王子様を放送します

竹 美津

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本編

各々が燃やす命の火よ

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「アトモス。君は。命の火を、燃やしたいんだね。」

竜樹にそう言われて、ピティエの従兄弟、ヴェール侯爵家のアトモスは。
思わず、ほろり、と涙を溢した。



この、鬱屈した胸の内を、誰が分かってくれるかと思う。
入婿の父親は、偉大なる権力欲旺盛な祖父にヘイコラして、いつだって機嫌を伺っている。母親は、祖父の大声が苦手で黙っているし。祖父が言えば通る。アトモスはそんな家で、ごく平凡に生まれ、育ち、ぶつぶつと祖父に文句ばかり言われていた。

ちょっと頑張ってみても、頭もそれほど良くないし、身体も騎士向きじゃない。
長男だし家を継ぐけど、あんまり見込みがないから、家同士の政略結婚で力をつけろ、と、祖父の大声。
アトモスをバカにしている娘、お互い好きでもないような婚約者に、父みたいにヘイコラしなきゃならない。たぶん、一生。

何もできない。いや、頑張れば私だって。でも、何を頑張れば?
幼い時から、あれをやれこれをやれ、あれはやるなこれはやるな、と祖父の気まま一択に左右されてきたアトモスは、何かをやる前に、何だか力が出ない諦めがある。

ある時、こんなお試しキットがあるのよ、と母に勧められて、思いがけず楽しく一生懸命やれた、面白かった小物入れ作りも、祖父が。
「貴族が指物師にでもなる訳じゃあるまいし!」と。
「上手くできたよ、お祖父様。」なんて、恐る恐る差し出したアトモスの、柔らかな心を折って。
小物入れを差し出した手は、祖父に見てももらえないで。
ゆるゆると力を無くして落ちていったのを、昨日の事のように、アトモスは覚えている。

竜樹がアシュランス公爵家の、ピティエの家に来る、と聞いて、アシュランス公爵家は、ふわぁ!と浮き足だった。
視覚障がいのあるピティエを、何かと気にかけて、内気で籠りきっていた場所から、華々しくモデルへと連れて行ってくれた竜樹。
それだけじゃない、お茶畑でルテ爺に再会させ、美味しいお茶を出す、ピティエが店主の小さな喫茶店もでき、ラジオ番組の製作にも携わりたいと、視覚障がい仲間達と試験に応募したりも。
ピティエは今、竜樹をきっかけに、生き生きと、生きることの冒険を楽しみ、充分に味わっている。
アシュランス公爵家の中で、竜樹は恩人も恩人、大恩人なのだ。

アトモスは、家にいても祖父が煩いだけなので、アシュランス公爵家に、ここの所ずっとお世話になっていた。弟のマタンも、何故かくっついてきた。

ピティエから、美味しいお茶、玉露の、眠くならない成分カフェインを分離する、という仕事をもらったこともある。
子供の頃、ピティエに酷い事を言って、隔意があった2人だけれど。
しっかりしてきたピティエは、便利に使える魔法、分離があるなら、そして見えない苦労を目隠しで、体験してみる気持ちがあるなら、と、アトモスに許しの機会をくれた。

祖父にヘイコラの父だが、アトモスと、弟のマタンを執務室へ呼んで祖父から隠しては。
お祖父様はしょうがないよなあ、落ち込むんじゃないよ。素敵な小物入れだね、アトモスもマタンも、出来る事は沢山ある、と撫でてくれたり、どんなに祖父に使い物にならないと蔑まれてもめげなかったり、母と穏やかに愛情を育んでいたりと、大事な父なので。
そんな父を、祖父にひたすらに謝らせた、ピティエが原因でのアシュランス公爵家長兄の、政略結婚の破綻を、子供の頃のアトモスは、我慢できずに。
ピティエを詰ったのだった。
今はその事を、とても後悔している。

アトモス一人が言ったのじゃない。
皆が寄ってたかって。

ピティエが、どうしようもなくただ、そこに、視覚障がいを持つけれど、大事な子供として存在しているという事実。
その、大切な家族の思いを、拒絶する親戚達。利益にならないから。邪魔するから。
アトモスも、その内の一人だったのだ。

