440 / 556
本編
番組、私の愛し子
しおりを挟む
妊娠出産関係のお話なので、繊細なお心にダメージきちゃう方は、避けていただければと思います。
ーーーーー
コクリコがお産をしてから3日後、超特急で編集された『アンファン!お仕事検証中!番外編~コクリコの出産~私の愛し子~』が放送された。
初の出産ドキュメンタリー。
映像としてもとても貴重な、その番組を見た、とある貴族に起こった変化と共に。
お産の時の、人々、お仕事検証中の子供達の関わりも、こんなふうに進行していったのかな、と後日の竜樹の理解に合わせて、ここからは交互に語っていこう。
【番組放送時】
「『アンファン!お仕事検証中!番外編~コクリコの出産~私の愛し子~』•••?新聞の番組欄には、出産ドキュメンタリーとあるね。父上、どうしますか、食事の時間にちょうどかかりますけど、いつもみたいにテレビを見ながら食事にしますか?」
ブルーヴェール侯爵家の一人息子、ほぼ当主代行として働く、流麗な容姿の青年マールは、父親に一応聞く。理知的で深い翠青の瞳に、温かい太陽のオレンジの髪が、長くサラリ、毛先がクルリ、パッと目を惹く。
父親、ヴィーフは、大して反応しないだろう。
いつも、ああ、とか、うん、とか、いや、とか。大体2文字でやりとりが終わる。ブルーヴェール侯爵家には女主人がいないのでーーマールの母は亡くなっているーー男2人、いつも静かな食卓である。
マールが少し、気にかけて話をポツリ、ポツリとするくらいで。
テレビを買ってから、その静かな時間にも、「これは難しいニュースですね。」「ああ。」「ラジオが軽量化されるそうです。」「そうか。」と、僅かながら時間がもつので、2人は重宝しているのだ。
だが。
ガタン!と椅子から立ち上がったヴィーフは、焦った様子で、あわあわと口を歪ませながら。
「な、なんだって?」
何を慌てているのだろう、と。
「•••食事の時に、テレビを見ますか?いつもみたいに。」
「ちがう!しゅ、しゅっ、しゅ!」
しゅ?
「出産ドキュメンタリーだと!?けしからん!!」
ああ~。
マールもそう思う。何でも映せば良いってもんじゃないし、出産は家族の私的なものだろう。
まあ、きっと赤ちゃんが産まれる時は部屋の外か何かで、父親がソワソワしている様子でも映すのだろう。きっと番組になった、という事は、既に無事に赤ちゃんは産まれているのだろうからーー生放送では、まさかないよね?
赤ちゃんがどれくらいの時間で産まれてくるか、マールは知らないが、番組表は2時間の枠だ。
「ではテレビは消しておきましょう。食事の用意を。」
控えていた侍女に合図をすれば、す、といつものように滞りなく食事の用意がーー。
「いや!いや!だが!しかし!ならん!ならんがしかし!•••無事に産まれたのか!?どうか!?分からんではないか!見なければ!!!」
父ヴィーフは、何か出産に拘りが、ああ。
マールの母、キャローレンは、お産で亡くなったのだ。赤ちゃんも助からなかった。ヴィーフはキャローレンを愛し、そして後妻も娶らなかったくらいだから、お産には恨みがあるだろう。
「父上。お心を乱す番組など、消しておきましょう。そりゃあ少し、気にかかる番組ですが、なあに、放送するくらいですから、母子共に無事でしょうよ。編集で、前もって録画したのを流すんですから、ご安心下さい。さあ、食事を。」
ニコリ。
すす、とスープの皿と、サラダとパンと、メインのお肉の皿が出てきて、というそれまでの間に、ヴィーフはソワソワ、はらはらと、落ち着かず点いていないテレビの画面を、チラッと見てはワインをちびりと飲み、飲み。
「•••父上。落ち着いて下さい。他人の出産でしょう。」
「マール、出産は、最後までわからないんだ!命がけなんだぞ!テレビを点けなさい!私は、私は!」
外見はそっくりで、現在と未来を体現するヴィーフとマールだが、中身は幾分かマールの方が柔らかい。
柔らかすぎて女性とお見合いをし過ぎて。亡くなった母の面影を、その時だけは饒舌に語るヴィーフに、植え付けられて美化して、理想があって。何だかどの娘さんも、ピンと来ないのだ。仲良くなるが、お断りをする。ちゃんと、私が美化した理想を捨てられなくて、と謝って。
