーフは分かっていたから、穏やかに落ち着いて画面を観ていられる。
マールは知らなかったから、あわ!と息を飲んだ。
そして。

『やっぱり陣痛かもですね。ちょっと時間かかったけど、痛いのがまた来たから。』
コクリコが椅子でのんびり。
『あらあら。じゃあ、お医者様とお産婆さんが来るお支度を、段々にしておく?連絡はとりあえず入れておくわよ。』
ラフィネお母さんが、腰をさすさす、と摩ってくれて、笑顔で応えるコクリコは、まだまだ何だか、のんびりしているのだ。
『そうですねぇ。まだ痛みの間隔が•••そんなに近くないから、始まるかも~、ってお知らせだけしとくと良いんですっけ。えーと、今の所、40分に1回?』
竜樹が、この為にコクリコに贈ってくれた懐中時計を出して、紙に、何時何分、痛み、などとメモをする。
『出血とか、何かぴゅーって出るとか、何でも気づいた事や不安があったら、教えてね。』
『はい。よろしくお願いします。』
胸のどんぐりブローチが、頼もしくニコニコしている。

『コクリコおかあさ、うまれる?』
ニリヤ達検証隊が緊張して、コクリコの周りでお背中を撫でたり、手を取ってギュッとしたりしながら、心配する。
『ええ、産まれる•••かな?でも、まだまだ、すぐ産まれるって感じじゃないみたい?まだ一緒にいましょうね。そろそろよー、ってなったら、モニターのあるお部屋に、殿下達は行くんでしたっけね。』

今回、コクリコは寮で出産する。
個別の部屋の一室、その為に壁をブチ抜いて、2部屋だったのを1部屋に広くもして、人数が入れられるようにした。
参考に新しい知識をもって、お産に参加したい医師やお産婆さんが、集まるのである。
身体スキャナや、他、必要なお薬や器具なんかも持ち込む。痛みがあったら、すぐ呼べと言われていた。

子供達は、それを、モニターで見守る。はずになっているのだが、まだまだお産って、そんなに早く進行しないのだ。

「え、なんか、何だか、のんびりなんですね。」
うっふっふ、とヴィーフが笑う。
「だよね。陣痛!なんて言うと、すぐ産まれそうな気が、こっちはしちゃうけど、全然まだまだ時間かかるんだよ。ソワソワしたまま、丸一日待たされたりとか、するんだよ。」

丸一日~!?

『あぁ、何かおトイレ行きたくなってきたかも。何となく、準備してきてるのかなぁ、身体が。』
そうなの~?とお背中を撫でる子供達のお手て。ぽんぽん、とコクリコは子供達の頭を撫でてやって、おトイレへ。
カメラはおトイレまで着いていく!まさか、中は映さないけれども。
ドアをギ、と開けて、ちょっと恥ずかしそうに。
『布ナプキンはまだ綺麗な状態でした。血とかも水も、出てないです~。でも、昨日、ちょこっとおしるしに出血があったんですよ。だから、もうすぐ出産かなあ、って思ってたんです。』
コクリコが状況を、詳しく説明してくれる。

『どうしてようかしら。出産しやすい服に、着替えておこうかしら?』
『ちょっと気が早いかもしれないけれど、移動する訳でもないから、良いかもしれないわね。着替えついでに、お風呂でシャワーしておく?まだ破水しない内に。お産になると、身体を洗えないわよ。』

先輩お母さんのラフィネは大変頼もしく、ですねですね、と簡単にシャワー。
今のうちに、他の仕事に行っている、ステューとルムトンも呼ぶ。
『じゃあ、シャワーして着替えてきます~。』

お風呂場の前で、子供達がソワソワ待ってる。そうなのだ。待つ方は、ソワソワなのだ!
カチャン、と扉を開けて、ほこほこのコクリコが出てくる。濡れた髪も、健康的に色っぽい。
何となくマールは、う、ううん!と咳払いをした。

『あらあら、皆で待っててくれたの?お部屋に戻りましょうね。』
『コクリコおかあさん、ぼく、かみのけ、ぷーぷーして、かわかしてあげようか?』
ニリヤは何でも、やったげたいのである。

画面が切り替わり、ぷおーと魔道具ドライヤーでニリヤやネクター、オランネージュ達子供が、コクリコの髪を触りながら乾かしてあげている。黒髪の巻き毛を梳ると、くるりん、と巻いて。美しくまとまる。