目隠しして歩いたら、何と世の中は、恐ろしいものか。
一日中、目隠しを外さなかった。意地でも。本当は、足がすくんで、アシュランス公爵家の屋敷から一歩も出られなかった。

ピティエは出かける。
白杖を持って、補助役のコンコルドと。
楽しそうに。

目隠しを取った次の日、すごくホッとして、ピティエに許してあげると言われて。嬉しくて、照れ臭くて。
憎まれ口に、私もピティエみたいに見えなかったり試練があったら、頑張れたかも、なんて言ってしまった。

途端に変な顔をしたピティエと、弟のマタンに、やってしまった!と唇を噛んだけど、言った言葉はもう返らないのだ。


「竜樹様は、アトモスに分離の魔法を、見せてもらいたいのだって。」
ピティエが、お茶を飲みながら、浮き足だったアシュランス公爵家の皆に告げる。

「え、え!?わ、私?ピティエ、竜樹様に紹介しないって•••。」
「うん。もし、アトモスが、家で竜樹様を利用するようなら、って思ってたんだけど。」
竜樹様は、一枚上手でね?

「利用するならしてもらっても良いけど、どんどん分離の使い道、大きくしちゃうから、多分一つのお家じゃ制御しきれないし、お国から手も口も出ると思うなぁ。」
ですって。
くふふ、と楽しそうに、笑った。

「アトモス。竜樹様は応えてくれる方。だから、一生懸命やると良いよ。決して、あの、優しいお顔を、裏切って悲しませたりしないでね。」

お願いします、とピティエは深く、深く頭を下げて、アトモスなんかに頼むのだ。

アシュランス公爵家の皆は、竜樹がアトモスに会いに来るのだと分かると、まあまあ、何と何と、とアトモスの父、アシュランス公爵ピオニエの弟、ヴェール侯爵家サジェルを呼ぼうと笑顔になった。
「ヴェール侯爵家の、あのお祖父様に横槍を入れられない為には、サジェルの協力が必要だよ!」
「そうねそうね!」
「サジェル叔父様なら、確かだね。」

「ウチの父、お祖父様に、その、ひれ伏してる感じですけど•••。」
アトモスが、大丈夫なのかな、と一言発すれば、ぱた、とお喋りが止んだ。
そして。

「まあまあ!サジェル様は、アトモスにまでお力を隠しているのね。」
「近すぎて見えないのだろうなあ。」
「大丈夫、叔父様は、頼り甲斐のある男だよ!」
ピティエも、うんうんと。
「あの叔父様だけだよ。私に、皆が酷い事を言って、ごめんね。って謝ってくれたのは。そうして、私がバカにされそうになると、自分が道化みたいに失敗してみせて、庇ってくれたのは。」

アトモスが知らなかった、父の一面である。
弟のマタンと、驚きの顔を見合わせる。



「君がアトモス君?ピティエみたいに、目が見えなかったらな、って言ったって話、聞いたよ!」
竜樹の第一声に、ガクリと首が落ちる。
その様子を見て、くふふ、と竜樹は笑った。
「悪い事、言ったなぁ、って思ってるんだね。」


竜樹は、それから、アトモスの話を、何だかするりするりと沢山聞いてくれた。
何かしたい。何もできない。
お祖父様に逆らって、家を出る!って言うほどの情熱や、勇気がない。
でも、でも、やればできると思うんだ。思いたい!
得意な事は何もなくて、分離しか出来ないけど。カフェインの分離は、妊婦さんや子供に飲めるお茶になる、って聞いて、少し、やりがいあるかも。嬉しい。
でも、お祖父様は、分離なんて薬師の持つようなケチな魔法が、って。

奮起したり、しょんぼりしたり。

「アトモス君は、お祖父様が好き?なんだねえ。」
竜樹は、のんびり言葉を落とす。
父、サジェルは、兄公爵達と、ピティエとマタンと、ニコニコと黙ってこちらを見て、お茶している。

ええ!?
と驚く。まさか、そんな?!