優しくて美しくて、甘くて嗜めてもくれて、甘えられて頼りにされて。
理想的な夫婦だったのが、却ってヴィーフとキャローレンの悲劇であった。産まれなかった赤ん坊は、女の子だったと聞いている。
「父上。」
もー、と内心、もやっとした気分だが。
「マール!点けなさい!」
ふう、とマールはため息を吐く。
「父上。私は止めましたからね。」
一言刺しておくが、きっと落ち込んだヴィーフを慰めるのは、マールとの淡々とした長い、退屈な毎日であろう。予想ができたが、無事に産まれた映像でも観て、癒されてくれればいいか。そんな気持ちだった。
リモコンのボタンを押して点ける。画面の時刻から、丁度始まる前だと分かる。ニュースが終わって、アナウンサーがお辞儀したら。
ふっ、とお庭の映像になった。
カメラがパンする。
そこには、笑顔の。
黒髪の巻き毛に碧い目。タレ目で儚そうな見た目、なのに。何故か、しっかと、画面を見るその瞳は、静かな強い光で。ぱち、ぱち、と瞬く。微笑。じっと見ている。
ナレーション。
《ヴィオロ子爵の娘、コクリコさんは、今、妊娠しています。》
その間も、微笑のコクリコは、はた、はた、と瞬く。よくよく見れば、カメラをじっと見ているのではないのだ。周りでは、何となく、子供達の歓声、遊ぶ声が聞こえる。それを見ているのかも。
《お腹の赤ちゃんの父親は、今、牢屋に入っています。落とし屋、貴族の娘を騙して、傷物にして花街などに落とす、そんな職業の、罪を咎められて。》
え。
マールとヴィーフは、ピタ、と動きを止める。
《そう、コクリコさんは、落とし屋に騙されて、強引に妊娠させられてしまったのです。》
コクリコは、微笑のままーーいや。クシャッ、と目を細めて、可愛く微笑んだ。
その視線の先の、子供達が映る。竜樹の、撮影隊と新聞寮の子供達が、そこに3王子やファング、アルディの獣人王子、エフォールやピティエ、プレイヤードの貴族組も混ざって、きゃわきゃわ。手を繋いで、捕まってる子に、じわじわと周りの子が近づいて、わーっと散開したりして。
何という。荒々しいワードであろうか。
強引に妊娠させられた。
画面下、そこにタイトル。
『アンファン!お仕事検証中!番外編~コクリコの出産~私の愛し子~』
が、ふわっ、と浮かび出て、ニコニコしたコクリコをそのまま、ふーっと静かに消えた。
『コクリコさん。貴方は、どうして、お腹の赤ちゃんを、産もうと思ったのですか?』
インタビュアーの、パージュさんが、柔らかな丸い声で聞く。
外で録画しているから、日差しに木陰、光がキラキラして、音も鋭くなく、ホワンと広がっている。
『そうですねぇ。理由は一つじゃないんです。まず、安全に堕胎するには、私が助けを求めるのが遅くて、時期が過ぎていた、ってのもあります。産むしかなかった。でもね、私、助けてもらって、竜樹様の寮でゆっくりさせてもらってーーー。子供達と一緒に住んで。たっぷりと愛されている子供を見た時に、ああ、良いなあ、って思ったんです。』
『いいなあ、って?』
マールはスープの皿に入れたスプーンが、止まったまま、ポタリ、ポタリ、と雫を落としているのを、しばらく気づかなかった。
父ヴィーフは、両手でワインの入ったグラスを持って、食事どころではなく、瞳がふるふる、と震えていた。
『私、母がいなかった。家も、ちょっと家族とすれ違っていて、それは今は解消されたのですけど、子供の頃、とっても寂しかったのです。父の竜樹様に、母のラフィネさん、愛される子供を見るのは、何と心が惹かれるものか、と思いました。私の子供だって。こんな風に、愛されて欲しい。私みたいに、寂しくさせたくない。愛せるかは、分からない。産んでみないと。でも、愛されない場に、私の子供をやりたくない。』
『辛い事をお聞きしますが、その、落とし屋の、赤ちゃんの父親を恨む、気持ちは。赤ちゃんに、この子さえいなければ!という、気持ちは?』
きゃわ!わー!と子供達の声が跳ねる。
コクリコは微笑のまま、少し、眉を寄せた。何とも言えない、苦い顔である。