髪が乾いたようですね?
とパージュさんの声でナレーションが入る。ぽわ、と画面が切り替わって、スタジオで画面を見ながらマイクに台本、ナレーション入れのパージュさんが映る。カメラを向いて笑い。

『さて、お産も本番!ここからは、私、パージュが、より一層細かくナレーションでお産の状況など補足事項を説明しながら、進行していきますね。よろしくお願いします。では、コクリコさんがシャワーをして、身支度をして。出産する時の服装は、どんなものが良いのでしょうか?そこからまた、ご覧になって下さい。』
ペコリ、とお辞儀をして。画面がまた、切り替わる。

コクリコが立って、着替えた服をカメラに見せる。
『こんな服に、着替えました。胸が前開きの、被りのワンピースです。キツくない、緩みのあるやつです。産まれたら、お乳があげられたらな、ってことなので、窮屈なのもあって、ブラジャーも外しました。ペチパンツはどうしようかなぁ、と思ったんだけど、もう少し履いてますね。ヒヤッとするのいやなので。もっと痛みの間隔が狭くなってきたら、脱ごうと思ってます。あとね、ニリヤ殿下。』
『なあに?コクリコおかあさん。』

画面外から、トットコと、ニリヤがフレームインする。

『妊婦さんのお印の、どんぐりブローチ。素敵なんだけど、お産の時に、赤ちゃんにお乳あげたりお胸にだっこしそうだから、そうすると赤ちゃんに当たっちゃうから、ニリヤ殿下、良かったらこれを、殿下がお胸に付けて、お産を応援してくれませんか?預かっていて、下さらない?』
うん、ピンとかあるし、固いしね。
コクリコの優しい申し出に、ニリヤは、うん!と大きく頷いて、どんぐりブローチをツナギのお胸に付けてもらった。
えへへ、ふふ、と笑い合って。
がんばろ、がんばろーお産!えいえいおー!と皆で拳を上げたのだった。

準備は、万端!
では、次は、栄養補給といきましょうか。

コクリコは1人で食べるのは寂しいと、皆と同じ時間に、夕食を食べていた。
今日の献立は、ほうれん草とささみ肉と卵の炒め物。栗ご飯。水菜と大根のサラダに、お吸い物には、お麩が幾つか。ヨーグルトに、もちろんルージュの実の煮た、飴色の艶々したのも。
子供達には少し、物足りないので、唐揚げを2個ずつくらい追加だ。

もぐもぐ、イタタタ、と、一回痛みで食事を止めたけれど、ゆっくり食事を食べ、皆から少し遅れてご馳走様をする。全部食べきった。

医師やお産婆さん達もぼちぼち来て、そうすると、お産かなぁ、って雰囲気になってくる。部屋の準備や、コクリコの脈拍数などをとる。診察もして、まだまだ子宮口はそれほど開いていないよう。
検証隊は、お家がある子は、お泊まりの連絡を入れて。

『ただいま陣痛、30分間隔でーす。少しお庭を歩いてみまーす。』
『まーす!』
トコトコ付いていくニリヤと手を繋いで、子供達も心配で後を付いて、竜樹も見つつ、流石に遠くまでは行かず、庭先をくるうり。
しばらく歩いたら、お部屋に戻って、陣痛の間隔を測りながら、ちょこ、と本を読んだり、イタタと耐えたり、子供達や医師、お産婆さん達と雑談したり。
一度身体スキャナを付けて見てみれば、赤ちゃんがかなり降りて来ている事がわかって、ふおお!と子供達も興奮した。

喉が渇いて、お水を飲んだりして。

でも、何だか、陣痛の間隔が狭くならないかも?
なんてやってる内に、すや•••。

「あ、寝てる。」
マールは拍子抜けである。
見てる方は、何ともどかしいのか。
「お産は次の日かもだね。やっぱり時間かかるねー。」
ヴィーフは、すっかり落ち着いて、お茶を啜り、でも視線は画面に。

『初産の方が、経産婦より、平均してお産に時間がかかりますよ。』
パージュさんの解説に、ふへぇぇ、と緊張を逃して吐息のマールなのだった。全くお産部屋の外で待つ、父親のようである。

早く産まれないかな。

わくわく、どきどきする。

どんな子かな。

身体スキャナでは見たけど、早く産まれて来た赤ちゃんを、見たいな。

お茶は3杯目。
CMのタイミングで、今のうちに!とマールもヴィーフも、トイレに立った。

「男の子ですかね。」
「いや、女の子かもよ。」
どっちかな。
コクリコと同じ、黒髪な事だけは、身体スキャナで見て、分かっている。

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