「だって、お祖父様の言葉で、そんなに力が無くなっちゃうのだものな。多分、好きだけじゃなくて、偉くしてる人への、憧れ、憎しみ、壁、色々な感情があるのだろうけど。」
認めて欲しい、って、そんなにも思っているのに。

「み、認められるとか、られないとか。分からないけど•••一生懸命に、頑張って、頑張って、何かをやってみたいのに。ピティエみたいに、してみたいのに。お腹から、砂が落ちてくみたいに、力が出なくて。」

頑張れる事が、羨ましいんだ、と言ってて分かった。だからあんな言葉が、出たんだ。


「アトモス。君は。命の火を、燃やしたいんだね。」


ああ、そうだ。
このまま、燻ったまま、ぼんやり膜に包まれたままの人生なんて。
ぽろりと泣いたアトモスに、竜樹は微笑んで。

「宿題を出しましょう。少し壊れた家具なんかの粗大ゴミや、古い布なんかを、いっぱいこちらに持ってくるからさ。分離で、どんな事ができるか。どこまで、何を分けられるのか、分けたらどんな形になるのか、資材として使えるか。沢山沢山試してみて。例えば、この、錆びたコインだけど、脆くなった錆の酸化物と、元の金属とを、分離してピカピカに出来たりする?でも、錆を取った分、減っちゃうのかな?とかさ。思いつく限りのことを、試して、俺に、報告して下さい!」

アトモスの頑張り次第で、分離で何が出来るか開ける、最初の一歩。

ふわぁ、と。胸が、中が、じわじわと何かが溢れてくる。

アトモスは、他人に任され、期待されるということが、どれだけ、どれだけ嬉しいか。
初めて知った。

「お祖父様を、騙しちゃおう。何も言う事ないじゃん、黙ってやれば。まあ、いつか、どうだ!って言ってもいいけど。」
くすす、と悪い顔をして笑う竜樹に、同じく悪い顔で、くすすす、と笑うアシュランス公爵家の皆と、父サジェル。

「電話を預けておくね。悩んだら話を聞くから。相談しておいで。」

竜樹が帰った後。おもてなしに、控えめに、だけれど精一杯心地良いように努めた公爵家の人々は、興奮冷めやらぬ気持ちで改めてお茶をする。落ち着きたいのだ。
「竜樹様は、いつ見ても、お優しいお顔ですわね。」
「お考えも頼もしいしなあ。」
うんうん、と寛ぐ。
アトモスは、お菓子をぱりり、と食べながら、良いのかな、本当に良いのかな、とふわふわした気持ちで呟いたら。

「まあ、お祖父様だって、いつまでも生きてないんだしね。先に死ぬ人なんだから、死んだ後の事を責任持ってくれる訳でなし、アトモスは、やりたいようにやってご覧。父様が、如何様にも誤魔化して、そうして仕事になりそうなら、応援してあげるよ。」とスルッと言ったサジェルだった。
世代交代の準備は、とうに出来てるのだよ。ヘイコラしてれば気分良く矢面に立ってくれるから、お任せして、泳がせてるだけで。
「お前達のお母様も、その事は知ってるよ。」

大人、大人とは、隠れてこんな。
驚くべき生き物である!!




ここは布屋、プティフール。スフェール王太后様までみえて、アトモスは、緊張しきりである。
まだ分離の話を振られてないので、ドキドキしながら、集まった皆で布を見つつ、お茶をゆっくり啜る。

トラムやジェム達子供は、放心した妻フィルルに、お茶を貰って。裁断台の大人達の、そのまた周りに、3つの踏み台にこちゃちゃ!と固まって座って、もぐもぐお菓子を食べている。
「こんなに古い布、あったんだな。」
「うん。モティフ父さん、何か、とっておきのまで、皆、出しちゃってる。」
どっから出してきた、というほどの布の渦。店は閉めて、裁断台の上は布の洪水だ。

「まあ、まあ!何て懐かしい布達かしら!これは、私が娘時代に、別荘のお部屋に掛かっていたカーテンと、同じ柄で色違いよ!ああ、お母様が大事に着ていた普段着のドレスと、同じ布もあるわ!」
「はい、王太后様。王太后様の、娘時代から、そのお母様、そのまたお母様、またその•••と、遡って、ここには未使用の反物が揃っております!」