『そりゃあ、落とし屋の、自称アリコ・ヴェール子爵には、恨みがあります!ありますよ!無いなんて言えない!•••でも、私、騙しやすい、幼い娘であったのです。それが一番悔しい。大人で、何かあっても逃げられて、周りと話を出来て、助けを貰える人間であれば。起きた事は変えられないから、これから、強くて大人な、女性。お母さんになりたいです。』
『強くて、大人な女性。お母さんに?』
『はい。赤ちゃんがいなければ、って、思わなかったです。ただ、どうしよう、どうしよう、って。余裕がなかった。私の周りには、話を聞ける大人の、そして弱みも見せて甘えられる女性が、その時はいなかったので。私には知識が足りなかったので、堕胎ができることも、思い至りませんでした。結婚したら仲睦まじい夫婦には赤ちゃんが出来て産まれる、っていう、本当に、お伽話の真っ直ぐな幼い知識しかなかった。』
『堕胎出来ることを知っていたら、赤ちゃんを産まなかったと思いますか?』
『ーーーニリヤ殿下が。』
コクリコは、問いに応えず、話を違うところから開いていく。
『はい、ニリヤ殿下が。』
『ぼくのあかちゃん!ぼくがそだてる!って、凄い喜んで、お腹を撫でてくれるんですよね。私は、そうしてもらう度に、何だか嬉しくなって、赤ちゃんを待ってる、ニリヤ殿下や、竜樹様や、ラフィネさんや、そして今では理解をしてくれて、楽しみにもしてくれている父や兄、兄嫁達に囲まれて、赤ちゃんを産むことを、何だか期待しているんです。この子は、私を大人にしてくれる、そんなきっかけの子だって。』
『だから。』
『もし、っていうのを考えてみて、って言われても、今の、楽しみに、ちょっと怖いけど、不安もあるけど、期待しているこの気持ち以外に、思ったかどうかなんて、分からないです。冷たくされたままなら、或いは堕胎したいと思ったかも。でも、それは、私に限らず、苦しい状況のお母さん達は、選びたいかどうかの前に、選ばされてしまう事、ってあると思います。状況によって。』
『今は、赤ちゃんが産まれるのを、喜びに思っている?』
パージュさんの、ゆっくりしたインタビューに。コクリコは。
『はい。』
パチリ、と長いまつ毛が、ぐっと閉じて、そして瞬いて。
『私は、楽しみです。喜びです。この子が産まれてくる事が。私の新しい人生が。一緒に過ごすこれからの時間が。この子は私の愛し子です。愛したいと思っています。はっきり、できる!って言えなくて、ごめんね、って思うけど。それでも、私にとって、良いものを連れてくる、幸運の子であると。古き悪き、狭く固まった私の状況を打開してくれる子であると。産まれてきて大人になるまでに、きっと出自で悲しく思う事も、あるのかもしれないけれど、これだけは言える。産んで良かった、産まれてきてくれて良かった、って、きっと言える。』
「マール!消しなさい!」
ぷるぷる、と震えるヴィーフ、父に。
ふつり、とテレビをマールは消した。
だが、番組の続きを絶対に観たかったから、後から番組を見られる機能を初めて使おう、夜中にでも1人で見ようと、すぐさま決心していた。
ごくんごくん!とワインを飲み干して。
「マール!やっぱり点けて!」
何なんだ、父、ヴィーフよ。
彼にとって、かなり刺激が強いのであろうこの番組は、見るのは辛いが見ずにはいられないのだろう。
2人父息子は、遅々として進まぬ夕食を、時々思い出したように、パクんと口に入れては、ごくり、と何だか喉に、飲み込み辛い固まりを飲みつつ。
テレビから目が離せないのだった。
『それでは、テレビ初の出産ドキュメンタリーに出ようと思われたのは、何故ですか?』
『隠された子、隠さなければいけない子に、したくなかったんです。お話をいただいた時、きっと、悪く言われる方も、そりゃあ沢山いて、子供も辛い思いをするかも、って。でも、竜樹様の寮で大人になるまで育てるつもりだし、だとするなら、王宮で、守られる術はあります。そうして、この子が産まれてくる意味にも、なる。こんなに皆で、待ってたんだよ、って。ちょっと難しい産まれだけど、安心していいよ、って。』
『本当に、寮でも、ご家族でも、皆さんで待ってるんですものね。』