モティフは、布好きなので、喜んでもらえて嬉しくなって。店が大変なのも一時忘れ、いつもみたいにお客様に喜んでもらえるように、説明し出した。
古い古いドレスたち用の布。何らかの理由で、反物のまま古びたそれ。テスト用に作られた布。ドレスそのものもある。布が多いから、そこから沢山布がとれる。ただ、ファッションの変遷も面白いから、なるべく解体せずに、安く買っては取っておいた。
タペストリー、旗。
船に使用されるはずだった、帆布。
各地から集めた、地方の特色ある、新しくはないけれど、品質には保証がある、素敵な布達。モティフが、若い頃、製法まで詳しく聞いて回っては集めた、とっておき達。
あらゆる古布が、ここに、最上の状態で手に取れる。

「帆布!俺のいた世界では、帆布は丈夫で、鞄やバッグにしたり、人気だったんですよ!靴を作っても良いですよねえ。ぺたんこで、底の厚い、スニーカーがあったら•••。」
竜樹がニコニコしている。
「布の靴は、柔くないですか?」
クレール爺ちゃんは、布の靴といえば、室内ばきしか思い浮かばない。
スニーカーの画像を、タブレットで見せられて。
「だから、丈夫な帆布なんですよ。ほら、この布、触ってみて下さい!真っ白な、こんな靴を作って売ったら、晴れた日の普段のお出かけに、ウキウキする事、間違いなしですね!気軽な、履きやすい靴です。動きやすいし。男子も良いけど、女の子も、長いフレアやプリーツのスカートでこの靴で、なんて、可愛くないです?」
「素敵ですわ!私も、すにーかー、履いて散歩したい!」
「古い布は、少し前だと古臭いってなりますけど、それをまた堪えて時が経てば、魅力を再発見してもらえますよね!」
「私も、この古い布で、何か小物があったら、昔を偲べてとても、とても嬉しいと思いますわ。」
嬉しそうに娘時代を思い出す王太后に、ふん、ふん、と頷くばかりのクレール爺ちゃんである。

「偲ぶばかりじゃありませんよ。売り方一つで、古布の価値が、若い人にも受け入れてもらえると思うんです。女性が、新しい仕事の形で働けるように、ってするでしょう?男性と同じように働く、だけど、芯には女性としての柔らかさを忘れないーー古い、優しい、厳しい時代の和み布、ノスタルジーのある、古い布の小物を一つ胸に抱いて、その柔らかさを持ったまま、女性は戦うーー朗らかに、晴れやかに。」
「素敵、素敵ね!」

モティフが、涙を目尻に滲ませつつ、この布はこんな製法で、仕立てにはこんな特徴があって、と果てしなく詳しい。そして王太后様は、それを全てうんうんと、楽しく聞いて。

「モティフさんは、そんなに布に詳しいんだから、織物会館の会長をやると良いですよ。」

織物会館?
はた、と皆が竜樹を見る。

「織物会館は、今の、デザイナーや、美術、印刷、家具彫刻、芸術関係の人のインスピレーションを呼び覚ます、価値ある布達を管理して、展示し、入場料をもらって見せて。それだけでなく、布の素敵な、お土産物を売ったり、織物の未来を見据えて情報発信の拠点となって、織物をやりたい人や買いたい人、売りたい人を繋げたり、新しい使い方を考え出したりーー。」

昔のドレスを着られる、試着体験なんてあったら、普通の観光の人達にも、人気になるかもですね。

「スフェール王太后様のドレスも、実は解体して、リボンにして、押し花の栞の結びリボンにしたら、綺麗かなって思ってたんですけど。全部そうしなくても良いじゃないですか?若い女の子に、王族気分になってもらって、試着なんて、どう?」
「まあ!今の若い女の子が、私の若い頃のドレスを着てくれるかしら?」

時代が一周回って、憧れると思います。
うんうん、とクレール爺ちゃんも。
お綺麗でしたものなぁ、王太子妃の頃のスフェール様。いや、今もですが。と褒めた。
おほほほ、と、堂々笑う王太后様である。

モティフが、目をパチパチしていると、フィルルが、あの、あの、と、初めて口を開けて。

「それで、どういうことでしょうか。どうなるんでしょうか?私達は。私達の、お店、プティフールは。」
すべすべの、軟膏の匂いのする手を、もじもじと組み合わせた。

竜樹が、ニパッと笑う。
「王太后様と俺で、まずは商人組合に行きましょうよ。契約書の、偽造疑いの事案に、俺、今度で二度目の遭遇なんですよね。だから、契約書の真偽を確かめ訴える事が出来る、商人組合以外の、外部組織を作ろうと思ってます。って言いに。モティフさんの契約書、徹底的に調べたいと思ってます、って言ったら、どうなりますかね?」
「それでも期日に店をたため、というようなら、私が布を全て買い上げますわ。それで管理を、モティフ、貴方にしてもらうわ。その上で、契約書は調べるし、調べて偽造なら、そうね。お店を、元の通りに、戻してもらおうかしらね?それで良いわね?って、言うわ!」

お、おおお!
ああ!
モティフも、フィルルも、手で口を覆って、胸の奥底から声を漏らした。
トラムも、あ!と目を見開いて、ジェムを見る。うん、と笑顔で頷かれて、にっこり、安心して、やっと手にしたままだった焼き菓子を、パクリと食べた。しょっぱい涙の味がする。

「プティフールを拡張して、織物会館にしましょうよ、是非。ね?ね?それと、古布は限りがあるから、一点物の小物を限定で作って、好きな人に売りましょうね。古布のデザインを、新しい布で復刻したら、数が出せますね。テレビで、戦う女性の柔らかな心、ってCMしましょうね。」
「商売の事なら、お任せ下さい。それら全て、利を一番出せる、信用できる者に任せて、事業を広げさせて下さい!」
竜樹とクレール爺ちゃん、王太后様は、欲しいもの、やりたい事を、ポワポワと発する。

「アトモス、布に分離をかけた場合、どうなったか発表してもらっても良い?何なら、実演も。」

ビクン!と出番にお茶を、ゴクリと飲んだアトモスは、「は、はいっ!」と立ち上がった。

「まず、私、古い、ダメージのある布を、分離してみたんです。」

うん、うん。

皆が、集中して自分の言葉を聞くだなんて。そんな場面が、あるだなんて。
必死に、胸張って、アトモスは喋る。

「最初は、全部繋がった糸の塊と、汚れたクズとに分かれました。それで、糸だと、また織らなきゃならないな、って思って、毛羽立ち穴や汚れ黄ばみと、綺麗な布に分離出来ないかな、って思ったら、時間がかかったけど、出来たんです。」

すすっ、とモティフが、黄ばんだハンカチくらいの小花柄の布を出す。
アトモスは、うん、と一つ頷いて、指に力を込めると、端からピーッと魔法の力、ほわんほわんしたアイボリーの光を纏った指先で布を辿る。糸が踊ってほぐれて、また結合し、5分後、一回り小さな、元の小花柄の布と、黄ばんだホワホワの綿ぼこりみたいなものとに分たれて、2つは完成した。

「汚れが酷いほど、時間もかかるし、綿ぼこりも多く、元の布も小さくなります。洗ってからやると、幾らか大きな布を得る事が出来ます。ただの糸を織れるか?と思ったけど、あくまで分離で、糸から織る事は出来ません。」

ふん、ふん。
皆、真剣である。

「とても汚い布を分離すると、小さな布と、沢山の汚い綿ぼこりになります。だから、無限に汚れが分離出来るとかはなくて、新しい布が要らなくなる、って事は、なさそうです。」
「それは、重要だね。新しい物が必要ない程だと、却って産業として、扱い難いと思うよ。」
「そうですな。」

アトモスの、試行錯誤の苦労が、光を浴びる。報われてゆく。

「ドレスを分離すると、パーツ毎に分けられます。手で解体するより、よっぽど速いです。パーツを四角い布に、分離して織り直す事が出来ます。その時は、汚れの綿ぼこりが出て、少し小さくなるけど、使い方によっては無駄なく使えそうです。」