『ええ!名前も考えていたり、性別も身体スキャナで見て、わかってるので、合うベビーウェアを用意したりーー。ふふ、テレビでは、産まれるまで、性別は秘密にしておきましょうね。』
『ええ、そうしましょう!』
うふふふ、と笑い合う。
パージュは、ふ、と口調を控えめに変えて。
『辛い事を何度も聞いてごめんなさい。でも、良かったらで良いので、教えて下さい。もしーー、もし、お産が悲しい事になった時は、番組は、どうされますか?』
『ーーーーー。』
ひゅ、とヴィーフが息を飲んだ。
マールも、ええ!?と。
『どんなに、悲しいお産になったとしても、番組は流して欲しいです。それが、この子の、そして、私の。生きた、証であるから。誰かの、為になる。王子殿下達や、寮の子供達、皆、性教育とお産の知識を、学んでくれています。この子の妊娠をきっかけに。私も一緒に勉強になっています。観ている人にも、分かりやすく番組で解説するって。大人も、男性も、女性も、子供も、そして最新のお産を紹介する事で、色々な人に知識を。』
『どんな悲しいお産になったとしても?』
『はい。どんなお産だったとしても。でも、色々あって、あまりにお辛いと思われる方は、必要だなと思われる時がもしあるまで、見ない事も、どうか、選択なさって欲しいです。』
『無理に見せようとされる訳ではない、って事ですね。』
『はい。無理にしたら、きっと、素直に見る事の何倍も嫌な事が溜まっちゃう。皆さんのお心にお任せします。』
「マール!!!」
「父上、落ち着いて!もし見たくなれば、後から見る事も出来ますから。止めました。」
「点けてくれ!!ワインをもっとくれ!」
酔わずにいられない。
見ずにはいられない。
「生命をかけて、あの子が渡そうとしているものを。この父が見ないでは、いられようものか!!」
大丈夫か。
と、マールは心配であったが、やはり自分も、もう、この番組に目が釘付けであったので。
自分もワインをもらって、ぐいっと飲み、食事は料理長には悪いがそこそこに、もはやテレビを見る為に真剣になって椅子の背に寄りかかった。
楽な体勢で、2時間、番組全部を見通すのだ。
その晩、どこの家庭でも、テレビがある家では、しん、となって。
テレビ以外の音が消えた、一瞬があった。
ーーーーー
コクリコがお産をしてから3日後、超特急で編集された『アンファン!お仕事検証中!番外編~コクリコの出産~私の愛し子~』が放送された。
初の出産ドキュメンタリー。
映像としてもとても貴重な、その番組を見た、とある貴族に起こった変化と共に。
お産の時の、人々、お仕事検証中の子供達の関わりも、こんなふうに進行していったのかな、と後日の竜樹の理解に合わせて、ここからは交互に語っていこう。
【番組放送時】
「『アンファン!お仕事検証中!番外編~コクリコの出産~私の愛し子~』•••?新聞の番組欄には、出産ドキュメンタリーとあるね。父上、どうしますか、食事の時間にちょうどかかりますけど、いつもみたいにテレビを見ながら食事にしますか?」
ブルーヴェール侯爵家の一人息子、ほぼ当主代行として働く、流麗な容姿の青年マールは、父親に一応聞く。理知的で深い翠青の瞳に、温かい太陽のオレンジの髪が、長くサラリ、毛先がクルリ、パッと目を惹く。
父親、ヴィーフは、大して反応しないだろう。
いつも、ああ、とか、うん、とか、いや、とか。大体2文字でやりとりが終わる。ブルーヴェール侯爵家には女主人がいないのでーーマールの母は亡くなっているーー男2人、いつも静かな食卓である。
マールが少し、気にかけて話をポツリ、ポツリとするくらいで。
テレビを買ってから、その静かな時間にも、「これは難しいニュースですね。」「ああ。」「ラジオが軽量化されるそうです。」「そうか。」と、僅かながら時間がもつので、2人は重宝しているのだ。
だが。
ガタン!と椅子から立ち上がったヴィーフは、焦った様子で、あわあわと口を歪ませながら。
「な、なんだって?」
何を慌てているのだろう、と。
「•••食事の時に、テレビを見ますか?いつもみたいに。」
「ちがう!しゅ、しゅっ、しゅ!」
しゅ?