クレール爺ちゃんが、ふーす!と興奮した鼻息を出した。商売のあれこれを、思いついているのだろうか。

「柄織の布を、色の糸毎に分離出来ます。複雑なタペストリーなんかを分離して織り直すのは、何日もかかるし、絵柄が元の通りにはならず、汚れ分隙間ができちゃいます。どれをどう分離したら有効に使えるか、分離して使うか良い所を選んで使うか。多分、布や仕立て、小物作りに詳しくて、頭が良い人、デザインにも優れる人に指示してもらった方が良いと思います。私と同じ分離を、皆が出来るかは、まだ分かりませんけど、特別な事をしてる気分はしないので、やって見せれば、きっと出来るのでは。」

家具や金具の分離も、上手く出来ました。後で話を聞いて下さい。
竜樹を見れば、うん、うん、とニコニコ頷く。
「良くやったね、アトモス!とっても助かるよ!モティフ親父さんとこの古布を、一番有効な形で、分離して再生するのに使えると思うよ!」

ああ、ああ!
グスッ、と鼻を啜ったアトモスは、ふぁ、ふぁい、と俯いて笑った。竜樹がその頭を、ぐりぐりと撫でて、子供みたいにするのに、ちっとも嫌じゃないのだった。

お助け侍従のタカラと、王弟のマルサ達護衛が、「お~い、置いて行くなよ竜樹ぃ。」と、やっぱりエルフの特別転移便、体育館に連絡して来てもらったのだという、を使って転移して来た。
フィルルと護衛何人かを残して、商人組合に大勢で行くと、商人組合の組合長は、タッハーっ!と大きくため息を吐いて額に手を当て俯いた。

「竜樹様、それって商人組合の契約書認定が、信用できないってことになるんですよ!まいりますよ!」
「だって、本当に、信用出来ない事があるんだから、真実に合わせた方が良いでしょ。あとね、組織って、ほっとくと腐るから、いつでも新しく風を入れられる、刺激があった方が良いですよ?」

うぬぬぬぬ。
契約書認定担当を呼べば、口を開けて、え、え、と言い、竜樹と王太后を見、頭を下げて、上げて、チラチラおどおどとしている。

「君、この契約書が真実、偽造でない事に、命かけられる?神様に誓える?」
竜樹がニッコリ言うと。
グッと口篭って。

「あの、あの、それは。貴族のビアント男爵様の申し出で•••まさか、偽造ではないの、では?」
「何か確証があって認めた訳ではないので?」

むぐぐ。
黙るという事は。

組合長が、はあーっ!とまたため息。
「魔法で、疑わしい契約書は、誰が書いたか魔力判定をする、と決まっているだろう!」
「ですが、貴族の方を、はなから疑うような事をすれば、こちらに害がありますよ!」
契約書認定担当よ。長いものに巻かれすぎである。

「と、いうのをね。今、テレビで撮影してる訳ですけど。」
竜樹がニッコリ。

え、と組合長も、契約書認定担当も。
「俺たち、番組の途中なんだー。」
「ねー!」
ジェムとプランが頷き合った。
この大量のカメラを、何だと思っとったのだい、商人組合長達よ。

むぐぐ、と一旦腹に力を入れた商人組合長だが。
観念、した。

「申し訳ありません。王太后様。竜樹様。そしてプティフールのモティフさん。私どもに不備があったようです。こんな調子では、風を入れずには、この商人組合の信用も成り立ちませんでしょうな。そして、貴族様にも、例え王族様でも屈しない、契約書認定の仕事、外部に、是非作っていただきたい。それこそ、命をかけて真偽を問える、そんな認定担当を置いてね。」

ガックリ。
あわわわ、と慌てる認定担当を、お前は見習いからやり直し、と商人組合長は弱く指示して、下げさせる。
他の認定担当と、魔力判定できる者を呼ぶと、その場で、商人組合に保管してある契約書の写しで、即座に判定がなされた。
結果は、偽造である。