「出産ドキュメンタリーだと!?けしからん!!」
ああ~。
マールもそう思う。何でも映せば良いってもんじゃないし、出産は家族の私的なものだろう。
まあ、きっと赤ちゃんが産まれる時は部屋の外か何かで、父親がソワソワしている様子でも映すのだろう。きっと番組になった、という事は、既に無事に赤ちゃんは産まれているのだろうからーー生放送では、まさかないよね?
赤ちゃんがどれくらいの時間で産まれてくるか、マールは知らないが、番組表は2時間の枠だ。
「ではテレビは消しておきましょう。食事の用意を。」
控えていた侍女に合図をすれば、す、といつものように滞りなく食事の用意がーー。
「いや!いや!だが!しかし!ならん!ならんがしかし!•••無事に産まれたのか!?どうか!?分からんではないか!見なければ!!!」
父ヴィーフは、何か出産に拘りが、ああ。
マールの母、キャローレンは、お産で亡くなったのだ。赤ちゃんも助からなかった。ヴィーフはキャローレンを愛し、そして後妻も娶らなかったくらいだから、お産には恨みがあるだろう。
「父上。お心を乱す番組など、消しておきましょう。そりゃあ少し、気にかかる番組ですが、なあに、放送するくらいですから、母子共に無事でしょうよ。編集で、前もって録画したのを流すんですから、ご安心下さい。さあ、食事を。」
ニコリ。
すす、とスープの皿と、サラダとパンと、メインのお肉の皿が出てきて、というそれまでの間に、ヴィーフはソワソワ、はらはらと、落ち着かず点いていないテレビの画面を、チラッと見てはワインをちびりと飲み、飲み。
「•••父上。落ち着いて下さい。他人の出産でしょう。」
「マール、出産は、最後までわからないんだ!命がけなんだぞ!テレビを点けなさい!私は、私は!」
外見はそっくりで、現在と未来を体現するヴィーフとマールだが、中身は幾分かマールの方が柔らかい。
柔らかすぎて女性とお見合いをし過ぎて。亡くなった母の面影を、その時だけは饒舌に語るヴィーフに、植え付けられて美化して、理想があって。何だかどの娘さんも、ピンと来ないのだ。仲良くなるが、お断りをする。ちゃんと、私が美化した理想を捨てられなくて、と謝って。
優しくて美しくて、甘くて嗜めてもくれて、甘えられて頼りにされて。
理想的な夫婦だったのが、却ってヴィーフとキャローレンの悲劇であった。産まれなかった赤ん坊は、女の子だったと聞いている。
「父上。」
もー、と内心、もやっとした気分だが。
「マール!点けなさい!」
ふう、とマールはため息を吐く。
「父上。私は止めましたからね。」
一言刺しておくが、きっと落ち込んだヴィーフを慰めるのは、マールとの淡々とした長い、退屈な毎日であろう。予想ができたが、無事に産まれた映像でも観て、癒されてくれればいいか。そんな気持ちだった。
リモコンのボタンを押して点ける。画面の時刻から、丁度始まる前だと分かる。ニュースが終わって、アナウンサーがお辞儀したら。
ふっ、とお庭の映像になった。
カメラがパンする。
そこには、笑顔の。
黒髪の巻き毛に碧い目。タレ目で儚そうな見た目、なのに。何故か、しっかと、画面を見るその瞳は、静かな強い光で。ぱち、ぱち、と瞬く。微笑。じっと見ている。
ナレーション。
《ヴィオロ子爵の娘、コクリコさんは、今、妊娠しています。》
その間も、微笑のコクリコは、はた、はた、と瞬く。よくよく見れば、カメラをじっと見ているのではないのだ。周りでは、何となく、子供達の歓声、遊ぶ声が聞こえる。それを見ているのかも。
《お腹の赤ちゃんの父親は、今、牢屋に入っています。落とし屋、貴族の娘を騙して、傷物にして花街などに落とす、そんな職業の、罪を咎められて。》
え。
マールとヴィーフは、ピタ、と動きを止める。
《そう、コクリコさんは、落とし屋に騙されて、強引に妊娠させられてしまったのです。》
コクリコは、微笑のままーーいや。クシャッ、と目を細めて、可愛く微笑んだ。
その視線の先の、子供達が映る。竜樹の、撮影隊と新聞寮の子供達が、そこに3王子やファング、アルディの獣人王子、エフォールやピティエ、プレイヤードの貴族組も混ざって、きゃわきゃわ。手を繋いで、捕まってる子に、じわじわと周りの子が近づいて、わーっと散開したりして。