「ビアント男爵様には、こちらから偽造だったと申し入れましょう。何なら竜樹様と王太后様と喧嘩して下さいとも言いましょう。多分•••何も言わないでしょうね。」
「というか、偽造は罪なので、今後、罰金などを払うように、王様とも相談しときますね。偽造を真と認定した場合も、罪になるといいです。」

ひゅ、と息を呑んだが。
「そのようになれば、もっと信用が出来る契約書が出来ましょう。どの口が言う、とお思いでしょうが、どうぞ私共からも、よろしくお願い致します。」

腹の痛みを、今後の教訓に変える。
トップは謝罪も責任のうちである。



ふんふんふ~ん♪
ジェム達は、ご機嫌で竜樹の後を追う。
トラムが、ほっと安心した、丸い眉の形をさせて、トコトコと付いていく。
「ジェム達がいなくなってから、細かい街の仕事が回らなくなったんだー。」
「そうなのか。そりゃ、悪かったなあ。ごめん。」

ううん、と首を振る。
「ジェム達が幸せなら、いんだ。ただ、この街の男子達、アイリスってお茶屋の女の子に負けるまでは、ナワバリ争いとかして、やり難くてさ。何か、多分、遊びたいのにいい遊び知らないから、ごちゃごちゃ争いするんだと思うんだよね。」
「あー、良い遊びかぁ。」
ブラインドサッカーとかは場所がないとだしなあ、などと話し合うジェム達に。トラムは続ける。

「あのさ、遊びじゃないけど、ジェム達がやってた、迷子を管理事務所に連れてって放送したり、落とし物を見つけてやったり、道案内したり、街の案内人のお仕事を、引き継いでやったら、って思ったんだ。俺たちも、この街の子供だろ?街の事、子供のうちから、守っても良いかな、って。もう、ジェム達みたいに、それでご飯食べる子は、いない訳だから、街の子供が、それでお小遣い稼ぎをしても、ジェム達困らないだろ?」

「頭が良いね、トラム。」
竜樹が歩きながら、振り返って撫でくりすると、トラムはその手に、くふふと照れて笑った。

「いいぜ!引き継ぎ、しよう!」
「アイリスの所へ行って、その話して良い?」
「うん、行こう!」
「管理事務所のおじさんも、俺たちが仕事した方が助かるみたいな事言ってたもんね。街の子供がやったら、喜ぶね!」
「いこっ、いこっ!!」

俺たちアイリスんとこ行ってくる。
じゃあね~、とジェム達は竜樹と分かれて、アイリスのお茶屋へ行く事に。


「何だかなあ。情報屋のお仕事の訳だったけど。」
ルムトンがモニターを見ながら、ほうう、と感嘆する。
モルトゥも。
「完全に、情報屋を使う組織のリーダーだな。何でも屋だしな、ジェム達。」
「何か、かっこいいんだけどね。」
俺よりかっこいいって、ズルくない?

ステューの言葉に、ムハハと笑うルムトンであった。

尚、アトモスは満足して、竜樹とまた話をする約束をしてアシュランス公爵家の客間に転移させてもらって帰った。
王太后様とクレール爺ちゃんは、織物会館の話を詰める為に王宮へ。
モティフ親父さんはプティフールに吉報を届けにスキップして帰り、竜樹とタカラとマルサも、広場のモニタースペースへ。プティフールに残った護衛は、自力で広場へ戻って来て下さい。

「盛りだくさんすぎるでしょう!」
「盛り盛りで行きましょう!!」
盛り上げるムルトンとステューに、良いのかなあ、と首を傾げるモルトゥなのであった。

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裏でこっそり最強冒険者として活動していたモブ職員は助けた美少女にめっちゃ見られてます

木嶋隆太
ファンタジー
担当する冒険者たちを育てていく、ギルド職員。そんなギルド職員の俺だが冒険者の依頼にはイレギュラーや危険がつきものだ。日々様々な問題に直面する冒険者たちを、変装して裏でこっそりと助けるのが俺の日常。今日もまた、新人冒険者を襲うイレギュラーから無事彼女らを救ったが……その助けた美少女の一人にめっちゃ見られてるんですけど……?

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

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