何という。荒々しいワードであろうか。
強引に妊娠させられた。
画面下、そこにタイトル。
『アンファン!お仕事検証中!番外編~コクリコの出産~私の愛し子~』
が、ふわっ、と浮かび出て、ニコニコしたコクリコをそのまま、ふーっと静かに消えた。
『コクリコさん。貴方は、どうして、お腹の赤ちゃんを、産もうと思ったのですか?』
インタビュアーの、パージュさんが、柔らかな丸い声で聞く。
外で録画しているから、日差しに木陰、光がキラキラして、音も鋭くなく、ホワンと広がっている。
『そうですねぇ。理由は一つじゃないんです。まず、安全に堕胎するには、私が助けを求めるのが遅くて、時期が過ぎていた、ってのもあります。産むしかなかった。でもね、私、助けてもらって、竜樹様の寮でゆっくりさせてもらってーーー。子供達と一緒に住んで。たっぷりと愛されている子供を見た時に、ああ、良いなあ、って思ったんです。』
『いいなあ、って?』
マールはスープの皿に入れたスプーンが、止まったまま、ポタリ、ポタリ、と雫を落としているのを、しばらく気づかなかった。
父ヴィーフは、両手でワインの入ったグラスを持って、食事どころではなく、瞳がふるふる、と震えていた。
『私、母がいなかった。家も、ちょっと家族とすれ違っていて、それは今は解消されたのですけど、子供の頃、とっても寂しかったのです。父の竜樹様に、母のラフィネさん、愛される子供を見るのは、何と心が惹かれるものか、と思いました。私の子供だって。こんな風に、愛されて欲しい。私みたいに、寂しくさせたくない。愛せるかは、分からない。産んでみないと。でも、愛されない場に、私の子供をやりたくない。』
『辛い事をお聞きしますが、その、落とし屋の、赤ちゃんの父親を恨む、気持ちは。赤ちゃんに、この子さえいなければ!という、気持ちは?』
きゃわ!わー!と子供達の声が跳ねる。
コクリコは微笑のまま、少し、眉を寄せた。何とも言えない、苦い顔である。
『そりゃあ、落とし屋の、自称アリコ・ヴェール子爵には、恨みがあります!ありますよ!無いなんて言えない!•••でも、私、騙しやすい、幼い娘であったのです。それが一番悔しい。大人で、何かあっても逃げられて、周りと話を出来て、助けを貰える人間であれば。起きた事は変えられないから、これから、強くて大人な、女性。お母さんになりたいです。』
『強くて、大人な女性。お母さんに?』
『はい。赤ちゃんがいなければ、って、思わなかったです。ただ、どうしよう、どうしよう、って。余裕がなかった。私の周りには、話を聞ける大人の、そして弱みも見せて甘えられる女性が、その時はいなかったので。私には知識が足りなかったので、堕胎ができることも、思い至りませんでした。結婚したら仲睦まじい夫婦には赤ちゃんが出来て産まれる、っていう、本当に、お伽話の真っ直ぐな幼い知識しかなかった。』
『堕胎出来ることを知っていたら、赤ちゃんを産まなかったと思いますか?』
『ーーーニリヤ殿下が。』
コクリコは、問いに応えず、話を違うところから開いていく。
『はい、ニリヤ殿下が。』
『ぼくのあかちゃん!ぼくがそだてる!って、凄い喜んで、お腹を撫でてくれるんですよね。私は、そうしてもらう度に、何だか嬉しくなって、赤ちゃんを待ってる、ニリヤ殿下や、竜樹様や、ラフィネさんや、そして今では理解をしてくれて、楽しみにもしてくれている父や兄、兄嫁達に囲まれて、赤ちゃんを産むことを、何だか期待しているんです。この子は、私を大人にしてくれる、そんなきっかけの子だって。』
『だから。』
『もし、っていうのを考えてみて、って言われても、今の、楽しみに、ちょっと怖いけど、不安もあるけど、期待しているこの気持ち以外に、思ったかどうかなんて、分からないです。冷たくされたままなら、或いは堕胎したいと思ったかも。でも、それは、私に限らず、苦しい状況のお母さん達は、選びたいかどうかの前に、選ばされてしまう事、ってあると思います。状況によって。』
『今は、赤ちゃんが産まれるのを、喜びに思っている?』
パージュさんの、ゆっくりしたインタビューに。コクリコは。
『はい。』
パチリ、と長いまつ毛が、ぐっと閉じて、そして瞬いて。
『私は、楽しみです。喜びです。この子が産まれてくる事が。私の新しい人生が。一緒に過ごすこれからの時間が。この子は私の愛し子です。愛したいと思っています。はっきり、できる!って言えなくて、ごめんね、って思うけど。それでも、私にとって、良いものを連れてくる、幸運の子であると。古き悪き、狭く固まった私の状況を打開してくれる子であると。産まれてきて大人になるまでに、きっと出自で悲しく思う事も、あるのかもしれないけれど、これだけは言える。産んで良かった、産まれてきてくれて良かった、って、きっと言える。』
「マール!消しなさい!」
ぷるぷる、と震えるヴィーフ、父に。
ふつり、とテレビをマールは消した。
だが、番組の続きを絶対に観たかったから、後から番組を見られる機能を初めて使おう、夜中にでも1人で見ようと、すぐさま決心していた。
ごくんごくん!とワインを飲み干して。
「マール!やっぱり点けて!」
何なんだ、父、ヴィーフよ。
彼にとって、かなり刺激が強いのであろうこの番組は、見るのは辛いが見ずにはいられないのだろう。
2人父息子は、遅々として進まぬ夕食を、時々思い出したように、パクんと口に入れては、ごくり、と何だか喉に、飲み込み辛い固まりを飲みつつ。
テレビから目が離せないのだった。
『それでは、テレビ初の出産ドキュメンタリーに出ようと思われたのは、何故ですか?』
『隠された子、隠さなければいけない子に、したくなかったんです。お話をいただいた時、きっと、悪く言われる方も、そりゃあ沢山いて、子供も辛い思いをするかも、って。でも、竜樹様の寮で大人になるまで育てるつもりだし、だとするなら、王宮で、守られる術はあります。そうして、この子が産まれてくる意味にも、なる。こんなに皆で、待ってたんだよ、って。ちょっと難しい産まれだけど、安心していいよ、って。』
『本当に、寮でも、ご家族でも、皆さんで待ってるんですものね。』
『ええ!名前も考えていたり、性別も身体スキャナで見て、わかってるので、合うベビーウェアを用意したりーー。ふふ、テレビでは、産まれるまで、性別は秘密にしておきましょうね。』
『ええ、そうしましょう!』
うふふふ、と笑い合う。
パージュは、ふ、と口調を控えめに変えて。
『辛い事を何度も聞いてごめんなさい。でも、良かったらで良いので、教えて下さい。もしーー、もし、お産が悲しい事になった時は、番組は、どうされますか?』
『ーーーーー。』
ひゅ、とヴィーフが息を飲んだ。
マールも、ええ!?と。
『どんなに、悲しいお産になったとしても、番組は流して欲しいです。それが、この子の、そして、私の。生きた、証であるから。誰かの、為になる。王子殿下達や、寮の子供達、皆、性教育とお産の知識を、学んでくれています。この子の妊娠をきっかけに。私も一緒に勉強になっています。観ている人にも、分かりやすく番組で解説するって。大人も、男性も、女性も、子供も、そして最新のお産を紹介する事で、色々な人に知識を。』
『どんな悲しいお産になったとしても?』
『はい。どんなお産だったとしても。でも、色々あって、あまりにお辛いと思われる方は、必要だなと思われる時がもしあるまで、見ない事も、どうか、選択なさって欲しいです。』
『無理に見せようとされる訳ではない、って事ですね。』
『はい。無理にしたら、きっと、素直に見る事の何倍も嫌な事が溜まっちゃう。皆さんのお心にお任せします。』
「マール!!!」
「父上、落ち着いて!もし見たくなれば、後から見る事も出来ますから。止めました。」
「点けてくれ!!ワインをもっとくれ!」
酔わずにいられない。
見ずにはいられない。
「生命をかけて、あの子が渡そうとしているものを。この父が見ないでは、いられようものか!!」
大丈夫か。
と、マールは心配であったが、やはり自分も、もう、この番組に目が釘付けであったので。
自分もワインをもらって、ぐいっと飲み、食事は料理長には悪いがそこそこに、もはやテレビを見る為に真剣になって椅子の背に寄りかかった。
楽な体勢で、2時間、番組全部を見通すのだ。
その晩、どこの家庭でも、テレビがある家では、しん、となって。
テレビ以外の音が消えた、一瞬があった。
91
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる